いつまでも笑顔で
あなたのキラキラ輝く笑顔が見たいから、そのために私にできることは―――
3月になった。とは言っても、まだまだ肌寒い。
だが、毎日歩いている道にふとタンポポが咲いているのを見たり、
桜の木の枝に小さなつぼみがあるのを見つけたりすると、暖かな気持ちになった。
その毎日歩いてきた道も、今日が最後――
卒業式は、皆で泣いた。
これで皆と毎日会うのは最後で、いつものように笑いあうことも、もう無い。
改めて自分は卒業したんだ、と実感して、
今更だが、「卒業」という2文字の言葉の重みを理解したのかもしれない。
小学校や、中学校とはまた違う。
これから先、都内の大学に進学する人もいれば、遠い所へ行ってしまう人もいる。
大学には行かず、就職する人だっている。
だから、小学校や中学校とは違うのだ。
離れ離れになるだけでなく、生きる道が違っていくから。
卒業後は、親しくしていた友人と旅行に行った。所謂、「卒業旅行」というものだ。
皆で笑って、騒ぎ合って、楽しんだ後、
どうしてだろうか、ぽっかりと大きな穴が開いた気分になってしまうのだ。
旅行から帰って来て、大学準備を順調に進めていた頃、ふと部屋に飾られている花を見た。
卒業式の後に空手部の後輩から貰った花束だが、もう枯れそうで、
それを見ていると、時間の流れの早さを感じた。
そして、明日は最後の「卒業旅行」の日。
旅行と言っても、メンバーは新一と服部君と和葉ちゃんと私で、
皆でトロピカルランドに行って、新一の家に泊まって、
次の日はちょっとだけ遠くに行って、家に帰るというシンプルなもの。
トロピカルランドの後は家に帰るつもりはないので、一応1泊2日の旅行である。
だが、きっとその間にこの花は完全に枯れてしまうのだろう。
父に「水遣りしておいて」と頼んでも、してくれないだろうし。
そう思いながら、今夜はいつもよりも早めに眠りについた。
翌日は、綺麗な青空が広がっていた。
絶好の旅行日和、と言えるものだろう。
皆、新一の家に集まった所で早速、トロピカルランドへと向かった。
今まで何度も行った場所だが、このメンバーでは行ったことがない。
嫌な想い出が詰まっている場所でもあったが、それ以上にいい想い出が詰まっている場所でもあった。
「最初、どこ乗るん?」
和葉ちゃんがそう尋ねたので、新一と私がいろいろと案内することになった。
今まで何度も行こう、と言っていたのに、その度に事件に巻き込まれて、今日やっと辿り着くことができた。
同じ米花町にあるはずなのにいつもトロピカルランドは遠くにあるようで、
まるで、地球の裏側にあるように思えて仕方ない時もあった。
「来てよかったなあ!」
「思てたより楽しめたなあ」
ちょっと休憩しよう、ということで、買ったジュースやコーヒーを飲みながら一息吐いていた。
和葉ちゃんと服部君は、初めて来たけど、楽しめたようで安心した。
隣にいる新一も楽しそうだが、どこか口数が少ない。
「新一、元気ないね…気分でも悪いの?」
「ジェットコースター乗りすぎて酔うたんとちゃうか?」
服部君が冗談を一発言ったものだから、新一は少しムキになった様子で
「バーロ、んなんじゃねえよ」と言っていた。
それを見て和葉ちゃんとふたりで笑っていたが、
その時に前からずっと気になっていたことを思い出した。
「ねえ、そう言えば新一、帰って来てから『ホームズ』のこと
あまり言わなくなったよね…どうして?」
「お前…姉ちゃんと居る時もずっと『ホームズ』の話しかせんのか?」
「事件のこととか話すってことなん?」
新一が答えるより先に服部君と和葉ちゃんが更に質問攻めにした。
質問攻めにされている新一は、と言うと、何だか困ったような顔をしている。
