部屋に帰るとまずベッドの上に鞄を放り、それから机の上でそっと出番を待っていた愛用のノートパソコン…であり僕の大切な相棒…NEOを起動させる。
お気に入りの欄から迷わずサイト名“NoveL”を選び、シルバーのマウスでクリック。
このサイトことNoveLは僕が書いた小説を投稿している小説サイト。一般小説投稿サイトの中だと、投稿者数もアクセス数もダントツでトップのサイトだ。
そして、その中でも僕の小説は結構な評価を得ている。
…あぁ、自己紹介が遅れたね。
僕の名前は一白 円。読み方?読み方は…イチシロ、マドカ。まるで女の子みたいな名前だけど、れっきとした男です。見かけも男の子には見えないみたいで、何回も間違えられたことがあるんだ…。
この前中学に入学したばかりの中学一年生で、小学校からのあだ名は100円。理由は…言わなくとも分かるよね。
因みにこのサイトでのハンドルネームは炎。自分の名前をもじって作ったHNなんだ。
自分の作者ページを開くと、うわぁ。今日も小説にはたくさんのコメントにメッセージ。
評価は大抵最高基準の五つ星だし、その評価についてるコメントや、読んだ人やファンの人達からのメッセージにはたいてい『最高』の文字が入っている。
今日も新しい小説のネタが浮かんだから今から書こうと思ってた所なんだ。
今日はいつもと雰囲気を変えて、冒険ものの短編小説でも書こうかな、って思ってた。
おっと、いつもの連載小説も忘れずに続きを書かないとね。
…でもね、こんな僕だけど、本当は違う夢を描いているんだ。
それはプロのサッカー選手!
だって、かっこいいじゃない。
たくさんのファンの人達の応援を受けながらグリーンの芝生を駆け回り、白と黒のボールを力いっぱいに追いかけて、大きく振りかぶった足でボールをゴールに向かって思いっきり蹴りこむ!
うん、やっぱり最高じゃないか、サッカー!!!
「円〜?ご飯よ〜?」
「あ、はーい。今行くー。」
下から母さんが僕の名前を呼ぶ。そういえばさっきから、母さんお得意の肉じゃがの匂いが家一杯に微かだけど広がっていた。
ふぅ…行くとは言ったものの、あまり下には降りたくはないなぁ…。あの言葉を言われるに決まってるから。
…え、あの言葉って何かって?僕に付いてくれば嫌でも分かるさ。
あーあ、憂鬱だ。
***
「円、またパソコンしてたのね。感心、感心。」
普通ならまたパソコンしてたの?と怒る所なんだろうけど、僕んちの場合は事情が違う。実を言えば母さんも僕の小説のファンの一人…というか、僕の作品は毎日チェックを入れている。
「だって母さん今日も読んだけど、やっぱり円の作品は凄いんですもの。
母さんの自慢の息子よ、あなたは。大人になったら有名作家間違いなしね。」
ご飯を口に運びながら僕を誉めまくる母さん。
皆なら、ここで喜ぶんじゃない?例えば、
『やっぱり、そうかなぁ?僕本気で作家になろうかな』
とか、言いたくなるんじゃない、こんなに誉められると。
でも僕は事情が違う。
…だって僕の夢は…。
「母さん、何回も言うけど僕の夢はサッカー選手なんだ。
小説を書くのも好きだけど、僕はサッカー選手になりたいんだよ。」
そう言ったとたん、母さんの顔がふっと曇った。そして大きなため息をつき、良い具合に味のついたジャガイモを口に運んだ。飲み込んだ後に、何処かつまらなさそうに僕に語りかける。
「円、何回も言うけどあなたにはサッカー選手なんて合わないのよ。
そんな職業より作家の方が円には向いてるのよ。だから、ね。
もう1度、考え直してみて?」
「・・・」
僕が降りたくないって言った意味、分かるだろう?こうなるのが分かってたから、嫌だったんだ。
確かに僕は、まだサッカーが上手いって訳でもないし、筋肉も無いひ弱で、視力も悪いから度の少しきつい眼鏡をかけないといけない。サッカーどころか、スポーツ自体向いてないかもしれない。
…でも、だけどそれでも僕は、頑張ってみたいのに。
そして現に今、頑張っているのに。
部活は文化系じゃなくてサッカーに入った。部活から帰った後はパソコンで一通り小説を打ち、そのあとは毎日欠かさずランニングに筋トレをしている。
自分なりに、一生懸命頑張ってるつもりだ。
……なのに…。
ぼそぼそとご飯を食べ終えると、足早に自分の部屋に戻って小説の続き。
「えっと…」
カタカタとキーボードを打つ音が心地よい。今回は、中々上手く行きそうだ。
思わず笑みが浮かんでしまう。
小説を書くのも楽しい。けどね、母さん。
僕は将来はやっぱり、サッカー選手が良いんだ。
分かってくれないかな…?
