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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

メトレット

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懐かしの面影


「はい、毎度ありがとうございます」

「いえ、いつも美味しくいただいています」

 平和そのものである会話が聞こえてくる。サイは何気なくそちらを見た。興味があったわけではない。誰か、お人好しがいて無償で情報をくれないだろうかと期待した為。

 だからそこにいた女の子にサイは固まった。淡い亜麻色の髪に空色の瞳。若葉色の着物は繊細な絞りの柄になっていてかなり上等なものだ。
 だが、それだけならサイは硬直しない。サイが固まったのは、少女の表情に原因があった。

 眩しい笑顔。可愛らしい顔にある幸福。サイが遠くすら思える過去に喪った者が持っていたもの。その少女に思い出が重なった気がしたサイは気づくと呟いていた。

「……レン」

「え?」

 なぜそんなことを言ったのか、思ったのか、サイにはわからなかった。

 ただサイは呟いてしまったことを悔いた。思い出に縋ってしまったことが恥ずかしかったのもそうだが、少女に見つめられたのが奇妙に気まずい。
 サイの方を見た少女がぽかんとした。呆けた顔をする少女は屋台の好々爺が差しだす飴を受け取ることを忘れてサイに見入る。やがて、綺麗な空色の瞳に浮かんだのは恐怖だった。

「セ、セツキっ?」

「おい、こけ」

「きゃっ」

 サイを見てなぜか青くなった少女は飴の存在を忘れ去って駆けだそうとしたが、一歩踏みだして盛大にこけた。地面に転がって砂まみれになっている憐れな少女を見てサイはため息。
 飴屋の親父から飴を受け取って少女のもとに歩いていき、声をかけかけた。少女は足音を感じて大仰に肩を揺らし、逃げようとしたのか、地面でわたわた。憐れなのがさらに憐れなことに……。

「おい」

「ひゃああっ! すみません、すみませんセツキ!」

「落ち着け。よく見ろ。私のなにがセツキか」

「はぇ?」

 サイの言葉を聞いた少女が変な声と共に視線をあげた。サイを見上げる少女はサイの顔を見てなにか呆けているように見える。サイは仕方なく、助けに手を差しだした。
 少女はその手にも驚いていたが、やがておずおずと手をだしてきたので、掴んで引っ張り起こした。勢いによろけた少女だったがサイが補助した。

 サイに支えられて立ち直った少女が小さく謝る。そして、ちらりとサイの容貌を見てなぜか赤くなった。が、すぐに離れて謝る。
 可憐な声の可愛い少女に謝られているのはなんだかアレだったのでサイはそっぽを向く。

「あの、お恥ずかしいところをお見せしてしまって」

「構わぬ。これを、忘れ物だ」

「あう」

 砂だらけになった体をはたいていた少女が裾を払ったのを見たサイが砂の舞う空域から避難させていた飴を差しだすと少女がさらに赤くなった。顔の赤が深まった少女がまた謝る。
 これにサイは無言。サイも恥ずかしい。それはきっと少女と同じほど恥ずかしいのだ。

 勘違いしてしまった。なぜか重なってしまった。無邪気に飴を買い求めている少女にサイの大切な失くしものが重なった。それはサイの意図したことではなかったが、失態だった。

 サイから受け取った飴をもごもごしゃぶっている少女にサイの大切な彼女の影は一切ない筈なのになぜ? 髪の色も瞳の色も、なにもかも違う、それなのになぜ?

「あの、レンって?」

「……」

 だから、サイは少し過去の自分を呪った。こんなゆき場もなく彷徨うだけの悪魔が偶然出会っただけの少女に昔の傷に触れられるきっかけを与えてしまったことを呪った。

 それでも、少女の無垢な問いを無碍にはできない。サイの心はそういうふうにできていた。無垢なる者に平等の優しさを。それはサイの中にある絶対。
 サイは融通の利かない自分の堅さにため息をついて、道の端、座れる場所を指した。人々がまばらに湯飲み茶碗を持っていることから茶を提供する和喫茶と判断。そこに誘った。

 野外席のひとつに腰かけたサイの隣に拳ひとつ分をあけて少女が座る。少女はサイの様子を興味津々と眺めているようだったが、サイはため息を追加し、胸元を探った。

 引っ張りだしたのは、ちょっとだけ色褪せた金色の鎖と先に通された小さな金属の箱だった。

 パチッと音を立てて箱を開いたサイがそれを少女に見せた。覗きに来た少女が見たそこには一枚の丸く切り取られた写真があった。うつっているのは美しい少女の笑顔。
 銀色の髪。青みがかかった灰色の瞳は冬を連想させる。とても美しいのだが、冷たい印象を抱く少女の美しい写真に飴を舐めるのを忘れた少女がため息をついた。

