挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

323/385

オモイデ


 死体を通り道から蹴って避けていたツチイエが御者台に戻り、イークスたちの首を手綱で打って再び進ませはじめてから先の旅は快適だった。襲撃も追手などなにもなかったかのように。

 平和に進んでいく車はやがてアッペンという国に入り、質素な都に入って止まった。どうやら今日の宿はそこで取るようだと、サイはのんびり欠伸した。

 シァラの宿に泊まってからあとのことを覚えていなかったが、マナが笑っているのでどうでもいいと処理し、サイはツチイエが宿を確保するのをマナと一緒に待った。

 アッペンの都は夏祭の真っ最中のようで変に熱気が溢れていた。サイは祭などいったことがなかったのでちょっとだけ興味があったが、気は散らさなかった。

 マナの隣、車に寄りかかってツチイエを待つサイの姿を見たアッペン国の民たちはそのあまりの美貌に息を飲んで見入った。そして、そのサイが守っている空間にいるエネゼウル女王の美貌に感嘆の息を漏らした。両者共に素晴らしい美貌だったのでかなり目立っていた。

 美女がふたりで立っている。だが、口説こうとするバカはいなかった。あまりの美貌に近寄りがたいものを感じている様子。まあ、普通の精神では不可能である。

「最上階の部屋が取れました。祭の影響で今日は混んでいたようですがエネゼウルと聞いては断れなかったようで」

「そうか。重畳。では、今宵は珍事のあとじゃからちとばかしサイの調整を行おう」

「はい、そのように」

「嬉しかろう、ツチイエ。このような美女とあのように絡まれて幸福この上もないだろう?」

「そうですね、役得、というやつでしょうか」

 サイのそばでサイにはわからない話をするふたりにサイは首を傾げていたが、すぐにどうでもよくなったようでマナを気遣わしげに見つめた。

 あんなことがあったあとだからと、マナが疲れていることを心配した様子だった。
 マナはこれに優しく微笑み、サイの頬を撫でた。ふたりの身長差からそこがマナに届く限界位置だったのだ。

 サイは頬を撫でられて心地よさそうにうっとりしている。マナがさらに深く笑った。そして提案する。

「せっかくじゃ、サイ。祭を見物するか?」

「だが、マナは疲れて」

「わしのことなら心配は要らない。それより、わしとの思い出をつくっておかねばのう?」

「? マナがいいなら私は……ツチイエも?」

「私はマナ様に従うまでだ。サイ、マナ様はお前の絶対君主だ。御心みこころに従うのだ」

「はい」

 ツチイエの強い言葉にサイは反抗することもなく頷いた。ツチイエは笑ってサイの頭を撫でる。くすぐったそうにするサイは嬉しそうだ。ウッペの思い出はもう、サイの中になかった。

 昼間の騒動であきらかだったが、サイはもうウッペのことをほとんど覚えていない。
 少なくともどうでもいいことに関しては完全に消去されていた。だが、代わりがない。それが、代替がないことが今、サイの一番の問題だとマナは判断した。

 かろうじて、ココリエの名前に引っかかりを感じている様子だったが、それも忘れた果てで残骸が残っている程度のことで問題視するほどではないかもしれない。

 だが念には念を入れよ、と賢人は言う。

「では、荷物を置いてまいります」

「うむ。サイ、ならばわしらは着替えようかのう」

「はい」

 ツチイエが最上階の部屋に荷物を運んでいくのをサイが手伝い、一往復で済んだので、ツチイエは荷物からマナの略礼装を取りだし、サイがそれについている皺を伸ばして綺麗に整えた。

 窓を閉めた部屋でマナが着替える。簡単な黒い着物に袖を通すマナをツチイエが手伝って着替えさせた。それを見ながらサイも着替える。《戦武装デュカルナ》を一旦解除して、黒い浴衣を身に纏ったサイは彼岸花ロニシスを彫りだした簪を借りて髪を結いあげた。

 マナも同じように彼岸花ロニシスの簪で普段はおろしている髪を結いあげ、サイの姿にひたすら満足そうにして頷き、愉快そうに部屋をでていった。

 追いかけるサイはマナの先にまわってマナに下駄を履かせる手伝いをした。そして、自分も《戦武装デュカルナ》でつくった高い歯の下駄を履き、危なげもなくマナを先導した。

 戸締りをしていたツチイエが草履をつっかけてふたりの美女を追い、祭の中に入っていった。
 マナはサイを引っ張って祭の喧騒の中に歩を進める。サイは無表情ながら瞳に喜びと幸福を乗せてつき従った。

