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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

クィレビエ・ネンテ

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サバイバルの先


 真夏が如き太陽が照りつける。

 サイはココリエの抗議を無視して、濡れたままでは気持ち悪いからと、上に羽織っていたウッペの若葉色が綺麗な《戦衣シェグネ》をほどいて、脱いだ。

 黒の肌着と下はショーツ一枚のあられもない姿になったサイにココリエは真っ赤になる。

 真っ白いすべらかな肌。しなやかな体。優雅な曲線を描いているサイの体。ココリエは顔をあげられない。

 直視したら、興奮で頭がどうにかなってしまいそうだ。

 なのに、我慢しなければと思えば思うほど誘惑される。

 そうなったらリィエンの期待には副えるだろうが、同時にココリエが処刑される暗黒の未来が待っている。

 魚を捌いてもらって食べたココリエはテイビーを食べた時よりは元気になっていた。

 やはりサイの言うように肉は大切なのだろうか? と、どうでもいいことを考えて、青年はサイから視線を外す。男の複雑さを全然わかっていない女は厄介だ。

 わかっていてやられたら、かなり腹が立つというか、誘っていると判断される。サイに限って、それはない。

 サイはというと、海に入って濡れてしまった髪を森の中の川で洗ってきて、自分の属性のひとつ、火の炎熱で乾かしはじめている。濡らしたままは髪に悪いそうだ。

「サイ、あの、髪を乾かすのに、どうして服を」

「……そういえばそうか」

 ココリエの言葉にサイは自分の着ている肌着や下着にも炎熱を当てていく。気づかなかっただけらしい。

 まったく肝心なところでボケをかます娘である。

 サイの天然由来臭いボケに呆れていると女戦士は服を乾かし終わったのか一息入れた。だが、その手のひらに宿っている火は消えない。ゆらゆらと揺れる。

「サイ?」

「闇は不安定でならぬ」

「そうか? 安定して見えるが……」

「なにより、闇ではあのふたりに及ばない」

「ネフ・リコと、イキバに、か?」

「イキバはおそらく風の加護をえている。でなくば体に速力が不釣りあいすぎる。ネフ・リコも風を持っていよう。ケンゴクが持っているのだから。標準装備と見るべきだ」

 よくわからないがサイの直感と判断は信頼できる。

 納得して、再び相手の戦力というのを考えているココリエのそばでサイはひたすら集中した。

 おそらくサイも組みあわせの武器をつくる心積もり。

 サイは、火の属性が二。雷も二。闇だけが突出して六。

 だから、本来なら安定剤として使われる闇の方を基礎にして他を混ぜ込み、属性の強化を図る。
 そうすれば、理論上は闇の六と他が混ざればその混合属性は八か、七にはなる……筈。

 ココリエとは違うが、それでも強力な武器をえられることはまず間違いない。サイを観察していたココリエだったが、思いだしたように自分の修行をはじめた。

 サイが新しく緊急用の得物として拾ってきてくれた木の枝を折って、それに法力を集中させる。想像するのはココリエが最も使い慣れた弓という得物。

 だが、やはり簡単にはならず、枝が弾ける。

 握っていた木の枝が弾けて粉々になってしまった。それを見たココリエはがっかりする。また失敗した。

 弓という武器の形状的な問題もあるのだろう。独特の曲線を描く弓は想像しにくい。どれだけ使っていても、握っている時に感じているのは一部分のみ。

 部分想像からの創造であるだけ創造の難さに直結する。

「ココリエ」

「邪魔したか?」

「いや。……むしろ、私が邪魔ではないか?」

「まさか」

 サイがいて、ココリエは気持ちを高く持てている。不安を拭ってもらっている。助けられている。魚にしてもそうだ。ココリエひとりではありつけなかったご馳走。

 ウッペは山岳地帯に在る国。

 魚など干物としてしかまわってこない。
 川魚が手に入ることは入るが、それでも希少だった。海の幸など、北か南か、どこかにいかねば手に入らない。

 そうした意味ではこの無人島はココリエには珍しい体験であり、貴重だった。ココリエの言葉を聞くサイは不思議な色の瞳に不思議な感情の色を宿している。

「どちらか」

「いや、なにがだ?」

 唐突にすぎる問い。ココリエは意味がわからない。
 どちらと言われても、なにについて訊かれているのかわからないココリエは苦笑いしてサイに続けるよう促した。

 ココリエに促されたサイは少し迷う素振りを見せた。

「セツキが言っていたことだが」

 セツキが、と切りだす。これは、ココリエには予想外。
 セツキ、どうしてここでセツキがでる?

