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レモンティーが飲みたくて【恋愛】

空色パラソル

作者:天崎 剣
 傘が好き。なんだろう、ステッキ代わりにして、地面を突いて歩く、あのトントンとした音が好きなのか、傘自体が好きなのか。自分でもわからないけど、なんとなく好きで常に持ち歩いている私がいる。快晴、降水率〇%の日だって、傘がないとどうも不安で持ち歩いているんだから、余程の傘依存症なのかもしれない。天気予報を当てにしてないわけじゃなくて、ただ単に傘という存在が好き。──と、登下校を共にする友達の有子に言ったら笑われた。
「莉子、あんた、変わってるよ」
 幼馴染の彼女曰く、私は年頃の女の子にしては変な嗜好があるらしい。殊に天気に関しては敏感で、携帯カメラで毎日のように雲の写真を撮っているところとか、公園の銅像の雨の染みを何十分も飽きずに眺めているところとか、そういうのが理解できないと言われたことがある。
 だからと言って、私の趣味は傘や雨や天気の観察ってわけじゃない。偶々、人より傘が好き、雨が好き、空が好き。ただそれだけ。
 傘に当たる雨粒の音も好き。リズミカルにポツポツ音がすると楽しくなる。終いには、「あっめあっめ、ふっれふっれ、か~ぁさんが~」と大声で歌いながら、くるくる柄を回し歩くもんだから、隣で歩く有子はさぞかし不快なんだろう。「莉子も幼稚園児じゃないんだからさ、いい加減、大人になりなさいよ」などと、自分もまだ子供の癖に言ってくる。
 人がどうだとか、自分がどうだとか、結構無頓着でいたんだけど、最近、なんだかそういうのが気になって気になって仕方がなくなってしまった。原因は、勝史っていう、隣のクラスの男子。体がデカくて無愛想。顔は月並みなんだろうけど、口数が少ないからキャラさえ掴めない。そんなヤツをどうして気になったかっていうと、やっぱり、雨がきっかけだったりするんだよね。

 その日は、突然の夕立で目の前が見えないくらいだった。私はいつも通り傘を持ってたんだけど、あいにく有子は忘れたらしく、仕方ないねと相合傘で帰ることにした。
 女二人の相合傘ってのは、実は全然美しいもんじゃない。互いにバッグが濡れるだの、肩が濡れるだの言いながら、押し合いへし合い、やっとこさ六十センチの傘の中に入って歩く。ローファーには雨水がびちゃびちゃと入り込んでくるし、ソックスはぐちょぐちょ。風がびゅっと吹いてこようものなら、スカートからセーラーの襟まで、まるで傘なんて役に立たないくらい濡れてしまう。それでも、顔と髪の毛だけは何とか死守するぞとばかりに、二人して風に向かって傘を斜めに構え、まるで台風の実況中継みたいな勢いで歩いていく。
「夕立なんか止むまで待ちゃいいのに。そんなに急いでなんかあんの?」
 空模様の傘の内側と、歩道の先を交互に見ながら有子は言った。
「なにって、そりゃアンタ、ドラマの再放送、録画してくんの忘れたからよ。私、あの回見逃してたんだよね」
 DVD貸してあげようか、と言われたけど、ウチにはそのDVDプレイヤーがない。かなりの時代遅れ。レンタル屋に行ってもVHS版は出てないし、親は金渋って買ってくれないし。一人で悶々と浸って観るのが好きだから、有子の家にお邪魔して観るのも気が引ける。こうなったら、意地でも再放送を観るしかないというわけ。
「そんな理由でこの雨の中、一緒に帰る羽目になったなんて。別の人と帰ればよかったかな」
 傘の中で有子は溜息をついた。
 商店街のシャッター通りを抜けて、住宅地に入る。人影もなく、ひっそりした街。強い雨に打たれ、木々がざわざわと大きく揺れている。民家の軒先の鉢植えたちも、苦しそうに転がり、のた打ち回っている。自宅までのゆるい坂を上ると、昔ながらのしなびた住宅地が見えてきた。
 私たちの視界に彼が入ってきたのは、家まであと少し、この角を曲がればという時だった。こんなにも酷い雨の日なのに、そいつは傘も差さずに歩いていた。明らかに全身ずぶ濡れ、荷物も何もかも、水を吸って随分重くなっているように見えた。
「何、あいつ。傘差さないで歩いてるの? こんな日に?」
 雨風と戦いながら、私は有子に尋ねた。
「ああ、勝史でしょ。あいつ、最近そうみたいよ」
 隣のクラスの井出勝史というヤツらしい。そのとき見かけたのは後姿だけだったけど、以後、何故だか勝史のことが気になって仕方がなくなった。毎日、どうやら帰る方向が一緒らしい勝史の後を追った。傘がないと不安な私は、何で傘を差さないのか、とにかく聞き出したくてしょうがなくなる。有子は黙って一緒に帰ってくれたけど、今思えばもしかしたら、私の気持ちを私以上に知っていたのかもしれない。

