2章 幕間 三兵士と三奴隷
アルカト編のその後の話です。
補足的な意味が強いので、読まなくても特に支障はないと思います。
――それは、タケダ商会が地下牢より全奴隷を運搬し終えた次の日の朝のこと。
商業都市カシスの一等地に居を構えるタケダ商会。
その広い敷地には、業務全般を行う本館、商会に勤める者達の寮、兵士訓練場、その他馬小屋や地下牢などなど、実にたくさんの施設が存在している。
その内の一つ、兵士訓練場では、やがて鳴るであろう始業の鐘を前にタケダ商会の兵士達がパラパラと集まり始めていた。
当たり前であるが訓練場で兵士がやることと言えば、訓練しかない。
兵士達は奴隷を扱う期間こそ忙しくなるものの、奴隷さえいなくなれば商品運搬の護衛くらいしか任務はなくなる。その間、手の空いている兵士には一連の訓練が課せられているのであった。
「ジョーンズさん、聞きましたか?」
まばらに集まる甲冑を着込んだ兵士達。その少し外れた位置にいた二人組の内、年若い方の男が口を開いた。
その男の名前はトム。オールバックの茶色い髪とこれでもかと伸ばした揉み上げがトレードマークの、まだ新米で体も細いお調子者である。
「なんだ、トム」
トムとは別のもう一人の男、その名をジョーンズ。背はトムよりも小さいながらも、がっしりとしたその姿はトムよりも大きさを感じさせるだろう。
歳は三十を越え、口髭を生やしたその様はまさにベテランといった風貌である。
「いや、地下牢っすよ地下牢」
「……」
トムが放った『地下牢』という言葉にジョーンズは黙りこんだ。
「牢屋の一つのね、鉄の格子がひん曲がってるんすけど、あれタケダ商会長がやったらしいっすよ」
「……」
「いやー、すごいっすねー。体つきはそんな大きくないのに、やっぱ魔力が凄いんすかね?」
「……さあな」
トムの、すげーというどこか馬鹿っぽい感想に、ジョーンズはぶっきらぼうに答える。
「それにしてもアレ、兵士の誰かが奴隷の獣人に剣とられて人質にされたかららしいっすよ」
「……」
「ほんと情けないったらありゃしないっすよ。間抜けをやらかした奴は誰っすかねー」
「……」
「泣く子も黙るタケダ商会の恥さらしっすよ、ほんと」
「……」
「もし俺がそこにいたら、絶対にそんな真似――」
次々と飛び出すトムの軽口。しかしその時、ボソリとジョーンズが呟いた。
「俺だ」
「へ? なんです?」
「剣とられた馬鹿でアホで間抜けのゴミクソ野郎は、俺だって言ってるんだよっ!!」
誰もそこまでは言っていないが、自身を恥じているためか必要以上に己を貶めるジョーンズ。
しかし、このいきなりのぶちギレに慌てたのはトムである。
「えぇ!? いや、えぇ!?
