「『選べるギフト』ってさ、愛がないよね」
何げなく、美穂が言った。
どうしてこんな話題が飛び出して来たのだろう? 正直なところ、美穂自身にも、分からなかった。
多分、先日実家に送られてきた『ごっつぉ便』の話題から、横道にそれていってしまったのだろう。美穂は思った。
実家に送られてきた『ごっつぉ便』で、家族の意見は真っ向から対立した。父はカツオのたたきがいいといい、母はカニを希望。そして美穂は中華点心の飲茶セットがいいと思った。結局ジャンケンで決めよう、ということになって、母が勝った。
その結果に、美穂は、納得できなかった。
「カニなんて、母さんしか、食べる人がいないじゃない」美穂は、そう思ったのだ。
そうなのだ、美穂の家族は、母親以外、カニが好きな人がいなかったのだ。
そんな美穂の『ごっつぉ便』の話と、「『選べるギフト』には愛がない」という言葉を聞いた恋人の啓太は、
「ああ、また美穂がヘンなことを言い出した」と言って笑った。
「何故? 愛はあるよ。だってさ、贈る人は、ちゃんと貰う人の気持ちを考えているじゃないか。好みは人それぞれだし、貰う人は、自分の好きなものが手に入るんだ」
「そうだけど……」と美穂。
「だって、選べるんだよ。カタログにいっぱい商品が並んでいて、どれがいいかなぁ、と思って選ぶのは、楽しいだろ? 普段食べないようなものも食べられるしさ」
「そうだけど……」
美穂は、溜息をつきながら、話しはじめた。
「去年友達の結婚式に行ってね、その時カタログギフトをもらったの」
そして美穂は、結婚式に貰ったカタログギフトのカタログを見ては、いろんなことに思いをはせて、品物を選んでいた。
「啓太と2人でカニしゃぶをしようか、とか、友達を呼んでちゃんこ鍋でもしようか、とか、山盛りのウニを貰って豪華なウニ丼を一人で食べてみよう、とか、丸ごとメロンを食べたいだけ食べてみよう、とかね。いろいろ考えているうちにね……」
期限が過ぎてしまったのだ。
美穂はいつの間にか、カタログギフトのことをすっかり忘れてしまっていたのだった。
「一時期は、何がいいかなぁと悩んで一人で盛り上がるんだけどね、何にしようか決められないと、急に考えるのがイヤになるの。ほら、私、優柔不断だから」
そしてカタログギフトのことなどすっかり忘れてしまったある日。
美穂のもとへ、宅配便が届いた。
「宅配便屋さんから、何だろう? と思いながら品物を受け取ったの。やけに重い荷物だなぁと思って開けてみるとね……」
中には、フライパンが入っていた。
「そのカタログギフトはね、期限が過ぎると必ずフライパンが届くシステムだったのよ」
啓太はその話を聞いて、アハハハと笑い出した。
「でもさ、それは美穂が期限が過ぎているのに、ハガキを出さなかったのが悪いんじゃないか。基本的にはプレゼントなんて、何がうれしいかは人それぞれだろ? 豪華なすきやきセットがいい人もいれば、ジューシーなフルーツ盛り合わせを選ぶ人もいる。堅実にお米5キログラムを選ぶ人だっている。贈り物は、選べるほうが便利だよ」
「それはそうだけど……」
美穂が黙り込む。
そこで啓太は美穂に聞いてみることにした。
「何か引っかかりがあるみたいだね。……じゃあ逆に聞くけど、どうして『選べるギフト』には愛がないと思うの?」
美穂は考えこんだあげくに、こう答える。
「多分ね、『選べるギフト』って、貰っているのがプレゼントじゃなくて『紙』だからよ」
「『紙』?」と啓太。
「そう。ヘンな冊子や紙やカード。それってプレゼントじゃなくて、ただの紙じゃない。その場にモノがないのに、なんだかありがたみがないのよ」
啓太は吹き出しそうになるのをこらえながら言った。
「『紙』か。それは言い得てる。でもさ、中には愛のこもった『選べるギフト』もあるかもしれないよ」
「どんな?」美穂が聞き返す。
「そうだなぁ……」啓太は言った。
「きっと恋人から貰ったら、いい思い出になると思うよ」
「ならないわよ」
美穂はすぐに突っぱねた。
「面白いじゃない。何にしようか悩んでワクワクするのは」と啓太。
「イヤ! 私は自分の誕生日に、『選べるギフト』なんて、絶対にイヤよ!」
