挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

312/389

答に迷いはなくて……


「予定が前倒しにでもなったかのう? 女子おなごに支えられるとは噂に違わぬ貧弱さよ」

「それは悪口か、マナ」

「マナ様、だ。礼を払え。このお方はお前の主になられるのだ。私は不敬を許さぬぞ、サイ」

 セツキに抱えられて自室に連れていかれたココリエを見送った部屋でマナがココリエを揶揄したのにサイが疑問を発したが、ツチイエがサイの態度に文句をつけた。

 サイに不敬だと言った男は激しい視線でサイを叱る。しかし、サイは男に叱られる筋合いがないので無視した。サイのこの態度にツチイエが眉を顰めたが、マナの表情を見てすぐやめた。

 マナは笑っていた。サイの反応を愛おしむように笑っていた。サイがマナの笑みを疑問視すると、マナはさらに笑みを深めた。サイにはそれがとてつもなく不穏当で不思議、疑問だった。

「さて、これで卓は整ったのう」

「……」

「サイ、主の意思は問題ではないので思い詰めることはない。考えるのは、この男の役目じゃ」

 言って、マナが見つめたのは上座のファバルだった。男は連れていかれた息子を心配している様子だったが、マナに見つめられているのに気づくと、ため息を吐いた。

「明日、返事をしよう。そなたも長旅で疲れているだろうから本日はもう休むといい、マナ」

「ふふ、まさか、悩んでいるのか、ファバル? 戦国の名王が? これは珍しいこと。まあよい。本日はとりあえず言葉に甘えて休ませてもらおうかのう。色よい返事を期待しておるぞ?」

 マナの言ったことにファバルは応えない。王は悩んでなどいないとマナは知って言っている。

 ファバルはもちろんサイすらも理解している。だからマナの意地悪な言葉を聞き流した。

 マナはそのことにも微笑んでいた。ウッペに来て、サイを見てからずっとご機嫌でいる女はサイに客間への案内を頼もうとしたが、ファバルが先に女官を呼んでいた。

 ファバルの手まわしにマナは一瞬、不満そうにしたが、男の様子を見て考えを改め、素直に部屋をでていった。
 襖が閉められ、部屋に残された者たちが沈黙しているせいで空気が異常に重たい。

「サイ」

 重厚な声がサイを呼ぶ。サイはマナを見送っていた顔を室内に戻した。部屋の主が上座でサイを見つめていた。視線には微妙に揺れてはいたがそれでも殺意がある。

 そのことにサイは俯く。ファバルの心は明日に引き延ばすこともなく決まっている。王から溢れる獅子の如き気はサイの肌を刺していた。本当に心の底から湧く思い。
 殺したい、という心が故の眼差しだった。

「楽しいか、サイ?」

「なにがか」

「私の子らを害して楽しいか、と訊いたのだが?」

 ファバルの言葉。サイの心臓を突き刺す言葉にサイは言い返さない。なにも言わなかった。
 ファバルの言葉に言いがかりだと、勘違いだと言いたい気持ちはあったが、それはそれこそ謀叛と判断されかねない。ファバルの纏う空気がそうだと教えてくれる。

 サイはもう、ファバルの敵。とっくの昔にファバルはサイの敵だったが、ファバルはサイを害悪だと認識した。王にそう認識されたからサイは害悪と扱われる。

 ファバルの敵はウッペの敵だから。

 これでもう、また孤独になったな、とサイは本心で思っているのか不明ながら悲しくなった気がした。だが、すぐに切り替える。これは元に戻っただけのことだと。

 サイはずっとずっと、そしてずっと、どこまでいってもどこへいっても孤独だった。ウッペで家族ごっこをしていただけで誰にも必要とされないのは変わらなかった。

「答えろ、サイ」

「私がやっていない」

「だが、これはそなたのせいだ。そなたが生きているが為にもたらされた厄だ。……違うか?」

「違、わない、のだろうな」

「だから、訊いているのだ。楽しいか? まわりを不幸にして、巻き込んで、楽しいのか?」

「……楽しくなどない。苦しい」

「では、なぜそなたはまだ生き恥をさらしている?」

 ファバルの言葉は弾丸のようだった。いつか、サイが父親に撃ち込まれた弾丸よりも口径の大きな銃弾。それがファバルの言葉だった。サイに生き恥と言った。懸命に生きる女に無情な鞭を入れるファバルは瞳に殺意をギラギラと燃やしている。焼け焦げてしまいそうな熱量。

