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2章 ダークエルフの戦士ライナ 1

 七百年も昔、大陸の大部分を支配していたのは人間以外の種族であった。


 幾種もの獣人が平地をそれぞれ支配し、山にはドワーフが居を構え、森にはエルフとダークエルフが住んでいた。

 そんな中、人間はわずかに残された荒れ果てた地へと追いやられ、苦しい生活を余儀なくされていたのである。


 ――そして人間は獣人達に反乱を起こした。


 全ては豊かな土地を手に入れるためであった。

 しかし、個々の能力ではるかに及ばぬ獣人を相手に、まともに戦っても勝てようはずもない。

 そこで人間は獣人達の中でも小さな部族、それも他と仲の悪い孤立している部族を狙うことにした。

 多数によって少数の敵を制するのは兵法の基本である。それが力の差のある種族ならばなおさらだ。

 人間側は小部族の下に大挙して押し寄せて、対する獣人達は奮闘するも、やがてその波に呑まれていった。

 作戦は功を奏し、緒戦は人間側の勝利に終わったのである。如何に獣人が強かろうとも、数の暴力には勝てなかったのだ。


 そしてこの時より、他の荒れた地に住まう人間達も立ち上がった。

 人間達は共に連絡を取り合い、小さな部族をそれぞれの地にて打ち倒していく。

 時には、獣人の恐るべき膂力によって逆に人間側が倒されることもあったが、各地での戦況は概ね人間側の勝利といえた。


 やがて、多くの小部族を滅ぼした人間達は平地の五分の一を手に入れることになる。

 さらに、人間の集団は国となり、よりいっそうの栄華を人々は期待した。

 しかし、人間達の快進撃はそこまでだった。


 残った平地の五分の四を支配するのは獣人が大部族と、それに連なる中小の部族であったからだ。

 彼らは強さも、数も、その繋がりも、今まで戦ってきた獣人の小部族とは比べようもない存在である。人間側がどこかに攻め入れば、獣人達は全戦力をもって、人間を滅ぼしにかかるだろう。


 では、人間はこのまま平地の五分の一の土地で我慢するのか?

 それはできなかった。

 新たに奪い取った土地は結局は力の乏しい者達が支配していた地。人間が少し前まで住んでいた土地よりも、少しばかりマシになった程度のモノだったからだ。

 少数の獣人達なら充分だったかもしれないが、数の多い人間には満足のいく土地ではなかったのである。


 人間達は悩んだ。


「大部族が支配する平地が無理ならば、山か森を攻撃すればどうか」


 ある者がそう提案した。

 しかし、他の者達は皆首を横に振る。


 山に住むドワーフは大部族と友宜を結んでおり、ドワーフの住む山へと攻め込めばたちまち大部族が人間を襲うだろう。

 さらに森に住むエルフとダークエルフは、年がら年中森の覇権をかけて争っているという、頭のネジの外れた戦争狂い同士。

 どちらと戦っても苦戦は間違いないが、もし勝ったとしても、弱りきったところをもう一方に狙われ殺されるだけだ。


 山もしくは森を攻めるのは、大部族と戦うのと同じくらい無謀だったのである。


 そんな中、ある人間の国が――


「同じ獣人が人間に滅ぼされている時に見向きもしなかったのだから、他種族が攻められても動くはずがない」


 ――という考えのもと、ドワーフの山国へと攻め入った。


 しかし、その考えは間違いである。

 人間が滅ぼした小部族達。それは大部族に臣従しようとせずに孤立していた獣人達であったが、そんな者達が何故存在していたのか。

 大部族がその気になれば、あっという間にその支配下に、または滅ぼせたにもかかわらずに。


 ――それなのに何故?


