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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

クィレビエ・ネンテ

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いたぶり。撤収


「さあ、娘を抱くと言いなさい。そうすればこれ以上」

 言いかけたネフ・リコがその場から飛び退く。直後、男が先までいた場所で砂が煙をあげた。ちらりとココリエに見えたのは若葉色。ウッペの色だった。

 距離をあけた男に若葉の影が特攻をかける。ネフ・リコが身を屈めると、頭上を鋭い蹴りが薙いでいった。
 距離を取ろうとした男を追撃する細い影が拳を握り込んで、躊躇なく拳という弾丸を発射。

 ネフ・リコの燃える刃の腹に着弾し、刃を粉々にした。これに男が瞠目した一瞬の隙にそれは迫っていた。
 唸りをあげて迫る蹴りをネフ・リコはいたし方なく片腕を掲げて防ごうとした。直後、背筋を悪寒が一撫でしていったのだが、いささか以上に遅すぎた。

 気づいた時、蹴りは男の腕を捉えていた。

 軽い音。骨が折れる音だった。

「なかなかのお手前」

「やってくれたな」

「ココリエ王子のことでしょうか? 仕方がございません。王子がこちらの要求を呑まないのですから。少々仕置きしたまでのこと」

「言い訳になるとでも?」

「言い訳? いえいえ、事実ですよ。お嬢さん。王子がこちらの要求に応えてくれさえすれば、小生とてこのような真似をせずに済むのです」

 新しくネフ・リコに挑みかかった女戦士が苦い声をだしたのに、ネフ・リコはまるで気にしたようになく、しれっと言い返した。男はそういえば、と尋ねた。

「あなたは、事情をご存知なのですか?」

 事情。今ここにココリエとふたりで閉じ込められている現状への正確な理解があるのか?
 男からの問いにサイは首を横に振った。

 それは、知らない、との答だった。

 サイは事情を知らなかった。ココリエが話してくれなかった。その女の答でネフ・リコは変に納得した。
 主の為ならば、自身の貞操くらいすんなり差しだすだろうというのが普通なのに、女がいつまで経ってもそうしない理由がそこにあった。

「お前も話してくれはしないのだろう?」

「……ココリエ王子、あなたはどういうおバカですか?」

 ネフ・リコに自分の中の素直な疑問と悲しみを零したサイにネフ・リコは呆れた。ココリエに顔を向けて呆れるままに言葉を吐く。

「あなたはそうまでして、この、こんな娘の純潔を守りたいのですか? そのせいで御身おんみを危険にさらす、と? なんという愚か、王族にあるまじき判断です」

「あなた方には、わか、りません」

「わかりませんとも。家臣、それも傭兵の娘如きに王子が心を割いてその大切な体を傷つけさせるなど、理解に苦しみます。まったくもって、冗談にもなりませんね」

 ネフ・リコの言葉にココリエは苦い顔をした。

 男の言うことはわかる。王家の者がたかが傭兵の娘に心を砕いてやる理由が思い浮かばない。

 しかも、その純潔を守りたいなど、偽善的だ。

 と、ふとそこで、ネフ・リコはひとつ閃いた、というような顔をした。猫のような男はサイを見つめた。

「あなたに直談判すればいいのでは?」

「いきなりなにか」

「お嬢さん、どうでしょうか? ココリエ王子に抱かれ、聖上に抱かれてみる気はありませんか?」

「?」

 サイの無表情の中にある瞳が疑問符を浮かべる。

 サイがはてなに囲まれているのを見て、ココリエは咄嗟にまずいと思った。サイは男女の営みについて無知だが、それでも教えられれば別だろう。

 頭はいい方だ。理解してしまう。

 ネフ・リコはそれこそ遠慮なく、包み隠さずサイにそれを教えてしまうだろう。詳しく、細部にいたるまで。
 そしたら、いくらサイが鈍くても、アホでも、無知識であってもその行為がなにかわかる筈。

