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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

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どうしてか悲しい越境


 桜蕾おうらいじまに夏が到来してしばらくなるがここほどの夏日はまだ数えるほどしかない。そんなことを思いながらサイは車内で瞑目していた。

 車内にはこの戦国に唯一の女王たるエネゼウル国王のマシーズ・エナとサイだけがいる。御者をしてくれているツチイエは車の窓から背中が見える。
 ツチイエの背を一瞥したサイは再び退屈そうに目を閉じて黙り込んだ。これにマナが話しかける。女はサイの美しい、真珠か大理石のような肌をじっと見つめている。

「白い肌よのう、使うか?」

「なにか、それは」

「海外で言うところの日焼け止めじゃよ」

 言って、マナが見せてくれたのは白濁した液体を詰めた瓶だった。サイは興味もなさそうに瓶を見て首を横に振る。マナは至極残念そうに肩を落とした。女王の落胆にサイは首を傾げる。

 サイが日に焼けようとマナには関係ない筈だ。もとよりウッペでは不健康だから焼けろと言われていたくらいだ。サイの肌は白すぎて心配になるらしい。それと、似たことなのだろうか?

「せっかくの綺麗な肌。保護してやりたいと思うのは当然じゃろう? 守ってやりたいのじゃ」

「要らぬ世話である」

「本当に愛想のない娘じゃな、お主は」

「いまさらである。私はずっとこうだ」

「ずっと、誰に対しても……か?」

 マナの問いにサイは微妙に揺らいだ。そうだと言い返したくて、でも事実としては嘘だから言えなかった。

 たしかに平素は誰に対しても無愛想に接してきた。愛想よくしてえられる特典に思い当たりがなかったから。だから、本当にどうでもよかった。愛想など無意味だと思って、感じていた。

 だが、何事にも例外がついてきていて、サイはその例外たちには優しさを見せていた。
 ココリエとルィルシエは本当に無邪気でサイに害を与えなかったし、優しくすれば普段からある優しさに上乗せして優しくしてくれた。それがサイには嬉しかった。

 まるでレンがそばにいてくれるような、そんな不思議さがあった。それは幸福とかではなくたんなる安心だった。

「サイ、間もなくウッペ国境くにざかいだ。いい加減未練を捨て、マナ様に忠義を捧げろ」

「未練?」

 こちらに背を向けたままのツチイエが言ったことにサイは首を傾げた。男はイークスたちを走らせたまま、振り向いてサイを見た。正確にはサイの着ている衣服を見た。

 ツチイエの視線に刺されたサイが自分を見下ろして、悲哀に瞳を曇らせた。サイが着ているのはウッペの戦装束。ウッペで、《戦武装デュカルナ》でつくってそのままの服。
 それはなるほどたしかに、未練の証明だった。

「サイ、お前はもうマナ様のモノだ。着替えろ」

「では、あっち向け」

 言って、サイは車の壁に預けていた体を離してツチイエに背を向けた。ひとつ呼吸を置いてサイが着替える。ウッペの若葉色がなくなったあとには黒があった。

 それはサイが勝手に思っただけだった。黒い車だから多分そうなのだと。そう思ってサイは黒い服を着た。ウッペの戦装束とは形が違っていて、それは海外の服装に近しかった。
 胸元を大きく開けた黒い肌着、夏に向けて買っておいたそれの上に《戦武装デュカルナ》で黒い半袖シャツ、肩に切れ込みのあるものを着て、黒いパンツを着用する。

 シャツの胸元には一輪、緋色の彼岸花ロニシスが咲いているのがサイなりのお洒落。それ以外には飾り気もない味気ない服となったサイが振り向いて、元いた場所に戻る。

 元通り壁にもたれたサイは確認に振り向いたツチイエが頷いたのでとりあえず当面はこれですごそうと思った。その服はサイに昔を思いださせた。

 平和な現代、先進国のなんとかいう町で悪魔であった自分を思いだした。しばらくハイザー、得意先のじじいからの難題もなく気まぐれで仕事を受けていた。

 懐かしむことなど老い先短いふうでくだらないと思ってもサイは懐かしく思ってしまった。

 あの時はこんなことになるとは思ってもみなかった。
 生け贄云々ではなく、戦国乱世で生きる、という意味でのこんなことだった。生け贄も驚いたが、それ以外にも驚きはたくさんあった。御目通りだの誘拐だの、見合いだ、呪いだ、健診だと、様々ことが起こりすぎてサイは呆気に取られた。取られつつも歩いていくしかなかった。

