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3章 異世界転移の原因

前話の金貨の描写を削除しました。

理由は活動報告にて書いておきました。ご了承ください。

 ――日本において冬の長期休暇が終わった頃、それに遅れるようにタケダ商会が長い休みに入っていた。


 日本の冬休みの間、商品の仕入れに奔走したタケオ・タケダ。

 そのかいあって、タケダ商会の倉庫は十分に満たされることになっていた。そして当分は困らないほどの品を前に、これを一区切りとして、タケオが長期休暇の指示を出したのだ。

 これにより奴隷取引も一旦の中止。その他の業務も必要最低限のものとし、タケダ商会は休業体制へと移行したのである。


 ちなみに、コエンザ王国が存在するシルギスタン大陸において長期休暇という概念は存在していない。

 金のある者は自由に休めるし、金のない者は働き続ける。大体はこのような感じだ。

 国が定めた長期休暇などはないし、組織の長もなにか特別なことがない限りは下の者に長い休みなど与えない。

 つまり、今回の長期休暇はタケダ商会だけのことであった。


 そのタケオの計らいはタケダ商会で働く者達を大いに喜ばせた。

 商会の者は代わりがわりに休みをとり、ある者は里帰りを果たし、またある者は恋人と過ごし、そしてまたある者は趣味や自己啓発に時間を費やす。

 時間の使い方は違えども、それぞれが各人各様の休みを満喫していると言えた。


 ――そんな休暇期間のある日の夕方。

 学校を終えたタケオと秘書であるミリアは、タケダ商会執務室にてそれぞれの席に座り談笑をしていた。

 普段は忙しく働いているミリアであるが、今は休みの最中である。職業病とも言うべきか書類に手をつけてはいるものの、それは特に急ぎのものでもなく、その手を止めてタケオの話に付き合っていた。

 しかし最初こそ話が弾んでいたものの、いかんせんタケオの話のレパートリーは少なく、またミリアも多弁な性格ではない。そのため、次第に話すこともなくなり、話の調子は徐々に落ち込んでいった。


 そこでタケオは、最近気になっていたことを話し出す。


「――僕の住んでた世界には『二度あることは三度ある』という慣用句があってね」


「こちらにも似たような言葉はありますが、それがなにか?」


「僕、それにベント商会が見つけてきた少女。

 こちらの世界にやって来た人が僕達の他にもいるのか、それともいないのか。

 それが気になってさ」


 ――タケオと高崎紗香以外の来訪者の存在。


 それは、タケオが唯一懸念していることであった。


 タケオ自身、インターネットを使い行方不明者について調べたこともある。

 しかし、日本で事件事故に巻き込まれた可能性のある行方不明者は、年間一千人越え。とても個別に調べられる数ではなく、なんの参考にもならない結果であった。

 もしかすると、鮫島に聞けば一発でわかるかもしれないが、それでまた助ければ、タケオが異世界を往来できると宣言しているものだろう。

 まあ、それは今更な話かもしれないが。


 ――もういないのか、まだ何人かいるのか、まだまだたくさんいるのか。


 もういないのならば、それでいい。何人かいたとしても、できる限り助けよう。

 しかし、たくさんともなれば話は別だ。

 同郷の者なのだから、助けてやりたいとは思う。いや、実際にその者を前にすれば助けるだろう。

 しかし積極的に探して助けるべきかと聞かれると、頭を悩ませる他ない。


 異世界人一人を探し出して救うための時間と金と労力。それはこちらの奴隷の何人分であろうか。

 考えたくもないことであった。


「……被害者の有無よりも、その原因を調べるべきではありませんか?」


 ミリアが少しの思案の後に口を開いた。


「原因?」


「突然、光に包まれてこちらの世界に飛ばされた。

 それは、タケオ様の世界の何者かが“かがく”とやらで何かをしたのか、それともこちらの世界の者が特別な魔法を使って何かをしたのか。

 そのどちらかではないでしょうか」


「……自然現象的なものかと思ってたけど、そういう考えもあるのか」


 なるほどと頷くタケオ。


 自分に起こった転移現象は、何の変哲もない学校の教室からの転移であり、また転移した場所にも人はいなかった。

 そのためタケオは、知らず知らずのうちに何者かの介在を否定していたのだ。

 まさに目から鱗が落ちるような心境である。


「まあ、もし誰かの手によるものならば、十中八九こちらからの干渉でしょう。向こうの世界の者をこちらに引っ張り込んでいるんですから、やはりこちらに利があるはずだと思います。