「ま、待て、サイ、聞くな!」

「ココリエ王子、あなたが教育しないなら、この小生が手ほどきするまでのことです」

「よせ!」

 ネフ・リコもココリエと同じ結論にいきついたのか、そっとほくそ笑む。意地の悪い猫の笑みだった。

 しかし、と、ネフ・リコは首を傾げた。綺麗な顔に疑問を浮かべて男は女に問うた。

「イキバはどうしました? ……まさか、戦国の一強があなたのような細い娘に敗れた、わけではないでしょう?」

「イキバならば、この島の反対にいる」

 ネフ・リコの驚愕が混ざった問いにサイは淡々と答えてくれた。よく見ると女は腕を庇っている。

「あんな、あそこまで体格差のある武士もののふをまともにアレ以上相手取っては肩の脱臼程度では済まぬ」

 発言から察するに最初こそまともに相手した様子。
 だが、サイは相手の体力と自分の体力を比較し、その差がアホらしくなってしまったかなにかだ。

「なので、こちらに優がある速力で惑わした。島の反対にまで誘きだせばあとは勝手に遊んでいようぞ」

 イキバよりは勝っていると思われる速力で惑わし、島の反対側にまで誘きだして、放置してきた。今頃イキバはサイを探し、うろうろ阿呆のように彷徨っている筈。

 ケンゴク以上の大男と華奢なサイ。

 やる前から勝負などわかりきって見えるのが普通だが、サイは謎のチャレンジ精神で挑みかかった。

 だが、男の破壊力を目の当たりにするたびに「これは、まともにやるのはアホだ」という結論にいたった。

 ココリエは呆然とした。
 挑む前に気づけ、と突っ込みたいのを必死で堪えた青年はサイが今のところ傷らしい傷を負っていないことに安堵した。自身の重傷は無視できないが、無視。

「教育、とはなにのことか」

「それはですね……」

「ちょ、待、本当にやめ」

 サイの疑問にネフ・リコが答えて教えてやろうとしたのをココリエが遮ろうとすると同時、眩しい光が目に入り、島を照らしだした。朝の陽だった。

 東の空が明らむ。

 だが、なにか、違和感があった。
 ココリエがそれに首を傾げる。

 無人島で目覚めて、数刻。なのに、どうしてもう夜がきて明けている?