「綺麗な絵ですわね。この方がレン様ですか?」

「絵? ……まあ、そうだ」

「今はどちらに? あ、故郷であなた様のお帰りをお待ちになっていらっしゃるのですね」

「いや。このコは、レンはもう、この世にいない」

 少女の無邪気な言葉にサイは現実を教えた。教えた瞬間、心臓が悲鳴をあげたが、たいしたことではなかった。そう、思おうとした。思い込まなければいけない現実は最低で残酷だった。

 サイの言葉に少女は目を見開いて驚いた。少女の視線までが心臓に痛いのは、弱さの証だろうかとサイは情けなさに瞳を曇らせた。

 双子だった。双子の妹。血肉と魂をわけた大切な、世界一大切な命がレンだった。
 大切だった。だが、その想いだけではダメだったのだと思い知った。彼女が死んでから思い知らされた。世界の残酷さを垣間見た。

 サイにとっての最愛は、サイが無力であったが為に死なせてしまった。その存在を守ること叶わなかった。それが、サイには辛かったし、悲しくて、苦しくて、やりきれなかった。

 今でこそ、闇社会の伝説と言われるサイだが、そこまでたどり着くのに二年かかった。異名をつけられてからそう言われ続けるのに、消えない為に四年ほど踏ん張った。
 当時はただがむしゃらにもがき続けただけ。それなのに、今では頭の悪い異名ばかりがでまわって、『サイ』は黒社会のこどもにいたっては口にするのも恐れる、最大恐怖対象の名前となった。

「も、申し訳ありません。あ、わたくし、大変失礼な」

「気にするな。もはや過去のこと」

 それを乗り越えているかはまた別だがな、との蛇足をサイは飲み込んだ。その場限りの話し相手にあまり暗い話を持ちかけるのは重たい。それになにより、同情を引こうとする卑劣さだ。

「あ、の、あの、わたくしルィルシエと申します。お名前、伺っても?」

「構わぬが、私は名無しだ」

 少女――ルィルシエからの話題切り替えにサイは乗ることにした。簡単に名無しであるとだけ伝えると、少女はまた驚いていた。その瞳は誰かに似ていた。
 つい最近見た誰かが同じような目でサイを見たことがあった。だが、それが誰なのかサイにはわからない。わからなかったが、なぜ悲しげな目を向けられるのかがさらにわからなかった。

 なにを悲しむことがあるのか。名無しなど、この世に幾人かいる筈。

 名がない者などいくらでもいる。そうして存在を認められない誰かは必ずいて、誰もがそれに気づかないだけであり、たしかに存在する。サイがそうであるように。

「どうした」

「お名前がないの、ですか?」

「ないが、どうした」

「ご不便では」

 ルィルシエはなにか別のことを言おうとしていたように見えたが、結局は不便ではないのかと口にした。サイは特に不便はしていなかったので首を振る。
 名などなくとも呼称はある。サイ。これだけが今、サイの中で息づいている幸福の印。ただひとりがつけて、わけてくれた名前だった。

 ――わけっこしよう、ね?

 懐かしい声が聞こえてきた気がしたが、サイは一度瞳を閉じて、考えに沈んだ。
 そして、ルィルシエに問うてみることにした。

「セツキ、とはこの国の武士もののふというもので鷹の異名を持つ男のことか?」

 ルィルシエが勘違いした誰かさんの名をだした。

 すると、ルィルシエは急に怯えた子うさぎのような感情を顔に浮かべた。
 ややあってから、ルィルシエはどこか怯えるようにして頷いた。そのセツキだというそれは肯定だった。

「セツキのお説教はお兄様も殺人的と認めているくらいに恐ろしいのです。町に勝手におりたことがバレたら、また叱られてしまいますわ」

 また、と言うくらいなのだから、多分ではあるが、このはこの町におりる、ということを常習的に繰り返しているのだろう。しみじみと、セツキの説教は怖いと呟くルィルシエである。
 サイは敢えて突っ込まなかった。怒られるのがいやならなぜ勝手にでかけたりしているのかとか、己はアホなのかとかだが、控えた。それが優しさというもの。

 優しさなど持ちあわせたことがあまりないサイはこれが優しさかどうかは怪しいものだと心の中で苦笑した。その感情が瞳にふらふら揺れる。その様は不思議だった。

「その鷹だかと知りあいなのか」

「え!? えと、それはその」

「……いや、いい」

 ルィルシエの反応はしまった、まずい、叱られるの三拍子で三つは少女の顔に順番に表れてきた。
 なので、サイはそれ以上を追求しなかった。それでルィルシエのしてしまったこと、たいしたことでないことに相違ないがそれでも、やらかしたこと、被害拡大を防いだ。

