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朝はシリアルと決めている

氷の溶かし方

 その真っ白い奇妙な手紙をエリーが受け取ったのは、誕生日を一週間後に控えた日のことだった。
 季節は春。外では虫たちが活動をし始め、植物たちがようやく土の中から顔を出し始めた、とても暖かい日だった。

「エリー、手紙が来ていたわ。机の上においてあるから」
「ありがとう。誰からだった?」
「さあ?差出人が書いていなかったのよね」
「ふーん」
「ラブレターかもしれないわね」
「まさか」

 母親と冗談交じりに会話したあと、エリーは早速自室へ向かって手紙を確認した。
 封筒の表面にはきちんとエリーの名前と、家の住所が記載されているものの、やはり裏面に差出人は書かれていなかった。

「本当にラブレターだったりして」

 エリーはドキドキ半分で封を切った。
 中から出てきたのは、二つ折りにされた何も書かれていない薄いピンクの紙だった。

「ただのイタズラじゃないの」

 はあ、とため息をついてエリーはその手紙をゴミ箱に持っていった。
 その時だった。

「えっ……何これ」

 エリーの手の中にあるピンクの紙に、次々と筆で書かれたような文字が浮かび上がってきたのだ。エリーは慌てて机の前に戻り、椅子に座ってしばらく紙を眺めていた。

『拝啓 エリー・マルサス様
 春の訪れを肌で感じる季節となりました。
 この度、エリー様のお誕生日をお祝いしたく、招待状をお送りさせていただきました。
 場所 エリー様の自宅裏の森の中
 時間 夕日が沈む頃
 当日は、森の中にある湖にて、案内の者がお待ちしております。
 是非おしゃれをしていらしてください。
氷の中の王子』

「氷の中の王子ですって?」

 身に覚えがある言葉に、エリーは一瞬目を大きく見開いた。
氷の中の王子――それは、かつてエリーがまだ幼かった頃、今は亡き祖父からもらったあるいわくつきの石に名づけた名前である。
 正確には石の中に、なのだが。

「おじいちゃん、これなあに?」
「妖精が閉じ込められた石だよ」

 そっと手のひらに置かれたその石は、石というよりも宝石に近かった。キラキラと光る透明の石。その中を覗くと、とても小さな人型のものが、眠るように閉じ込められているのが見える。祖父は死ぬまで、この石の中にいる人物を、妖精だと信じていた。

「昔、裏の森を探検したときに見つけたんじゃ」
「すごいすごい! 綺麗な石!」
「あの森には妖精が住んでおったそうだ。しかし、意地悪な人間によって妖精は狩りにあってしまった。そして、この石の中にいる妖精こそが、そのときの生き残りなんじゃ」
「もうこの妖精さんは起きてこないの?」
「いつか目覚めるだろうが、それがいつなのかおじいちゃんには分からない。それに、この石が彼の目覚めを邪魔している」
「男の子なの?」
「ああ、きっとそうだ。よく見てごらん」

 祖父に言われるがまま、幼き日のエリーは石の中をよく観察した。短い金色の髪と、目を閉じていながらもキリっとした顔立ち。確かにそれは、人間で言う男性のようだった。

「エリー、この石をお前にあげよう。そしていつか妖精が目覚めたら、おじいちゃんに教えておくれ」
「わかった! 約束する!」

 これが、エリーと祖父の、最後に交わした約束となった。

「おじいちゃん! やだよ死なないで!」

 妖精が目覚めるのを待たず、数か月後、祖父は天国へと旅立った。
 それ以降もエリーは、祖父の形見として大事に石を持ち続けた。
 妖精を閉じ込めている透明な石が氷に見えることから、エリーはその妖精を氷の中の王子と呼んでいた。 実際、その石はいつ触っても氷のような冷たさを持っていた。誰にも知られていないはずの、自分だけの呼び方。
 幼稚園から、学校から、そしてお出かけから帰ると、いつもエリーは氷の中の王子に向かって、一日の出来事を楽しそうに話した。その日課は、一日たりとも途切れることはなかった。

「あれ!? ない!!」

 やがてエリーも大きくなり、十歳になった時、その石は突然姿を消した。いつも机においていたはずなのに、跡形もなく。

「お母さん! 私の机に置いていた石知らない!?」
「石っておじいちゃんにもらったやつ?」
「そう! どこにもないの! 今日学校に行く前は確かにあったのに……」
「なくなっちゃったの? あ、もしかしたら今日の昼、鍵かけるの忘れたから泥棒に入られたかも」
「そんな……」