 サイが、ココリエと今ふたりきりでいるサイなのに、なぜ、他の男の話などしはじめるのかと、ココリエは不可解ながらも若干イライラした。

 そのイライラがなにから起こるのか、ココリエはわかっていない。だが、ココリエは不可解な自分の負の感情にひとまず蓋をしてサイに続きをさらに促した。

 女はやはりどこか迷うようにそれを口にする。

「私を、お前は嫌っているか?」

「は?」

 いきなり、意味不明だった。

 なぜ、サイは、ココリエがサイを嫌っているかもしれないなどという可能性を見たのか、わからなかった。

「サイ、セツキになにか言われたのか?」

 サイの言葉の前後からして、言われたのは確実だと思われた。だが、問題はなにを言われたか、だ。

 サイは、どこか諦めたように瞳を揺らして、それでも言葉を紡いだ。声には淋しさがあった。

「ココリエも、ルィルシエも、ケンゴクもみな、私を嫌悪している、と言われた」

「なっ」

「それなのに、こうして一緒にいるとわからなくなる。お前は本当に嬉しそうに笑い、純粋に私に接してくる」

「そんなのは当然の」

「だがセツキは、それは偽りだと言った。私の醜さを、ココリエは……お前たちはみな嫌っている、そう言った」

 醜さ。そう唱えながらサイが押さえたのは自分の左目。眼帯の上から左目に触れたサイは悲しげだった。

 そこにある醜さを、呪われた証をサイは憎み、嫌い、悲しんでいる。こんなものさえなければもう少し、人間らしく……そんな思いがある。どうしても湧いてくる。

 どうしようもない、どうにもならないことなのに、サイが一番深くそれを熟知している筈なのに、気持ちは止められない。生まれ持ったものはどうしようもない。

 わかっていても辛い。理解できるからこそ痛い。

 嫌われ慣れているサイでも、こうした新しい関係で嫌われるのはなにかときついものがある。

 ――いや、そもそも嫌われることに慣れる者など、平気な者などいるものなのか?

