挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

325/388

斥候兵の報告


「なるほど、生き残ったのはあなたたちだけ……」

「羅刹のような女でございました。あんな、あそこまでではなかった筈なのに」

 信じ難いと言わんばかりの男の声が響く。

 アッペン国から東にいった先にある小国ポドエ。
 いつ何時他国に侵攻を受けて飲み込まれるか知れない王族とは名ばかりの貴族。彼らの寄りあい所帯のような国に現在、軍が詰めていたが、それはポドエを攻めに来たのではなかった。

 彼らはとある目的の為に東の国より出向してきた一軍だった。東の国、ウッペの軍勢である。

「ですが、顔を知っている筈なのに躊躇なく攻撃したというのはさすがと言うべきでしょうか」

「それが、セツキ様、奇妙なことが」

「はい?」

 一軍を率いている、正確に言うと現在の指揮を任されている男の言葉には違った意味での感心が滲んでいたが、報告していた男の声に反応した。

 セツキの前で膝をついて報告していた男は恐怖の体験をしてきたばかり。ウッペ王ファバルが先んじて放っていた小隊に属する者。

 男は命じられていた。ウッペで勤めていた傭兵の娘を殺すように、と。はじめは王の命令に戸惑ったが小隊長である男の話で納得した。その娘は、サイは厄の嵐。放置すれば民に被害が及ぶ。

 男は農村に年老いた親がいたし、まだ幼いきょうだいもいた。大切な者に厄を降らせない為には自分が頑張らなくては、と自らを鼓舞した男はそれでも久しぶりに会った娘に腰が抜けた。
 あまりにも実力が違いすぎる。あの日の公開稽古は本当に死ぬほどに加減されていたのだと知れた。

 だからこそ妙だった。

「サイは、自分たちのことを覚えていないようでした」

「……。それは」

「わかっています。自分たち如き雑兵をあの娘が覚えている筈がありません。ですが、ですが……っ」

 男は必死で言葉を探す。なるべく傷つけないようにと探すが見つからない。すぐそばにいるひとを傷つけてしまう言葉だろうが、男は仕方なく包み隠さず言った。

「あの娘、サイが、ココリエ様を忘れているなんて」

「……は?」

「あの、サイはココリエ様のことを覚えていない様子で、エネゼウルの者を守っていました」

「どういうことです? あの娘がココリエ様を忘れる筈がありません。ありえないことですよ」

「ですが、そうなのですが、それでもあの娘は忘れていたのです。誰だ、と言っておりました」

 男の報告にセツキは、ウッペの鷹は苦い顔をした。エネゼウルは闇の国。後ろ暗いなにかがあっても不思議はなにひとつない。だが、忘れている? なぜ?

 サイが、ウッペの元傭兵がココリエを忘れるなどとありうるのだろうか。いや、普通の傭兵ならば忘れることもあるのだろうが、サイは普通ではなかった。普通になく彼とは親しかった。

 その時、セツキはいやなことを考えた。もしかしたら自分のことも忘れているのでは? と。

 よき鍛練の相手だった。呪いの一件があってからは前よりか優しくできているつもりだったし、サイ自身がココリエに「最近セツキが柔い、キモイ」と、言っていたこともあったらしい。

 優しくしているのに『キモい』はない。そう思いはしたがサイが転がり込んできた当初のアレを思えばサイの反応は妥当だった。気持ち悪いだろうな、たしかに。

「覚えていないって、どういうことっすかね」

「わかりません。そればかりはサイに会ってみなければなんとも言い難いものがありますから」

「ですが、セツキの大将? もしホントに忘れていてこっちに容赦なく襲いかかってきたらどうしやすか? 数はまさっていてもサイが相手じゃあ蹴散らされて終わる気が……」

 ウッペの柱であるケンゴクの意見は至極まっとうなもの。その最悪はセツキもすでに予想している。並の傭兵ならば不可能でもサイは可能にする。

 可能にするだけの力を持っている。備えている。それに知った顔。いくら理由があり雇用主の正式な命令があっても決行しにくいことには変わりない。

 同じ釜の飯を食った仲間だった。それなのに、それを殺す。戦友ともを殺す。鬼の烙印を押されても文句は言えない荒事。そしてそれはサイも同条件だと思っていた。

 なのに、忘れている。

 サイは自分より遥かに弱い人間に興味を示さなかった。覚えようとしなかった。
 だが、それでも城で顔を見れば軽くまばたきするなり挨拶をしたし、上位の者や強い者に対しては並程度に敬意を払っていたし、名を覚え、時として稽古に付き合わせることもあった。

