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修行編 第51話 バンコクで待つ新たな修行の日々 その5(77)


「ああ、大丈夫かい。いや、でも頑張ったんだね。でこの後はどこかのレストランで働くのかい」
源次郎の問いかけにも気づかず、そのまま泣き続ける原澤。
横で聞いていた健一は、事情が事情とはいえ、途中で逃げ出して、旅に出た事に気まずさを感じてしまった。
「俺は本当に運が良かったんだなあ。原澤さんのように苦労を重ねてようやく資格を取って希望通りの仕事に付こうというのが普通だろうなあ」

徐々に雰囲気が重くなりつつあった店内の空気を変えようとしたのか、吉野が突然大声を出す。
「まあ、皆さん!ここは酒の席ですよ。明るくやりましょう。実は今回の旅で撮ってきた写真が出来ていますので、ぜひご覧ください」
と言い終えると、健一の横にアルバムを置くのだった。

吉野同様に気分を変えたかった健一は、「では早速」とばかりに吉野の撮影した写真を一枚一枚覗き込む。原澤は相変わらずうつむいていたが、源次郎は気になるとばかりカウンター越しに覗き込んできた。

吉野が、健一の横に来て写真の説明を始める。
「あっ、これはメーサイの町のレストラン。
実はこの川の対岸はミャンマーなんだ」
「ええ!こんな小さな川のすぐ先が外国?」
健一が、以前滞在していた国境の町ノンカーイからも対岸の国、ラオスの様子が見えたのだが、その間には、大河メコンが悠然と横たわってた。
しかし、写真で見る限りでは、その気になれば歩いてでも国境越えが出来そうな小川!
健一は驚きの余り思わず大声を出したが、
それが聞こえたのか、うつむいて泣いていた原澤も気になって一緒に写真を見始めた。

「そう、対岸が別の国。日本と違ってタイは陸続きなんですよね。実はすぐ近くに橋がかかっていて、イミグレーション(出入国管理)の大きな建物が建っているんだ。
まあ、本当にこのままこの川を越えたら間違いなく捕まるだろうけどね」

吉野は、健一たちの驚く表情を見て思わず自慢げになっていく。
さらに何枚か写真を見続けていると、健一が昨年まで1年半ほど修行したチェンマイの懐かしい風景が現れてきた。
「あ~懐かしい。チェンマイだ。そういえば国沢さん元気かなあ」「大畑君。国沢さんともチェンマイで会って、一緒に酒を酌み交わしたよ。でも彼は君が居なくなってから寂しくなったと嘆いていたよ。気になったからずいぶん励ましたんだけどね」

健一は、国沢のこともさることながら、チェンマイで出会った多くの人の事を思い出した。
「屋台のディナおばちゃん元気かなあ。武士王の大塚さん。青木貿易のスタッフやターベチェンマイのみんな。あ、そうそう二村さんも頑張ってるのかなあ」
「ああ、そうかい吉野君。残念だけど、今日は国沢さんと同じ会社の天田さんが、出張でパタヤとか言ってたから、来ないんだよ。また伝えておくよ」
源次郎がやや心配そうに腕をくみ出した。
写真をさらに進めると、吉野がある写真を指差した。「あっこれ良かったよ。タイ最初の王朝“スコータイ遺跡”だよ」

その時、それまで静かに写真を見ていた原澤が突然大声をあげた。
「こっこれはすごい!素晴らしい仏教美術ですね。確か吉野さんとおっしゃいましたね。私にこの写真を焼きまわししていただけませんか?実は、私には婚約者がいるんです」

原澤の突然の告白に全員の視線が釘付けになった。
「彼女は、芸術大学を卒業後、画家として絵を描く仕事をしているのですよ。もちろんそれだけでは食べていけないので、普段は食品スーパーでレジ打ちの仕事をしているんですが・・・」
原澤は、視線を斜め上に向けて再び語り始めた。
「そう、彼女は自ら行動できるのには限界があるというので、市販されている写真集などを見つけてきて、その写真からも絵を描くんです。一昨年の暮れに私がバンコクで勝負するために日本を離れてから、定期的に私が撮影した写真を彼女に送るんです。
1ヶ月ほどで彼女からその写真を描いた絵が送られてくるんです。例えばこれ」
というと、原澤は財布らしきところから小さな絵をみんなに見せ始めた。

「これは、ワットアルン(暁の寺)です。私の名前“由紀夫”と同名の小説家が作品のテーマに取り上げたところだけに、どうしても他人ごとのように思えず、一番最初にここへ行って写真を撮り、彼女に送ったんです。
するとこんな素晴らしい絵となって戻ってきたんです!」

健一たちは、徐々に自分の世界に入り始めた原澤を無視して、およそ名刺サイズの絵をみんなで交互に見てみると、夕日に照らされたワットアルンが見事に描かれていて、感心の唸り声が店内に響く。

「『よし!がんばろう!』原澤の声がヒートアップする。
私は気合を入れて頑張りました。そしてついに上級資格認定!昨日彼女に電話したら、大喜びで来週このバンコクで出迎える事が出来る。つまり結婚するんです!『ありがとう! 登美子!!夢かなったぞ!!!』大声で叫びまくる原澤を見て、冷静な表情を保てる者は誰一人いなかった。


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