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2章 奴隷商人になるまでの話 2―2

 ――武雄がなぜ新たに奴隷を買おうと思ったか。

 それはジルとラコのためであった。


 武雄はジルとラコを買って以来、二人に剣を教えている。

 しかし一月も経ち、その生活に慣れてくると、剣を教えるだけでいいのかと疑問に思った。


 そこで武雄はゴルドバが文字の読み書きをできていたことを思い出し、二人に文字を教えることにしたのである。


 探索者になるにしろ、ならないにしろ文字の読み書きはなにかと役に立つ。


 ゴルドバは己に言葉と剣を教え、己はジルとラコに剣と文字を教える。


 武雄は悪くないなと思った。

 とはいえ、武雄は己の名前以外に文字は書けない。


 ではどうするか。


 誰かに教えさせるのだ。

 奴隷を教えるのに一般の者では何かと問題が起こるかもしれない。

 なに、金ならある。

 奴隷が奴隷を教えれば問題ない話である。


 こうして武雄は、頭のいい奴隷を求めて奴隷商の下を訪れる。


 そして、そこで出会ったエルフの女にこう言われたのだ。


 ――私は貴方が嫌いです、と。


◆◇


「私は貴方が嫌いです」


 そんなことを面と向かって言われれば、それこそ面食らうというものである。

 当然、武雄も面食らった。


 奴隷の首輪を付けてしまえばどうにでもなるかとも思ったが、首輪は命令を聞かせるために首を締め上げるものだ。

 脅しとしては使えるかもしれないが、武雄は無理矢理どうにかしようとは思っていない。


「……まあ、僕のことは嫌いでも構わないんだけども、いや、そもそも何で嫌いなんだい?」


 というわけで、『なぜ嫌いなのか?』――その問題解決に取りかかった。


 すると、またプイッと横を向いてしまうエルフの女。


 それを見て、武雄はウーンと頭を悩ませる。


(おそらくは、男ではないかと疑いをかけたことに腹を立てているんだろう)


 しかし、ここでそれを指摘して謝ったらどうなるだろうか?


 目の前のエルフの女はその件について一切言ってこない。

 それは彼女にとって男に間違われることは恥じるべきことであり、また彼女のコンプレックス(胸)を大きく刺激するものであったからだ。

 それを心の内を見透かしたようにこちらが指摘し謝罪しても、再び相手を傷つけて関係はこじれるだけではないだろうか。


 これは参ったと武雄は思った。

 その横では店員はどうしていいかわからずに、オロオロとしている。


「よし」


 考え込んでいたはずの武雄が突然発した言葉に、ビクリとしたのは店員だけであった。


「まず、君を買うのは決定事項だ」


 他の者を探すということも考えたが、奴隷を買う理由を考えたら自分への嫌悪などあまり関係がないことに武雄は気づいたのである。


 そして、武雄のこの一言に店員がホッとした。

 どうやらこの客は貧乳フェチに加えてMの気があるらしい、などと店員が考えたのはご愛敬だ。


「次に君は僕のことを嫌いでも構わない」


 ほらやっぱり、と満足げに頷く店員。

 一方のエルフは横を向いたままである。


「最後に、君を買う理由だが、ある女の子二人に勉強を教えてほしいからだ」


 またまたー、本当はスケベをするために買うくせに、とニヤニヤするのは店員である。


「では金を払おう――と言いたいところだが、手持ちでは足りない。ベント商会に預けてあるのでちょっと待っててくれないか」


 ベント商会とは武雄がペットボトル売買を行っている店だ。既にペットボトルの半分以上を売っており、預けている金は三千金貨を越えている。


「へえ、こちらはいくらでも待ちますよ」


 店員からは了承の返事。

 武雄は、戻ってくるまでに司祭を呼んでおいてくれと頼み、呼び賃の十金貨を店員に渡す。そしてニヤニヤと笑みを浮かべる店員を背に、ベント商会へと向かうのだった。


◇◆


 ベント商会で金を引き出すと、再び奴隷商の下に戻り、つつがなく売買は完了した。

 今はエルフと二人、己が家への帰路についているところである。


 武雄の横をエルフが歩く。その首には奴隷の首輪。

 エルフの名はミリア。

 金色の髪に白い肌、それに長い耳を持ち、立って並ぶと武雄よりほんの少し小さいくらいの背丈であった。

 武雄がミリアの方を向く、するとミリアは顔を背け決して目を合わせようとはしない。


 まあいいかと、武雄はミリアを連れたってそのまま家路についた。


「ただいま」


 バタバタと足音を立てて走りってくる小さな影。


「おかえりなさい!」


 それはラコであった。


 自分の前まで来たラコに武雄はもう一度、ただいまと言ってその肩をポンと叩いく。

 するとラコは嬉しそうに目を細めた。


 武雄が「ジルは?」と聞くと、それにラコが答えるより早く、庭からもう一人の少女が現れる。


 人の頭に獣の耳をのせた少女、ジルであった。


「お、おかえり」


「ああ、ただいま」


 もう共に暮らしてそれなりの時間が経つというのに、ジルの挨拶はぎこちない。

 普段は武雄に対して、物怖じせず何でも言いたいことを言ってくるのに、挨拶をする時はなぜかしおらしくなるのだ。


「それで? そのエルフは何者なの?」


「二人に紹介しよう、彼女の名はミリア。お前たちの家庭教師だ」


 ジルが尋ね、武雄が答える。

 そして、紹介された当のミリアは、今まさに困惑していた。

 連れていかれた先は別段大きくもない普通の家。とても千金貨をポンと出せるような家ではない。


 そして、家の中にいた二人の少女。一人は人間であり、もう一人は獣人と人間のハーフ。その二人の首には奴隷の首輪が取り付けられていた。

 二人は奴隷ということである。


 だというのに、二人は奴隷らしからぬ言葉遣いをする。特に獣耳の少女は不遜と言っていい態度であった。


(そして己の紹介、二人の家庭教師をするのだと男は言った)


 檻の中でも聞いたが、教師など嘘っぱちだと思っていた。

 口からでまかせ。大人しく買われるための嘘。

 店員からも、貧乳好きであると聞かされた。


(しかし、この男が私を見て最初に言った言葉……)


『……その、失礼な話だが……女……でいいのか?』


 思い出して、ピキリと額に青筋が浮かんだ。


(遺憾、本当に遺憾なことであるが、男にとって自分は性別を疑われるような存在)


 武雄という男はミリアに女を求めていなかったのだ。

 ではなぜ、条件は女だったのか。


(それはつまり――)


 ミリアは二人の少女を見る。


(――教える相手もまた女であるからか)


 ミリアの前でジルが、「どういうことよ!」と武雄に詰め寄っている。

 それをラコはぼうっと見ていたのだが、ミリアの視線に気づき顔をそちらへと向けた。


 くりくりとした綺麗な目がミリアを見つめる。

 目の前の人間の少女が幸せな生活を送っているであろうことは、すぐにわかった。


「ミリア……おねえちゃん……?」


 きょとんとした風に名前を呼ばれた。


 ミリアはもう顔を逸らさなかった。


「……貴女の名前を教えてくれるかしら?」


「うん! ボクはラコっていうんだ!」


 それは大輪の花のような笑顔であった。


(私もこんな風に笑えるようになるのかしら)


「そう……素敵な、本当に素敵な名前ね」


「へへへ」


 名前を誉められたラコは照れもせずに嬉しがる。

 それを見たミリアは僅かに微笑んだ。


 と、そこへ武雄が声をかける。


「おお、早速仲良くなったようで」


 ミリアは物凄い勢いで顔を逸らすのだった。


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