 ココリエは真剣に疑問を抱いた。サイはココリエの疑問を無視し、続きを普段の彼女からしたらよく喋った。

「あの男も言っていたな」

「あの男?」

「帝だ」

 サイが持ちだしたのは帝、リィエンの言葉。娘に、サイに憎しみしか抱けないなら殺してしまえ。そして、自分を徹底的に諦めさせてみせろ。サイを手にかけろとの言葉。

 サイは今まで、それを聞かなかったフリで通していた。そうして、気まずくならないように配慮していた。

 気にしていたことは気にしていたのだろう。それは当たり前だった。リィエンはココリエに殺せと言ったが、同時にサイに死ね、と、殺されろと言っていた。

 それを気にしないのは、よほど肝が太いか、傷つくという感覚を喪失しているかだ。サイは違う。当たり前に傷つく。だから、ココリエは言わねばならない。

「余が、余たちがサイを嫌うものか」

「ココリエ」

「みな、サイが大好きだ。同じ釜の飯を食った仲間。余たちは家族だ。セツキのことなど気にすることはない。余から言っておこう。大嘘を吐くでない、と」

 ココリエの言葉にサイは少しだけ淋しそうにしたが、それでも、次には嬉しそうに微笑んだ。

 花の蕾が静かに開いたような笑みは眩しかった。

 だが、その笑みに、サイの珍しい表情に驚く間はない。
 サイは珍しい笑みの直後、ココリエの言葉を拾って青年に攻撃を仕掛けてきた。容赦一切、なく。

「家族ならば隠し事はいただけぬ」

 突っ込まれることをココリエが危惧していなかったわけではない。だから覚悟して、言った。しかし、実際に突っ込まれると動揺してしまう。青年に女は尋ねる。

「私は帝宮とやらに片足も踏み入れていない。それがなぜ帝が私の存在を知っていたのか?」

「そ、それはその、盗撮があって、それに盗聴も……だから、サイが歌っていて、えっと」

「なるほど。盗撮に盗聴、か。……それは、この蟲共を使役してえられたものか?」

 納得してくれたサイは自分の指をココリエの眼前に突きだした。そこにあったものはまさに蟲だった。

 蝿のような複眼の蟲、頭に大きな穴をあけた蟲たちがサイの指にはさまれていた。

 もぞもぞ動く蟲たちを捕まえているサイは少し、気持ち悪そうだったが、白魚の指は摘まんだそれらを逃さない。

 南国の島。蟲くらいいて当然だが、それでもこんな気味の悪い蟲は自然豊かなウッペでも見たことがない。

 その蟲たちを見て、ココリエはひとつ閃いた。

 これがあの時、サイを盗撮し、盗聴していた蟲と同じならば、もしかしたらの可能性が浮かぶ。

 賭ける価値は……ある。

「サイ、頼みがある」

「なにか。改まって」

「それを放してくれ。あとはそう、ここを抜けるのに少しその、やらかすが、どうか、怒らないでほしい。あの、おそらく激怒するだろうが、脱出が叶い、すべてがうまくいくまでは怒らないでくれないか?」

「意味がわからぬ」

 唐突に、詳しくは言わないココリエにサイは疑問符。だが、彼の要望に従って蟲を放した。

 また、元気に飛びまわりはじめた蟲たちはサイとココリエのまわりを飛ぶ。少しの間、覚悟を決めるのに、目で追っていたココリエだったが、不意に視線をサイにやった。

 相も変わらぬ美しい姿。

 玲瓏とした頬に銀嶺の鼻梁、遠山の眉、鋭い銀の瞳はかすかな感情をうつして不思議にゆらりと扇情的に揺れる。

 剛腕のイキバを相手にして肩の脱臼で怪我が済んでいる、相手が加減しているのも大きいだろうが、それでも、それはサイの実力に相違ない。腕自慢のわりには細い体。

 しなやかで美しい戦士の体。一度、ウッペの城下町で見て知っている半裸だったが、今回、下半身の露出が激しい。男心をくすぐる肌にひっついている下着。

 下に穿いている見慣れない逆三角の布の向こうには女の秘密がある。想像すると、途端に興奮してくる。今まで、ココリエに女性の経験はなかった。

 だが、知識だけは、一通りの知識だけは、とファバルに書をもらって、というか押しつけられて読んだことがある。だから、やり方だけは知っていた。

 ココリエはサイをひたすらに凝視した。じっと見つめてくる青年にサイははてな。くすぐったそうにする。

「なにか、話す気になったか?」

「……」

 無言。サイの言葉にココリエはなにも答えなかった。ココリエの無言を訝しく思いながらも、サイはすっかり慣れた《戦衣シェグネ》でいつもの着物をつくって着込んだ。

 しかし、サイが袷をつくろうとした時だ。ココリエがその手を掴んで止めた。

 服を着るのを阻まれたサイは首を傾げる。

 ココリエの顔を女が見る。青年は真剣に、それでいて怒っているかのような顔だった。

「なにか」

「サイ、少々油断がすぎはしないか?」

「?」

 いきなりココリエが真剣な声をだしたことに、サイは疑問を抱いたが、その内容もわけがわからなかった。油断など、サイはしていないつもりでいた。

 またいつあの連中が、戦国の二強が現れるか知れないのだ。油断する理由がなかった。油断など断じてない。

「無知にも、ほどがあるぞ、サイ」

「なにがか」

「余は、男なのだぞ」

「見ればわかる」

「いや、わかっていない」

 わかっていない。サイの言を切った青年は油断していたというより青年を正面に見てさほど緊張していなかった女の足を払って転ばせた。サイの体が砂に転がる。

「ココリエ?」

 転んだサイが見上げる。太陽を背負ったココリエが見えた。いきなりで意味がわからない。ココリエがなにをしているのか、しようとしているのか、サイはわからない。

「そなたはそうして、余を男のように扱わない」

 言うが早いか、ココリエの美貌がサイに近づく。異様な至近距離に女が身じろぎしたが、ココリエは冷静に女の両手を戒めておいた。

 そして、サイが抗議に開いた唇を自分の唇で塞いだ。

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