 あっけなくエリーの前から姿を消した氷の中の王子。エリーは宝物がなくなったというよりも、祖父との思い出が消えてしまったことに深い悲しみを感じた。
 念のため、被害届を出したが氷の中の王子が、再びエリーの元へ戻ってくることはなかった。金銭的なものならまだしも、ただの石ということで警察も真面目には取り合ってくれない。

「きっとそのうち出てくるわよ」
「うーん」

 あまりの落ち込みように、家族は心配そうにエリーに声をかけた。
 しばらく悲しみにくれていたエリーも、時間と共に立ち直り、やがて高校生になった。

「どうしてこの呼び方を知っているの?」

 手紙に書かれていた、自分だけしか知らないはずの名前。エリーは何とも言えない不安と、少しの恐怖に身を震わせた。

「この手紙の差出人が、もしかしたらあの時石を……」

 そうだとしら、絶対に取り返さなきゃ。そう思い立ち、エリーは十六歳の誕生日当日、森の中へ行くことを決意した。

「いってきまーす」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「はーい」

 元気よく返事をして、エリーは家を出た。
念のため、手紙に書かれたとおり、精一杯のおしゃれをした。汚れが心配だったが、気にしても仕方ないと思い、買ったばかりの水色のAラインワンピースと、黒いパンプスを選んだ。髪の毛は後ろでまとめ上げ、うっすらとメイクもしている。
森の中を進むと、急に道が開けて湖が見えてきた。
 エリーが木々の隙間から空の様子を伺う。指定どおりと言えるような、綺麗な夕焼け空が広がっている。

「お待ちしておりました、エリー様」
「え? 女の子……?」

 湖の前で一人佇んでいたのは、まさに今の夕焼け空と同じ色のワンピースを着た、エリーと同じ年くらいの女の子だった。
 どうやらこの人物こそが、エリーを待っていてくれた案内の人らしい。

「今日は来て頂きましてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそお招きに預かりましてありがとうございます」

 戸惑いと緊張のあまり、エリーが丁寧すぎる挨拶をすると、女の子はにっこりと微笑んだ。

「では、向こう側への門を開きます」

 女の子はそう言うと、湖のほうを向いた。
 その後姿を見て、エリーは思わずあっ、と小さく声を漏らした。女の子の背中には、透明な羽が生えていたのだ。

「茜色に染まりし空よ、今、我々に祝福されし庭園への門を開きたまえ」

 女の子が、白く小さな手を空にかざす。すると、空から金色に輝く大きな門がゆっくりと降りてきた。

「すごい……」

 目の前で起こっている不思議な現象に胸の高鳴りを感じながら、エリーはじっと門が降りてくるのを見守った。
 やがて門は完全に地上に降り立ち、エリーと女の子の目の前に立ちふさがる。

「この扉の向こうで、みんな待っています。さあ、行きましょう」

 女の子……いや、女性の姿をした妖精に誘われ、エリーは金色の門をそっと押した。

「あ、エリー様!」
「エリー様が来たわよ!」
「みんな、道をあけて!」

 エリーが中に入ると、様々な衣装に身を包んだ妖精たちが暖かく出迎えてくれた。中央には真っ白な長いテーブル、そしてその周りを囲むように真っ白な丸いフォルムをした椅子が並べられていた。テーブルの上にはみずみずしくて美味しそうなフルーツが入った籠と、こちらまで甘い匂いが漂ってくるクッキーやマカロンといったお菓子がたくさん置かれている。
 そしてテーブルの中央には、大きなバースデーケーキが聳え立つ。
 森の中に突如現れた誕生日会場と、美しい妖精たち。その風景は、今までエリーが見たことのないほどに幻想的であり、美しい光景であった。

「初めまして、エリー様! さ、これを」

 妖精たちの中から、一際小さな女の子の妖精がエリーの元へ走り寄ってきた。人間で言うと大体三歳から五歳くらいの容貌をしている。

「今日のために、ご用意いたしました!」

 その妖精が両手で持っているもの――それは、きれいな真っ赤な薔薇を使って作った、花冠だった。よく見ると、妖精が着ている洋服はまさに、薔薇の花びらで作られたものだった。

