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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

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神の釘刺し


「サイ、余はサイの味方で」

「やめろ、ファバルに叱られるぞ」

「構うものか!」

 声を張ったココリエは喉を押さえて苦しむ。弱った体で大声をあげるのは苦痛だった。
 それでもココリエは声をあげた。サイを地獄に送りたくなくて叫びをあげた。

「サイ、頼む。いかないでくれっ」

「その気持ちは抱かない方がいいぞ、ココリエ王子」

 ココリエの必死の懇願にサイは応えなかった。正確にはサイよりも先に応えた声があった。

 サイはすでに身構えている。

 それはココリエの声でもサイの声でもなかった。
 聞き覚えがあるようで、聞き覚えのない声。

 どこからするのかと思って見渡したココリエがひとり知らない男の姿を捉えた。
 綺麗な姿だった。帝と似た金色の髪にみどりの瞳。美しい姿だったがなにか寒々しさを感じる妙な男。

 だが、そこまで考えたココリエがふと気づく。こんな男が城に入っているのになぜ誰も騒いでいない?
 それに、だけじゃない。サイが警戒していた。女は最大の怨敵を見つけたような唸り声をあげて男を睨んでいる。

「そりゃギャグか、『器』?」

「己が言うと殺意しか湧かぬがな、カヌー」

 サイが誰となにを思い喋っているのかわからなかったココリエだがサイの発した名で察した。

 カヌー。カシウアザンカでルィルシエを病に堕とした忌むべき存在が姿を見せていた。
 それは見れば見るほど不気味だった。この戦国にはない衣装を身に纏っていることからしても異国人。

 ――……いや、こいつは人間、なのだろうか?

 ココリエはふっとそんなことを考えた。それくらい、人間かどうか疑ってしまうくらい目の前にいる男は不思議な気配で立っていた。が、やがて動いた。

 戸を閉めてなにか呪をことほぐ。すると、室内に重苦しい空気が満ちた。あまりの圧迫感にココリエがうなだれて呻く。カヌーはココリエの弱体化をせせら笑った。

「何用か?」

「別に。死ねと応援しに来ただけだ。いい加減、死んでくれよぉ、呪われたクソ『器』」

「しつこい。いずれそうなるから黙っているがよい」

「いずれじゃ遅ぇんだよ、ボケ。特にエネゼウルに渡られると困ったことになる」

 それは今までのカヌーにないくらい苦々しい声だったのでサイは首を傾げる。イミフ。

 サイが首を傾げているとカヌーは、今回は誰の体を借りたのでもない元のままの姿でいる自称神の男は忌々しそうにサイを睨んだ。呪う目。

「カシウアザンカでお前はまた生き延びた」

「……綻び」

 サイの理解にカヌーはひとつ頷いた。そしていやそうに先を教えてくれた。

「あの女は先を視る力を持っている。それは異能とはちょっと違う。純粋なあの女の才能だ。セネミス王女と同じように、な? あの女の水晶は探し者を見つける。あの女が望む闇を見つけられるようにあの女に助力しているのさ。通常だったらお前がこの世に落ちた時点で気づく」

 充分な情報だった。それならばそう、サイがこの世界に落とされてから数ヵ月の間はカヌーがマナの邪魔をしていたのだろう。サイを探しだせないように妨害していた。

 なぜなのかはわからないが、それでもエネゼウルに拾われてはなにかしらの不都合があったのだ。だからこそ、ウッペに落とした。それも樹海の中に。

 それだけで死んだかもしれない危険な目に遭いながらもサイは生き延びて拾われた。だが、拾ってくれたひとももう、サイの敵。敵になってしまった。

「あの女は闇にこだわっている。だからこそ、お前という巨大すぎる闇に魅入られた。一目惚れだ、『器』」

「だから?」

「俺は正直に話したぜ? お前がゴミだって。その上で殺害を依頼したが一笑に付されてしまった。『ますます気に入った、会うのが楽しみじゃ』……だとさ、なかなかの肝だよ、まったく」

 サイがゴミ。それはそういうことだ。サイのどうしようもない運命を話した。
 サイは死ぬ為に生まれ、死ななければ不吉と不幸をまき散らす。普通ならば疎まれるだろうにマナはやはり変わっているとサイは認識を改めた。

「エネゼウルは闇に秀でた国。俺が張っている結界術にも詳しく、あの女なら簡単に破れる」

「簡潔に言え。眠たくなる」

「死ね。贅沢は言わないからとっとと自殺しろ。そして、その穢れない魂を俺たちに捧げろ」

 それは恐ろしい宣言。魂を捧げろ。サイが言ったことではないが、魂がなければひとは転生できないと聞いたことがある。つまり、サイに輪廻は許されない?