「サイ、アレに吊ってあるのを取るのじゃ」

「はい」

 マナがまず足を止めたのは暗器による射的遊びの店先であった。そこはよくにぎわっていた。

 景品が細い紐で吊ってあり、下には丈夫な網が張ってある。景品に傷をつけることなく紐を切れれば差しあげよう、景品が傷つけば買いあげてもらう、というお遊びだ。

 先から女の子にいいところを見せようとして挑む男たちが景品を傷つけまくって泣く泣くお買いあげしている。

 そんな中でマナが指差したのは特別細い糸で吊ってある美しい芍薬イディーシュの簪だった。
 女の子にせがまれてそれを狙う男も多いが、おおよそ見当外れの方向に投擲された刃物は簪も糸も切れない。サイはマナの要望に応えて店の者に遊ぶ為の代金を支払った。

 店主の男は自慢げな表情だ。金づるが多ければ多いだけ儲かると思ってこの商売は当たりだったと思っているのだろうが、サイが参戦したのが悲劇のはじまりだった。

「ありっこねえぇえええ!?」

 店主は思わず店の隅で絶望の叫びをあげた。

 サイに遊びの代金をもらい、機嫌よく遊ぶ為の刃物を渡したまではよかった。

 なにしろ渡した刃物は切れ味最悪の状態に刃を叩いて歪めてあったので万が一当たっても切るのは難しい状態だったからだ。それは指摘されても安全性を考慮したと言えば通る言い訳だったから、油断していた。速度はどんな名刀よりも鋭い切れ味を発揮するのだと知らなかった。

 サイの強肩からなる超剛力が刃物を投擲し、正確に景品の糸を切っていく。

 時折吹く微風も計算に入れて投擲される刃物は屋台の壁を突き破って後ろのちょっとした雑木林の木に命中し、あまりの威力に木は耐えられず折れて倒れていく。

 最初にマナが指示した簪はとっくにゲットしていたが、面白がったマナが次々と景品を指名していくので店主は半泣きだった。サイの狙いは正確無比。暗闇の中でも確実に標的だけを仕留める暗殺術が活きまくりであった。そしてしばらく遊んで、マナは飽きた。

「このくらいでよかろう、サイ。小腹が減ったのう。宿の食事の前に軽食をとろうぞ。のう?」

「では、店主。景品はもらっていくぞ。また機会があれば今度は私もやらせてもらおう」

「たの、頼むから二度と来ないでくれぇええ!」

 景品をほぼ根こそぎ持っていってしまうツチイエの言葉に店主の男は泣いた。本気で泣いた。

 せっかくぼろ儲けできる機会だったのに半減である。マナが高価な景品ばかり見初めたので仕方ないのだが……。

 しかし、とんだ屋台泣かせだとツチイエはサイの技量と剛力のほどに今一度感心した。

 さすがのツチイエでも、鍛えていてもあそこまで威力はだせない。それはサイの生まれ持った天性の才能だろう。

 景品のひとつであった扇子でマナを扇いでやりながらマナについていくサイは従順で子犬のようだったが、やはり戦国の柱。まさに天から愚者を見下ろす狼だった。

 その後、マナは屋台で食べ物を買い、サイと一緒につついた。小さな野林檎オプテンユを飴でくるんだ菓子を齧りながら宿に戻ったマナは愉快そうだった。

 祭と夏の熱気で汗ばんだ体を清めるのにこの日、また久しぶりにサイを伴って風呂に入ったマナはツチイエとは違う柔らかで女らしいサイの背中流しに満足した。

「楽しかったのう?」

「はい。楽しかった。こんなの、はじめて」

「わしも祭などいったことがなかったので新鮮じゃったぞ。噂に聞いてはいたが本当に愉快な場所よな」

 湯につかりながら発したマナの言葉にサイはそっと微笑む。サイの無表情が崩れているのを見てマナは嬉しそうにサイの頭を撫でた。女は気持ちよさそうに目を閉じる。
 あがったふたりは男湯からでて待っていたツチイエと一緒に部屋にあがり、食事を待った。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