ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
子供読書感想文コンクール!入賞できる?


『大人のための残酷童話を読んで』
   かみなせ しゅら

 僕は倉橋由美子さんの「大人のための残酷童話」を読みました。簡潔に言えば童話のパロディの短編集です。大人のための、と書いてあったけれども、僕はもうすぐで大人なのだから関係ない。それに大人なんて何も変わらないさ、と考えて夜中の1時頃から読み始めました。しかしそれは間違いであったのです、三つとも。
 初めの方の短編は、童話特有の滑らかさを失わずに普遍性を打ち壊していく刺激を童話に含めたお話、と言う印象でした。僕は、単純にこの人の視点は奇異で、それから、面白いな、と思い始めただけだったのですが、短編の先へ進むに連れて、そんな僕の油断を見透かしたように、作者の倉橋さんは様々なバッドエンドと共に苦いものを僕の喉に押し込みました。その一短編を読み終えてまさに僕は「喉が苦い」と口元に呟いたものでした。しかし未だそれは一種の余裕を孕んだ苦みであって、例えば今までついぞ見たことのない程の極めて困難な問題を前にした古参の科学者が、そのために費やす莫大な時間を想像してうんざりした気持ちを持つとともに抱く、自分が問われているのではなく、あくまでも自分は、自分が、対象を見いだしにいく「解決者」なのだ、という様な余裕、が、まだ僕にはありました。
 しかし中盤に差し掛かる辺り、なんとなく頭が痛くなってきました。そして二つの間違いにも気付き始めました、とりわけ、3時には閉口を禁じ得ず。暖房を消したので寒くもなってきたようでした。僕は布団を被りました。この頭痛の訳を説明しましょう。
 ところで、この本は童話を源にして書かれているので、その特色として良心的に空想的で、ファンタジーとして読むものであり、神話や童話として長い時の人為がぶつかり合って擦れ合って、丸く滑らかに、そして逆説的に生み出された、無為のファンタジアの性質を持つのに対して、同時に、この本では作者がそれらの物語に人為としての解釈をすることから始まり、新たな思想を持った言葉として紡がれる、しかし今度は言わば童話と神話の完全性からそれは離れていくことになるという性質も持ちます。
 するとこの相反する二要素は互いに干渉し合って、中央のある一点に収束しようと企み合うのです。その収束は決して円滑なものでなく、震えを伴って何故かその場所は思想の茂みに隠れて暗い。その茂みの暗がりの鬱陶しさを先に話した科学者の例で言えば、僕が「解決者」なのか、それとも問われているのが僕なのか、美妙にわからなくなる場所でした。それは、まだ余裕があった苦い喉の奥から、苦味を放出するそのいかがわしい生命体が首の中を這っていって、頭蓋骨の天辺を覆う頭皮の裏側にべたとへばり付いた感覚でした。彷徨う震えは一層激しく細かくなり、午前4時には僕の神話の赤蛇と現実の青蛇とが重なって世界に渦を巻いている映像が浮かび上がります。そう。この物語は読み手がこの赤蛇と青蛇に締め付けられて窒息していく過程を描いているかのようでした。こうして短編の進行に沿ってそれがあたかも一つの物語であるかのようにクライマクッスを迎え僕の頭痛も最高潮に達するのでした。
 この頭痛は或いは全てのバッドエンドにも起因するのかもしれませんが、単純に物語の筋というのでは無しに、神話・童話と人為の狭間を鋭敏に往き来するその様に原因の多くは有ったように思います。
 これは読書感想文と言われるものですから、これから読む人のため、内容に直接言及するのは止めておきましょう。
 気がつくと午前5時。物語を読み終えて時計を見ました。それから次のページをめくると、恐ろしいことに、作者後書きというものがありました。僕には作者後書きというものが信じられず、とても恐ろしいものに思いながら読み始めました。
 果たして!響きます。後書きも、解説も、酷く恐ろしいものでした。二人とも冬の夜中の石膏に触るように冷たく、その茂みに青蛇と赤蛇に巻き付かれて動けなくなっている僕を横目で見てから、助けようともせずに、向こう側へ行ってしまいました。頼みの綱だった人たちに置いてかれた。頼みの綱だったのに。
それから紫と緑の世界を離れて余裕が生まれてから、大人というのはこういうものか、と思って、僕はその事実に冷たい感慨を覚えました。それは今のところ自分とははっきりと異なる存在でした。
夜は寒く、枕を抱えても、寒く、頭が痛く、ちょうど5時30分、大人が一階で目覚める音がしました。仕方なく僕は7錠を飲み下しました。近頃は4錠で涙目が出てきます。涙目でもう3錠を飲み下しました。ファンタジアのラッキーセブンです。大人の人なら「なな」と聞いただけで「ラッキー」と言うでしょう。それが僕は一番怖いのかもしれません。





 僕はこの本を読んで、大人にではなく、「大人の」という言葉に大層興味を抱きました。
 昔このような働きかけられた感覚を抱いた本に、アルベルト・カミュの「シーシュポスの神話」というのがありました。この本とは逆に、その本の思考する方向と自らの歩みの驚異的な同意に熱を出したのです。冬の放課後の小さな空き教室でした。僕と、知らない生徒があと二人、彼らは肘を突いて静かに勉強をして、灯油ストーブがついていました。僕はドン・キホーテが出てきたところで頭痛が堪らなくなって体も火照った感覚で、どうしようもなく帰路につきました。冬の、寒い夜でした。案の定、それから二日僕は寝込むことになりました。
 しばらくして、また、その本を手に取るのですが、しかしその時の熱、は二度と蘇ってはきません。恐らくは、この作品も然りでしょう。その時感じ取れる感覚はその時の身体とシチュエーションとに強く神秘的に、依存するのです。
 ところで、笑わないでください。
一階で料理をする音がします。そう言えば弁当の量が多いと文句を言おうと思ったのに。忘れてた。それから僕はファンタジアのために寝たふりをしましょう。あ、もう6時。あと1時間、僕は眠れるだろうか、夢を見れるだろうか。

6時10分、携帯のアラームがけたたましく3分ごとに鳴るから電池を抜く!でも眠れない。頭いたい。こんなに頑張ったから入賞できるかな。


評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。