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1章 奴隷になるまでの話 ラコの日記

武雄の奴隷となった亜人の少女ジルと人間の少女ラコ

今回は人間の少女ラコの話

 ボクにはお母さんしかいない。

 お父さんはどこへ行ったの? って聞いても、お母さんは教えてくれない。ただ笑って、ボクの頭をなでるだけだった。

 でも別にそれでもいいと思った。

 お母さんはとても優しかったから。


 ある日の朝、お母さんは目をさまさなかった。

 お日様はもう一番上まで昇っているのに、お母さんは寝たままだ。

 毎日仕事を頑張ってるお母さん。

 だから今日くらい寝ぼすけでも別にいいよね。


 でも、次の日もその次の日もお母さんは起きなかった。


 本当は知ってたんだ。

 お母さんは死んじゃったんだって。

 どんなにゆすっても起きなくて、息だってしてなくて、こんなにボクは悲しいんだもん。


 それから大家さんがやって来て、ボクは追い出された。

 その時に「お母さんは?」って聞いたら「墓に埋めるくらいはしてやる」って大家さんは言ってくれた。

 ボクにはどうすればいいかわからなかったから、これでよかったと思う。


 でもボクは一人だ。


 行くあてもなく、町をふらふらと歩く。

 疲れたので、建物と建物の間で座ることにする。道で休んでいたらみんなのジャマになるから。


 ぐうぐうとお腹が鳴った、でも食べ物なんてない。

 少しでもお腹をまぎらわすために、寝ることにしよう。


 ……そのまま目がさめずに、お母さんのところへ行けたらいいな。






 体がゆらされて、ボクは目をさました。


「起きた? つーか、こんなとこで何やってるのよアンタ。死んでるかと思ったじゃない」


 それは、頭に動物の耳を生やした女の子だった。

 名前はジル、ジルお姉ちゃんだ。

 その日からボクは一人じゃなくなった。


 ジルお姉ちゃんは、いろんなことをボクに教えてくれる。

 果物の取りかた、泥棒のやりかた、お金のかせぎかた、危険なところに、安全なところ。

 そして、ジルお姉ちゃんのこと。


 ジルお姉ちゃんのお母さんは人間だけど、お父さんは人間じゃないそうだ。

 それで、ジルお姉ちゃんはお母さんと暮らしていたみたいだけど、ある日、そのお母さんが仕事に行ったまま帰ってこなかったらしい。

 ジルお姉ちゃんは、捨てられたんだって言っていた。


 ボクはなにも言えなかった。

 ボクのお母さんは優しかったけど、ボクはジルお姉ちゃんのお母さんを知らないから。

 そうだ、天国にいってお母さんに会えたら、ジルお姉ちゃんをボクの本当のお姉ちゃんにしてもらおう。

 その日ボクは、お母さんとジルお姉ちゃんとボクが、みんなで笑っている姿を夢に見た。






 ジルお姉ちゃんに出会って何ヵ月も経った頃、ボクたちがちょっぴりお金持ちの人たちが住んでるところをウロウロしていると、急にジルお姉ちゃんの足が止まった。


「この家、ずっと空き家ね」


 庭はボーボーに草がのびていて、夜は明かりがついていたことがない家。

 前に一度泥棒に入ったことがあるけど、お金になりそうなものは見つからなかった。


「よし、ここを私たちの家にしましょう!」


「でも、この家の人にばれたらボクたち殺されちゃうんじゃ……」


 この辺りは探索者っていう危険な人達が住んでる場所だから、ボクたちが“仕事”をするときはさいしんの注意をしなさい、って言ってたのはジルお姉ちゃんだ。

 ボクたち以外の人がここを“仕事”場にしないのは、見つかったら殺されてしまうからだって。


 お姉ちゃんは「ライバルがいないから逆においしいのよ」って言ってたけど。


「そんな心配そうな顔しないでも大丈夫よ。最初に盗みに入ってからずっと目をつけてたけど、人がいる様子は一度もなかったわ。

 たぶん、家の持ち主はどっかで野垂れ死んだのね。

 それに私たちが帰ってくるのは夜。もし人が帰ってきていても、火の光ですぐにわかる。

 おまけにこの辺の奴は自分以外のことには無関心よ、誰が住んでいようと気にする奴はいないわ」


 さっすがジルお姉ちゃん。ボクが考えていた心配なんて、全部お見通しだったんだ。


「それにくそったれな連中から逃げるのに、コロコロ寝床を変える必要がなくなるし」