美穂がやや感情的になって、声を上げた。だが、啓太はニコニコしているだけで、それ以上美穂に言い返さなかった。美穂も美穂で、それ以上カタログギフトの話題には触れなかった。だから美穂は、ハガキを出し忘れた時と同様に、『選べるギフト』のことなど、すっかり忘れてしまった。
そして2人は、すぐに別の話題で盛り上がった。
宮森美穂25才OL。現在は小さな輸入代行の会社の事務をやっている。美穂の彼氏、沢渡啓太は22才の大学生。年下の彼氏だった。
3つも年の離れた2人がどうしてつきあい始めたのかというと、……2人の出会いは、本当にささいな偶然の出会いだった。
ある夏の遊園地のビアガーデンで、2人は花火を見に来ていた。美穂は友達とはぐれてしまい、仕方なく一人で花火を見ていた。
と、そこへ、やはり友達と離れて一人になってしまった啓太がやって来た。2人はテーブル席で相席をし、そして話をしているうちに、お互い仲間とはぐれてしまったことを知った。
そんな偶然を機に二人は付き合い出すことになり、そして今に至るのだ。
最初は年下の彼なんて……と思っていた美穂だが、啓太は、付き合っていて苦にならない、気楽につきあえる彼だった。そして何より、一緒にいて楽しかった。
時々、年下ということを忘れてしまいそうになるが、たまに「子供っぽい」ことをする。 それが、美穂にとっては新鮮でもあった。
『選べるギフト』の話をして以来、2人は会う機会もなかった。お互い生活時間が違うので、なかなか会う機会がつくれないのだ。
そんなある日のことだった。
美穂のもとに、一通の手紙が届いた。
その手紙は、派手な蛍光ピンクの封筒に入っていた。表には、赤い文字で大きく『重要』と書かれている。
「誰からだろう?」
裏を返すと、宛名は沢渡啓太となっていた。
「啓太からだわ」
美穂はさっそくピンクの封筒の中を開けた。手紙は5枚、それに2つ折りのハガキが1枚入っていた。
美穂は手紙を読み始めた。
最初の便箋には、きたない文字で、
『選べるギフト』
とだけ、書いてある。
妙な手紙に首をかしげながら、美穂は次のページをめくった。
するとそこには……やはり啓太のきたない文字で、
『Aコース・超高級海の見えるホテルで一泊。スイートな夜をプレゼント』
と書いてあり、その下には色エンピツで、ヘタクソな絵が描かれている。それは、海が見えるホテルの部屋の絵で、男の子と女の子がワイングラスを持ってニコニコ笑っている図(……多分美穂と啓太のつもりなんだろう、と美穂は思った)が添えられていた。
そして下の方に、『これはイメージです。実物とは異なりますのでご了承ください』と書かれていた。
3枚目をめくると、やはり啓太のきたない文字で、
『Bコース・超高級フレンチフルコースディナー(東京湾クルージング付き)』と書かれ、やっぱりここにもヘタクソな絵が描き添えられていた。左上の方には、青い海(多分東京湾のつもりなんだろう)。そして子供が描くような船が描かれていた。右下の方には、男の子と女の子がテーブルについている図が描かれている。テーブルには、何だかおだんごのようなものがたくさん乗っている皿が描かれていて、男の子と女の子はフォークとナイフを持って、ニコニコ笑っている。
美穂はその絵を見て、「これはどう見てもフレンチのフルコースには見えない」と思った。
そして便箋の下の方には、2枚目と同様、『これはイメージです。実物とは異なりますので、ご了承下さい』と書かれていた。
4枚目をめくる美穂。
やはり2枚目、3枚目と同じように、きたない文字で、
『Cコース・超高級ブランドバック(サイフ付き)』と書かれている。
その下には、ヒモのついた四角いものと、小さい四角いものが、ピンクと黒の色エンピツで書かれていた。
「これじゃあ何だか分からないよ」と美穂は思いながら、便箋の下の方に目をやった。
するとそこには、2枚目、3枚目と同じように、『これはイメージです。実物とは異なりますのでご了承ください』と書かれている。
そして最後の便箋をめくると、やはり啓太の独特の文字で、
『これは選べる誕生日ギフトです。Aコース、Bコース、Cコース。あなたはどのコースを選びますか? 好きなコースを選んだら、ハガキに書かれたコース名に丸をつけ、ポストに投函して下さい。
ハガキをポストに入れるだけ!
