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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

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返事の前に確認


「して、ファバル? 返事を聞かせてもらおうか」

「……。その前にマナ、ひとつ問いたい」

「ほう、なんじゃ?」

「断ればどうなる? ウッペは破滅するのか?」

 この展開はココリエには予想できたことだった。父親は断ることででるウッペへの不利益を考えている。前回の時はファバルの兄の死でウッペの傾国だった。

 それを回避するべきだという思いが強く滲んだ問いにココリエは悲しそうにする。

 ファバルはやはりサイの命を重くはかっていない。カシウアザンカでルィルシエの為に死ねと言った時と同じようにサイの命をファバルは軽んじて軽蔑している、そんなふうにも見えた。

「破滅、のう?」

 ファバルの冷たい言葉を悲しく思うココリエの耳がマナの声を捉えた。呟きだった。

 女王の声は愉快そうに弾んでいる。声に足があったら無意味に飛び跳ねているかもしれない。
 面白おかしな冗句を聞いた、そんな声だった。

 マナは破滅、とファバルの言葉を復唱して微笑んだ。美貌に相応しい美女の微笑みは眩しい。

「現状のウッペを切り崩せる国はそう在るまい。なぜ、破滅の心配なぞしている、ファバル?」

「十六年前のことを、フォノフの悲劇を忘れたと?」

「フォノフ、おお、懐かしい名じゃのう。たしかにフォノフのように王位にある者が急死しては国が傾こう。だが、そうじゃな、お主にはとんだ不利益があろうな」

「どんな?」

 矢継ぎ早なファバルの問いにマナは涼しい顔。美貌の女王は優雅に茶をすすり、味に満足そうに頷いている。セツキも満足するくらいなのでやはりサイの淹れた茶の味は最高なのだろう。

 そんなことを思ってココリエも茶をすする。驚くほど美味しい。セツキではないが、また腕があがった気がする。

「どのような、なあ? そう、たいしたことではない。またひとり死人がでるだけのことじゃ」

 なんとも軽やかにマナは言い切った。また、死人がでるだけ。それもそれはファバルにとって不利益となる死。
 ファバルは胃の底から溢れてくる恐怖を抑えて尋ねようとしたがココリエが早かった。

「サイを殺すと申されるのか!?」

 セツキの隣に座っていたココリエがマナの言葉に思わず叫んでいた。ココリエの叫びにマナは少しだけ驚いたように目を丸にしたがすぐに優しく笑った。

 見惚れてしまいそうな美しい笑み。

 少女のように笑う美貌の女王はついっと優雅に手を持ちあげた。そのまま一点を指差す。サイも美貌では引けを取らないだろうが、マナとは美の種類が違っていた。

 粗暴さがサイの美を引き立てる要素となっている。マナは優雅さが美を引き立て、同時になにかとてつもない不吉を感じさせた。それはさながら闇のような気配だった。

 そんな女王に指差された誰かがきょとんとした。

「死ぬのはお主じゃ、ココリエ王子」

 マナの言葉にウッペの王と所属する戦士たちが顔や瞳に緊張を走らせた。ココリエはひとり呆けている。マナの言葉が意味不明だったせいだ。

 ココリエにはわからない。なぜ自分が死ぬのか……。

 ファバルの話から死ぬのはマナに生け贄に選ばれた者であると思い込んでいただけ余計に言葉の衝撃に耐久力が負けた。ひとりで呆然とするココリエと違ってファバルはすぐに復活した。

「待て、マナ。どういうことだ? なぜココリエが、息子が死ぬというのだ? 冗談のつもり」

「ファバル王、マナ様は冗談を好かれない。以後、極力その手の発言はお控えいただきたい」

 ファバルがなんとか笑おうとしたがツチイエが止め、主の為、ファバルの発言に注文をつけたのに、セツキが眉を跳ねさせた。だが、ツチイエは一向に構う様子がない。

 マナに冗談を吹っかけるなというツチイエの注文でファバルは一瞬言葉に詰まった。これが冗談でなくてなんだと言うのだろうか。しかし、マナは茶を飲み干して優雅に続きを口にした。

 淡々と、まるで予言を告げる宣託の巫女のように。

「サイを渡さないのならココリエが死ぬ。明日、高熱をだして寝込み、死病によって四日後には息絶えるじゃろう」

 マナの瞳にはツチイエが言うように冗談の要素がまったくない。それがマナには承知のことだった。

 女王は不敵に笑っている。この様子ではココリエの健康状態についてもなにか知りえていそうだ。だが、誰も彼もが怖くて訊けない。訊けば漏れなく後悔してしまいそうだったからだ。