 なぜならば、それらは大部族にとって路傍の石だったからだ。

 さらに言えば、人間に滅ぼされる獣人など獣人ですらない、とさえ大部族の者達は思っていた。


 大部族という絶対的な存在の前に臣従するでもなく、しかし牙を剥こうともしない者達。

 己のちっぽけなプライドのために、膝をつかぬ振りをする無能の集団――それが人間に滅ぼされた小部族達だった。


 臆病なのはまだいい、しかし無能はダメだ。


 結果、人間に敗れた。

 その際、無能の集団は援軍の要請を出しているが、当然大部族は無視をしている。


 無知にして無恥。

 己になんの利をもたらすこともない――つまり、大部族にとって滅ぼす価値もないどうでもいい存在が、人間達に滅ぼされた小部族であった。


 しかし、ドワーフは違う。

 ドワーフ達は山で採れた鉱石から武器を作り、大部族にそれを貢いで友宜を望んだ。

 ドワーフよりもたらされた武器は、石や木の武器よりもはるかに硬く、鋭い。

 ドワーフとは大部族にとって利のある相手であり、自分達の分というものを知っている存在であったのだ。

 かくして、人間対ドワーフ・獣人の戦争が幕を開いた。


 ドワーフの武器を手にした獣人達は人間が束になっても勝てる相手ではなく、ドワーフの山国に攻め入った人間の国はあっという間に滅ぼされた。

 これに恐怖したのは、他の人間の国である。

 今回の一件が自分達に飛び火するのではないかと、戦々恐々とした有り様であった。

 そしてその懸念は正しかった。


 大部族は他の人間の国へも攻め込んでいったのだ。

 結果は火を見るよりも明らかであろう。

 人間側は連戦連敗、負け戦を繰り返して遂には元の荒れ果てた地へと追いやられてしまうのであった。

 しかしそこで終わりではない。

 大部族は人間を完全に滅ぼす気だったのだ。


 大陸に点在する荒れ果てた地に逃げ込んだ人間達は、大部族によって次々に攻め込まれる。

 それに対し人間側は為す術もなく、滅ぼされるだけであった。


 北から始まり東へ南へ、大部族の攻勢はとどまることを知らない。多くの国が滅ぼされ、遂に人間の国は西の果ての地だけになってしまったのである。

 そして、その西の果てにも獣人の大部族が大軍をもって現れた。

 その姿を見た人間達は絶望し、そして諦める。


 そんな時だった。西の果ての国より一人の人間が現れたのは。


 その名をウジワール。


 神の言葉を話す、黒髪の青年であった。






 荒れ果てた荒野にて、人間と獣人の両軍が距離を挟んで互いに睨み合っていた。

 いや、睨み合うというのは語弊がある。

 人間側は明らかに怯えが見えるし、獣人側は狩りでも楽しむかのようにその心は気楽なものであった。

 籠城する設備もなく打って出るしかなかった人間達と、わざわざ敵の陣形が整うのを待っていた獣人達。その差は、戦う前から一目でわかるほどに歴然としていた。


 しかし、そこに、人間の軍より一人の黒い髪の青年が飛び出した。

 それこそがウジワールである。


 ウジワールは片刃の剣を片手に、単身大部族へと向かっていく。

 ウジワール以外の人間達は戦う気力もなく、それをただ見つめるだけであった。


「とんだ馬鹿がいる」


 大部族の先陣にいた獅子の顔の獣人が大きく笑った。

 その者、身の丈ほどの大斧を軽々と振るう、力自慢の獅子族の男である。

 そして獅子族の男は、ウジワールの前に躍り出た。

 その場にいた獣人達の誰もが、人間の死を確信していただろう。


 しかし、一息のうちに首が跳んだのは獅子族の男の方であった。


 獣人達が呆気にとられる中、続いて前に出たのは豹の顔をした速さを自慢とする獣人の男だ。

 しかしこの男もまた瞬きをする間もなく、ウジワールによって首を刎ねられる。

 この二人は獣人族の中でも相当の手練れ。どちらも先鋒を任された一部族の長であった。


 今度は獣人達が恐怖におののく番だったのだ。

 それもたった一人の人間に。


 ウジワールは己の命を省みることなく、ただひたすらに敵陣へと斬り込んでいく。

 虎も、牛も、熊も、犀も、狼も、ウジワールの前に立ち塞がる者は誰であろうと絶命していった。


 そして遂にウジワールは、獣人が大部族の族長にその刃を届かせたのだ。

 己の命と引き換えにして。


 ウジワールは死に、大部族の族長も死んだ。


 人間達は英雄の存在を知り己を奮い立たせ、そして獣人達はその存在に恐れをなしたのであった。


 そこからは人間と獣人の一進一退の攻防が続く。

 さらに何を思ったか、この戦いの人間側にエルフがつき、獣人側にダークエルフがついた。

 戦いは泥沼と化していくのであった。


 やがて互いが戦い疲れた頃、講和条約が両軍に結ばれる。

 人間側には豊かな地を含めた五分の二の平地が与えられ、戦いは終結したのだった。


 その後、ウジワールを神の子とする宗教『ウジワール教』が発足。

 さらに、豊かな土地を得たことで食糧問題が大きく改善された人間達は、持ち前の繁殖力も合わさって爆発的にその数を増やすことになる。






 それから百年も経たないうちに再び戦争は起こった。

