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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

クィレビエ・ネンテ

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献上品を携えて


「では、いこうか」

 時間に余裕を持って宿をでたココリエは車に荷が積まれたのを確認して声を発した。

 そして、ケンゴクに御者を頼み、車の荷台に荷と一緒に乗り込む。セツキが続き、ルィルシエに手を貸した。
 ルィルシエは最初、サイに手伝ってもらいたそうにしたが、セツキが許さなかった。ここから先は遊びではないのだと。積み荷はすべて帝への献上品。今はぐずぐずしていてはいけない。

 帝への献上品を持っている。

 そうした理由があれば都の民たち、特に貴族たちも車の使用を寛大に見てくれる。帝がご希望になった上物の澄の酒は気温があると変質するかもしれない。

「ですのでどうか、お急ぎを」

 セツキに叱られたルィルシエがちょっと期待してサイを振り返っても、サイは知らん顔だった。いや、無表情ではあるが。瞳には鬱陶しむような色がある。
 そして結局、サイの心を瞳に見て、ルィルシエはセツキの手を借りた。車に乗り込んだ少女のあとにサイが続いて車の後ろ、へりに腰かけた。

 それを見て、全員が乗車したのを確認したココリエの合図でケンゴクが車を走らせた。

 この日の為にと、ファバルがこっそりつくらせていた正装用の着物を着てココリエは落ち着かない気分だった。

 帝への謁見以上に、なによりサイのことが気がかりであり、気になってココリエは仕方がなく、落ち着かない。

 宿を出発前にココリエが観察していた感じからしてサイは、セツキの言葉の暴力に堪えている様子は見受けられなかった。だが、それでも瞳はいつも以上に冷えていた。

 それは、それこそが堪えている証のようで憐れだった。悲しみを悲しみとしないサイが悲しかった。

 美しい女はココリエに背を向けている。

 その瞳を今は窺い見ることができない。

 ウッペの国色である、若葉の着物を着たココリエの隣には当然という顔でセツキが同じく正装して座っている。
 儀礼用の鎧も着ているセツキは律儀に正座した膝の上に今回の御目通りにおける最高級品、蜂蜜バイライをふんだんに使った菓子の箱をひとつ置いている。

 天然の蜜だけでつくった菓子は王族であっても滅多に食べられないもので、《山巫チエンツ》の恵みの中でも、天然の蜂蜜バイライを使った甘味は最高級のお品。

 養蜂もしてはいたが、自然にできたものはなんと言っても独特の癖があってコク深く、とろけるほど美味である。

 養蜂畑の蜜は主にルィルシエへのお土産にされていた。
 ファバルの贔屓で。

 ファバルに特待贔屓を受けているルィルシエもまだ天然の蜜は味わったことがない。
 だから、ココリエはそのことで妹に質問攻めにあう覚悟をしていたが、無駄になった。

 車内に会話はない。セツキが重苦しくしたせいで。

 サイこそが最低最悪の化け物。サイのことはそう扱え、とサイを除いた全員へ通達がされていた。

 サイがそばで聞いていてもお構いなしで、声をひそめることもせずに告げられた伝達事項は酷で冷たい。
 なのに、サイは聞いていても、なにを聞かされても、どんなに罵られてもなにも言わなかった。

