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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

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横よりの諫め


「そこまでです、サイ」

「?」

 突然の待ったにサイはセツキとの間合いをはかるのにミリ単位で動かしていた足を止めた。声の聞こえた方を見た女は首を傾げる。そこに立っていたのは美しい男。
 ただ、それはセツキではない。セツキにはない優雅で武とは無縁そうな美を持つ男だった。

「おや、ジークではないか。久しいのう」

「お久しぶりです、マナ。何年ぶりでしょう?」

 サイがどうしたらいいか迷っているとマナが声をあげたのでサイはマナのもとに戻る。

 マナが親しそうに、少なくとも旧友にするように話していることから敵でない可能性があると見たサイは警戒の度合いをさげた。しかし、けっして気は抜かなかった。

 カシウアザンカへ通じる小道に新しく現れた男性、ジグスエントはサイの反応に首を傾げた。

 いつもならば、少なくとも文月のはじめ、健診に来た時にはジグスエントに向けて友好的でも非友好的でもなかった筈の女が今はジグスエントを敵として警戒している。

 ばかりではない。そこにはウッペの王子が口から血を流して気絶しているし、ウッペの鷹は苦しそうな表情でなんとか立っている。虎は腰の刀に手をかけ、動けない。

 なかなかに解し難い光景だった。

「サイ、どうしてあなたがウッペの者と戦っているのでしょうか? 王子と喧嘩しましたか?」

「イミフ」

 ジグスエントの問いにサイは一言で返した。これにはジグスエントも困った。イミフ、意味不明と返されてもそもそもジグスエントの方が理解できていないのだ。

 説明してもらわないと……。

「王子、とは誰のことか」

「はい?」

「ちなみに、お前は誰かも併せて回答求む」

「は、はい?」

 説明されなければわからないと思っていたジグスエントの頭にサイが言葉で殴りかかった。

 意味不明なのはサイの方だとジグスエントは思った。なぜ、ジグスエントを知らないかのような口を利いているのか、わけがわからなかった。

 サイの言葉が意味することをジグスエントは理解し難かった。ひょっとしたら小一ヵ月間の医療激務のせいで疲れているのかと思ったが、カシウアザンカの者たちにもう大丈夫だからと言われ、一応仮眠してから国を出立して帰国の道を来ていた。疲労による幻聴はありえない。

 だから、サイの言葉がより一層意味不明だった。

「ちょーっと、サイちゃん? いくらなんでもそれは冗談きついって。いや、マジで」

「なにがか、お獅子丸」

「……。えーっと、獅子ライオン丸じゃなかったっけ?」

「イミフ。そのような変語、私は発さぬ」

「えー……っていうかお獅子丸もおかしいでしょ!?」

「珍事件であるな」

 ジグスエントだけでも意味不明だった場の会話がハクハの口だしでさらに意味不明な状態に。
 この場にいてサイの発言に説明ができる者は全員負傷しているか警戒している。ただ、唯一どれにも当てはまらない女王が口を開いた。愉快そうな口調。

「無駄じゃ、ジーク。サイは主のことなど覚えておらぬ。なにせ、ココリエ王子のことも忘れておるのじゃから」

「マ、マナ? それはどういう……」

 困惑しているジグスエントにマナは妖艶に微笑んだ。サイの隣に並び、女戦士の背を自慢げに、それでいて慈母のように優しく撫でる。サイはくすぐったがっても、心地よさそうだった。

 美しい女戦士はマナの優しい手に安心して、ほっと息をついている。ジグスエントが止める間もなかった。

 セツキとココリエを庇っているケンゴクがサイに無謀に突っ込んでいくところだった。大男の狙いはサイではなくマナ。サイが操られているなら操り糸を切ればいいという無策さだった。

 当然予想していたツチイエが動く。ケンゴクの大太刀を傘で受け、傘先の仕込み、ではなく、持ち手の、柄の部分から刃を引き抜いた。仕込みはひとつではなかった。

「ッ!」

 ツチイエの仕込み刀が唸りをあげた。傘を開いて視界を適度に潰してくる男の左手が仕込み刀を上段に薙ぐ。ケンゴクは危うく躱したがそれでも危険な一刀だった。

 当然そっちにも毒の仕込みをしてあるもの、そう思っておくべきだと考えて刃から距離を取る。するとツチイエがさがり、入れ替わりに躍りでたのはサイだった。

「やめなさい!」

 ジグスエントの悲鳴にも似た声。だが、ふたりの戦士には聞こえていない。ふたりの間で殺気と闘気が噴出。殺気を纏った天狼が無造作に駆け込み、跳躍。

 ケンゴクに飛びかかってきた女にケンゴクは大太刀の峰、ではなく刃の部分で切りかかる。もはや手加減をどうのこうのではなくなっている。当然の判断だった。

 だが、それでもまだ甘かった。ケンゴクはココリエやセツキの持つ『気持ち』に遠慮して闘いにしていた。それがもう殺しあいになっていることを理解すべきだった。

 ケンゴクの振り落とした刃は空振りした。そこまではいいかもしれない。だが、サイの動きにケンゴクは舌を巻いた。それはあまりにもありえない光景だった。

「うぇええ、なにそれ……」

 隠者いんじゃであるハクハですらも吐き気をもよおすような、とんでも光景だった。サイが舞っていた。

 女戦士は地面を蹴って上空に移動したと思ったらなにもない筈の空気があるだけの空間を蹴って移動。雑木林の木の幹を蹴って移動。移動に次ぐ移動、移動、移動。
 撞球が反射するように縦横無尽にケンゴクとの間合い空間を飛びまわった。