 数を爆発的に増やしていく人間達に対し、それを恐れた獣人達が襲いかかったのだ。

 ドワーフとダークエルフは獣人達に味方し、エルフは人間に味方した。

 百年前の大戦の再来である。


 しかし、前回の大戦とは明らかに違う部分があった。

 人間側の魔力の使用である。


 前大戦の末期において、エルフが一部の人間に教授したといわれる魔力運用。

 それが人間達に広まり、獣人と人間との個体の差を大きく埋めていたのだ。

 ならば、後は数が勝負を決めるだけであった。


 結果、戦いは人間達の圧勝に終わる。

 獣人、ドワーフ、ダークエルフは散り散りとなり、かつての人間達のように身を隠して暮らさなければならなくなるのであった。


 やがて人間が大陸全土を支配すると、エルフを除く人間以外の種族は亜人と呼ばれ、人間の世界で後ろ指を差されながら生きていくことになる。


 そして現代において、亜人達は当時よりがは改善されたものの、未だにその地位は低く、苦しい生活を余儀なくされていた。







「はあ」


 人間社会のつまはじき者であるダークエルフの女が、己の不幸を思ってか、とある地下牢の中で息をひとつ吐く。

 その女はダークエルフという名にふさわしい褐色の肌と長い耳を持ち、背中にまで延びる燃えるような赤い髪を後ろで一括りにしていた。

 そんな彼女の名はライナ。元は一流に近い実力を持った探索者である。


◆◇


 あたしは薄暗い地下牢で寝転がりながら天井を見つめる。


「なーにやってんだか」


 口から出るのはとりとめのない愚痴か、ため息ばかり。

 当たり前だ、二十四才という身空で牢獄生活などをやっているのだから。ましてや、ここは奴隷として送り出されるまでの待機所である。

 あたしの人生はまさしく終わっていた。


「あの嬢ちゃん達はうまくやってんのかねえ」


 ふと、思い起こすのは共にここへ連れてこられた二人のエルフの少女。

 上の嬢ちゃんは十数日も前に、下の嬢ちゃんは一昨日にここから連れていかれた。


 あたしが心配することでもないか――そう思うが、何故だか頭の中から離れない。


「黒と白は犬猿の仲……か」


 白は森の民の誇りを忘れて、人間に与する汚れた存在。

 そうであるはずなのに、あの二人の在り方は何よりも眩しかった。


 あたしは目をつむり昔を思い出す。


 ――十七歳の頃、あたしは村を飛び出した。

 重税を課された村の生活に耐えかねたが故の決断だった。


 向かった先はノースシティ。別名、探索者の街だ。

 亜人と蔑まれているダークエルフが身を立てるには、探索者しかないと考えたからである。

 自信はあった。

 魔力は村で一番大きかったし、純粋な力も女だてらに男に負けてなかった。その魔力と力を合わせれば、村であたしに敵うやつなんていなかったから。


 ビッグになって腹一杯うまい飯を食べる。探索者になる動機はとてもくだらないものだったが、それで十分だった。


 そしてあたしは、一人で遺跡へと潜った。

 手には石の剣。突き刺すことと鈍器としてしか使えない粗末なものだ。

 毎日遺跡に潜り、弱い魔物を倒して売れそうな部位を剥ぎ取り、小銭を稼いだ。


 時には買い叩かれたりもしたが、歯を食いしばって文句も言わず、それを甘んじて受け入れた。

 ダークエルフだから買い叩かれたんじゃない、自分が弱いから買い叩かれたんだ。

 そう自分を戒めた。


 もっと大きく、誰もが無視できない存在になってみせる。

 それが可能なのが探索者だったから。


 その前例は既にあった。一流と呼ばれる探索者に幾人か存在する獣人達。ダークエルフと同じで人間社会のつまはじき者であるにもかかわらず、彼らに対しては人間ですらへりくだる。

 彼らこそがあたしでもビッグになれるという証だったのだ。


 やがて武器が変わり、鎧を身に付け、豪勢な飯が毎日食えるようになり、気がつけばそれなりに名を知られるようになっていた。

 それは六年という月日。

 その長い月日をあたしは群れることなく、たった一人でやって来たのである。

 村ではエルフを信用するなと教えられた、人間を信用するなと教えられた、他種族を信用するなと教えられた。

 エルフが人間側についたから、人間が獣人達に攻撃をしかけたから、獣人やドワーフが弱かったから。

 だから負けたと、そう教えられた。

 全ては言い訳、ダークエルフが誇り高き存在であるという言い訳だ。

 さすがのあたしも、その教えの全てが正しいとは思っていない。 しかしだからといって、他の種族と仲良くなろうとも思わなかったのだ。


 当初の目標、ビッグになるというのはまだとしても、腹一杯うまい飯を食べることは既に達成されている。

 しかし、一人での探索では深く潜るのにも限界というものがあり、なかなか深部へは進めないでいた。


 そして代わり映えの生活が続き、日々に退屈を覚え始めた。


 そんな時だった。

 あたしが同族の探索者に出会ったのは――。


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