や、やだなー、ジョーンズさんその日任務入ってなかったじゃないですかー。
さすがの俺もこんなこと言う相手のことくらい調べてますよ」
何せ相手は先輩に当たる人である。話す相手と話題についてそれなりに配慮する心を持っていたトムは、件の日の奴隷運搬任務に当たっていた者を事前に調べており、そこにジョーンズの名前はなかったのだ。
「だから、急遽リーンのやつと代わったんだよ!」
「ええ!?」
しかし、トムが調べたのは勤務の予定表。
予定は未定、なんと急な用事で休んだ者の代わりにジョーンズが奴隷運搬の任につき、そしてあろうことか奴隷達が逃亡する原因を作ってしまったのである。
「い、いやー、ははは……。そういうこともあるっすよ……はは」
その口から出るのは乾いた笑いばかり。やってしまったとトムは思った。
「はは……」
「……」
やがて二人の間には沈黙が流れ、そして先に口を開いたのはジョーンズであった。
「まあ、トム“さん”なら獣人くらい余裕でしょうね」
「え? な、なんすか急に……」
口調を突然変えたジョーンズに対し、これはまずいとトムは思った。
「今日の訓練は是非ご教授をお願いしますよ、トム“さん”」
ジョーンズがニコリと笑って言う。
しかし、その目が全く笑っていない。
それは顔の筋肉を持ち上げただけの身の毛もよだつ笑いであったのだ。
始業の鐘が鳴り訓練が始まると、どこまでも届くようなトムの悲鳴が空に上がるのであった。
一日にも及ぶ訓練が終わると、その日の勤めを終えた兵士達は寮へと帰り身体を休める。
やがて日は暮れ、夜となり、トムの部屋では三人の男が酒盛りを始めようとしていた。
「マジで、ひどいっすよジョーンズさん」
「ふん、お前が悪い」
「割に合わないっすよ。明日、絶対身体中が痛くなってますって」
全身擦り傷だらけのトムが恨めしげにジョーンズを見つめる。
徒手格闘の訓練にて、ジョーンズに関節を極めに極められたトム。明日になればその身体には相当な痛みを伴うことは想像に難しくない。
しかし、そんなトムの憎まれ口にもジョーンズはどこふく風である。
「……」
その時、部屋にいたもう一人の大きな影――スキンヘッドの大男が無言で木製の小さな容器を差し出した。
その大男、名前をリーン。
どこかゴルドバに似ているようなその容貌から、タケオが一目で採用しようとした男である。
もっとも、その後タケオはミリアに怒られて、きっちりと採用試験を行ったが。
また、リーンはゴルドバとは似ても似つかぬほどに寡黙であった。
「え、これ俺に?」
木の容器を差し出されたトムの問いに、コクりと頷くリーン。
トムがその容器を開けると、それは塗り薬であった。
「おお、ありがとうございます、リーンさん!
いやー、うれしいなー、さっすがリーンさん。それに比べて……」
トムは当て付けるように、チラリとジョーンズを見る。
「酒を持ってきてやっただろうが!」
「わかってます、わかってますって」
こうして三人の酒盛りは始まった。日々のどうでもいい話や、愚痴、果ては恋愛談まで持ち上がり、酒の席は盛り上がっていく。
そして下らない話をしながらも酒は進み、やがて皆の顔が赤みをおびてきた頃、トムは少しばかり気になっていたことを口にした。
「そういえば逃げた奴隷なんすけど……」
「……まだ、その話を引っ張るのか」
ジョーンズがうんざりした様子で眉間にシワを寄せる。
「いや、違います、違いますって。人質の件の後の話っすよ」
「ちっ」
思い出したくない話ではあるが、人質の件の後のことならばわざわざ止めるほど狭量でもない。
ジョーンズは舌打ち一つで話を続けることを了承した。
「あの後タケダ商会長が北門で捕縛したらしいじゃないっすか。
でもどうやって? 奴隷達は馬で逃げたんでしょ?
