予知夢の中の殺人者
「センパイ、予知夢ってあると思いますか?」
そう尋ねたのは、大学でひとつ下の後輩だった澤真弓だった。澤は大学でひとつ後輩でサークルが同じだったため卒業後も親しく付き合っていた。しかし、私が二年前に東京に転勤になってしまい物理的距離が開いてしまうと自然とご無沙汰になってしまった。実は今日の訪問も二年ぶりのことである。
「お前は、また工学部の端くれとは思えないことを言いって、そんなオカルトめいたことあるわけないだろ?」
「いやー、私だって本気でそんなこと考えてるんじゃないんですよー。でもね……」
間の抜けた声で澤が反論する。澤には思い込みが激しいところがあり、自分がこうと決めるとテコでも動かない所があった。おかげで澤は、卒業研究で教授から大目玉を食らって留年の危機に陥ったことがある。
「どうせ、お前がそんなこと言うのには何か理由があるんだろ? 言ってみろよ」
「流石はセンパイ、私のことをよく分かってらっしゃる」
澤は破顔すると、私の恋人が見た予知夢なんですけどね、と前置きをして話し始めた。
かれこれ一年前の話になるんですけど、私の恋人が死んでしまったんです。
その死んだ恋人が見た夢っていうのが、予知夢だったんです。
話を省略するな。あっ、すいません。この話は結構多くの人に話してたもんで、つい掻い摘んでしまいました。怒らないでください。ちゃんと経過を追って話しますから。ホント、センパイは怒りっぽいなぁ。彼女に愛想つかされますよ。
ええ、とどこまで話したかな? あ、まだ出だしでしたっけ?
死んだ恋人が、亡くなる一週間前から変な夢を見るって言い出したんですよ。私がどんな夢なの? と聞くとこう言うんです。夢の中で恋人はベットに横になっていて、深夜にふと目が覚める。覚めるって言っても夢の中なんで夢中覚醒って感じなんですけどね。
変な造語を作るなって言われても他に表す言葉がないんだから仕方ないじゃないですかぁ。ほんと教授みたいなこと言って……あ、センパイはいま助教授なんでしたよね。それじゃー、厳しくなりますね。でも、ちょっと勘弁してください。ほんと他に適切な言葉が見つからないんです。
で、その夢の中で目が覚めた恋人なんですけどね。動こうとしても動けない。金縛りみたいな状態で身動きひとつ出来ないそうなんです。でも、眼だけは動くんです。こう、ギョロリギョロリ目玉だけね。
眼を動かしてると、自分の方に向かってくる影みたいなものが見える。暗いので姿はよく見えないけど、背格好から男性だと思ったそうです。で、その男は夢遊病患者みたいにふらりふらりと恋人に近づいてくると、こうぐっと首を絞めてくる。夢でも首を絞められると苦しんでしょうね。だんだん意識が遠くなって気がつけば朝になっている。
そんな夢が一週間ずっと続いて、亡くなる一日前にはほとんど錯乱状態でした。私も恋人がそんな状態だと心配になってしまって、警察にも相談したんです。でも、夢の話なんて信じてくれる訳もなく。相談した次の日の朝、恋人は何者かに首を絞められて亡くなりました。
語り終えると、澤はふぅ、と大きく息をついた。
「それ以来、私はずっと考えているんです。予知夢なんてものがあるのかどうか」
「澤、残念だが俺は予知夢なんてない、と思うよ。未来は一方通行で戻ったりしない。戻ってこないものはどうやっても受信できない。電波と同じで受信できるのは現在、送信しているものだけなんだ」
私がそう言うと澤はやっぱりという顔をして苦笑いした。
「そうですよね。あるわけないですよね。きっと私はあれが予知夢だと思い込むことで、あのときなにか出来なかったのか、とヒロイズムに浸りたかっただけなんだと思います。ああ、なんだかセンパイと話せてスッキリしました」
「そいつは良かった。また、こっちに来ることがあれば顔を出すからな」
「嬉しいなぁ、センパイ優しすぎません? でも、ホント嬉しいな。恋人が亡くなって引っ越したんですけど、ここは部屋も狭いし、窓も締切なんで気が滅入るなぁ、と思ってたんです」
澤は窓を指差すと笑った。澤の部屋は簡潔に片付けられ、必要最低限のものしかなかった。足に踏み場もないくらいに散らかった学生時代の澤の部屋と比べると雲泥の差だった。
「じゃ、そろそろ時間だ。また来るよ」
「ええ、楽しみにしてますよー、センパイ」
そう言うと、澤は薄緑色のパジャマ姿で私を見送った。
私は薄暗い通路を歩きながら澤が完全に壊れてしまったのだ、と悟った。澤の亡くなった恋人というのは、私も知っている人物だった。名前を今井直美と言った。私が卒業したあとにサークルに入った女性だった。
そして、彼女を殺したのは澤である。
澤は、思い込みの激しい男だった。彼女が浮気していると勝手に勘違いした挙句、同棲していた彼女の首を絞めたのだ。彼女が見たという予知夢は現実にあったことだ。彼女が亡くなる一週間前から彼は寝ている彼女の首を絞めた。最初は死なない程度であったらしい。
彼女は初め、それを夢だと思って澤に話した。澤はそれを聞いて首を絞めているのは、夢の中の男で自分ではないと思い込んだ。そして、いまも彼は彼女を殺したのが自分だと判らずにいる。私は、拘置所をでると大きく溜息をついた。
胸糞悪くなる話も書きたくなるのです