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あの時見たもののこと

作者:黒野零一
 さて、これから僕があの奇妙な物体とであったときの話をしましょう。

 話をするのは苦手なのですが、どうしても誰かに話したかったので、折角の機会は逃してはいけないと思い、ここでお話させていただきたいと思います。

 そのときは学校の帰りでした。僕は中学三年生で、ちゃんと勉強もしなきゃいけないといわれて居る年齢ですが、そんなこと僕はあんまり気にせずに、休みのたびに古本屋めぐりをしたり、友達の家に遊びにいったりしている馬鹿です。当然勉強は出来ませんが、前回のテストでは奇跡的に五十位台に入ることが出来ました。三分の一です。

 話を戻しましょう。話しているうちに話がわき道に逸れてしまうのは僕の悪い癖です。

 そのときは丁度、雨が上がったときでした。猫がのんびりと塀の上を歩き、アジサイの花が薄青紫色に染まっていました。

 すると突然、塀の上を歩いていた猫がぐねんと曲がって前と後ろの二つに分かれました。初めてみた猫の分裂に驚いて(そのあと、猫は分裂なんてするものじゃあないと始めてこの話を話した友達に言われて、僕はその人に話すのをやめました)、じっくりと見入ってしまいました。それから、猫――ああ、猫は分裂しないんでしたっけ――その奇妙な物体は、僕に気づいたのか、こちらを向き、ぐねんとよくわからない色の丸い塊になり、僕の目の前までふよふよと浮いてきて、そこでまたうねうねとうごうごと気持ち悪く動いて、綺麗な人型になりました。

 それはギリシャの彫刻みたいに裸で、男でした。どうせなら女の人のほうがよかったです。男の人の裸なんてあまり見ていて気持ちのいいものではありませんので、僕は一瞬それと目が合ってしまったことを後悔しつつ後ろを向いてそのまま真っすぐ歩いて逃げようとしました。

「見たな」

 それが始めて声を聞かせました。声だけ聞けば、ギリシャの彫刻の女の人(僕がそうそれを形容したのは、丁度その日は美術と歴史の授業があって、授業中にそれを眺めていたからです)みたいで、もうすでにそれの姿を見てしまっていた僕としては、非常に気持ちが悪いというか、すぐさま走って立ち去ろう、今ならまだ見なかったことに出来る、と思って僕は後ろを向きました。

 しかし、僕は何かわけの解らない力で引き戻されて、(二人目はこの説明についてもっと詳しいことを求めました)そのせいで少し首が絞まって苦しい思いをしました。そしてもう一度、あの体が出していると思うと気持ちの悪い声で言いました。(三人目はおえっと吐くふりをしました。最後まで話を聴いた始めての人です)

「もう一度だけ聞く、見たな」

 もう一度だけ、というのは、もし僕が返事をし無ければ僕はどうなっていたのでしょうか。ですがもうちょっとで僕は吐きそうになほど嫌だったので――不思議と怖くはなかったです――一応、はいと言っておきました。そうしたら、定番の台詞の

「そうか。ならばしね」

 をいってきました。僕はちょっと嫌だったので「いやです」と言っておきました。そうしたらそいつは「ならやめよう」と言って、首の手をどかしてくれました。優しいですね、話せばわかるものです。そして、幾つかそいつに質問をしました。

「僕は○○(僕の本名です。一応伏せておきます)です。あなたの名前は」
「ない」
「どこからきましたか」
「わからん」
「何処へ行くんですか」
「知らん」

 みっつの質問をした後、そいつは僕に言いました。

「○○は、どうなんだ。お前はどう答える」
「僕は○○、学校から来て家に帰るところです」
「そうか」

 そして、しばらくそいつとにらみ合って、どうしたらいいのか解らないのでとりあえず「それでは」と言って帰ろうとしたところ、

「まて、待て」

 と、またしても首根っこをつかまれたんです。そのときにぐェと変な声を出してしまいましたが、そいつは意にも介さずまた自分勝手に話しました。

「ここを案内しろ、何かわかるかも知れん」
「嫌ですよ」
「えー…、それでは、何か食べるものはないか。腹が減っている」

 僕は無言で学校の給食で残したパンと水筒に入っているお茶をやりました。そいつは上品にパンとお茶を飲み食い、水筒を返すと僕はそいつから離れるため、「これまでだ」と言って下がりました。これ以上かまってられるか、という思いが強かったからです。僕にはやるべきことがあったし、正直言うともう少し見て居たかったのだけれど、これ以上たかられてたまるか、厚かましい奴だ、と思っていて、ちょっと怒ってたんですよね、僕。

 それで、下がっていったら、またそいつは止めるかな、と思ったのですが、なんとそいつは素直に「ありがとう」と言って産まれたままの姿でどこかに歩いていきました。さすがにあれはちょっと驚きました。僕は始めてそいつを怖いと思って、走って家へ逃げていきました。それから、くだらなかったなと思い出して、馬鹿らしくなって大笑いして、家族に変な目で見られました。

 そのあとは、一度も猫が変によじれたり、裸の男が僕の前に立つことはありませんでした。あのときのことは夢だったんだ、と思おうとしても、パンのごみはまだ机の上にあるし、あの場所に行けば必ず同じ所で同じ猫が同じようにくつろいでいます。でもそれは、偶然の一言で片付けられることなので、彼(もしくは、彼女)の存在の証拠にはならないのですが。

 ああ、そうだ。この話を聞いた七人目が似たようなことがあったといっていました。彼女にはついさっき話したばかりですが、彼女は僕の話の猫をはとにしたような感じの話でした。ただ、そのはとは、彼女に僕の名前を聞いたそうです。ちょっと怖いです。

 まあでもこれももう終わるでしょう。
 不思議なことはたいてい、夢落ちというのが世の常ですからね。

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