「皆の前でそんなこと聞くなよ、みたいな顔すんなや」
「な、何言ってんだよ?」
服部君が図星やな、と笑う。
結局、新一はそこでは何も答えてくれなかった。
「なあ、蘭ちゃん…今までずっと一緒に居ったんが
離れ離れになったら、どうなるんやろ…」
それは、その日の夜に和葉ちゃんが呟いた言葉。
今まで学校もずっと一緒だったが、大学は別の場所になるのだ。
服部君の前では楽しそうに笑っていたのに、寝る頃になってから急に寂しそうな表情に変わった。
「私は…服部君と和葉ちゃんなら、大丈夫だと思うよ」
「蘭ちゃん…」
「私、ずっと新一が居なくて辛かったけど…
でもたくさん待った分、今がすごく幸せだと思えるから」
何も言わない和葉ちゃんを見て、私は微笑んだ。
言葉だけじゃなく、本当に今は幸せだと思っている気持ちを理解してほしかったから。
和葉ちゃんは、寂しげにこちらを見ていたが、やがてふたりで笑い合っていた。
新しい道に進もうとしている今、不安がない、と言えば嘘になる。
それを無理に消し去る必要はないが、残っていてもそれはどんどん募っていくだけ。
しかし、こうして笑っている時間だけは、不安は消えている。
完全に消え去るわけではないので、またひとりになった時に思い出してしまうのが辛いが、
それでも、一瞬でも忘れることができるほうが気は楽になる。
電気を消して、布団に入った後も、少しの間は話していた。
疲れが残っているはずなのに、学校のこととか、昨日あったこととか。
でも、そろそろ和葉ちゃんは眠たそうに眼を擦り出したので、
「続きはまた明日にしよう」と言って、眠ることにした。
和葉ちゃんは「おやすみ」と言ってからすぐに眼を閉じていた。よほど、眠たかったのだろう。
ゆっくりと寝返りを打って、部屋の向こうを見ると、暗闇だけが広がっていた。
旅行に出かけると、眠れなくなる人もいるそうだが、自分にはそんな経験はない。
それなのに、今日は何故だか眠れない。眼が冴えてしまったようだ。
外の真っ暗な景色に吸い込まれそう。
――幸せ、か……
時計を見ると、1時を過ぎていた。
和葉ちゃんも同じような不安を抱えている、と思うと余計に不安が圧し掛かってくるようだったが、
早く寝ないと、と思い、無理やり眼を閉じて、一瞬でも「不安」を掻き消そう、と思った。
翌日も綺麗に晴れていた。
その日は、電車に揺られながら、ようやく目的地に辿り着いた。
そんなに遠い地ではないと思っていたが、ふと時計を見ると、もうすぐお昼だった。
……道理で、お腹が空くわけで。
お昼ご飯を済ませてから、4人で海の見える場所まで歩いた。
久しぶりに海が見たくなったから、ここを選んだ。
いつもなら、皆と出かける時は、楽しく騒げるような旅行が多いが、
新しい生活が始まる前だから、これが「最後」になるかもしれないから、
そう思うと、いつものような楽しい気分になれない。
きっと、そんなことを考えているのはこの中で、私だけだろう。
目の前に広がる広大な海とその向こうの景色が
何故だかどこか切なくて、儚く感じて、それ以上、直視できずにいた。
「ねえ、皆で写真撮ろうよ!」
今の気持ちを吹き飛ばすように皆に声をかけて、デジカメを片手に
近くにいた人に写真を撮ってもらうことにした。
海をバックに4人が笑顔で並ぶ。
そこでお決まりのように服部君と、和葉ちゃんが口喧嘩をする。
「アンタがそこに居ったらアタシが写らんやん!」
「お前がもっとあっち行けばええんや!」
その様子を眺めて「相変わらずだな」と笑う新一。
「そだね」と私も笑ったが、これではカメラマンを頼んでいる方に申し訳ない。
慌ててふたりを止めて、デジカメを握っているおばさんに「すみません」と頭を下げた。