 心のどこかでこういう手あいは一度みっちり怒られる方が身に沁みそうだがとは思いはしたが、サイの心に悪意、というものは存在しない。

 悪意など、向けられるだけでもういっぱいだった。だから、意図的に意地悪などしない。そんな底意地の悪い、クソのような真似はしない。妹に誓って。そこまで考えてサイははたと理解した。

 合点がいった。妹だ。ルィルシエは、この少女は誰かの妹。妹という立場にずっと立って守ってもらっている。兄というものに守られて生きてきた。だから、似ている。
 サイの中の庇護対象、レンは妹だった。同じ妹という立場であるから、サイはルィルシエにレンの面影を見たのだ。きっと、そうだ。

「セ、セツキはその、わたくしの」

「いいと言ったぞ」

「うぅう、ですが……」

「黙れ。叱られるに留まらなくなるぞ」

 サイの正しい判断にルィルシエは黙るしかない。

 たしかにこのまま喋っていてはドツボにはまって言わなくていいことまで言ってしまう。そしたら、あとには恐怖のお説教が……。ああ、現時点ですでにお説教直進行。
 ルィルシエがどこか遠くを見はじめたのでサイは一応、歳が上の者として指摘しておく。

「そんなに叱られるのがいやなら何故なにゆえこんな場所に遊びに来たのか。いいところのお嬢様が」

 サイの鋭い突っ込みにルィルシエが再び呻いた。

「これはですね……そう、勉強の息抜きで必要なものなのです! セツキは認めませんが必要なのですわ」

 一生懸命ルィルシエは主張しはじめた。口いっぱいに飴を頬張りながら。なので、サイは一応親切心とかそこら辺のもので反論と指摘を繰りだしておく。

「間抜け面で信憑性に欠く」

「うぅ、ひどいです」

「そうか。悪気はない」

 悪意はないと断っておいたサイにルィルシエはきょとんとしたが、やがて優しく微笑んだ。
 その笑み、妹以外に向けられたことのない種類の笑みにサイは少し戸惑って瞳を揺らしたが、瞳はすぐ凍った。

「そろそろ帰った方がよかろう」

 そのセツキというのがこの国内に住んでいるとしてもこの少女と同じ住まいにいる可能性は低い。と、いうかありえないだろう。
 仮に少女がかなりの高位で家臣がいても、それが国を代表するような戦力を持つ男というのは常識的にない可能性であると思われた。そう思いたかっただけというのはこの際置いておく。

 なので、サイはルィルシエを家に送り、それから、またもう少し、北の方角に進むようにしたらと考えた。あのメトレットの者はウッペ南西部がどうのと言っていた。
 だったら北東方面に進めばあの恐ろしい戦士から今は少しでも距離が置けるかもしれない。今は、もう少し、身辺のことがわかるまではアレらに会いたいとは思えない。

 サイの提案にルィルシエは少しだけ考えるような仕草を取ったが、すぐ頷き、提案に乗ってきた。このままここにいては、誰に見つかりなにを言われるかわからない。
 完結した、させたルィルシエは優雅な動作で立ちあがり、舐め終わって消えた飴を惜しみ、飴を刺していた串を懐からだした懐紙で丁寧に包んで懐におさめた。

「送ろう」

「へ?」

「なにか」

「いえ、そんな、ご心配いただかなくてもすぐそこです」

 すぐそこ、そう言ってルィルシエが指差したのは、小高い丘の上だった。そこに通じるには仰々しい門をくぐらねばならず、そこまでは町の喧騒からもすぐそこではない。
 なので、サイはルィルシエの遠慮を無視して、少女についていった。

「お優しいのですね……」

「普通だ」

 ルィルシエは困ったようになにかもごもごした。頬がかすかに紅潮して見えたがサイは無視した。
 別に優しいことなどなかった。なので、突き放すように冷たく言い返したが、ルィルシエはくすくす笑った。

「普通が普通ではないことは多いのですよ」

 などとサイに説いて聞かせてきた。
 そうこうする間に、サイが急かしたせいもあってか門までは十数分といったところだった。

 これで、茶屋でルィルシエとした無駄話がなければもう少し移動できたかもしれない。仕方ないから今日は久しぶりに野宿でもしよう。今後の計画を立てるサイはルィルシエを見送った。

 その姿が、門の向こうに消えたあと、妹という立ち位置であるが故にサイに郷愁を抱かせる少女をサイは気にかけたが、門番が咳払いしたので視線を門から外す。

 これ以上詮索するのは危険な相手。そう結論づけたサイは町の方に歩きだしたのだった。

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