どうやって追い付いたんすかね」
『……』
その話を聞いた途端、ジョーンズとリーンは無言になる。対して、そんな二人の様子を気にも止めずに「気になるなー」としきりに興味を示すトム。
そしてジョーンズが真剣な顔でその話題を止めた。
「そこまでにしておけ、トム。
いいか、俺達はタケダ様に雇われている身だ。そしておそらくそれは、俺達が『知る必要がない』ことだ」
「……」
ジョーンズの言に追随するようにリーンは無言で頷く。
「う……わ、わかりましたって。だからそんなに睨まないでくださいよ」
それに対し、己が悪いことを自覚したのかトムはたじたじとなった。
『知る必要がない』――それは二人の奴隷がタケオと兵士達は地下牢の房に閉じ込めて、地下牢から逃げおおせたあの日のことである。
地下牢からいなくなった奴隷二人と逆に地下牢に囚われてしまったタケオと兵士達。
タケオはまず鉄の格子を素手にて曲げて房に無理矢理出口を作った。そしてその恐るべき力を目のあたりにして驚く兵士達に、予定通り馬車を発進させろと言ってその場を去っていった。
輸送するはずの奴隷が逃げたのは兵士達の失態以外にない。
そのため、逃げた奴隷はどうするのですかと尋ねるようなことはできず、兵士達はタケオの命を粛々とこなすのであった。
タケオは地下牢を出ると物陰に移動し、すぐさま黒い水溜まりを呼び出す。思い描くのは北門に近いタケダ商会の積卸場。
それなりに広い敷地を有するその積卸場にはアルカトからの作物が運び込まれる倉庫がある。
タケオは、黒い水溜まりを潜り抜けて倉庫の一室――会長室へと移動すると、そのまま魔力で全身を強化し城門へと向かった。
そしてタケオは北門へと辿り着くと、門兵から鎧を借りてその身を偽り、二人の奴隷を待ち受けたのである。
――そんな顛末があったわけだが、当然兵士達は知らぬことであり、タケオも多くは語っていない。
それが『知る必要がないこと』ということなのだ。
必要以上のことを知ろうとすることは、まかり間違えばどこぞの密偵と捉えられない行為。
詮索は無用、兵士は黙って命令に従えばいい――その心構えを、タケダ商会の兵士長はジョーンズら兵士達に徹底させていたのである。
「でも、それにしたってあの鉄格子を曲げたっていう力は尋常じゃないっすよ! 少なくとも力だけなら、兵士の誰よりも強いんじゃないっすか!?」
ならばと、トムは別段秘密にもされていない折れ曲がった地下牢の鉄格子を思い出し、興奮するように言った。
「……でかい声で言える話じゃあねえな、雇い主よりも俺たちの方が弱いなんて話はよ。
だがまあ、体つきはトムよりも筋肉は付いてそうだが、俺やリーンよりかは細い。ってことは、やはり魔力だろうな」
ジョーンズがタケオの姿を思い浮かべ、その力の秘密を分析する。
すると、リーンがおもむろに発言した。
「……会長は元探索者」
「げっ、マジっすか」
いつ死ぬとも知れず遺跡に潜る探索者。カシスに住む者にとってはあまり馴染みがなく、少しばかり怖がられる存在である。
「……ノースシティだと少し有名」
リーンはかつてノースシティの探索者であった。
仲間の死から立ち直れず、探索者をやめ、仕事を求めてカシスにやって来たのである。
ちなみに元探索者であるライナのことも、リーンは知っていた。
「探索者の上位は化け物揃いだ。魔力も量だけじゃなく、特別な変化を持ってるのかもな」
ジョーンズが杯を口につけ傾ける。
――魔力というものは、誰もが持っている物である。
基本的に皆は己の体を強化するために使うが、中に特殊な力を持つ者がいた。
魔力を火に変える者、水に変える者。魔力で傷を癒す者。中には物質を生み出す者すらいる。
このように実に様々な能力があるわけだが、それらは全て先天的なものであり、扱う者は絶対的に少なかった。
そして、その者達はその力を見込まれて権力者達に取り込まれる。
しかし、中にはどんな権力にも媚びず自由に生きようとするものがいる。
そんな者達が目指すのは探索者であった。
「タケオ会長の移動もその魔力――」
ジョーンズが空になった木杯に酒を注ぎながらつい口に出した言葉。しかし、それはトムによって止められる。
