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2章 奴隷商人になるまでの話 2―1

 ひょんなことから獣人と人間のハーフの少女であるジルと、人間の少女であるラコを奴隷として買った武雄。

 己に剣を教えてくれた亡きゴルドバの影を追い、武雄は二人に剣を教える。


 そして三人の生活は、探索者の街ノースシティで一ヶ月目を迎えようとしていた。


 ――これは武田武雄が奴隷商人タケオ・タケダになる前の話。






「一! 二! 三!」


 ゴルドバの家の庭地にて、頭に獣の耳を生やした少女ジルが数を数えながら剣を振る。


「いち! に! さん!」


 その横では、ジルよりも体が一回り小さいラコが懸命に木剣を振るっていた。


 その場に二人の主たる武雄はいない。


「二百九十九! 三百!」


「はぁはぁ、にひゃくきゅうじゅうきゅう! はぁはぁ、さんびゃく!」


 三百回の素振りを終えて剣を下ろす二人。


 ジルは、ふうっと息を吐いた。

 如何にジルが獣人の血を引いているとはいえ、振るっているのは大人用の剣である。

 その額にはびっしりと汗が浮かんでいた。


 一方のラコ。振るう剣は木剣なれど、人間の少女でしかないラコにとって、それはやはり重量物である。

 ラコは木剣を地面につき、それを支えにして辛うじて立っている状態だった。


「ラコ、大丈夫? アイツも居ないんだし座って休んだら?」


 ジルが肩で息をしながら、ラコに腰を下ろすことを勧める。

 しかし、ラコは首を左右に振ってそれを断った。


「兄ちゃんが、はぁはぁ、訓練中は、座ったら、はぁはぁ……」


「もう喋らなくていいから、息を整えなさい」


 遺跡探索中に座ることなどは許されない。

 周囲にどんな危険が潜んでいるかわからないからだ。

 そして疲れている時こそ、最も危険に晒されているということであり、警戒を厳にしなければならないだろう。


 武雄は二人を探索者にするかどうかは決めていなかったが、その心構えはしっかりと教えていたのだ。


「それにしてもアイツどこいったのかしら」


 青い空を見上げながら、ジルはそう呟いた。


◇◆


 その頃武雄は、ノースシティで最も大きいとされる奴隷商――過去にジルとラコを探して訪れた店へとやって来ていた。

 その目的は新たな奴隷を買うことである。


「では、こちらへ」


 武雄が受付にて十金貨を支払うと、敷地内の大きな建物へと通される。

 大きな建物の中にはズラリと奴隷の入った檻が並び、その檻の数々がただっ広い空間にいくつもの通路を作り上げていた。


「なにかご希望はありますか」


 ニコニコと笑いながら手を擦り合わせて対応する男性店員。

 前に来た時に応対した店員とは別の者であり、小太りで薄い頭が特徴であった。


 そんな店員に武雄は希望する奴隷の条件を伝える。


「女で賢い者を頼む」


 それを聞いた店員は内心で嫌らしく笑った。


 たまにいるのだ。

 ズッコンバッコンするための性奴隷を求めに来たくせに、恥ずかしがってそうじゃないように取り繕う者が。

 賢い者なんていかにもな条件をつけて、さもチョメチョメするための奴隷を探しに来たんじゃありませんよとアピールする奴が。


(――はいはい、わかりました、こちらもプロですからね。お客様のお心を傷つけないように致しますよ)


 そんなことを考えながら、店員は武雄を奴隷の下へと案内する。


「では、こちらの人間はいかがでしょうか?

 毎日、運動をさせ、栄養のあるものを食べさせておりますので、肌艶も良く、健康でございます。

 器量もなかなかのものかと」


「それで頭は? 賢いのか?」


「え、頭でございますか?」


 は? 何を言ってるんだこいつは? と店員は思った。


 スケベをするための奴隷を買いに来たのに、なぜ賢い云々が出てくるのか。

 お前が求めているのはそこじゃねーだろ! と思わず叫びそうになったのは内緒である。


 しかしここで、察しのいい店員は武雄の発言の意図を素早く理解した。


(……そうか、胸か!

 胸が気に入らなかったか!)


「ああ、そうそう、頭でございますね。ではこちらへ」


 店員は武雄を連れて、てくてくと別の檻へと移動する。


「この女はいかがでしょうか。先程の者より、器量は落ちますが、その……なかなか立派なモノを持っていると思います」


 それは、立派なものが二つたわわに実った人間の女であった。


「そうか、立派か」


 顎を擦りながら考え込む武雄。


 早く決めちまえよ、巨乳フェチが! などと店員が考えているとは露とも思わない。


「うーん、13×9は?」


「は?」


 すると武雄は何を思ったか、掛け算の問題を出した。

 一方の檻の中の女は、客とおぼしき男の突然の問題に呆けたような声が漏れる。


「13×9は?」


 二の句も継げずに、同じ問題を繰り返す武雄。


「え、えっと……」


 少しばかりの逡巡の後、女は武雄の言っていることを理解して、手の指でもって計算をし始めた。


「いや、もういい。次」


 はあああああああぁぁぁぁぁ? と、内心で激高しているのは店員である。


(そんな商人しか解けねえ問題を出してまで、わざわざ断るとか。

 むっつりすぎだろ!

