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修行編 第57話 神との対面 その5(83)


こうして迎えた日曜日の朝。
健一は、念のために日本から持参したスーツにこの国に来て初めて袖を通し、早くも顔が汗ばんだ状態で、
サパーン料理学校の前へモンディの到着を待った。
スーツ姿なのでいつも以上に汗をかいているものの、それ以上に緊張が先行していたので気にならない。
モンディもいつもより、正装に近いフォーマルな格好で登場。
それだけ高い位の人なんだとさらに緊張が走る。
車に乗り込み、走る事30分。
高級住宅街の中でもひときわ目立つ大きな敷地の入口である大きな門をくぐり目の前に
噴水もある宮殿のような大きな建物の前で車は止まった。
「あなたは、ここで待っていなさい」と言い残すと、モンディは車を降りて一人で建物の中に入っていった。
取り残された健一は、落ち着こうと何度も大きな深呼吸を繰り返すのだった。

建物の中では、玉座を思わせるような大きな、ヨーロッパの調度品のような椅子に腰掛けている、
70歳を遠に過ぎた、老女が座っていた。全身に大きな宝石をちりばめ、どこから湧きでているのか、
なんともいえない威圧感見せ付けながら、左右に数名の使用人を従えているのだった。
「先生、例の日本人を連れてまいりました」
普段は一門を率いて、どんな相手・場所でも圧倒的な存在感を見せ付けるモンディも、
この老女シーダマンの前では、単なる化粧の濃いだけのおばさんにしか見えなかった。

「モンディ、お前はもう私に代わって一門を任せておる。日々忙しいだろうに自ら弟子を取るとは!
そんなもの一門の他の者に任せればと思うが、よほど気に入ったのじゃのう。
それは、お前にとってはペットのようなものか?」
シーダマンの発する声は低く、とても女性のものとは思えないものの、言葉一つ一つに重みと
圧倒的な力強さを感じることができ、”神”そのものであった。
「先生のおっしゃるとおり、まあ週一度連れまわしたペットのようなものでしょう。
しかし、このペットなかなか面白く将来が楽しみ。
やはり先生に一度お目に入れたいと思い連れて参りました。日本人の勤勉さ器用さは私も聞いてはおりましたが、
実際にその通りで、さすが、急激に経済大国にまで上り詰めた国の民族だと改めて感心しました」

シーダマンはゆっくりと笑みを浮かべ「わかった。モンディ、その勤勉なペットを連れてきなさい」と
大声で指示をすると、モンディは静かに一礼して、入口に向かった。

「大畑、いよいよ面会するぞ」モンディに促され、車を降りて建物に入る健一。
内部も、ヨーロッパにある宮殿のようなつくりで、天井の高い廊下の左右に大きな油絵が飾られていて、
やがてシーダマンがいる大広間に到着した。
健一は、正面に座っているシーダマンを遠くから見ただけでも、強力なオーラを感じてしまうのだった。
「先生、この者が大畑健一と言う日本人です。タイ語も普通に会話が出来ます」
健一は、ひときわ大きな深呼吸をした後、可能な限りの大声で、
『日本人ですが、タイ料理人に成りたくてモンディ先生の下で修業をさせていただきました大畑と申します。大先生にお会いできて光栄です』と言い終えると、両手を合わせながら、
背骨が折れそうなくらいにまで頭を下げて礼をするのだった。

シーダマンは笑顔で、「外国人がそこまでタイ語が出来るのも素晴らしい。
モンディは我が一番弟子。当然鍛えられているだろう。早速だが料理を作ってみなさい」

単なる挨拶だけで終わるものと半ば思っていた健一は、「こりゃ期待とは正反対のことになってしまったなあ」と
焦りはじめた。
“神”の前で料理を作るという今までに無い、難関に再び緊張が始まってしまった。
健一は、モンディの方向に眼をやると、「やりなさい」と言わんばかりの視線が返ってきた。

逃げ道などどこにも無かった。


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