 ずっと道具のままで在るしかない?
 道具として在れ。以外など認めない残虐な言葉。

「よ、せ。サイに死ねと、言うな」

「だがな、ココリエ。そうでなければお前が死ぬぞ。いいのか、王子様? 妹にすべての重荷を押しつけるのか?」

「そ、れは……」

「迷うなら、その程度なんだろ。はい、王子のくだらねえ、つまんねえ恋ごっこはおーしまい」

 サイと自分の命、自分の命が消えることで妹にのしかかる重い圧を考えてココリエは迷った。

 サイのことはもちろん大切だったが、それでもルィルシエを質に取られては迷ってしまう。この上なく可愛がっている妹だから。家族を捨て切れない。

「俺の主は焦れておいでだ」

「誰のことか」

「俺は神とはいえ末端だ。上位の神は当然いるさ」

「うむ。使い走りというわけだ」

「たしかにそうだが、お前に言われる筋合いはない。ゴミの役にも立たないガラクタがっ!」

 サイの普段通りの暴言にカヌーは怒った。だが、サイはまともに取りあわない。サイの心は荒れて、凪いでいる。

 マナという新しい主君のもとで仕える不安。ファバルが送り込む断罪者たち。命は相変わらず危険にさらされ続ける。すさまじい心的負荷。

 なのに、サイは凪いでいると思い込んで自分自身の心を保って守った。それは一時凌ぎの防壁。すぐに崩れ去る。それでもこの瞬間だけ、ココリエを安心させられればサイはよかった。

「死ね、早く死ね。でないとあのお方すら恐れるまことの光が現れて俺たちを罰する」

「罰ならば、己らは悪なのか?」

「いいや。俺たちはお前ら糞人間共を飼育するのに相応しい、最適法を日々編みだして実践しているだけだ。罰されるなどと冗談じゃない。そんなもの、三流悪の末路だ」

「脅し文句は五流だがな」

「軽口で逃げられると思うな。お前は結局ココリエを助けたいんだろう? だったら、ここに同じ薬を準備したから今、ここで死ね。さあ、早くっ!」

 言って、カヌーはマナが見せてくれたのと同じ緑の怪しげな薬瓶を取りだした。だが、サイの疑念は晴れない。

 ルィルシエの呪薬と偽った時、なにを入れていたのか知れたものじゃない。

 中身が劇薬なら、サイはココリエ暗殺の現行犯になってしまう。そうなれば、死刑は免れられない。

 いや、それ以上にサイは怖い。ココリエを殺すことにレンを死なせてしまった時の激情がかぶってくる。サイはココリエが大切でレンと同じくらい本当に心許せる存在だったから。

 だから、彼が死ぬのはサイにとって恐怖だったし、今なによりも避けたいことだった。

 カヌーの持っている薬が本物だという確証はない。
 サイは毒に詳しくないし、耐性もない。鬼味でどうにかなる問題ではない。自身の武装に毒を仕込んでいるツチイエなら毒と薬の区別がつく筈。だからマナの持っている薬は本物だろう。

「『器』よ、なぜわからない? お前は俺たちに使われてこそ生まれてきた意味がある。俺たちの漆黒に堕ちる方が絶対的に、誰にとってもお得なんだよ」

 毒を疑うサイにカヌーは追い討つように罵り続ける。サイはカヌーたちに使われる方がいい。
 なによりもお得だと言うカヌーはサイを道具としてのみ認識している。そして、道具として生まれたと罵り、サイを傷つける男はサイの不可侵に踏み込んでいく。

「大切なんだろう? 大事なんだろう? なのに、なにを迷っている? お前とココリエの命は等価ではないということはとっくに知っているだろうが」

「知れたこと」

「ココリエを愛しているなら俺たちの為に死ね」

「愛してなど、いない」

 ふたりは、サイとカヌーは途中から音量に気をつけていたが、ココリエは熱のせいで頭がどうにかなってしまいそうでふたりの会話が聞こえていない。

 幸いだとサイは思った。そして、カヌーの言葉をバカらしいと撥ねた。愛してなどいない。たかが道具の、壊れゆく身で一国の王子に愛情を寄せるなど恐ろしい。

 愛していないと言うサイだったが、心が悲鳴をあげている気がした。サイの本心はココリエを愛したい。彼と一緒にいたい。でも、叶わないなら諦めるしかない。
 一緒に在ってはならないと言われたのならば、身を引けば済むこと。簡単すぎる答だった。

 それもまた、サイの強さの証。物事を単純な二元論にすることで心への負荷を減ずる。

 好きか嫌いか、愛するか憎むか。サイに灰色はない。嫌いな色だった。レンの瞳に混じっていた灰色は綺麗だったが、ただの灰色は嫌いだった。曖昧で不確かで歪な色。

 それがサイには人間の薄汚さに見えた。そんな世界で生きてきた。なのに、サイはココリエを嫌いになれなかった。好きでないなら嫌いでなければいけないのに……その心は灰色である。

 大嫌いな灰色。そんなものが内側にあることをサイは嫌悪した。常に漆黒であった女は自分に混ざってくる曖昧さが許せない。許すことができない。

「愛している筈がない。私の愛はすべて壊してしまう」

「そうさ。ココリエも例外じゃない。相思相愛が故に壊れて死ぬ、このままならな?」

「そうし、そうあい?」

「……。本当に肝心なことを知らないゴミだな。まあ、どうでもいい。所詮死ぬしか能がないんだ。さっさと」

「そうか、お主がカヌーか」

 部屋にいる筈のない声が聞こえた。部屋の戸を開けて中に入ってきたのは南国エネゼウル女王マシーズ・エナ。

 マナの登場にカヌーは一瞬だけ意表を衝かれて固まったが、すぐ復活した男は今にも舌打ちしそうな表情で女王の入室を見つめる。マナの後ろには彼女を守るようにツチイエがつき従う。

 その背後にここ、ウッペ国の王ファバルがついてきていた。男は手に緑の小瓶を握っている。息子の部屋にいた者に王は顔を顰める。男の青い双眸はサイを見ていた。

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