「綺麗……素敵ですね。ありがとうございます」

 エリーは嬉しい気持ちになった。

「では、失礼します」
「お願いします」

 お互いにお辞儀をし、エリーはそっとしゃがんだ。女の子の妖精が、エリーの頭にそっと花冠を載せると、周りからわあっと声が上がった。

「よく似合っているわ」
「まるでお姫様のようだ」
「素敵ね」
「さすがエリー様」

 四方八方から聞こえる賞賛の言葉に、エリーはくすぐったさを覚えた。こんなにも大勢に褒められたことはなかったので、エリーは照れてしまい、なかなか顔を上げられなかった。
 しばらく色んな妖精と談笑し、徐々にエリーの緊張も和らいできた。
すると突然、後ろから声がした。

「お久しぶりです、エリーさん」

 エリーが振り向くと、そこにはクリーム色がかった服に身を包んだ男の子の妖精が立っていた。

「お久しぶりって……まさか」
「はい。昔、エリーさんに氷の中の王子という素敵な呼び名を頂いた者です。僕の本当の名はエミリオと申します」

 深々と頭を下げられ、エリーもつられるようにして頭を上げる。
 いなくなって六年という月日が経ってしまっているものの、金色に輝く髪、そしてキリっとした端正な顔立ち。
 それは、まさしくエリーがあの頃大切にしていた、氷の中の王子だった。

「今日は、来て下さってありがとうございます。ささやかなパーティーですが、楽しんでいって頂けると幸いです」
「こちらも、こんな素敵なところでお祝いしていただけるなんて嬉しい限りです」

 エミリオに案内され、エリーは誕生日席にの前に来た。左斜めには、エミリオがいる。他の妖精たちも、二人が座ったのを見て次々と自分の席の前に並ぶ。

「ただ今より、エリーさんの十六歳の誕生日を祝う会を開催いたします!」

 エミリオが高々に宣言すると、テーブルの上にあるバースデーケーキにささった蝋燭に一斉に火が灯り、どこからともなくハッピーバースデーの曲が盛大に流れてきた。

「これは……」
「森の動物たちに、演奏をお願いしました」

 ちょうど金の門があった辺りを見ると、リスやイノシシ、そして小鳥たちが何とも小さな楽器を演奏している。

「この森自慢の、どうぶつオーケストラですよ!」

 さきほどエリーに薔薇の冠をくれた子が、ニコニコしながらそう言った。

「ハッピーバースデー トゥーユー
 ハッピーバースデー トゥーユー
 ハッピーバースデー ディア エリー
 ハッピーバースデー トゥーユー」

 妖精たちの美しい歌声が、会場中に響き渡る。

「さあ、エリーさん。蝋燭を」
「上手く消せるかな」
「大丈夫ですよ、頑張って」

 エリーは思いっきり息を吸った。そして蝋燭めがけて一気に息を吹きかけた。
 見事、蝋燭は一回で全て消え、会場には盛大な拍手が沸き起こった。

「おめでとうございます!」
「エリー様、おめでとう!」

 暖かな拍手に包まれ、エリーはとても嬉しくなった。
 やがてグラスには葡萄ジュースが注がれ、ケーキも切り分けられた。フルーツも、お菓子も、もちろんケーキも、とても美味しくてエリーはますます幸せな気持ちになった。

「どうして、エミリオさんはあの石から?」
「それはエリーさん、貴方のお陰なのです」
「え?」
「貴方が、あの氷を溶かしてくれたのです」

 エミリオは微笑みながらエリーの顔をじっと見つめた。

「僕があの氷の中に閉じ込められたのは今から約二百年前のことです。当時、この地域では盛んに妖精狩りが行われており、たくさんの仲間が攫われていきました」

 おじいちゃんに聞いたとおりだ。エリーはそう思いながらエミリオの話に耳を傾ける。

「妖精狩りをする人間に見つからないようにと、怯えながら暮らしている僕たちの前に、ある一人の女性が現れたのです。女性は名をシュメールと言いました。彼女は僕たちにこう言ったのです。
『貴方たちを、救ってあげよう』と」

 気付けば、他の妖精たちも、エリーとエミリオの話を真剣に聞いている。

「僕たちは、やっと救いが来たと大喜びでした。しかし、それは幻想でした。シュメールは、森を乗っ取ろうと考えていた魔女だったのです」

 エミリオの言葉に、当時を思い出したように、みな暗い顔になった。

「騙された僕たちは、次々とあの氷の中に閉じ込められました。決して溶けることのないとされる、魔法の氷の中に」
「魔法の氷?」

 そう、エリーが氷のようだと思っていたのは、間違いでなかったのだ。

「氷づけにされて時が過ぎ、そして僕は、運よくエリーさんのおじい様に拾っていただけたのです。おじい様は僕をいつも大切に扱ってくれました。声を発する事も、動くことも出来ませんでしたが、とても嬉しく思ったことを覚えています」