 くそったれな連中にはまだ出会ったことはないけど、なんでも寝てるときにおそわれるらしい。

 前に詳しく聞こうとした時には、ボクにはまだ早いと言って、ジルお姉ちゃんは教えてくれなかった。


 なにはともあれ、こうしてボクたちは家を手に入れたのだった。


 それからボクたちは長い間その家で寝泊まりした。ジルお姉ちゃんといっしょに決まった場所で眠れるというのは、なんだかとても気持ちがいい。

 お母さんと住んでいた懐かしいあの頃を、ボクはよく思い出す。

 ここがボクたちの居場所なんだ、と思った。


 でもそんな素敵な時間も、終わりがやって来た。


 ある日、家に帰ると男がいたのだ。

 部屋には明かりなんかついてなかったのに、なんで? とボクは思った。


 ジルお姉ちゃんが一度捕まってしまうも、ボクたちはなんとか男から逃げのびる。

 でも大事な居場所はなくなってしまった。


 ボクの目から涙が出る。

 これからまた、ボロボロの場所を転々とする生活がはじまるのだ。

 ジルお姉ちゃんが励ましてくれたけど、涙は余計に出るだけだった。


 翌日、まだ暗い時間に果物をとりに行く。

 家がなくなってもボクたちはやることは変わらない、そうしないと生きていけないから。

 目立たないように、取るのはいろんなところから少しずつ。


 朝ゴハンとしてとった果物を一つかじり、残りは街で売る。

 売れなかったら、それはボクたちの昼と夜のご飯だ。


 町のお店がいっぱい並んでいるところで、ジルお姉ちゃんと二人、木の板に果物を並べてお客を待った。

 誰かが買ってくれる日もあれば、買ってくれない日もある。


 しかし、その日は買ってくれる日だったようだ。


「二つ貰うよ」


 そんな声と共に、チャリンと金色の物がボクたちの前に投げられる。

 よく見れば、それはなんと金貨だった。


 顔を上げる。そこにいたのは昨日の男だった。


 男はほかに何も言わず、果物を二つとって去っていく。

 ボクとジルお姉ちゃんはポカンとその背中を見つめていた。


「こ、これ……」


 震える手で地に落ちている金貨を、ジルお姉ちゃんが拾う。


「ほ、本物のようね」


 金貨を前にしたり後ろにしたり、じろじろと見ながらお姉ちゃんが呟いた。


「ジルお姉ちゃん、ボクにも見せて!」


 ほら、とジルお姉ちゃんがボクに金貨を渡す。ボクはそれを手に取り、ジルお姉ちゃんと同じように前にしたり後ろにしたりして、じろじろと眺める。

 銅貨しか見たことがないボクには、ピカピカと光る金貨はとてもきれいに見えた。


「今日はもう終わりにしましょう」


 そう言って、ジルお姉ちゃんは布袋に果物を詰め始める。

 そんなジルお姉ちゃんにボクはなんで? と聞いた。


「馬鹿ね、そんな大金いつまでも持ってたら危ないわ。早いとこ崩して全部盗まれる危険性を分散させるのよ」


 なるほど、と思った。

 いつも、お金はジルお姉ちゃんとボクが別々に分けててもっている。

 片方が盗まれても大丈夫なようにだ。


「さあ、今日はなんか美味しいものを食べるわよ!」


 ジルお姉ちゃんがほっぺたを緩ませながら、そう言った。まるで、お日様のようにまぶしい笑顔だ。


「うん!」


 ボクも負けるもんかとおもいっきり笑う。


 その日のご飯は屋台で売ってたお肉が挟まったパン。

 ボクたちは建物と建物の間に入って座り込み、手にもったそれを一口かじる。

 それは今まで食べたことがないくらい、とても美味しかった。


「ま、そこそこ美味しいわね」


 ジルお姉ちゃんも口ではそんなことを言っているけど、その顔はとっても美味しそうだと言っている。


 ボクはなんだかうれしくなって、また一口かじった。


 お母さんがいなくなったけど、かわりにお姉ちゃんができて、家はなくなっちゃったけど、金貨を貰って今は美味しいものを食べている。

 世の中はよくできてるんだなあ、とボクは思った。


 次の日も、その次の日も男の人は果物を買っていく。

 さすがに金貨はもうくれなかったけど、それでも銀貨をくれたんだからボクたちとしてはバンバンザイだ。

 銅貨十枚でもなかなか買ってくれる人がいないのに、あの人はお金持ちなのだろうか。


 ジルお姉ちゃんは「カモよ、カモ」と言っていた。