 それは誰も目で追いかけられない高速移動だったが、サイに蹴られた場所がわずかに揺れて動くことでかすかに視認できる。しかし、視認したところで追いつけない。

 ケンゴクがほどよく目をまわし、ふらついたところをサイが取りに動く。ケンゴクの巨体の下に細い姿。サイの鉤突きがケンゴクの顎を捉えて撥ねあげる。

 大男の体が面白いくらいかっ飛び、サイから三メートル、一丈は離れた地点に落ちた。顎への致命打で脳が揺れ、脳震盪によりケンゴクは動けなくなった。

 ウッペの兵士たちが思わず引く。ウッペ国が誇る三人のそれぞれ種類が異なる戦士たちを片手間で戦闘不能に陥れた女の実力がいまさら怖かった。一般兵には想像もつかない境地である。

 それなのにサイは退屈そうにしている。

 ケンゴクを殴り、いつもならおふざけで蹴りにいくのにそれもなくただ退屈そうにしている。
 サイにとってはケンゴクもセツキも、大の仲良しだった筈のココリエでさえも簡単に屠れる。

 そんなことに気がついてしまって、兵たちは後退りした。隙あらばマナを人質にとも思ったがツチイエという手練れが守っている上にそこもまたサイの守護範囲だった。

「サイ、なにを……あなたはなにを……?」

 この場で状況がわかっていないジグスエントが呆然と呟く。言葉は意味を持たない。サイにとって、それは無意味な音の羅列だった。なにを示すわけでもなくただ、音を零しているだけ。
 だから、サイはジグスエントを無視した。元よりサイはジグスエントに興味もなかった。

「いいコじゃ、サイ。よくやったのう」

「ありがとう、マナ。でも、たいしたことではない」

「トドメだな」

「?」

 マナに褒められたサイの言葉に偽りはない。本当になんでもないことであったように言っている。だからこそ傷つくというもの。矜持にひびが入って割れてしまう。

 ココリエを支えているセツキが辛そうな表情で座り込む。サイの言葉に精神が攻撃された、とかではなく、限界だった。呼吸困難で立っていられなかったのだ。
 噎せながら座り込んだセツキに見かねたジグスエントが駆け寄る。ウッペの武将頭はオルボウル王を拒否しなかった。座っているのも辛い鷹は苦い敗北に呻く。

 サイは本当に一切の加減がなかった。セツキはあの時ツチイエの動を封じに動いたことを悔いた。ツチイエも並の実力ではない。あの体勢から傘の仕込みとはいえ攻勢に転じるなどと。

 柱と称されてもおかしくはない実力だった。

「ジグスエント様、ココリエ様は」

「セツキ、これはカシウアザンカで集中治療を要します。もしくは三ヵ月ばかり絶対安静です」

「おお、ジーク、言い忘れておった」

 セツキとジグスエントの会話にマナが口をはさんでいた。女王の口は面白おかしく音を吐きだした。冷えた声。

「わしはカシウアザンカに一泊するが、このような野蛮人共をカシウアザンカは泊めまいな」

「マナ? なにを、言っているのですか。まさか怪我人を叩きだせ、とでも……? 襲撃へ対する腹癒せですか?」

「まあ、そうなるのう。じゃが、心配じゃろう? ちょっとでも回復すれば手当たり次第襲いだすかもしれぬ。わしには手練れの護衛がいるが、他の患者の安全は?」

 それを言われてしまうと強く言いにくい。それに実際問題としてウッペにはエネゼウルを理由なく襲って返り討ちにあった、という不名誉が押しつけられている。

 他国がどちらを庇うか。それは火を見るよりあきらかというものだ。絶対に覆せる筈がない。

 さらにカシウアザンカの他の患者を引きあいにだされては敵ったものではない。ジグスエントはため息をついた。

「セツキ、わたくしはアッペンに用事があってそこで宿を予約しています。ひとまずそこでココリエ王子に応急処置をしましょう。ここまでの移動はどのように?」

「イークスを農村であるだけ借りてきましたので二十頭でしたらイークスがカシウアザンカに繫いであります。ほとんどにふたり乗りをしてもらいましたので」

「そうじゃ、忘れておったわ」

 再び、マナがふたりの会話に口をはさんだ。女王は冷ややかにそれを命じる。当然の権利である、とばかりに。

「そのイークスは三頭ばかりいただくぞ? わしのイークスたちを殺しおったのじゃから当然に、タダで頂戴する」

「……わかりました。好きなものを見繕ってください」

 かなり苦いものを飲まされた顔であってもセツキは承諾し、マナに好きに見繕うように言った。イークスは野生の鳥だが、うまく繁殖しない。
 数に限りがある。それを他国に渡すのは損失となる。だが、それでもそれが取引となってこの最悪の状況を、ウッペを見逃してもらえるのならば安いものである。

「うむ。話がわかるのう、セツキ。ツチイエ、わしはサイと待っておることにしよう。王族たる者、たかがの距離も汗を流して歩くのは無様じゃ」

「はっ。では、少々お待ちを。サイ、頼むぞ」

「うむ」

 ツチイエの指示にサイは二つ返事。マナを守護範囲に入れたまま、横倒しになった車に戻って繫がれたまま死んだイークスたちの手綱を外していく。

 外し終わったあとには車を片手で押して元の位置に戻し、そこに寄りかかって瞑目した。

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