「ジョーンズさん」
「ん?」
「知る必要がない、ですよ」
「……」
リーンも頷いて同意する。
特殊な魔力の変化は使う当人にとって秘するべきもの。それが知られれば無用の争いを生むこともあるからだ。
「おっと、こりゃいけねえ。少し飲みすぎたか」
赤い顔をしたジョーンズが、自分の過ぎた口を反省しながら頭を掻いた。
そしてその口を、酒の注がれた杯にて塞ぐのであった。
こうしてタケダ商会兵士の夜は更けていく。
◇◆
一年を通して雪が降らないほどに暖かいコエンザ王国南部に位置するカシス周辺地域――当然そこには、カシスに程近い牢獄都市アルカトも含まれる。
そんなアルカトでは農作が盛んに行われており、主食となる芋や穀類の他にも温暖な気候をに合った珍しい果実が作られていた。
そしてその中から二種の果実がで現在カシスへと出荷されている。
その二種の名はスイカとメロン、コエンザ王国には今まで存在すらしていなかった全く新しい果実である。
また、その珍しさもさることながら、驚くべきはその甘さと旨さであった。
まるで人が旨いと感じるために作られたかのようなその果実、それがスイカでありメロンだったのだ。
スイカとメロンは商業都市カシスへと運ばれて、そこに集う商人向けに高級果実として売られている。
今のところ、それらを出荷しているのはアルカトのみ。さらにそれを食せるのはカシスのみであった。
やがて噂が噂を呼び、コエンザ王国各地の食通貴族達はもちろん、南の隣国からも貴族が集まり、カシスは更なる賑わいを見せことになるだろう。
高級ながらもその需要は高まり、それはタケダ商会とアルカトに多くの利益をもたらすのだ。
とはいえ、所詮はスイカである。その実さえ買ってしまえば種などは簡単に手に入るし、栽培も容易。
既に他の場所でも作られ始めており、市場に出回るのは時間の問題であった。
メロンもまた同様である。栽培こそスイカよりも難しいが、そのうちに栽培法は確立され、いずれはスイカと同じ道を辿るだろう。
しかし、アルカトの者は誰一人焦ってはいない。
生産量も味もアルカトの方が上であるし、また、パイナップル、バナナ、キウイ、桃、ビワ等、ありとあらゆる果実が後には控えているからである。
特に果樹などは栽培しようにも、木が育ち実が成るまでには何年もの年月がかかるのだ。
一朝一夕でその実が食べられるようになるわけではない。
もっとも、アルカト自身いまだ栽培の途中であるが。
そんなわけでアルカトのこれから十数年間の繁栄は約束されたも同然であった。
アルカトの住人達はその間に資金をためて強い街にすることを目標に、日々を働いている。
――これがアルカトの現況である。
そしてそこに、夕暮れの赤い日差しを背に街中を歩く女性が一人。
長い赤い髪を背中で束ね、褐色の肌と長い耳を持つその女性の名前はライナ。ダークエルフであり、一月程前にここアルカトへ連れてこられた元探索者だ。
ライナが亜人達で賑わう通りを慣れたように歩いていく。ややあって立ち止まると、そこには一軒の酒場があった。
その入り口を潜るライナ。
すると奥の席から声がかけられた。
「おう、こっちだこっち」
手を振っているのはアルダルという名の狼族の男、加えて同じテーブルにはドワーフの男もいる。
そんな二人にライナを加えた三人は、共にこのアルカトにやって来た者同士。そして、ドワーフの男とはアルカトに来た時以来の再会であった。
今日はアルダルが街でたまたまドワーフの男に会ったので、その再会を祝しての飲み会だったのだ。
ちなみにライナとアルダルはどちらも農業に従事し、家も近いのでそれなりに話をしてたりする。
「じゃあ、かんぱーい!」
アルダルが音頭をとって飲み会が始まった。
話は、主にお互いのことについて。
そして三人は酒を飲みながら、ここに来る前の生活を愚痴混じりに語り、今のここでの生活を互いに話し合う。
「しっかし、五年後はどうするよ」
酒を飲み始めてしばらくの後、話に一段落がついたところでアルダルが皆に尋ねた。
五年後とは、アルカトから解放される条件――五年間の勤労を満たしたその後のことだ。
