挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

316/390

酷なる予言と命令


「……サイ?」

 サイがでていったことにココリエは呆然と呟いたが、次の瞬間、盛大に噎せることになった。

 呆然としているココリエにファバルが無理矢理薬の瓶を突っ込んで飲ませてきたのだ。噎せはしたがそれでもなんとか飲んだココリエはもう一度出入口を見たがそこには誰もいなかった。

 サイはいない。マナも、ツチイエも、当然いない。
 部屋にはココリエとファバル、カヌーだけがいた。

「ちっ」

 舌打ちの音。カヌーが心底不愉快そうにしていた。不本意ながら男も認めざるをえなかったのだろう。サイはもうマナのモノ。死はマナの一言で一時封じられた。
 だが、カヌーは悲観してはいなさそうだった。ばかりか、下劣な笑みを浮かべてココリエを見てきた。

「ココリエ、ひとつ、予言をくれてやろう」

「予言……?」

「お前は『器』を、道具を愛したことを後悔する」

「なっ」

 突然なされたカヌーの予言にココリエは声をあげて驚いた。『器』とか道具という単語は先から聞こえたり聞こえなかったりしているが、それはサイのことだ。

「お前は血を浴びる。大切な者の血を浴びてそいつが息絶えていくのを見守り、後悔し、己を憎み、責めるだろう」

「それはどういう……」

「ココリエ王子は大切な者をその手にかけるのさ」

 要約したカヌーの言葉にココリエはしばしの間たしかに呆けた。ありえない最悪の未来予想だった。大切な者を手にかける? ココリエの大切な者の顔が脳内に一瞬で広がって消えた。

 その大切な者たちの中で最も想いを寄せている女の顔は粉々に砕け散っていった。同時に呪薬の効能が現れはじめたのか、頭を腐らせていた熱が引いていく。

 不快な熱が引いたあとには凍えるような寒さがココリエを襲った。見ていたファバルがココリエを布団に戻した。寝かしつけられたココリエは寒気に震えていたが、それは恐怖の震え。
 犯してもいない罪に怯えている青年はカヌーの次なる言葉を聞かないように努めようとしたが無駄なあがきであって、無意味だった。意地の悪い顔でカヌーは笑う。

「この予言の回避方法はない。マシーズ・エナが蹴ったからな。次に会う時、『器』はお前の知っている『器』ではなくなっているだろう。あの女の闇に囚われて様変わりしているさ、多分」

「サイがそんな簡単に壊れる筈……」

「……。その信頼は素晴らしいものだが、無駄だ。あの主従は薬品に詳しいからな。『器』がなにを服薬しているか俺も知らないが、それも加味して薬を調合し、溺れさせることだろうよ」

 それだけ言い捨てて、カヌーの姿が風に溶けていく。そして、あとにはなにも残らなかった。

 男は最初からそこにいなかったかのように、そこにあったのは空気だけだった。不穏さを残して男は去った。

 ファバルはしばらくココリエを守るように構えていたがやがて息子の髪を撫でた。優しい武骨な手。幼い頃から親しんだ手だった。なのに、ココリエはその手に今、不吉を感じていた。

「父上……?」

「ココリエ、明日までは安静に。そのあと、サイを追え」

 ココリエは一瞬、聞き間違えたかと思った。父親が、厳しくサイとの仲を規制していたファバルがサイを追いかけろと言った。これにココリエは希望を感じた。

 ――サイを、想ってもいいのだろうか?

