修行編 第50話 バンコクで待つ新たな修行の日々 その4(76)
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それから2ヶ月ほど経過した10月の雨期も終わりに近づいた頃、健一はようやくサパーン料理学校の上級の認定証を正式に授与される事になった。
当日は、健一のほかにもう一人上級の認定を受ける日本人がいた。
彼の名前は原澤由紀夫。日本でサラリーマンをしていたが、一昨年の8月にはじめてバンコクの地にたどり着いてから、この国の魅力に嵌り、その年の暮れには、会社を退職。いきなりタイにやって来た。
バンコクにある日系企業で現地採用され、その会社で働きながら、サパーン料理学校に通いつめ、
初級・中級コースを経て、この日上級コースの終了認定を受けるのであった。
2人は、校長であるモンディから直接認定書を手渡すと、一人一人に声をかける。
「大畑、どこへ行っても緊張しなくなり、本来の力を出せるようになってきた。ようやく一人前になったな」
健一は、深々と頭を下げ「ありがとうございます。これからも毎日美味しい料理を作り続けるよう頑張ります」
モンディは、いつものような目の鋭さがなく、「あとは、創作などもやるといいわ。基本のノウハウがキッチリしているからそう言うものに挑戦し、自分の料理を確立しなさい」
認定書を貰って学校を出た健一は、原澤由紀夫を居酒屋源次に誘った。
健一は、かつての自分同様、この国の魅力に嵌った原澤ともう少し話をしてみたいと思った。
健一より4歳年下で30歳になる原澤も、バンコクのタイ料理レストランで、料理人として働いている健一の事が気になり、健一の誘いを快く受けるのだった。
「いらっしゃい。おう健一君!今日はお二人さん」
城山源次郎の元気な声が響き渡る。
「ええ、こちらは原澤さん。一緒に料理学校の認定証を貰ってきたんです」
「いやー相変わらず頑張ってますね」とカウンターの右側から声がしたかと思うと、突然フラッシュの光が、健一たちの視力を一瞬奪った。
撮影したのは写真家の吉野一也であった。
「吉野さん。お久しぶりです。旅からのお帰りですか?」
「うん、と言っても今回は、私にしては短い旅で、タイの北部をチェンラーイ、チェンマイ、スコータイと回ってきただけですけどね」
旅の最後には必ずと言っていいほどバンコク、そしてこの居酒屋源次に立ち寄る吉野は、真っ黒に日焼けしただけでなく、口とあごに無精ひげを蓄え、
結んでいる髪もやや乱れていた。
「明日の深夜便で日本に帰るのですが、大畑君と会えたのは、最後に運が良かったね」
既に、一時間前から店で飲んでいるので、やや目が充血している吉野。
「ああ、改めてご紹介します。こちらの原澤さんは、僕のようにタイに嵌って会社を辞めてこっちで働いている方です」
源次郎や吉野と健一の親密ぶりに圧倒されて戸惑っていた原澤を慌てて紹介する健一。
「原澤と申します。私は元々大手のファミリーレストランの調理人として働いておりまして・・・」頭は角刈りに近く、やや薄めのサングラスをかけて、口ひげを蓄え、水色のカッターシャツに紺のスラックス姿の原澤は、見た目とは対照的に弱々しい小さな声で語り始めた。
「ファミリーレストランの厨房で働き、責任者の地位までになったものの、良くも悪くも冷凍食材を意図も簡単に調理できる料理ばかりなので、アルバイトでも簡単に出来るのです。
そう言う毎日に私はだんだん嫌になって来たのですが、いまさら寿司職人として修行は出来そうな自信はなかったし・・・」
健一をはじめ、源次郎や吉野も原澤の話を
静かに真剣に聞き入っていた。
「一昨年の夏、今まで溜め込んでいた有休を使って、何気なく来たこの国の魅力に取り付かれてしまいました。
とにかく、料理が活きている!私のファミリーレストランの料理なんて、比べてしまえば“仮死状態”ですよ。
同じ料理でごはんを食べているものとしてもう嫌になりまして、思い切って日本を脱出してきました。
料理の勉強をする傍ら、運よく現地採用が決まり、仕事をしながら1年半料理の勉強をし続けました。初級・中級は順調でしたが、
上級は難しく2回試験で落ちました。
そして、3度目の正直ついに合格する事が出来、今日最後の認定証を貰いました。感謝感激です」と言い終えると、
感無量になったのか、原澤は、その場で泣き出してしまうのだった。
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