 エリーは、頭の中で祖父の姿を懐古していた。
 思い出の中の祖父は、いつだって優しい眼差しでエリーを見守ってくれていた。

「そしてエリーさんが六歳の誕生日に、僕はエリーさんの手に渡ったと記憶しています。毎日毎日、エリーさんは氷の中にいる僕に話しかけてくれましたね」

 改めて言われると、エリーは何だか恥ずかしくなった。必死にエミリオに話しかけていた自分を思い出して、顔が赤くなる。

「おじい様やエリーさんの話を聞いているうちに、僕の中にある思いが芽生えたのです。二人とお話をしてみたい、優しさに感謝を伝えたいと。その思いが募れば募るほどに、氷の中にいるはずの僕の体が温かくなるのを感じたのです」

 氷に閉じ込められているのに、感じる温かさとは。それは物理的な温度ではないと、エミリオはきっぱりと言い切った。

「おじい様にお礼が言えなかったのが今でも残念でなりません。僕は、お二人の温かさによって救われたのです」

 家からいなくなったあの日、日ごろの二人への感謝の気持ちと、二人からもらった優しさで体の中が温かさでいっぱいになったエミリオは、ゆっくりと、その氷が解けていくのを感じたという。

「やがて全ての氷が溶けて、机に広がった水滴すらも消え、僕は約二百年ぶりに自由を手にしたのです」

 自由になったエミリオは、エリーにお礼を言おうとしばらく部屋にいることにしたが、やがて仲間たちを救わなければということを思い出した。

「思い出してすぐ、僕は森へと飛んでいきました。そして、未だ氷漬けになっている仲間を助けるために、そっと手のひらで氷に触れました」

 エリーたちのお陰で心身ともに温かさを得たエミリオは、次々と氷を溶かしていった。

「最後の一人が氷の中から出てきた時、僕たちはシュメールから森を取り返すために立ち上がりました。そして今月、やっとシュメールから愛するこの森を、取り返すことが出来たのです。氷漬けにされていた期間に比べれば大した年月ではないですが」

 この六年間、勇敢にも妖精たちが魔女に立ち向かっていたことに、エリーは強く感銘を受けた。
「森が、昔のように平和を取り戻すことが出来たのは、エリーさん達のおかげだと思っています。遅ればせながら改めてお礼を言わせて下さい。本当に、ありがとうございます」

 エミリオはまた深々と頭を下げた。それに続くように、他の妖精たちも次々とエリーに向かって感謝の念を伝える。

「そ、そんな私は大したことをしていませんよ」
 エリーは謙遜の意味を込めて、胸の前で両手をぶんぶんと振ってみせる。

「そんなことはありません。あなたと、あなたのおじい様の優しさこそが、我々を救い、森を救ったのです」 

 再び会場に拍手が沸き起こった。エリーは皆のほうを改めて向き直し、遠慮がちにお辞義をした。

「また、あなたに会えて本当に良かった」

「私も、また会えて、しかもこんな素敵な誕生日を迎えられて……とても幸せです」

 それからは、エミリオとダンスをしたり、美味しいごちそうを食べたりして、楽しい時間を過ごした。
 そして、あっという間に空には星空が広がり、夜になった。
 すると、今までエリーたち人間と同じ大きさだった妖精たちが、次々と小さくなっていく。まるで、魔法が解けたように。そしてついには、エミリオ以外の妖精は皆、元の大きさとも言うべき小ささに戻っていた。

「そろそろ、お別れの時間ですね」
「……そう、みたいですね」

 名残惜しそうに、エリーとエミリオはお互いの顔をしばらく見つめあった。

「今日は、私の誕生日を祝って頂き、本当にありがとうございました。天国のおじいちゃんも、きっと空の上でエミリオさんが目覚めたことを、喜んでいると思います」

「そうだと嬉しいですね。僕は、お二人に出会えて、本当に幸せ者です」

 さっと、エミリオが右手を差し出した。少し驚きながらも、エリーは恐る恐る自分の右手を差し出し、そしてぎゅっとエミリオの右手を握りしめた。

「僕たちはいつでもこの森にいます。エリーさん、いつでも遊びに来てください。いつでも待っていますから」
「ありがとうございます。これからもこの森を守っていってください」
「はい、約束します」