 なのに、忘れている。覚えていない。

 そしてなによりもセツキたちに衝撃的だった報せはサイがあのココリエのことを覚えていない、忘れてしまっている、ということだった。どうして、と思ってしまった。

 城に仕えている者ならば誰でも知っている。高位の者ならば特に確信をえている。

 ココリエとサイはお似合いだった。互いの弱い部分を互いの強い部分で補える理想的な恋仲になれるふたりだったし、ふたりが実際に親しかったのを知っている。
 身分だとか、王子、傭兵、そんなものさえなければ必ず結ばれただろうふたりは微笑ましいくらいに純情だった。それくらい、ふたりはとても可愛いふたりだった。

 ココリエも奥手だったがサイは鈍感で恋を知らない。あの歳でアレだけの実力をえようと思ったらそれは色恋にまどろんでいる余裕はなかっただろうが、残念賞だった。

 ファバル王が許しさえすればふたりはいい夫婦めおとになれただろうと思ってもそれが不可能であり、叶えられることがない幻だと全員が理解している。

 それに、今の問題はそこではない。

「ココリエ様、お加減は」

「……今の報告でちょっと気持ち悪くなった」

「……。活を入れて差しあげましょうか?」

「いや、いい。たしかにセツキが言う通り、会って確かめるより他に方法がないが、そうなるとマナ殿とツチイエ殿が邪魔になる、か。サイはどう守っていた?」

 ケンゴクや報告にあがった兵と話していたセツキが話を振った先で青年がまだ復調していなさそうな青白い顔で簡易の椅子に座っていた。ウッペ王子、ココリエだった。

 両手を組んで考えるココリエ王子はセツキではなく報告に来ていた生き残りの斥候兵に問う。

 ココリエに質問された兵は少し疑問に首を傾げながらその瞬間を思いだして血の気が引いたようだった。記憶、過去になってなお、サイの力は脅威で恐怖なのだ。

「サイは、車を御者の男に任せて離れました」

「ツチイエ殿は相当にデキる。サイを押さえつけたのだ。サイが信用してマナ殿を任せるくらいには腕利きなのだろう。だが、するとサイはこの短期間でマナ殿に懐いている、となるな」

「あのサイが、ですか?」

「まずありえない可能性だが、サイの心にマナ殿が触れたかなにかなのだろう。そして、心を無理矢理こじ開けた」

 ココリエの推測にセツキは頷くがケンゴクは理解できないのか首を傾げている。ココリエは考えに没頭しながら、報せに戻った兵にもういい、とさがらせた。

 ココリエの考えが正しいのならば、サイはマナに半分操られていると思えばいい。だが、操られているのならば、人形と化しているのならばつけ入る隙は必ずある。
 隙、と思ってココリエは重い疲労のため息をついた。セツキですら戸惑っている。なのに、ココリエはすでにサイを敵として見ている。自身の非情さに反吐がでる。

 ただ、サイを相手に生半可なことをしていては死ぬし、悪くすれば全滅する。そうなったら取り返しがつかない。

 ファバルはカヌーが言ったことを信じて丸一日だけはココリエを安静にさせたがそのあとは鞭打つ勢いで城から追いだした。サイを追え、と。

 もう、ココリエにとっては四日前になるが、サイが追いだされ、マナに生け贄に捧げられた。

 悲しかった。そして案の定でもルィルシエが嘆き悲しんだ。サイがいないならもうしない、と言って勉強を放棄したのにはセツキが雷を落としたがルィルシエはけっして曲がらなかった。

 サイが自分に挨拶をせず去ったなどと嘘だとサイの解雇を認めなかった。その時になってココリエはようやくサイが自分にだけ挨拶をしてくれたと知った。大好きなサイが、ココリエだけに。

 嬉しいのに、悲しかった。その娘をココリエは今から……そう思う、考えるだけで胃が痛くなった。だが、やらなければならない、気持ちなど殺そうと思えばいくらでも殺せる。強く念じればできる筈と自身に言い聞かせ、ココリエは先を提案していったのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