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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

センジュ

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悪魔の獣狩り


「獣の唸り声だ」

 サイは唸る声が聞こえると言って答えた。
 唸り声。大型の獣が発する音だ。

 サイの突拍子もない情報にツバキもイズキも怪訝な顔をすると思ったのに、ふたりは真っ青だ。

「まさか、大環熊アムゴムーズかい?」

「アム……?」

「そんな、どうしよう、イズキっ」

「どうもこうも母ちゃん、逃げるっきゃ」

 イズキが声をひそめてそれでも悲鳴をあげた時だ。集落に恐怖の叫び声が響き渡った。イズキたちの家から聞こえてきていた軽快な音が止まって、遠くから銃声が轟いた。

 だが、悲鳴は途切れず、猟銃の銃声が吠え声をあげていても途切れることがない悲鳴が集落を支配していた。イズキたちの家から誰かが飛びだしてくる。まだ幼い少女と小さな女の子だ。

「ツバキ姉さんっ」

「ユキ、マイ、逃げるよ」

「なにが、なにが起こっているの?」

 悲鳴に困惑し、怯え、心の底から湧きあがる恐怖と戦う少女は女の子の手をしっかり握っている。ふたり共にこの場の誰にも似ていない。
 孤児みなしごと聞いたが、どうやら、この少女と女の子にも血の繫がりはなさそうだ。

 そんなどうでもいいことを気にしたサイが再び恐怖から声をあげそうになった少女の口に手をやる。少女と女の子はサイに今気づいた様子で驚いていたがツバキが女の子の口を塞いだ。

 全員で息をひそめると、その音が聞こえてきた。どし、どしん。重たい足音。

 それは人間がだせるものではない。人間の巨漢がどれほどすごかろうと、これほどの重低音にはならない。これは全身が筋肉で覆われた生き物の立てる音だ。

「……アレは?」

 少女と女の子をイズキたちに任せたサイは家屋の物陰から向こうを窺い見た。そこにいたのはまさにサイが見立てた通りの巨大な生き物だった。外見特徴を知っている生物で表すならば。

「なるほど、大環熊アムゴムーズ、か」

 それは、熊に酷似した姿形をしていた。熊との相違点を探す方が困難なほどにそっくりだが、それでも微妙に違うのはその体の大きさと特徴的な額の環だった。

 大環熊アムゴムーズなど児童書の陳腐この上ない化け物退治の話の挿絵でしか見たことがなかったが、こうして実物を見るとかなり想像が砕かれる。
 体長は三、四メートル。体重は目算でしかないが、七百キロ超くらいはありそうだ。

 巨大にすぎるのでおそらくはオスであり、冬眠から目覚めたばかりで腹をすかせて人里におりたのだろう。銃声が聞こえていたが、今こうして悠然と集落を、次の獲物を探して闊歩する様子からして仕留め損ねたようだ。

 それに、大環熊アムゴムーズが浴びているのはどう見ても人間の返り血だった。銃弾を浴びた様子はない。そのことにサイは目を細めた。すると、後ろが騒がしくなる。

「死にたいのか」

「い、いるのかい?」

「デカブツが一匹、食事を探している」

 サイの報告というか現状確認の言葉にツバキは真っ青になった。激しく震えている女は自分が預かっている孤児みなしごたちの手をしっかり握っている。
 ツバキを背中に庇ったイズキがサイにこそこそと話しかけてきた。男は言う。