***
「おーい、まーどーかっ!一緒にいこー!」
朝から超のつくほどハイテンションなのは、小さい頃からの…いわゆる幼馴染、木更津りん。はじけるような笑顔を僕に向けて、大きく手を振っている。
ちなみにコイツも小説投稿仲間。HNは鈴。
彼女の特徴を挙げれば、髪がショートカットで向日葵のように明るい、だけどたまに騒がしい奴。顔も大きい目が愛くるしく、可愛いと不細工で分ければ当然可愛いに入る。なので何回か告白された経験があるが、その度に彼女はその誘いをことごとく断っていた。中には、前の小学校で1・2を誇るイケメンも告白していたのに。
全然僕にはそんな美人には見えないのは、僕が随分長く彼女の顔を見ているからだろうか。
「見たよ、新しい小説。やっぱすごいねー、円って。」
「りんのも見たよ。結構面白かったから、評価しといた。だけどさ、ラスト辺りの主人公のセリフ、矛盾してない?」
「やっぱ?あれあたしでも訳わかんなくなったもん。」
「あのなぁ…。だったら投稿する前にもっとよく考え直しとけ、このバカりん。」
こいつと話すと時々頭が痛くなる。
こいつの小説のアイデアは悪くない、むしろ発想力や想像力は豊かと言ったほうが良い。
だけどこいつが小説を書くと、何かしら何処かしらで矛盾と誤字脱字が発生する。
「そんな事言ったって、難しいんだもん。イメージを文章にして伝えるなんて。」
「そこが面白いんだろうが、小説を書くのは。」
僕自身そう思ってる。小説なら自分の考えているイメージや世界観、理想や夢を沢山の人たちに皆に伝える事が出来る。まぁ、それが出来ないから文章を書くのは嫌いって言う奴もいるんだけどね。用は考え方次第ってことじゃないかな?
「ま、そーいう事だけどね。あ!数学の宿題やるの忘れた!」
「僕はやったよ、でも写させてやんない。」
真っ赤な舌をりんに向かって出してみる。りんはぷぅと頬を膨らませてむくれた。こういうところはやはり、小動物のようにも見える。
「数学は六時間目って昨日帰る時言ってただろ?間に合うじゃん。」
「そーだけどー…難しそうだったじゃん、あれ。」
「まーね。」
そんな会話をしていたら、いつのまにか中学校に付いていた。僕は小さくため息をついてから、クスリと笑う。
「ま、がんばりなよ。」
「うっさいなーもー。」
そう言いながら僕等は、自分たちの教室へ入る。僕は2組、りんは1組。隣同士のクラスだから結構すれ違うことも多い。
…さて、今日もがんばろっと。
そう思いながら鞄を机の横にかけ、鞄から取り出したアイデア用のノートを開く。
…昨日はここまで行ったから…ここからか。
小説を書くっていうのも、結構大変なんだよね。みんなの期待答えないといけないから、さ。
***
「ありがとーございましたっ!」
とりあえず今日の部活は終わった。今日も結構ハードだったな…。
眼鏡をはずして体操服を脱ぐ。服は汗ですっかり湿ってしまっていて、べとべとと体にまとわりついてくる。
火照った体を夕暮れの風に冷やしつつ、制服に着替え終わる。今日は帰ってからどうしようか、と考えながら足早に門をくぐると、そこにいたのは他でもない…りん。
「あ、円!帰ろー!」
「……お前なぁ…女子の友達いるだろ?」
「だって皆別方向なんだもん。」
「…分かったよ。」
***
「ねーねー。円の将来の夢って何?」
もう少しで僕の家と言う所で、唐突にりんが聞いてきた。
「夢?サッカー選手。勿論、プロの。」
「作家じゃないんだ?いがーい!」
驚いた様にりんは言った。前に何回か言った事があるのに覚えていないのか、こいつは。
僕は疲れた顔で軽くため息をついてから、今度はりんに尋ねかえす。
「意外って…なんでそう思ったんだ?」
「だって円には作家の方が向いてるんじゃないかって思って。
作家目指してみれば?もったいないよ。」
あまりにもその発言を軽く、さらりと言ってのけたので、思わず僕はカッとなった。
「いけないこと!?夢持つって!!
皆そう言うんだ。
母さんも、お前も、パソコンの向こうで僕の小説よんでる奴等も、皆そういうんだ!
サッカー選手なんか無理だ、それよりも作家のほうがいいって!
楽しいかよ!人の持ってる夢を…人の気も知らないくせに口出しして、踏みにじって!