 勝史はとにかく、傘嫌いのようだ。小雨でも土砂降りでも、ヤツは傘を差さない。バッグで頭を覆うことも、雨宿りすることもない。濡れたら濡れたでジャージに着替え、そのまんま一日過ごす。何のポリシーがあってわざわざ雨に濡れるのか。ますます理解できない。
 七月初め、そろそろ梅雨も明けそうなある日、勝史は急に学校を休んだ。そしてその日以来、ぱったりと帰宅時にヤツを見かけることがなくなってしまった。
 私の梅雨は、それから憂鬱になった。帰りに勝史の背中を追うのが当たり前になっていた分、魂が抜けたみたいに心がしわしわになった。それでも傘は忘れずに私の手の中にある。だけど、今までみたいに雨だからウキウキするとか、傘を地面に伝わせて歩く振動に心躍らせたりだとか、そういうことが出来なくなってきていた。
 勝史の日常や、勝史そのものに興味があったんじゃない。だから、隣のクラスをわざわざ覗いたり、帰るのを待ち伏せて付いて回ったりはしなかった。偶々一緒の時間に、偶々同じ道を通るというシチュエーションがえらく気に入っていたはずだった。
 人間てモノは厄介な生き物で、いつもと同じことが急に中断されると、うずうずが止まらなくなる。その後どうなったのか、何で違うくなったのか、調べたいと思い始める。私はとうとう我慢できずに、普段は用事のない隣のクラスを、昼休みにコッソリ覗いてしまった。
「井出ならホラ、窓際の一番後ろ」
 友達に教えてもらった、勝史の席。確かにヤツだ。無愛想に遠くを眺め、ぼんやりと何か考え事をしているように見える。あの大きい身体のせいか、その割りに賢そうに黒縁の眼鏡をかけているせいか知らないけど、教室の中で一人、違う空気に包まれている感じだった。
「何、井出に用なの、呼んでこようか?」
 その女友達は気を使ってくれたんだろうけど、直接話すつもりなんて毛頭なかった私には大迷惑。大げさに拒否した。その声が思ったより大きかったらしく、勝史自身が気付き、こちらを振り向いた。
 目が合った。
 初めて、目が合った。
 全身が雷で打たれたみたいに、びりびりと震えた。同時に身体の底から熱いものが湧き出してきて、私は耳まで真っ赤になっていた。なんだ、なんだこの感覚。距離があるはずなのに、勝史の顔が妙にはっきりと見えてる。心臓の音が耳を支配して、何にも聞こえない。
 巨体が揺れ、勝史が立ち上がった。教室の後ろを通って近付き、一言。
「俺に用があるって?」
 初めて聞いた太い声は予想外で、私はそのまま硬直した。近くで見る勝史はかなりデカかった。私はあんぐりと口をあけたまま、自分より三十センチは高い彼の顔を見上げた。逆光できちんと見えなかったけど、思ったより鼻が高くて、まつげが長い。そんなこと、確認している場合じゃないのに。
「い、いや、あのさ」
 しどろもどろのまま、私は何とか口を開けた。
「何で傘差ないのか、気になって、さぁ」
 口に出してみると、本当はこんなことが訊きたかったわけじゃない気がした。だけど、そのときの私にはそれが精一杯。女友達も、勝史も、不思議そうに顔を歪めてた。
「そういうのって、人に言う必要あるわけ?」
 不機嫌そうな勝史の台詞に、私ははっとして、
「ご、ごめん、今のは無しで!」
 わけのわからない返答をし、自分のクラスへと駆け込んだ。