 化け物として扱われてもサイは気にした様子がなかった。ただ、その背中はとても孤独で、ひどく儚かった。

 車の後ろの方でひとり、ぽつねんと座っている女戦士の瞳に悲しみと淋しさが揺れているのを想像し、それだけでココリエは悲しくなった。

 すべてを諦めた、すべての希望が絶えた、なにもかももうどうでもいい。そんな色が彼女の綺麗な銀の瞳にあるのではないかという思いに囚われた。

 隣から咳払いの音。ココリエの隣でセツキが咎めるように咳をしていた。男が厳しい言葉を吐きはじめる。

「ココリエ様、どうか御心おこころを整えてください。これから帝に会うのです。隙を見せてはなりません」

「そんな、取って喰われるような……」

「帝は我らには理解の及ばないお方。油断すれば理不尽な要求を強いられかねません」

「……お前よりも、か?」

「……言ってくれますね」

 ココリエの言葉、いつもは丁寧な言葉にひそむ棘。皮肉を帯びたココリエの言葉にセツキは苦い顔をした。ウッペ国武将頭はそっとサイの背を一瞥し、青年に囁く。

「サイの危険性はお話しした通りです」

「そのようなものどうでもよい。第一危険だと思い、疎ましく思うなら放してやれ。使い潰して殺そうというのを隠しもしないなど、お前はどういう心をしとるのだ?」

 セツキに意地が悪すぎると非難を飛ばしたココリエだったが、受けたセツキはケロッとしている。

「そのような愚は犯せません」

 サイを迂闊に解放し、そこらに放置してはどこか、ウッペが眼中に入れていない国が雇い込むかもしれない。もしくは警戒国が、というのも非常に危険で高い可能性。

 それなのに、危険があるのに、最高に危ない道具を放置するなどありえない。

 サイを道具呼ばわりしたセツキにココリエが車内で落ち込むルィルシエにわからないようひそひそ言葉返す。

 サイは幾度となくココリエの危機を救ってくれた。

「恩すらも無視するというのか?」

 セツキはまばたきをひとつ。さらに言葉を紡ぐ。

「アレがココリエ様、あなたを守ろうとしたのはことのついででしかありません」

 テシベルの時も、カグラの時も、ココリエを庇って見えたのは己を守っただけのこと。

 ココリエのことはついでであり、自己防衛にココリエが邪魔だったから庇っただけ。他意はない。

 サイは、自分に関係のないことは、ココリエが知っているように無知で無関心。たかが、と思われそうだがその無知と無関心は放置するには危険にすぎる。
 知らないということはおおいなるわざわいとなりえる。

 なにも知らない。故に恐れて然るべき。
 サイは本人の意図しないところで国家を転覆させかねない。不吉な意味での傾国の美女。ユイトキはいい例だ。

 ユイトキは悪魔であるサイに惚れ込み、国の抱える重大な機密を喋った。その時はウッペに都合よくことが運べたが、立場が、立ち位置が逆なら一大事。

「止まれ」

 セツキのひどい心を見つけ、抗議しようとしたココリエが口を開くと同時に止まれと言われ、車が停まった。

 車の御簾みすを持ちあげて、ココリエが外を見てみると荘厳な構えの重厚な門が見えた。
 その前で三人一組となって番をしている男たちが見えた。三人のうちひとりがウッペ国の車を止めた様子。

「ここより先、しるしを持たぬ者は入れない。代表は?」

「私です」

 車上では失礼だからと思い、車の御者台から車をおりたココリエが門番に答える。

 ココリエは返答と同時に懐に入れておいたしるしの箱を取りだして、作法の通りに門番に渡した。

 ココリエの寄越した箱を開け、しるしを確かめる門番を待っている間、ココリエは門を見上げた。

 見ているだけで圧倒され、気圧される。

 この先に帝の宮があるとすればこれくらいの規模は当たり前かもしれないが、こんなところにまで金をかけなくても、とかどうでもいい感想を覚えた。

 贅をこらした、とは違うが、それでも立派な門であった。金のかけ方がすごいなと思ったココリエが待っていると門番がたしかに、と言って王家のしるしを返してきた。

「積み荷を調べる。全員おりろ」

「はい」

 横柄な態度の門番にココリエはなにも言わない。

 ケンゴクに目で合図した。大男は御者台からおりてイークスたちの手綱を手近な木にくくった。鳥たちを繫いだケンゴクは続いて車の後ろにまわる。
 ケンゴクがなにも言わないうちにサイはすでに車からおりて、近くの木に寄りかかり、瞑目した。