 ……。

 むっつりすぎだろっ!!)


 むっつりすぎだろ! と武雄にぶちまけたいのを我慢しながら、店員は心の中でそれを反芻させた。


 そして考える。

 これも駄目なのか、と。


 最初の女は顔も良く、胸は普通。次は巨乳だが顔は普通。

 そしてこの客は種族については特に条件を出さなかった。

 種族が目的ではないと言うことだ。


 つまり、やはり目的は胸。


(中、大が駄目となると……)


「ぶふぉっ!」


 すると突然吹き出した店員である。

 何事かと、武雄はそちらに顔を向けた。


「い、いえ、すみません」


 笑いをこらえながら謝る店員。

 わかったのだ、このむっつりスケベな客が何を求めているのか。


「で、ではこちらに」


 続いて、やって来た檻にはエルフの女がいた。

 胸がストンと落ちた、壁のような女である。


「エルフですのでかなり値は張りますが、お客様のご希望に添える商品だと自負しております」


 そう、まさかの 貧 乳 好 き !

 このむっつりスケベは貧乳フェチだったのだ!


 まだ発展途上の野性味溢れるこの時代、男は逞しい体と巨大な男根が好まれ、女ならばより女らしい体、特に大きな乳房が好まれた。

 そして小さな胸を愛する者は当然異端とされ、嘲笑の対象となったのである。


(己の読みに間違いはない……勝った)


 さあどうだと言わんばかりに店員は武雄は見た。


「……その、失礼な話だが……女……でいいのか?」


『ぶふぉっ!!』


 檻の中にいるエルフの胸を見た武雄がそう言うと、店員は思わず噴き出した。

 いや、店員だけではない、その両隣の檻にいる奴隷までもが噴き出している。


 一方、当のエルフの額には青筋が浮かんでいた。


◆◇


「心配ございません、このエルフは女でございます」


「そうか……14×8は」


 またそれか、と商人は思った。

 今度は答えられなくても買うくせに、と武雄の心の内を読み、店員はほくそ笑む。


「……112」


 ぼそりとエルフの女が言った。


 ほう、そんな特技もあったのかと感心したのは店員だ。

 商品たる奴隷の基礎能力も把握していない、かなり駄目な店員であった


「字は書けるか?」


 こくりと頷くエルフの女。


「よし、買おう。幾らだ」


 武雄が値段を尋ねると、店員は手に持った資料を確認する。


「千五百金貨、と言いたいところですが……」


 資料に書かれていた仕入れ値は四百金貨。

 本来エルフの女の仕入れ値は八百金貨から始まるのが基本であるが、それがまさかの半額である。

 まったいらな胸に加えて成人しているという、夢も希望もない奴隷――それゆえの破格の仕入れ値であったのだ。


 後はこれをどれだけの値で売るか。


(千五百という数字に反応は無し。つまりそれは、吹っ掛けられる相手だということ)


「千金貨で如何でしょう」


 原価率まさかの四十パーセント。

 奴隷というものは高級品でありながら需要も多く、販売の回転率のいい商品である。

 そんな奴隷の売買で原価の二倍以上を要求するのはまさしくぼったくりであった。


 しかし、長い探索者生活を過ごしてきた世間知らずの武雄には、それが高いかどうかはわからない。


「わかった、それでいい」


 武雄は言い値に頷くだけであった。

 しかしその時、思いもよらぬところから声がかけられる。


「待ってください」


 武雄と店員の視線が声の発した方――エルフの下へと注がれた。

 そしてエルフが再び口を開く。


「私、嫌です」


「は? なんだって?」


 聞き間違えかな、と店員は思って聞き返す。


「この男に買われるのが嫌だと言っているのです」


 残念、それは聞き間違いでもなんでもありませんでした。

 ボロ儲け間違いなしの大きな取引をぶっ壊しかねない、その発言。

 まさかまさかの奴隷という身分もわきまえぬ、エルフの拒否宣言であった。


「な、な、な、な、な、何を言ってるんだぁっ!

 お前はこの旦那様に買われたんだよ! いいか! お前は奴隷! 俺は商人! そしてこの旦那様はお前のご主人様だ!」


 とにかくこの商談を破綻させてはならぬと考え、頭に思い付いたことを片っ端から捲し立てる店員である。

 なにせこのボッタクリ取引を成立させたなら、商会からの特別報酬は間違いない。そりゃあ必死にもなるというものだ。


 しかしそれに対してエルフは、そんなの私知りませんとばかりにプイッと横を向いた。


「聞けよ、こらぁーーーーー!!!!」


 部屋中に店員の叫び声がこだました。


「まあ、待って」


 そんな店員の肩に手を置いて、制止したのは武雄である。


「こ、これは何かの手違いでございますっ! こんなことを言っていますが内心ではコイツも――」

「私は貴方が嫌いです」


 すると、武雄を正面に見据えてはっきり“嫌い”と言い放ったエルフの女。


「んもぉーーーー!! 何なんだよ、ホントにさぁーーーー!!」


 店員は再び雄叫びをあげた。


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