だいっきらいだ!お前も、母さんも皆!」
………大嫌いだ。皆。
僕はそれだけ言うとダッと駆け出した。りんがなんか叫んでいるがもう知らない。
母さんの呼びかけにもこたえず、家の中に入るとすぐに階段を駆け上り、部屋に鍵を閉めた。 ベットの上で、枕を抱いて寝そべった。
ふと目線の先にパソコンがあることに気付く。僕はなんとなく、電源を入れてみた。
別に小説を書こうと思ったわけではない。
でもどうしても手は勝手にNoveLを開いてしまう。毎日の「くせ」だからだろうか。作者ページにはまた、いくつもコメントが届いているのが分かる。
…僕はいったい、何をしたいんだろう。
サッカー選手になりたいけど、小説を書くと言う事も捨てたくない。
そんな僕は欲張りなんだろうか。
皆が言うように、作家にならないといけないんだろうか。
…そんな事を考えていると不意に部屋のドアがノックされた。
「円?りんちゃんが来てるわよ。」
母さんの後ろには、申し訳なさそうに微かに笑ったりんがいた。母さんがドアを急に開けるので、僕は慌てて枕を放り、ベットの上に座りなおした。僕は壁の方を向き、涙をこすりながら出来るだけ強がった声でりんに尋ねる。
「…何の用だよ、りん。」
「謝ろうと思って。さっきの事。あんなに怒るとは思ってなくて…。それで…。」
「それで?」
りんが後ろに回していた手を前に持ってきた。僕がちらりとりんのほうに目をやると、その手の中には少しすなに汚れたサッカーボール。
「サッカー…しよ?」
***
僕等は近くの公園に行った。ポン、ポンとボールを蹴っていると、りんが話しかけてくる。
「サッカー、上手くなったんじゃない?」
「…そりゃ、部活やってるし。」
「それだけじゃ、ないでしょ?」
僕のポンとボールを蹴る足が止まる。
ちょっと顔を上げてりんの方を見てみると、かすかに微笑んだ顔つきでこっちを見ていた。
「さっきの事はホントに悪いと思ってるよ。
今ちょっと蹴ったから分かったんだけど…
円は本気でサッカーを頑張ってるんだね。…実を言うとね、時々見えてたんだ、うちの部屋の窓から。いつも何してるのかなって思ってたら、ランニングしてたんだね。
円、あんなに一所懸命にやってるんだから、きっとサッカー選手になれるよ。
大丈夫、それと、ごめんなさい。」
「りん…。……僕の方こそ、ごめん。
あんなに強く言うつもりはなかったんだ。ついカッとなって…。」
「ううん、円が謝る事じゃない。でもさ、正直言うとね、小説を書く事も止めないで欲しいと思ってる。
1週間に一作、一ヶ月に一作でも良いから、小説をさ、書いてくれない?
私、大好きなんだ。円の小説。読んでると、心が温かくなるというか…やすらぐと言うか。 …お願い…」
顔を真っ赤にして俯きながらりんはしどろもどろに言う。
思わず僕はくすっと笑ってしまった。
「書くに決まってんじゃん。僕が好きなことは、サッカーと小説なんだから。」
………そうだ、僕は…
***
や、久し振り。一白 円です。
僕はあれからすくすく健康に成長して、現在21歳になりました。
そしてなんとなんと!
サッカーのU−22の世界大会に、見事出場する事が出来たんだ!
しかも日本が久々の世界大会優勝、僕はな、なななんと!!!
MVPをゲットしたんだ!
その後のインタビューでちょっと話した事がきっかけで、ネットの世界ではNoveLが一躍有名になったんだ。元々有名だったけど僕のあの一言で、余計有名になっちゃって。
そのインタビュー内容が、これ。ちなみにこれは後から雑誌に書かれてた記事を丸写したものだから。
記者…子供の頃から、サッカーは得意だったんですか?
一白…いえいえ、全く。下手くそで、幼馴染の女の子にも負けていました。
記者…あはは(笑)では、子供の頃はどのような子供だったんですか?
一白…小説をサイトに投稿するのが大好きな子でした。今でも投稿しています。自分で言うのもなんですが、人気だったんですよ?
記者…ズバリ!サイトとあなたのHNは!?
一白…サイト名はNoveL、HNは内緒です。あっと…ヒントを出しましょうか。僕の昔のHNは炎でした。ちょっと前に名前を変えたんですが、そのHNは僕の名前がヒントです。
記者…なるほど。では次の質問に…(略)
…どう?これを読んでくれた皆には、特別に僕のHN、教えてあげるよ。
多分しらけちゃうんじゃないかな、場の雰囲気が。
でも、ズバリ言っちゃいましょう。
僕の今のHNは…
100円。
あ、ごめん。これから用事があるんだ。飛行機に乗らないといけないから、この辺でまたお別れかな。
あ、そうそう!りんの事だけど。
実は僕等、結婚するつもりなんだ。というか、もう婚姻届は出してきたんだ。あとは結婚式を行うだけ。
うん、それから先の話はそのうち嫌でもニュースで聞くと思うから、内諸♪
それじゃぁ、本当にこの辺りで。君とはまた会えるよね、ていうか、すぐにでも会えるかも。
あ、りんが呼んでる!
じゃぁ、
ばいばい! |