「傘を差さない勝史」という存在が、それ以上になり始めていた。
 放課後、有子を残し、意を決して一人で学校を出た。パラパラと弱い雨。終業のベルが鳴ると同時に教室を飛び出す勝史を、私は小さな足で必死に追った。歩幅が足りなくて、駆け足にならないと追いつけない。校門を抜け、まだ見える勝史の背中を見失わないように駆けていく。傘の先が電信柱や通行人に当たりそうになるのを避けながら、少しずつ、勝史との距離を縮めた。
 いつもならゆっくり眺める沿道のアジサイや、街路樹の新緑さえ、なぜか目に入らない。傘の柄と、その先に重なる勝史の背中。もう少し、もう少し。
「おい。お前、昼間の」
 低い声に私の足は驚き、何かに激突した。柔らかい、湿った白いシャツ。少し汗臭い。
「あ! 勝史!」
 思わず呼び捨てた。勝史に追いついていたのだ。
「ホラ、傘なんか差してるから前が見えないんだよ」
 勝史はその大きい手で、私の傘を取り上げた。視界が急に広がり、雨水のシャワーが顔面に押し寄せる。ウワッと、私は思わず腕で顔を覆った。
「雨に濡れて、風邪引く年でもないだろ」
 しぼませた傘を渡すと、勝史は幾分か申し訳なさそうな顔をして、
「そこのコンビニ、寄って雨宿りしようか」
 と、私を誘った。

 ホットコーヒーを二つ買い、一つを私に渡すと、勝史はコンビニの軒先でぼんやりしながら寒空を眺めた。缶で暖を取り肩を縮ませていた私を見下ろして、勝史は大きく溜息をついた。
「何で付いてくるのかなって、思ってたんだ。お前ン家あっちなのな。病院行かなくなったら、ばったり会わなくなったし」
 気が付いてたんだ、と知り、私は肩をすぼませた。
「病院て、どこか悪いの?」
「いンや。悪いのは、俺じゃなくて、妹の方」
「え、妹さん?」
「交通事故で。まあ、この前退院できたんだけどさ」
 大変だったね、なんて、月並みな言葉をかけるのもどうかと思う。こういうとき、どう話せばいいかわからない。
「傘なんか差しながら自転車乗るから事故に遭うんだよ。信号に気付かず、交差点に飛び出したらしい。だから俺、傘って嫌いなんだ」
 飲み干した缶をくずかごに入れ、やるせなさそうに、勝史は自分の前髪をかき上げた。
「だからか、だから、傘、差さないんだ」
 妙に納得して、うんうんと頷いた。
「お前みたいな傘好きには、わからないだろうけど、世の中にはそういう人間もいるってこと」
「……だね。──って、ええ? どうして私が傘好きって、知ってるの!」
 一瞬、言葉を確認した。
「お前なぁ」
 勝史はぐちゃぐちゃと髪の毛をかきむしりながら、眉間にしわを寄せ、恥ずかしそうに、
「高校生にもなって、雨の日に『あめふり』のうた歌いながら大声で歩いてるの、こっちが聞いてて恥ずかしかったよ。晴れても何でも傘持って振り回して。あの頭悪そうな女子は誰だって、気にもなるよ。そうこうしてるうちに、昼休みにそっちが俺のこと探しに来るし。一体、何がなんだか」
「え、ちょ、ちょっと待って」
 私が歌いながら歩いていたのは、勝史を知る前のこと。その後は歌どころじゃなくて、ずっと大人しくしてたのに。どうしてそのことを……。にわかに混乱し始めた私の頭は、それらの言葉から導き出されていく結果に、どんどん茹で上がっていった。
 もしかして。
 もしかすると。
「ねえ、いつから? いつから知ってたの、私のこと」
 涙目で見上げる私から、勝史は目を逸らす。
「さあな」
 つっけんどんな態度だったけれども、どこか優しかった。
 雨が上がり、日差しが雨粒を照らして眩しく輝かせた。コンビニの駐車場の水溜りに反射した光が、まるで小さな幻想世界を作っているかのように錯覚してしまう。
 帰るぞと彼が私の肩を叩いた。気に入りの傘を持って立ち上がり、一呼吸。
「でもさ、傘、嫌いなんだよね」
 寂しげに出た私の言葉に、彼はボソッと呟くように答えた。
「莉子みたいな傘好きも、まあ、ありなんじゃね? 否定はしないよ。人それぞれだし。人の好みを否定するほど子供じゃないよ、俺」
 手を振って、勝史はコンビニを後にした。
 ──あれ、私の名前、さりげなく呼んでくれた、よね。それって、もしかして、期待していいってことなのかな。
 東の空に、うっすらと虹が出ていた。
 その日から、私はますます雨が好きになった。
2008年6月 覆面小説家になろう(http://masquerade.kakurezato.com/)に寄せた作品です。
企画の性質上、http://ncode.syosetu.com/n4975e/12/こちらにも作品を掲載してありますのでご了承下さいませ。
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