40代後半くらいの女性だったが、何も言わずにその光景を見て、笑っているだけだったのを見て、
この女性は地元の人で、慣れてるのかな、と思った。
やっとのことで、1枚の写真に皆で納まってから、
「ありがとうございます」とまた頭を下げた。
受け取ったデジカメに写る4人の姿が綺麗に撮られていた。
――こんな笑顔も久しぶりかな……
その日の夜に、服部君と和葉ちゃんは大阪に帰るということで、
空港に見送りに行ったら、隣を歩いていた和葉ちゃんが笑って言った。
「ありがとな、蘭ちゃん…蘭ちゃんのおかげで元気出たし。
あ…それと、平次も心配しとったで。元気ないなあ、って。
蘭ちゃんは笑顔が1番なんやから、もっと笑わな!」
何故だか小声でそう言う和葉ちゃんを見て、「え?」と言った。
和葉ちゃんだけじゃなくて服部君にまで心配されてたなんて。
「心配かけちゃって、ごめん…でも、ありがとう」
そっと私が笑ったら、和葉ちゃんも同じように笑ってくれていた。
「それで新一…昨日の『ホームズ』のこと、まだ答えてくれてないでしょ?」
ふたりになってからの帰り道。
いきなりそんなことを聞かれて、新一はやはり戸惑っていた。
どうして?と更に追究すると、新一は口を開いた。
「今まで自分のことばかり話してて……蘭に悪かったかな、って」
今度は私が戸惑っていた。
何を言われているのか、分からなかった。
「ホームズのことばかり話してたらお前怒るから…
だから今日は服部達もいるし、話さないつもりだったのに
蘭が元気ないから、やっぱり話してほしいのかと思って…」
「そ、そんなわけないでしょ!ホームズなんか興味ないもの!」
聞いてて嬉しかったけど、最後の言葉には否定しないと、と思って
新一の言葉を遮ってしまった。
「心配かけてごめん。でももう大丈夫」
――ずっと、新一がそばにいてくれるから……
「大丈夫」だという理由は心の中だけで言って、新一には言わなかった。
何も言わない代わり、と言ったらおかしいが、新一の前で微笑んだら、同じように笑ってくれていた。
空港の時の和葉ちゃんのように。
いくつ歳をとっても、ずっとそばにいて、今のように笑っていたい――
そう思える自分が「幸せ」だと感じた。
1日振りの我が家に帰ると、父はもう眠っていた。
時計を見ると、11時を過ぎているから仕方がない。
そっと父の様子を伺ってから起こさないようにゆっくりとドアを閉めた。
自分の部屋に飾られている花を見ると、何とかまだ咲いていた。
綺麗、とは呼べないほど枯れかけのものが多かったが、
それでも咲いている花があるのは、きっと父が水を注してくれていた、ということだろう。
「ありがとう、お父さん…」
そう言ってから、お土産の存在を忘れていたことに気付いた。
また、父の部屋に行って枕元にでも置いて、びっくりさせようかとも思ったが、
気持ち良さそうに寝ていたので、明日の朝に渡すことにした。
それから暫くして、あの時の写真ができた。
広大な海をバックに笑顔で写っている4人の写真。
皆の笑顔を見ていると、何だか希望が湧いてくるような気がした。
特に新一がこんなに笑っているのを見ると、安心した気分になる。
「そろそろ行こうかな」
そう呟いて、その写真を机の上に置いた。
その写真のように今日も澄んだ青空が広がっている。
そして今日も撮るであろう写真も、こんな風に笑顔で写ろうと思った。
――あなたの笑顔が見たい時は、ずっとそばにいたらいい。あなたが笑うと、私も笑顔になれるから。
そして、ずっとそばにいてあなたの笑顔を守っていこう。
……私にできることは、きっとこれくらいかな。
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