 ボクがその意味を聞くと、「馬鹿で騙されやすい客のことよ」と教えてくれる。


「優しい人じゃないの?」


 とボクは尋ねた。


「絶対に気を許しちゃダメよ! 他人なんて、それも大人なんて何を考えてるかわかったもんじゃないんだから!」


 ジルお姉ちゃんは叱るように強く言った。

 ジルお姉ちゃんがそう言うなら、たぶんそうなんだろう。


 でも、明日も来てくれるといいな。






 次の日の朝、外はもう明るくなり始めていたけど、ボクたちはボロボロの家でまだ寝ていた。

 昨日取った果物があるから、今日はもっと明るくなるまでお休みだ。


 でも、そこに鎧をきた大人達がやって来た。

 ボクはすぐに捕まって、ジルお姉ちゃんが助けてくれたけど、今度はジルお姉ちゃんが捕まった。

 今度はボクが助ける番だと思って、大人に向かっていったけど、殴られてやっぱり捕まった。

 殴られた頬が痛くて、涙が出る。


 それからボクたちは手足を縛られて、大きな家に連れていかれた。

 連れていかれたのはボクたちだけじゃなくて、他のたくさんの子供もだ。

 そしてボクたちは外に並んだ牢屋に入れられた。

 ジルお姉ちゃんとは別の牢屋だ。


 牢屋の中には他にも子供がいっぱいいるんだから、ボクとジルお姉ちゃんをいっしょにしてくれればいいのに。


 そんなことを思いながら、ボクはジルお姉ちゃんがどの牢屋にいるかを探した。


 みんなが牢屋に入れられると、一番偉そうにしている大人が、ボクたちをどれいにすると言った。

 どれい……死ぬまで働かされるってジルお姉ちゃんから聞いたことがある。

 でも、ジルお姉ちゃんといっしょなら、どれいでも頑張れると思う。


 だからボクは偉そうな大人に、ジルお姉ちゃんと同じどれいにしてくださいと頼んだ。


 すると、他の大人が持っていた棒で牢屋を叩いた。


 しゃべるなってことなんだろう。


 ボクは牢屋の隅で丸くなった。

 他にも人がいっぱいいるけどとても寂しい。

 ジルお姉ちゃんがいないから。


 そして、その日はなんにもなく過ぎて、夜になった。

 ご飯ももらえなくてお腹がグーグーなる。

 もう眠ろうと目をつぶるけど眠れない。

 ジルお姉ちゃんがいないからだ。

 いつもジルお姉ちゃんに抱きついて寝ていたから。

 そんなボクを、お姉ちゃんは子供だと笑っていたけど、ジルお姉ちゃんといっしょにいられるならずっと子供でいい。

 ジルお姉ちゃんだけいれば。


 ボクは目をつむりながら涙を流す。


 このままジルお姉ちゃんとお別れになったら、ボクはどうすればいいのか。


 ボクはまた一人になるの?


 いやだ、いやだよ


 お母さんがいなくなって、お姉ちゃんもいなくなって……


 ほかにはなんにもいらないから


 どれいにだってなるから


 なんだってするから



「だがらボグにジルお姉ぢゃんを返じでぐだざい……っ」


 ボクは泣きながら誰かにいのった。






 そして――


「ダメダメ、全然ダメ。

 手だけで振ろうとするんじゃない。足、腰、肩、全てを使うんだ、ジル」


「むっ、ちゃんとやってるわよ。アンタの目が節穴なんじゃないの?」


 ――ボクのいのりは届いていた。


 そこはほんの少し前まで住んでいた家。

 ボクとジルお姉ちゃんはその家の持ち主――いつも果物を買ってくれたお兄ちゃんのどれいになったのだ。


 おいしいゴハンをたくさん食べられて、暖かい布団で眠れる。

 そうじや洗濯をジルお姉ちゃんとしながら、お兄ちゃんからは剣を習う毎日。


 今日も小さな庭で、ボクたちは剣の練習だ。

 ……ボクが振ってるのは木の偽物だけど。


「お兄ちゃん、ボクも剣振りたい!」


「うーん、ラコはまだ小さいから木刀な?」


「むーっ!」


「ラコが剣を持つなんて百年早いわよ。私みたいにもっと成長してからじゃないと」


「中身はジルもラコもあんまり変わらないけどな」


「な、なんですってーっ!」


 お兄ちゃんが笑い、お姉ちゃんは怒っているけどそれは嘘で、心の中では笑っている。

 ボクももちろん笑った。


 ――お母さん、ボクは今たくさん笑えています。

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