「ワシはここに残るぞ、外には未練もないしな。その上、五年後からは給金も上がるそうだ。出ていく理由がないわい」
「給金が上がる? 幾らくらいになるんだ?」
「ここに元々いる者はワシたちの十倍近く貰っておる。しかし、ゆくゆくはさらにその十倍にしたいとタケダ様はおっしゃられたそうじゃ」
十倍のさらに十倍と言われて、指で計算し始めるアルダル。
「馬鹿だね。あたし達が日に一銀貨貰えてるんだから、日に一金貨貰えるようになるんだよ」
すると、すげえと言って、アルダルはまた指を折る
「月におよそ三十金貨、年なら三百六十五金貨だよ」
「マジかよ! 外の“人間”だってそんなに稼ぐのは難しいんじゃねえか!?」
コエンザ王国において、一般の人間の年収はおおよそ二百万ドエル――二百金貨である。
亜人ともなれば、これより遥かに少ないのは言わずもがなであろう。
「その代わり食費やらなんやらまで全部自費になるらしいがの。しかし、それでも十分に高いわい」
「うわー、どうすっかなー」
「何言ってんだい。あんたは外に許嫁がいるじゃないか」
「ほう、そうなのか」
「……うっ」
痛いところを突かれ、言葉をつまらすアルダル。
ライナはアルダルから許嫁からの手紙が届くたびにのろけ話は聞かされており、それはちょっとした悩みの種であった。
「まあ、聞いておくれよ。こいつ自分が育ててる『すいか』に許嫁の名前を付けてるんだ」
「な!? 別にいいだろ!」
「あんたのは度が過ぎてるんだよ。何で畑の全部の『すいか』に付けるんだい。
おまけに次は子供として名前をつけようだなんて、どれだけ孕ますつもりなのさ。ならその次は孫の名前をつける気かい?」
「なんだよ! それだけ愛をもって育ててるってことだよ!」
「はあ、馬鹿だね。あんたその作物どうなるかわかってんの?」
「どうなるって、採ったら客に売られるだけじゃねえか」
「そう、売られて食べられる。
あんたの嫁さんになる相手が、他の名も知らない男に食べられるんだ」
「え……? あ、あぁ……!」
言われてみてハッとしたアルダルである。
許嫁が食べられる――それが性的な意味か、そのままの意味かは置いておいても、とても許容できるものではない。
「わかったら、せめて浮気相手の名前にしときな。そんなんじゃ許嫁がかわいそうだよ」
「ぐっ……」
ライナの忠告ともとれる言葉に、ぐうの音も出なくなるアルダルである。
「ぷくく、ぶわっははははは!」
そんな一連の話を聞いたドワーフの男は笑った。
アルダルの真っ直ぐさと馬鹿さ加減に。そして今、そんな男と種族の枠を越えて酒を飲んで笑えていることに、ドワーフの男は大きく笑ったのだ。
「それでお前はどうするんじゃ?」
一頻り笑い終えると、ドワーフはライナの方を向いて尋ねた。
「あたしか……」
尋ねられたライナは己を見つめ直す。
軽口で終わらせようとしないのは酒が入っているからだろうか。
ライナを縛るのは時折訪れる懐古の念。
それは剣と探索への劣情。
(しかし……)
ライナはふとアルダルを見た。
「くそっ! おい、姉ちゃん酒が足りねえよ!」
己の赤っ恥やその他諸々をそそぐように、酒を浴びるように飲もうとするアルダル。
どこまでも馬鹿で真っ直ぐで、見てて飽きない獣人である。
ライナはフッと笑った。
「五年後になってみないとわからないね」
今の生活も悪くないのだ。
探索者に戻れば、今度はこの生活を恋しく思うかもしれない。
ならば今を楽しもうじゃないか。
(とりあえず、剣への恋しさを晴らすために衛兵の希望を出しておこうかね)
ライナはそう思った。
――そして数日後。
「らいな、今日も元気だな」
「お、らいな、今日もピンと立ってる姿は素敵だぞ」
「たくさん子供を産んでくれよ、らいな」
畑ではアルダルが『らいな』に声をかけていた。
当然それは『らいな』であって『ライナ』ではない。
なんとそれらは全てスイカの苗の名であった。
アルダルは酒場の一件以降、スイカの苗の名を全て『らいな』と改名していたのである。
そしてそれは当たり前のようにライナ本人にバレて、また一騒動が起こるのだろう。
今日もアルカトは平和であった。