「猟銃の心得はあるか、サイ?」

「ない」

「そうか。さっきの悲鳴、きっとミナモのやつだ」

「それがなにか」

「この集落で猟銃なんてものの心得があるのはミナモだけだ。それがられちまった。と、なれば、お終いだ。集落丸ごと喰われちまう」

 それだけ、この大環熊アムゴムーズは凶暴な生き物なのだ。特にアレはでかい上にきっと頭もいい。熟練の猟師でもなければ仕留められっこない。イズキも震えている。

「だがな、このままここで死ぬのを待っているのはなんだからよ。せめて母ちゃんたちは逃がせるように囮に徹してやる。サイ、知恵があったら今のうちに」

「獣を狩るなど久方ぶりだ」

「は?」

「任せよ。今宵の飯は臭い鍋だ」

 言うが早いかサイの姿が家屋の陰から消失。イズキが呆然としていると大環熊アムゴムーズの頭上に突如、美しい姿。そのまま墜落していき、踵が化け物の後頭部に激突。

 憐れな獣の悲鳴があがったかと思ったら、サイの足の一撃が大環熊アムゴムーズの頭蓋骨を砕き、中の脳味噌を踏み潰した。飛び散る脳味噌と血、脳漿が地に斑点をつくる。
 必殺の一撃を受けた大環熊アムゴムーズは即死。その場で重々しい音を立てて倒れた。

 サイは念の為に大環熊アムゴムーズの心臓にナイフを一刺しして確実死を与えておく。

 巨大な熊の化け物が立てた地響きの余韻が響く中、サイが余裕で立ちあがって周囲を確認する。

 すると、集落の家屋から、まだ小柄ながらも大環熊アムゴムーズが二頭ほど現れた。
 その二頭は雰囲気的にどうも、つい今しがたサイが仕留めたものの番と子。

 獣の唸り声が空間に満ちる。しかし、サイはさして気にしたようになく、獣たちに対した。二頭同時に襲いかかってくる。それでもサイの余裕は崩れない。

 先に仕掛けてきた母親と思しき大環熊アムゴムーズの振りあげられた巨大な前足の一撃を半歩だけさがって躱し、空振りした瞬間踏み込んだ。地面に走るひび割れ。
 サイのおろされた足の力が大地に亀裂を生んでいた。だが、所詮は獣。サイの脚力だとかに気を配るような頭はないのか愚かに突進してきた。

 大環熊アムゴムーズの突進を見たサイはため息をひとつ。この脅しで逃げていればいいものを。愚かもすぎるが獣としても強く在りすぎたせいだろうかと思っておく。

 大環熊アムゴムーズの意識の外にサイの姿が消える。

 突進した先から消えた獲物に親の片割れは辺りを見渡すが、その背に衝撃。
 サイの掌底が大環熊アムゴムーズの巨大な背中に着弾していた。巨獣は一瞬わけがわかっていなかったようだが、衝撃が背中から内臓をひねり潰していく感覚に口を開いた。

 吐かれたのは赤黒い血反吐。

 内臓出血の反吐だった。そして、いよいよ体内の衝撃が外に抜けてきた。大環熊アムゴムーズの腹部が勢いよく破裂して、内臓を不吉な横向きの噴水が如く噴出させた。

 おさまっていた胃や膵臓、小腸に肝臓が赤と黒と桃色の肉片として噴きだして地に落ちた。
 死体となった大環熊アムゴムーズの影から飛びだす一回り小さな影。両の親を殺された子がサイに飛びかかってきていた。が、サイはその子を冷たく見つめて、ひとつ動いた。

 振りあげられた足が大環熊アムゴムーズのこども、これの顎を捉えていた。すさまじい衝撃に子の首がもげる。天高くに放物線を描いた首が落下し、鞠のように転がった。

 結末にため息を吐くサイの背後に影。
 ことさら大きな大環熊アムゴムーズの姿。大環熊アムゴムーズは大顎を開けてサイの頭に襲いかかる。

 が、サイはそれにすらため息で応え、拳にした片手をあげた。大環熊アムゴムーズの降ってくる顎にサイの拳が直撃。そのまま振り抜いて獣の顎を砕く。

 激痛に転げた大環熊アムゴムーズにサイが無情にトドメを刺す。

 額から脳を破壊するナイフの刃が冷たく大環熊アムゴムーズの脳髄を侵して殺した。サイの害獣駆除開始から一分も経たず、集落から獣の脅威は去った。

 集落の衆はこれにただ呆然としたのだった。

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