 立ち止まれない。立ち止まってはいけない。それではレンに申し訳が立たない。生かしてくれたレンの為だけにサイは在る。他の誰の為にも在れない。

 悲しくて、阿呆の生であると、サイは自嘲した。バカ臭がするというのは重々承知している。それでもサイはもう、今は亡き妹の為にしか在れなかった。

 ずっとサイを突き動かしてきた想いだったから。世界もそれだけは奪えないと知っていたから抱え続けた。

 レンはサイの片割れでサイそのもの。だから、喪った時は半身をぐちゃぐちゃに潰されたようだった。苦しくて悲しくて、どうしようもなく辛かった。

「よいな、サイ。そなたの白玉の肌に我が国の色は驚くほどはえている。素晴らしい」

「私は過去に戻った気分だ」

「……ふむ、それはウッペに転がり込む前の話か?」

「そうだ。沈黙の悪魔であった頃の私は毎日こうして黒を着て、黒で在った。黒でしか在れなかった、という方が正確だが……。私は絶対に白ではなかったからな」

 白ではなかった。白で在れたならレンを喪わずに済んだのだろうか、と一瞬考えたサイだったが過去は取り戻せない。失っていくだけだと知っていたので無意味な妄想には耽らなかった。

「自虐的じゃな。わしからすればお主は驚くほど白なのじゃがのう? 穢れを知らず、美しい」

「節穴がすぎないか、マナ」

 白黒に思いはせていたサイの思考を中断するマナの声にサイは答えた。答えたが、マナを呼び捨てにしたのがまずかったのかツチイエが睨みを利かせるので言い直す。

「マナ女王」

「マナ様、だ。サイ。きちんと敬意を払って言え」

「抱けぬ敬意など滑稽だ」

 ツチイエの命令にサイは無礼で返した。ツチイエはサイの不敬になにか物言いたそうにしたが、マナが視線で止めた。サイの不敬はウッペでずっと染みついていたもの。急には正せない。

 マナはサイを愛おしむように見つめ、自分のそばに、車に取りつけられている椅子のそばに誘った。

 サイはマナの誘いに表情にも瞳にもなにひとつとして感情を宿さなかったが素直に従った。

 女戦士はマナのそばへいき、壁にもたれて瞑目した。美の彫像のような姿。これで戦場いくさばを搔き混ぜる戦士だというのでなかなかどうして、世界とは面白い。

「サイ、主の闇を見せてみよ」

「これがなにか」

 マナの命令と共にサイはマナによく見えるように右手を掲げた。そこに溢れる闇。現れた闇にマナは目を丸くし、ついで興奮した。それは今までにマナが見たことがない闇だったようだ。

 非常に濃く、果てがない漆黒であり、それは純白ですらあると思われた。一切の混ぜ物がない美しさは驚嘆に値するとして女王はサイの闇に見入った。

 マナの舐めるような視線にサイは居心地が悪かったがマナから視線を逸らしてツチイエの背、その向こうを見た。

 ウッペの面子とした旅行で幾度となく越えた国境。これが迫っていた。そして、それはまるで何事でもないかのように起こった。国の境を越えてしまった。

 車はウッペ隣国であるチザンサに入り、しばらくいくと関に着いた。ツチイエが通行料を払い、車が再び進む。

 チザンサの兵士たちがエネゼウルの車を気味悪そうに見ているのが突き刺さる視線でわかるサイはいまさらこの車に乗っている自分、というのにある意味勇者だとイミフな感慨を覚えた。
 チザンサ国兵士の気持ちはわかる。たしかにエネゼウルの車は黒魔術に通じていそうで非常に不気味だ。黒に緋色の花。それも毒の花とくれば気味が悪い。

 どうでもいいことを考えつつ、サイはため息を吐かないように気をつけた。ウッペをでてしまったことに不可解な感傷を覚えていた。敵であるウッペにいたかったのかと自身に問いかけてわからないという無限問答を繰り返し、サイは疲れた。右手の闇をそのままに瞑目を続けた。

 車は走り続けていく。ウッペを背にして走っていく。南を目指して走り続けるのだった。

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