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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

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なにかあったらしい……


 階段をのぼってマナが、というかツチイエが取った部屋に戻ったふたりを出迎えたのはふたりの人間だった。双方共に無表情を気取っているが不機嫌さが溢れていた。

「どうした、ツチイエ。喧嘩でもしたか?」

「いえ、ですが、なんとか」

「重畳。サイ、主の飼っておる鬼はものわかりがよくて助かる。いやはや、これで懸念が減る」

「?」

 イミフ。サイの瞳に感情が揺れる。無表情なのに本当に素直な娘だとマナもツチイエもおかしくなった。主従揃って笑っている。なぜか満足そうだというのに気づいたサイは首を傾げる。

 そして、それと相反するようにカザオニは不機嫌そうにしている。ここほど不機嫌さを噴出させているカザオニは珍しい、というか人前にでてきていることも珍しい。

 よく見ると、カザオニとツチイエには戦闘でもしたのかというような跡がついていて、風呂の前にふたりはぶつかったような雰囲気である。
 しかも、流れている空気からして言葉などでなく、肉体的に衝突した感じ。畳がところどころめくれている。サイが見咎めるとカザオニがさりげなく動いて畳を元に戻し、掃き掃除まで行った。

「よい汗をかいたようじゃな、ふたり共。風呂へいくとよい。サイ、茶を淹れてくれるかのう?」

「承知した」

「サイ、『はい、マナ様』と言え」

「……」

 いつも通り堅く返事をしたサイにツチイエが訂正を口にし、主の言動に口をだされることにカザオニが刃物を抜こうとした。どうやらいまだに一触即発らしい。

 サイはカザオニを宥めてツチイエに顔を向けた。サイの風呂あがりの美貌にツチイエは一瞬ドキリとした様子だったがすぐに平静を装って咳払いした。

「どうした? 言うことがわからないか?」

「いや、カザオニとなにをしていた?」

「なにということはしていない。ちょっと大人の話しあいだ。サイにはわからない」

 何気なくサイをこども扱いしたことにカザオニがさらに殺気立ったが、サイは宥め続ける。

 ツチイエの言葉を気にしないサイはマナの為に茶を給仕した。旅籠屋はたごやに備えつけの茶葉なのでたいしたことはないが、安っぽい茶葉はサイの手で高価な味になった。

 これにマナは満足そうにした。今までの旅行中にはツチイエが淹れていたのだろうがツチイエの茶の腕はサイほどではないのかマナは笑みを絶やさない。

 満足そうなマナにカザオニはなぜかむすっくれていたがサイが首を傾げたのを見て首を左右に緩く振った。なんでもない、の合図だった。

 ツチイエが言うことではなんとなく信用ならなかったサイだがカザオニがサイにとって不利ななにかを許す筈がないので、カザオニがなんでもないと言うならなんでもないのだろう。
 そう思って、自分にも茶を淹れて飲むサイはツチイエが部屋をでていくのをマナと見送った。

 カザオニもまた、かなりいやいやだったがツチイエに連れられて風呂に連行されていった。サイはカザオニの不機嫌にひたすら疑問符が湧いてでた。風呂は嫌いではなかった筈だが……。

「サイ、食事が来たら」

「別に己らが食べる間くらい待つが」

「そうか、いいコじゃな」

 サイのものわかりのよさにもマナは満足そうにした。満足そのままに女王は茶をすすって男ふたり、従者ふたりの湯あみを待つ間、サイに話しかけた。

 ルィルシエと同じか以上に熱心に話しかけてくるのでサイは思わず後退りしそうになった。

 それくらい、サイが思わず引いてしまうくらいマナの語りは熱に溢れていた。気圧されているサイに構わずマナはサイのことを聞きたがったし、話したがった。

「ファバルに少々でも期待したか、サイ?」

「期待など寄せぬ」

「ほう、切り捨てられるとわかり切っておったと? それはそれで恐ろしい心臓の強さじゃな。普通の人間はそこまで強くないものじゃ。切られるのは怖い」

「ファバルは己が本当に守らなければならないものをわかっているだけだ。だから別にひどくもなんともない。アレがあの男の常識であって良識なのだ」

 そう、ファバルはファバル自身が身命を賭してでも守らなければならない大切なものをわかっている。国の大事にはもちろん国王として立つが家族の為に命を張る男だ。

 マナもサイの意見に同意だった。まったくもってその通りだとサイに同意を示した。だが、マナはファバルをサイが思っているより残酷だと認識しているらしくそのような口調だった。

 あの男を敵にまわすような真似はできればしたくはないものだ、と。今まであそこと戦をしてきた国はご苦労なことだとせせら笑った。
 マナからしてみればウッペに正面切って喧嘩を吹っかける真似は阿呆の試みなのだろう。だから嗤った。メトレットを、そしてセンジュ、シレンピ・ポウを。

 そんな中でトェービエの策はよかったと言って黒巫女を讃えた。セネミスが闇でないことがマナには口惜しいのだろうがサイにはあまり関係ないことだった。

「そうそう、わしはでたついでなのでこの帰り道の途中にカシウアザンカをはさむ。一泊の簡単な健診じゃ。サイ、主はどうする? ウッペは健診代も吝嗇りんしょくしたか?」

「いや、文月の候に受けさせられた」

「最近じゃな。では、どうする? ついてくるかどうかは主の堕ち具合によりけりじゃ」

「? よくわからぬが、近場で時間を潰す、でよいか? カシウアザンカ近隣に知りあいがいるので顔を見たい」

 サイの希望にマナは構わないとばかり笑った。その程度の願いは易い、と言わんばかりだ。

 マナは深くは訊いてこなかった。カシウアザンカの近隣に居を構えているなどよほど健康状態に不安要素があるのだろうとでも思ってくれた様子なのでサイも突っ込んでは言わなかった。

 サイに逃げるつもりはなかったし、マナも逃がす気はない。第一にカシウアザンカからどこかに逃げるのに道がわからないのでサイはついていくしかない。

 エネゼウルにいくよりほかに道がないのだ。
 だが、だからこそ、エネゼウルにいく前に会う機会が与えられるのならば会っておきたい。

 アカツキに、サイは会いたかった。彼ならサイのことをなにもかも抜きで肯定してくれるだろうから。ファバルのように否定しないだろうから、と。

 今、サイが望むのはたったのひとつだけ。

 ――いてもいいよ、辛かったね、そばにいていいよ。

 それだけ、それだけでよかった。以上をサイは望まずまた望めなかった。すぎたる願いは身を焼き焦がす。そのことを知っていたから望まなかった。

 ただ、誰かに存在を肯定してほしかっただけだったサイはこどもで孤独で淋しさに潰されかけていた。だから、ココリエのぬくもりに縋りたかった。

 ココリエはアカツキほどではないが、それでもサイを肯定してくれる。いていいと言ってくれる。いてほしいと望んでくれさえする。悲しくて、それでも嬉しい温かさ。

 ファバルにダメだと言われたぬくもりがサイは懐かしかった。サイは自分がサイでなかったら彼の隣に在れただろうか、とくだらないことを考えて悲しくなった。

 どうしようもならないことなのに。

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