 笑顔で握手を交わす二人。握手をしている手を離した後は、お互いに小指を絡ませて指切りをした。
 エリーは、握手と指切りを通じて、エミリオの体温の温かさを感じることが出来た。
 やがてエミリオも段々小さくなっていく。ちょうど、氷の中にいたあの小ささへと。

「では、また会う日まで」
「ええ、いつかまた」

 ここへ来た時に案内してくれた女の子の妖精が、次は帰りの門まで送ってくれた。

「輝く星よ、我々を見守っている月よ、今ここに人間界へと続く門を現したまえ」

 呪文が終わると、星たちが一層輝きだし、そして真ん丸の月から門が下りてきた。

「さあ、行ってください」
「わ、私、絶対今日のことを忘れません!」

 エリーはやや大きめの声でそう叫んだ。門を開く直前にも、もう一度エミリオたちのほうを振り返る。

「またいつか、絶対来ます」

 そう言って、エリーは大きく手を振った。妖精たちも、負けじと手を振り返す。
 例えこの先、またこの森に危機が訪れたとしても、エミリオたちならきっと大丈夫。
 門の向こうの光に包まれながら、エリーは別れを惜しみつつ妖精たちの国を後にした。

「はっ!!」

 門を抜けたかと思うと、エリーは自分の部屋の机に突っ伏していた。どうやら椅子に座ったまま寝てしまっていたらしい。
 星と月が出ていたはずの空に、朝日が昇っているのが見えた。

「夢……だったの?」

 一体どれほどの時間寝ていたのだろうか。エリーはまだ眠気が残る眼をこすりながら
辺りを見渡した。やはりここはパーティー会
場でも、森の中にある湖のそばでも、外でも
い。紛れもなくエリーの部屋だった。

「とても楽しい夢だったな」

 余韻に浸りながらも席を立つ。
 その時、エリーは頭の上から何かが落ちてくるのを感じ、とっさに手を頭のほうへ持って行った。

「え!? これって」

 間一髪のところでエリーがキャッチしたもの――それは、バラの花で作られた花冠であった。
 小さな女の子の妖精に被せてもらった、あの花冠である。

「もしかして夢じゃなかったの?」

 そう呟いた瞬間、窓からものすごく強い風が部屋の中に吹き込んだ。外では木々の葉っぱがゆさゆさと揺れて擦れあう音が聞こえてくる。

「やだ、すごい風ね」

 エリーは慌てて窓を閉めた。外の様子をうかがうと、今度はゆったりと風に乗るかのように周辺の木々や花がゆらゆら揺れていた。
 手に持った花冠をじっと見つめる。少し顔から離していても、薔薇のよい香りが漂ってくるのが分かる。

「エリー、エリーってば」
「はーい!」

 下の階から、母親が呼ぶ声が聞こえ、エリーは慌てて返事をしながら部屋を出て階段を降りた。

「あらやだわ、着替えずに寝てたの?」
 母親にそう指摘され、エリーは自分の服装を確認した。水色のワンピースを着ている。
「お母さん、今日って何日?」
「もう、まだ寝ぼけているの? 昨日はエリーの誕生日だったんだから今日は四月八日に決まってるじゃない」

 壁に掛けてあるカレンダーを指さしながら呆れたように母親はそう言った。

「そっか……そうだよね」
「昨日、お友達の家から帰って来たと思ったらすぐ自分の部屋に行っちゃったんだから。さあ、朝ごはん用意するからその前にシャワー浴びてきちゃいなさい」
「はーい」

 エリーがシャワールームへ向かおうとすると、思い出したかように母親に呼び止められた。

「あら、その花冠素敵じゃない。手作り?」
「そうよ。大切な友達がくれたの」

 エリーの母親が羨ましそうに花冠を見つめる。女性はいくつになっても綺麗なものには目がないようだ。
 先ほど母親に呼ばれてエリーが部屋を出ていった後、机の隅にそっと置かれていたあのピンクの便箋に変化が起きていた。
 招待状の文章がすうっと消え、新しい文字が浮かび上がっていたのだ。
 それは短く、しかし十分に心のこもった言葉であった。

『ありがとう、そしておめでとう、エリー』

 エリーがこのメッセージを見るのは、シャワーを浴びて朝ごはんを食べた後。まだほんの少しだけ、先のことになる。

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