「おや、そんな時間ですか。……。ふむ、残念ですが、今回はここまでにいたしましょう」

「なんなのか」

「お気になさらず。イキバを呼びなさい。撤収です」

「はい」

 ネフ・リコの命令に男がひとり、返事をした。
 首のところに赤い火傷の痕がある。

 ココリエが考えるに、あの小男がおそらく、ネフ・リコの言っていた彼の家に仕えている下郎。

 サイの先制攻撃に怯んでしまった男。

 どうでもいいことを考えているココリエのもとにネフ・リコが進む。サイが警戒して、間合いをはかったが、ネフ・リコは女戦士に向けて優雅に微笑んだ。

 ココリエに歩み寄った男は青年の太ももを抉っている《戦武装デュカルナ》を引き抜いて青年を解放した。

 ココリエの唇が短く鋭い悲鳴をあげたのにネフ・リコはやはり微笑んだ。今度のそれは底意地悪い猫の笑み。

「では、小生たちはこれにて」

「貴様」

「そうカリカリなさらずに、お嬢さん。帝都においてはまま高価な品になりますが小魚をどうぞ」

「その成分は足りている、ボケ茄子」

 サイは男の冗句に暴言で返した。

 ココリエを傷つけるネフ・リコにサイはイラっときた。

 それでもすぐに臨戦態勢を取って男の出方を窺ったが、武の貴族はサイの様子を微笑ましく見つめるばかり。

 そのぬるい眼差しのまま、ココリエの耳元に唇を寄せてこそこそとネフ・リコは青年に囁く。

「ここは失礼しますが、また伺いましょう。それまでのところで肉体関係を持ってくださると助かりますが?」

「お断りします。私たちは実験動物ではありません」

 ネフ・リコの誘う言葉をココリエはきっぱり断った。

 聞いていた猫のような男は瞳を細め、笑みを向ける。が、やはり目は笑っていない。かなり怖い微笑みだった。

「ネフ」

 ネフ・リコの微笑みに、瞳の温度にココリエが内心で震えあがっていると、あの時、襲撃直後に聞こえていた重低音が響いてきた。当然ながら男の声だ。

 そちらを見て、ココリエは驚いた。

 在ったのはケンゴク以上の巨体。見上げるほど大きな男が立っていた。あまりの体躯にココリエは呆然とする。

 立派な体。

 筋肉が盛りあがり、全身をくまなく覆っている。七尺といくらかありそうな身の丈では、並ばれたらココリエやサイはこどものように見えるに違いない。

 あの誇り高いサイが最初こそ拳を交えても、負けると判断した男。その肉体はココリエと比べると際立っていた。

 サイにまんまとしてやられた熊の男に猫の男が笑う。

「イキバ、まんまと引っかかったようですね」

「ああ、うむ。見た目通りに素早くてな。それに、いや、それ以上に想像を超えて膂力が桁外れている」

 サイの実力に大男は惜しむような声をだした。

 ネフ・リコが見ると、男は全身に打撲の痕をつけているし、左手の中指に関してはあらぬ方向を向いている。

「どうやら、互いにやられたようですね」

「ネフ、うぬも、か?」

「ええ、かなり痛みますが、ココリエ王子ほどではありません。引き揚げましょう」

「よいのか?」

「構いません。時間はあります。それに女は傷に興奮しますし。今のまま放置した方が面白くなるかもしれません」

「私を変態のくくりに入れるな」

 勝手なことを言っているネフ・リコにサイはとりあえず訂正しろとばかり突っ込んでおいた。

「おや、聞こえていましたか?」

「死ね、変態猫」

 わざとらしく笑う男にサイは罵りを吐いた。

 女の思考が瞳に透ける。

 本当に心の底からネフ・リコを変態認定している臭いサイに男は笑った。

「闇のように掴みどころがないと思ったら、なにかと常識というものが諸々と……そう、ココリエ王子の言うように欠落しているご様子ですね、お嬢さん」

「バカで悪かったな」

「いえいえ、バカなどと……バカは王子の方です。まあ、あなたもある意味ではバカ、ですが」

「?」

 ネフ・リコの言葉にサイは首を傾げた。
 男は女の無理解を無視し、続けて思考した。

 闇に生き、闇のようであってなぜ色事に疎いのか。
 ネフ・リコは不思議がった。

 しかし、男は自身の疑問を引っ込めて、片手をひらりと振る。すると、彼らの立つ空間がぐにゃりと歪んだ。転移の呪。それを確認したココリエが叫ぶ。

「待ってください! ここからだしてくださいっ。せめて無関係なサイだけでも……」

「ココリエ王子、それはあなたが死ぬということか? たかだか傭兵娘の為に? ウッペにとり、尊いその命を無駄に捨てるおつもりか?」

 ココリエの叫びにネフ・リコは今度こそ呆れ返った。

 まだかろうじて言葉はでるようでも、これ以上ココリエがアホをぬかせばその口も開いたまま固まる。

「無意味な懇願ですね、それは。あなたがその娘を抱けばすべて丸くおさまるというのになんという愚かしさでバカさ加減でしょうね、王子よ。もはや、憐れみを向けるに値しますよ、あなたのそのくだらない偽善の愚考は」

 ネフ・リコにくだらない偽善であると切られた青年はそれでも戦国切っての強者に言葉で喰らいついた。

「曲げてください! これが罰だというなら私だけに」

「……いい加減にしろ」

 どうか、無関係なサイを巻き込まないでほしい。

 願い、懇願するココリエの言葉をネフ・リコは一刀両断した。いい加減にしろと、冷たくココリエを叱る。

「頭のいい坊ちゃんは難儀ですね。ただ、本能のままに抱けばいいものを。せっかくのご馳走を前にして、よく待てができるものです。いいから、抱きなさい」

「できません」

「あなたこそ、曲がってはいかがですか? 色事などどこかで妥協しなければ世の中うまくまわらない。あなたがそんなことではウッペは近く破滅するでしょう」

「お願いです。こんなやり方は卑怯です!」

「なにも卑怯ではありません。あなたは天子の命に背こうとした。その娘も天子たる帝に刃向かう気でいる」

 それは、等しく罪人つみびとである。その罪人つみびとにひとの尊厳など与えられない。与えられてはならない。言葉の隅々にまで滲ませてある暗なる言葉。それはココリエを刺した。

「なにも孕ませろ、とは言っていないでしょう。数回限りの関係。それだけですよ。では、またのちほど」

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