コピー
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学校帰りの電車の中、僕はガールフレンドのユカと、きのう一緒に観た映画の話で盛り上がっていた。
それは今年最大の話題作でタイトルは『マトリックス』。人類が機械の電池と化し、現実だと思っていた世界が実はマトリックスと呼ばれる仮想空間だったという内容。
「ありえるよねぇ」僕は笑いながら彼女に言った。
「この現実が全部夢だったらどうする?」
ユカは意味ありげな笑みを浮かべ僕の袖をつかみ、
「これも夢?」と聞いた。
僕はちょっとドキッとしてぎこちなく彼女の手を取った。
手をつないでいると彼女のぬくもりが伝わってくる。
「夢なわけないよねぇ」と笑いとばした。
僕たちは明日バイクで出かけることを約束してわかれた。
「10時には迎えにいくから」別れ際僕は言った。
明日は祝日で学校は休みだ。
僕は早々に支度を済ませ、それからどこへ行くかガイドマップをながめながら、いつの間にかうとうとしてしまった。
「……」
「……」
「意識レベル上昇……」
「……投与」
「……駄目です。効きません」
「意識レベル上昇してます……」
「覚醒します」
「わかった。諸君。ここはわたしに任せて退席してくれたまえ」
はっきりと聞こえた男の声に僕は目を覚ました。
手術台の上に僕は寝ていた。
横にマスクをつけ白衣を着た医者がいた。
僕はわけがわからなかった。
「ようこそ。『現実』へ」医者が言った。まるで映画の中の台詞のように。
「臓器移植の最大の問題はいつの時代も適合と拒絶反応だった」
何の話かわからず僕は混乱した。
「この問題はクローン技術の進歩で解決した」
僕は麻酔の効いたはっきりしない頭で必死で話を理解しようと努めた。何の話かわからない。
「現在では人は生まれると同時にクローン保険に加入する。保険に加入すれば自分のクローンを作ってもらえる。クローンは培養液の中で成長する。夢を見ながら……」
「理解できるかね? A−30458892号君。要するに保険加入者が事故や病気で臓器が必要な時、クローンから移植するのだ。そしてクローンの見る夢は保険加入者の現実の生活にリンクしている。脳移植を希望する遺族にも対応できるようにね。たとえ脳死状態でもクローンの脳を移植することにより今まで通り生活できる……。まぁ、君の場合は簡単な足の切断手術だ」
僕は理解できなかった。僕にクローンがいるのか……。違う、逆だ。僕がクローンなんだ。
「そろそろ麻酔が効いてきたようだ。では、夢の世界へと戻るがいい。……なぜ君にこんな話をしたのかって? 一度してみたかったのだよ。毎日何体もの移植手術をしているうちにね。現実を教えてやりたくなったのだ」と、医者は低く笑った。
その不気味な笑い声の中、僕の意識は、再び深い泥沼の中へと沈んでいった。
目を覚ますと明るく清潔な病室の中だった。
ベッドに僕は寝ていて、そばに目を泣きはらしたユカと母がいた。その後ろに父もいた。
いったい、何がどうなっているのか……起き上がろうとしたが体が動かない。必死で考える僕に母が説明してくれた。
バイクでユカを迎えに行く途中、事故を起こし左足を失ったのだ、と。
そう言われてみれば、バイクで車にぶつかった記憶があるような気がする……。
左足を失ったのはショックだったが、誰もが命が助かってよかったと言った。
意識が戻ってよかったと泣いているユカに僕は言った。
「とても変な夢を見たんだ……」
だけど、その夢をうまく説明することはできなかった。僕は話すのをやめた。
誰が信じてくれる? 僕自身信じられない。夢としか思えない。
あれから十年近く経った今も、僕は誰にも夢の話をしていない。
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