 それにタケオ様自身が、こちらで得た力で自在に二つの世界を行き来している。すなわち、こちらの魔法ではそれが可能ということです」


「うーん、確かに」


 これもまた頷いてしまう話であった。

 そして、それに対する当然の疑問をタケオは口にする。


「でも、誰がなんのために?」


「……タケオ様だけを考えれば、その高魔力。貴方の世界の方の魔力が皆高いのであれば、それが目的でしょう。

 次に“かがく”なる力を知るため。

 最後の可能性としては興味本意、もしくは偶然の事故といったところですか」


「やられた方はたまったものじゃないな……というか、そんな魔法はあるの? 魔法といったら火や水を出すようなのしか知らないんだけど。

 いや、僕が使ってるのは置いといてさ」


「わかりません。しかし、あったとしても、貴方が自分の力を秘匿しているように、その魔法も秘匿されているでしょうね」


「確かに……じゃあ打つ手なしか」


「向こうの世界の人の魔力を調べれば、少なくとも疑問の一つは解消されますよ?」


「えぇー? 調べるって魔力の存在を教えないといけないじゃないか」


「そうですね。誰か信頼できる人に頼んでみては?」


「……」


 これにはタケオも沈黙した。


 疎遠となっている家族、友達と呼べる者は一人もいない学校のクラスメイト、胡散臭い鮫島、ちゃらんぽらんの気がある山野。

 様々な顔が頭の中に浮かんでは消えていく。


 要するに信頼できる者はあちらの世界にはいなかったのだ。


「……ああ、いえ、すみません、気づきませんで。今の話はなかったことに」


 ミリアのその謝罪に、タケオはまるで『そういやお前に信頼できる奴なんていないよな』と言われているような気にさせられた。


(でもこれ、素でやっているんだよなあ……)


 タケオの考えているとおり、ミリアに何ら思うところなどない。ただ真面目に尋ね、そして謝っただけである。

 彼女はほんの少し気配りが苦手なだけなのだ。


「向こうに送った少女とは会ってないんですか? 彼女なら適任でしょう」


「……いや、会ってないけど」


「そうですか」


「……」


 見てわかるほどにテンションを下げていたタケオであった。

 一方のミリアは、ああこれはやってしまったかと反省する。

 ミリア自身、時折自分の無思慮な物言いによって誰かを傷つけてしまっているのを気に病んでいたのだ。


 そしてタケオの落ち込んだ心を上向かせるために、ミリアはある話を持ち出した。

 それは、話題がなくなった時を見越して残しておいた、取って置きの話である。


「……そういえば、お嬢様方が帰ってくるそうですが」


「本当にっ!? いつ!?」


 タケオはそれに見事に食いついた。その勢いは執務席から乗り出さんほどである。


「明明後日からとりあえずは二月程だそうです。なんでも学院長と教員の数名がウジワール教国に用事があるのだとか」


 ウジワール教国とは西の果てにある、初代ウジワール教皇が興した国のことだ。

 そこから人間による亜人達への反抗が始まったことから、その地ははじまりの地とも呼ばれていた。

 かつては大国であったが、教皇の座を争った内乱により分裂を繰り返し、最後にははじまりの地しか残っていなかったのは盛大な皮肉だと言っていいだろう。

 とはいえ、各国からの寄付金によりウジワール教国は潤っており、住人は皆裕福。今では特権階級のような考えを持ち、わざわざ土地と人を増やして寄付金を分散させる必要もない、というのが住人の考えだった。


 そしてタケオの“お嬢様方”が通うカシスにある学院の長は、ウジワール教の司祭長という僧職を得ており、また他の教員も司祭級の者が何名か集まっていた。


「……なにかあったのか?」


「わかりません。ウジワール教で高位の役職についている者全てに召集がかかっているので、学院に問題があったというわけではないようです。

 現教皇は高齢なのでおそらくそちらの線かと」


 現教皇がもう長くないというのは有名な話である。

 昼夜を問わず、寝台にて一日を過ごしており、余命幾ばくもないことは誰の目からも明らかであった。


「なんだ、ビックリしたよ。しかし、休みか……。

 よし! 久しぶりにみんなで家に帰るか!」


 家――それはノースシティにあるゴルドバの家のことだ。


「……朝晩の送迎をお願いしていいですか?」


 タケダ商会は休みの体制に入っており、ミリア自身もやることはあまりない。しかし、不慮の事態に対応するためにも、タケダ商会には常に顔を出しておきたかったのだ。


「もちろん! みんなの家だ、みんなで帰ろう!」


 その言葉を聞いて、心なしかミリアの顔がほっこりする。

 それをめざとく見つけたタケオは、満足そうに頷いたのであった。


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