 サイはファバルの問いに答えられない。答えることは自身の心に杭を打つこと。血を噴出させてしまうことだったから。もうすでに追い詰められている精神に以上の負荷をかけられない。

 サイはとんだ弱蟲だと自身を貶した。今までならばこの程度のことで揺らがなかった。今までなら平気だった。だからこそ不思議で謎だった。意味がわからない。

「ここで、私は望まれて」

「誰に?」

 言いかけた、答えかけたサイの声をファバルは一言で潰した。サイはこの世界ではじめて存在を望まれた気がしていた。ここにいていい、と。そばにいていい、と。

 なのに、それはまやかしで幻だった。少なくともファバルはそれをサイの妄想だと切り捨てた。それは予想された残酷な言葉だったが、サイは予想を超えて傷ついた。
 サイは望まれてなどいない。サイは誰かに必要とされていない。それがどれほど酷だろうとファバルはなんともない。サイの痛みは所詮他人の痛みであり、たかが悪魔の痛みでしかない。

 悪魔が傷つこうと誰も心痛めない。そう、誰も。だからサイはその誰かを望もうとしなかった。助けてくれという一言を叫ばなかった。救ってほしいと望まなかった。

 ただひとりで王の言葉に耐えた。

「……誰にも望まれていない、か」

「そうだ。私の家族を害するそなたを誰が望む? いい加減戯言に飽きるべきだろうな、サイ」

「戯言、か。そうだな……本当にくだらない夢想だ」

 サイはなんとか笑おうとするが、笑えなかった。ずっと心の奥底で望み続け、夢に見続けてきたことを切り捨てられてサイは瀕死の重傷を負っていた。

 それでも自虐してみせる。強さと脆さと苦痛が滲む憐れさだった。しかし、ファバルはサイの悲しい憐れさを憐れと思わなかったのか、サイに追加で口撃こうげきした。

「このままマナに渡すのは間抜けだな」

「あのクソ王子のように処刑するか?」

「だが、そうすれば薬が手に入らない。一応、一時いっときばかりはマナに預ける方が賢明であろう。それからだ」

 ファバルはサイをサイとして見ていない。人間として見ていない。道具、それもマナと取引する為の生きた贄扱いだった。サイはそれにもなにも言わない。もはや、王に、ファバルにどう扱われても平気で、サイの心は凍っていきつつあった。凍ってそしてすべてを拒む。

 傷つけられてきた過去への逆戻り。それだけだからどうってことはない、そう思おうとした。

 それなのに、そう思おうとするたびにサイはココリエを思って苦しかった。『想い』ではない。

 ただたんに上司をおもんばかっているだけで、サイはココリエに特別など抱いていない。カシウアザンカで言われたことは、ファバルに警告されたことはつまらない冗句。

「執行猶予だ、サイ。エネゼウルへいき、それでもウッペに厄を降らせ続けるなら、その時、ウッペはエネゼウルに赴き、そなたを処刑する。負の連鎖も、くだらない想いの欠片も断てる」

「それは、誰の役回りか?」

 わかっているのに。ココリエの特別はサイではなく、サイの特別はココリエではない。そんなことはわかり切っていることなのに、サイはなぜかファバルに問うていた。

 サイは生きていてはいけない。そのことをサイは知っているし、諦めている筈だった。なのに、縋ってしまいそうになる。ココリエの優しいぬくもりにまどろみかけてダメになっていく。

 だから、せめてとひとつを願った。ファバルの残酷さが果てを極めないことを願った。

 諦めている。処刑者が誰になろうとどうでもいいことである筈。諦めているからどうでもいいことである筈。
 なのに、サイはそれが辛かった。その役割が『彼』にまわされることを辛いと感じた。悪魔の血で汚さなければならないことを辛いと思ってしまった。

「私はそうそう留守にできない。ココリエに任せる」

「……そう、か。わかった」

 なにがわかった、なのかわからないままサイは頷き、王の部屋を去った。断罪者の名にサイは傷ついたが殺した。心を殺すのは得意だったから平気だった。そう、思おうとしたのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