 今までなら、この、帝都にのぼる道ではルィルシエがおりるのを手伝う素振りを見せてきたのに。

 役目をケンゴクに譲ったサイは徹底していた。
 ルィルシエはそのことに悲しそうにする。

 だが、結局はサイに手伝ってくれと言うのは無駄な時の使用と思われたので、ケンゴクの手に掴まって車をおりたルィルシエはわくわくした様子できょろきょろした。

 ふらふらきょろきょろするルィルシエが車の陰からでると途端に門番たちがぎょっとした。

「お、女は通せない!」

 女は通せない、などと言いだしたのを聞き咎めてサイがルィルシエを捕まえに雑木林から離れて車の陰からでた。

 これにさらに門番たちはぎょっとした。

「歳頃の女はもっと通せない!」

「誰も通りたいなどと一言も言っていない」

 だが、サイはこれに冷静に言い返した。しかし、サイの声は門番の耳に入らなかったようでとにかくダメダメ、絶対に許可できないと騒ぎ立てた。

 あまりの騒ぎようにココリエも首を傾げる。

「なぜ、女を通せないのですか?」

「こ、この先はリィエン様のお庭。許可のない女は通せない。通したくばリィエン様の許可をえることだ」

 少々しどろもどろだったが説明してくれた門番にココリエは少しだけ考えた。しかし、すぐに答はでたようで、ケンゴクと妹を見た。視界の端にはサイの姿もある。

「ケンゴク、サイ、ここでちょっとだけルィルと一緒に待っていてくれるか?」

「へえ。いってらっしゃいませ」

「お兄様、しっかり」

「……」

 ココリエからのお願いにケンゴクとルィルシエはすぐに答えてくれたが、サイは無言だった。

 瞑目したまま、再び木に寄りかかってしまっているサイはなにも返さない。黙ったままだ。

 いつもならなにかしら言葉を返してくれるのに。

「サイ」

 ココリエは急に淋しさに駆られた。そして、衝動のままにサイを呼ぶ。

「……」

 答えない。それでも言葉を続けた。

「いってくる」

「……」

 ココリエの『いってきます』にサイは無反応を貫く。

 徹底的にセツキの言いつけを守るサイにココリエは言葉を重ねようとしたが、セツキが止めた。

 干渉しすぎです、と。目線と手で青年を止めた男はココリエを車から引き離した。

 積み荷を調べていた門番が車からでてきて、この献上品はこちらの車で運ばせると言って、手を打った。

 パチパチという音が空気に消えると同時にどこにいたのか、あったのか知れない豪奢な車が現れた。

 二頭のイークスが引いている車の御者台には綺麗な身なりの美少年が座っている。

 車のそばについて一緒に現れた男たちがウッペの車から帝が所有している、と思しき車に献上品を移し替えて、綺麗に積み直していくのをウッペの者はじっと眺める。

 そして、最後の献上品をセツキから受け取った。
 天然の蜂蜜バイライを使った菓子だ。

 木箱を丁寧に車に安置し、献上品をすべて移し終わった男たちはさっさとその場から消えていった。

 献上品の準備が滞りなく済んだのを見た門番が門を開けた。全開になるまでのところでココリエは後ろを振り返った。そこには変わらず無関心で佇む美しい女の姿。

「サイ、妹を、ルィルを頼むぞ」

「……」

「待っている間、退屈をして無茶を言いだすかもしれぬが、飽きぬよう相手をしてやってくれ」

「……了解」

 このままでは妹が可哀想だ。サイのことが大好きなのに。彼女に相手されないなどと。酷な仕打ちである。

 だから、ココリエは少し命令っぽく言ってみた。

 すると、サイは、ずっとココリエのことも無視していた女は瞑目していた目を開き、そっと一言だけ呟いた。

 了解。了解し、了承してくれた女にココリエは安心した。口の形だけでありがとうと言い、セツキと一緒に門をくぐった。帝の車が門をくぐり、背後で門が閉ざされた。

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