 許されたのかと思った。己の中に眠っている愛情に素直になってもいいのだろうかと。だが、ココリエが見たファバルの顔は今まで見た中で一番冷たかった。
 凍えてしまいそうな表情でファバルはココリエの心を鞭で叩いた。声に含まれている殺気。

「サイを追え。追って、そして殺せ」

「……ぇ」

 聞き間違いもたいがいだとココリエは思った。ありえないと思った。だからなにも返せなかった。ファバルの言葉が信じられなかった。殺せ、と言った。

 サイを殺せ、とファバルはココリエに命じた。

 ――ありえない。いやだ。うそだ……っ。

 ココリエの心に絶望が溢れる。父がこんな場面で冗談を言う筈がない。だからそれはきっと間違いではない。

「殺せ。サイを……殺せ。カヌーが神なら私たちひとはそれに逆らうべきではない。叛逆は無辜の民を殺すだろう」

「父上、ですが、なぜ私が……?」

「お前ならばギリギリまで接近できるだろう。笑顔で釣って、心の臓を一突きにしろ。もう、この城でサイに正攻法で敵う者はいない。ならば闇討ちしかない」

 真顔でファバルはとんでもないことを言った。ココリエは言葉の衝撃にやられて現実逃避している。いつかの公開稽古を思いだしていた。

 セツキですら、もう体術でサイに敵わない。剣技も槍術もメキメキと腕をあげていたそうなのでたしかにファバルの評価は正しい。だが、だからといって……。

「父上、どうか、そればかりは許してください。お願いですっ……私はサイのことを、彼女を」

「ココリエ、お前がサイを好いているのは知っている。心から愛していることもわかっているが、知っていても私は、お前に、命ずる。サイを殺して、サイをお前の未来に捧げる贄にしろ」

 父親の非情な言葉にココリエは絶句した。先の反論がでてこなかった。だって、ひどすぎる。

 ファバルはココリエの気持ちを知っていて言っている。熟知した上でサイを殺せ、と囁く。

 ファバルの非情さがココリエには理解できなかった。
 父親の残酷な言葉に傷ついた。傷つき、それでもなにも反論できなかった。黙っていてはダメだ、とそれがわかっていても言えない。言えなかった。

「気持ちを殺すことも時として必要だ。たかが傭兵娘の死がお前にどうして影響する? お前は王子だ。無辜の民の為にも役目を果たせ。想いを断ち切り、サイを殺して未来に光を入れろ」

 ファバルの言葉を聞いているココリエは信じられない気持ちだった。温和な父らしくない言葉は冷酷で冷徹で残虐だった。その惨さでファバルはココリエを蹂躙した。

「とりあえず、丸一日は安静にな。私はまつりごとを片づけてくる。すぐ見張りを寄越すからおとなしく寝ていろ」

「……」

「いいな?」

 ファバルの問いにココリエは自動的に頷いた。呆けてそれどころではなかった。恐ろしく残酷にものを言ったファバル。聞かされたココリエは頭がどうにかなってしまいそうだった。

 引いた筈の熱がぶり返してきた気がした。激しい痛みが頭を攻撃する。頭痛の原因はあきらかだった。

「余が」

 布団の中でココリエは呟くしかなかった。呟いて確認していくしかなかった。だってそう、信じられないから。

「余が、サイを、殺す……?」

 言葉は天井に当たって落ちてきた。落ちてきてそれはココリエを攻撃した。絶望だった。

 絶望を抱えてココリエは布団から抜けだした。戸の向こう、回廊になっているそこからは中庭が臨めた。お気に入りの鍛練場だった。だが、なにより、彼女と思い出深い場所であった。

 はじめて彼女に稽古をしたのも、稽古をつけられたのも中庭だった。思いだしてココリエの頬に熱い雨が流れた。

「サイ……っ」

 空には朝の陽がかかり、城を照らしている。朝の中でココリエは泣いた。見張り役だろうセツキに布団に戻されるまで青年はずっと泣いていた。

 情けない姿だと自覚していても、ココリエは悲しくてならず、苦しかった。セツキは布団を抜けだしていたことを咎めることもなく、仕事の報告をあげてココリエの意識を意図して奪う。
 そうでなければココリエは罪に囚われて心を壊されてしまう。セツキはファバルがココリエになにを言ったのか知らなかったがおおよその察しをつけて彼女のことは話題に触れなかった。

 ――死にたいというのはこういう心理で思うのか?

 愛する女を殺せと命じられた青年は翌日朝まで、布団に閉じこもって声を殺して泣き続けた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