誕生日3日前必着。
その期限を過ぎてしまったら、超かわいくないぬいぐるみをプレゼント。
だから早めにハガキ出してね』
と書かれていた。
便箋の下の方には、かわいくないぬいぐるみの絵が描かれていた。そしてその下には、『このイメージは多分そっくりだよ』と書かれていた。
さらに、2つに折り曲げられたハガキを見ると、宛先の欄には啓太の住所が書かれ、表には『Aコース・Bコース・Cコース・超かわいくないぬいぐるみコース』と書かれ、下の方には『いずれかに丸をつけて下さい』
と書かれていた。
美穂はそれを見て、思わず笑ってしまった。
と同時に、悩んでしまった。
イメージ画が良くなかったのだ。
味はあるものの、啓太の独特なペンタッチで描かれている絵は、どれも『超高級』からは、かけ離れている。
それでも、美穂は感じていた。
「ああ、こういう『選べるギフト』には、愛があるかもしれないな」と。
そしてしばらくの間、美穂は啓太からもらったピンクの封筒をカバンに入れて持ち歩いた。そして時々それを出して読み返しては、どのコースを選ぶかで悩んだ。
バカな啓太。
お金もないクセに、ムリしちゃって。
でも、そんな啓太の心遣いが、美穂にはとても嬉しかった。
それから美穂は、何日か悩んだあげく、どのコースを選ぶかを決めた。
美穂はある日の昼休みに、いつものように啓太の『選べるギフト』の手紙を取り出した。 そして初めて返信用のハガキに手を伸ばした。
2つ折りになっていたハガキを開くと、持っていたボールペンで、美穂は『超かわいくないぬいぐるみコース』に丸をつけた。
「これでよし、と。さあ、これを出そう」
美穂は、ハガキを持ってポストに向かった。
そして啓太のハガキを投函した。
25才のOLと、22才の大学生。
2人は生活時間が違いすぎるために、普段はなかなか会うのも難しかった。
だが今日は、美穂の誕生日。
啓太はワガママを言い、
「美穂の誕生日ぐらいは、会社を休んで、どっかに行こう」と言い出した。
まぁ、年下の彼氏のこういうワガママも、時にはいいなと思った美穂は、有給休暇を取ることにした。啓太のため、自分のために、誕生日に休みをとり、2人して新宿の高層ビルの一角で、ランチでも食べよう、ということになった。
美穂は啓太との待ち合わせに、小さなカフェテラスを選んだ。
そして啓太よりも早く到着した美穂は、風が気持ちいい屋外で、恋人が来るのを待っていた。
すると……。
やって来た。大きな包みを抱えた啓太は、やって来るなり、いきなり美穂に持っていた包みを手渡した。
「誕生日おめでとう! ハイ、約束のプレゼントだよ」
美穂は驚いて、啓太にたずねた。
「可愛くないのに、こんなに大きいの?」
すると、啓太は美穂をせかして言った。
「開けてみてよ」
啓太に言われるままに、包みを開ける美穂。
出てきたのは、シュタイフの白いクマのテディ・ベアだった。
「あれ? 超がつくほどかわいくないヌイグルミじゃなかったの?」
啓太は照れて笑った。
「やっぱりさ、恋人に可愛くないヌイグルミはあげられないと思ってさ、予定を変更したんだ」
美穂はそのクマのぬいぐるみを両手で抱きあげて言った。
「じゃあ、『予告なしに予定を変更することがあります』ってどこかに書いておけば良かったね」
ハハハとひとしきり笑った啓太。思わず美穂に、たずねた。
「でもさぁ、どうしてかわいくないぬいぐるみコースにしようと思ったの?」
美穂は言った。
「うん。啓太の言うように、愛のある『選べるギフト』もあるって分かったから。それが分かっただけでも、良かったの」
「……だから、可愛くないヌイグルミなの?」
と啓太。すると美穂は笑いながら言った。
「かわいくないヌイグルミが、どのくらい可愛くないかを見てみたかったのよ」
「バカだなぁ、美穂は」と啓太。
「美穂が好きなコースでいいって言ったのに」
そして啓太は話しはじめた。
「3つの斧の話は知ってるでしょ?」
「ウン、きこりが斧を泉に落としたら、泉から妖精が出てきて、
『あなたが落としたのは金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?』って聞く、あのおとぎ話ね」
「僕はね、最初から決めていたんだよ」
啓太が言った。
「何を?」美穂が聞く。
「コースだよ。これにしようっていうコースがあったんだ」と啓太。
「じゃあ……」
「そう。何を選んでも、最後はこのコースしかないよ」
「どのコースなの?」
「ABC全部コース」
美穂は目を丸くして、もう一度啓太に聞き返した。
「えっ? ちょっと待って。じゃあ、最初から……」
「そうだよ。ABC全部コースのつもりだったのに、美穂はAもBもCもいらないと言う。そして『かわいくないぬいぐるみ』がいいと言ったんだ。だから、ABC全部コースにかわいくないぬいぐるみもつけなきゃいけなくなっちゃったんだ」
「じゃあ、このテディ・ベアはおまけってことなの?」
「そうだよ」
美穂の唖然としている様子を見て、啓太は
「さあ」
と言って立ち上がり、美穂の手を引いた。
「行こう」
「えっ、どこへ?」
「決まってるだろ?」
「Aコース?」
「違うよ。Bコースだ。Aコースは2人の都合を見たあと、考えよう。今日はまず、船に乗ってフレンチのディナーだ」
美穂は立ち止まって聞いた。
「でも……ディナーっていったら、夜のご飯よ。まだ港に行くのは早いんじゃない?」
すると啓太は言った。
「だから、今日はランチとディナーの両方行くんだ。なんてったって、美穂の誕生日だからね。超超豪華な誕生日にするんだ。その為にはまず、高層ビルのいちばんいい席でランチを食べながら、今日の予定を決めよう」
啓太は、にっこり笑って言った。
「A、B、Cコース、プラス高層ビルのランチプラスかわいくないクマ。全部合わせたら、どんなプレゼントになると思う?」
「……すごいプレゼント?」
「違うよ。超が3つで、超超超ごうかなプレゼントだ」
そして美穂に、こう聞いた。
「恋人から貰った『選べるギフト』は、思い出になりそう?」
美穂はうなずいた。
「超は3つじゃなくて、5つだわ。超超超超超すてきなプレゼント、どうもありがとう」
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