 誰も口を開かない。そう思っていたが、世の中には例外というのがいるものだ。それも必ず。

「なぜそのようなことがわかる」

 生け贄を寄越せ、とそうファバルに追加で言おうとしていたマナにかかる声。綺麗な女の声。

 サイの声だった。本当に恐れ知らずなことに、サイは女王と王の会話に口をはさんでいた。誰にも咎められず。

 ツチイエはマナが止めていたし、ファバルはマナの言葉が衝撃的すぎた。セツキはサイの言葉が突破口になるかもと思っているのか、珍しくサイの無礼を無視した。

 サイの言葉は純粋な疑問だった。無垢なる者の問いにマナは震えるほど喜んだ。イミフ。

「可愛いのう、サイ。それほどの闇を持ちながら、なんと純真無垢に愛らしいことか」

「問いに答えてくれると助かる」

「なぜわかるのか、じゃろう? 簡単なこと。わしには先をかすかに視る力があるのじゃ」

「……」

「お主の闇は近く、ココリエを殺す漆黒となる。わしと来るのじゃ、サイ。わしにできうる最高の待遇で以て迎えよう。安心せい、わしは主の闇に影響を受けぬ」

 途中からはほとんどマナのひとり語りになっていた。マナには先を視る力、予知のような能力ちからがある。それは充分以上に脅しとなった。

「最後の警告じゃ。サイを渡せ。でなくば、ファバル? お主の大切な跡取り息子が病に取り殺されることになる。そうなれば、主は後悔する。誰よりも、後悔する」

 マナの声は暗なることも言っていた。

 サイの立ててきた武勲は惜しいだろうが、それでも所詮は傭兵の娘。ココリエの代わりにならない。当然のこと。

 ふたりの命は等価ではない。サイは安く、そもそもココリエには価値がつけられない。
 ココリエは一国の王子なのだから。それもファバルがフォノフの代わりになった時のようにはできない。ココリエのきょうだいはルィルシエだけ。

 ふたりでは背負っているものの重さが違いすぎる。サイは自分ひとりの命だけを背負っている。ココリエはウッペを背負っている。ふたりは決定的に違っている。

 なのに、だ。なぜなのかわからない。

 なぜサイがそばにいるとココリエが死ぬのか。冗談を好まないと言いつつ狂言ではないだろうな、と思ったファバルだが、サイの瞳を見てひとつ気づいた。

 あった。サイはサイが意図せずにまわりの人間を不幸にしてしまう原因を持っている。

 カヌーだ。ファバルが直感したことにとっくに気づいていたサイはひとつ頷いた。
 カヌーは続けてサイを死に追いやろうとしてそれが為に策を講じてきた。だが、わからない。

 なぜマナは影響を受けないのか。なぜサイがエネゼウルにいけばココリエが助かるのか。サイが説明を求めてマナを見つめるとマナはひとつ微笑んでから懐を探った。

 やがて女王が取りだしたのはひとつの薬瓶だった。魔法の薬でも入っていそうな外観だな、とサイが思っているとマナが瓶を軽く振った。ちゃぷちゃぷと軽い水音。

「わしがエネゼウルを旅立たんとした時のこと、港で出会った賢者を名乗る男が寄越した海外の最新医療の結晶、呪薬じゃ。これがあれば王子の病を癒せる。サイ、お主の身柄と交換じゃ」

「……」

「王子を助けるなら選択の余地はない。わしに仕えよ」

 交渉と見せてそれは明確な脅しだった。サイは言葉がでない。マナに仕えるのがいやだとか駄々をこねる気はなかったがそれでも決断できかねた。

 こんな大事なことを決定する権利が今までサイにはなかった。ひとひとり、果ては想像もつかないほど大量の命のゆく末を握るなどと思ってもみなかった。だから黙り込むしかない。

 サイにはなにもない。最初から最後までなにもなく、それが正解であり、正しい認識だと世界に強制された。
 今までにサイが決断したことなど、父親を殺した時くらいのことだ。あの時、はじめてひとを殺したいと思った。心から願った。こいつを、こいつだけは殺したい、と。

「わしは王子の命に興味はない。サイ、主の心身が欲しい。粉骨砕身してわしに仕えると誓えば薬を渡そう」

「……私の心が欲しければ相応しくなれ」

「ほう? わしに心惹かれぬ、と申すか?」

「少なくとも現状私はお前に惹かれる要素がない」

 脅されていてもサイはいつも通りだった。いつも通りすぎてココリエは笑えてしまっていた。

 王子の命を天秤に乗せているとは思えないが、その天秤はいずれサイの意思とは別に傾けられる。マナの手で、もしくはファバルの手で……サイの天秤はいいように傾けられるようになる。

 どんなに残酷でもそれが世界を正しくまわすということだから。カヌーがちょっかいをかけてサイの死をより一層呼び込もうというのならばやはりサイは死ぬべき。

 それはすべての者がたどりつく答。

 サイが他の命を危ぶめるのならばサイは厄の大嵐。それは根本から絶たねばならない。……それはつまりそういうことだ。やはりどうあっても女は死ななければならず、そこに変わりない。

「まあ、よい。表面上繕いで仕えるだけでも、な? さて、あとはファバルの令だけじゃな」

「ココリエの症状は今日でるのか?」

「この刻限じゃ。もうでていよう」

「ココリエ、不調をなんでも言え。誤魔化しと嘘は言った時点で殴るからそのつもりでな」

 父親のさりげない脅しにココリエは青ざめたが、すぐに自分の中の不調とやらを探してみる。

 だが、これといって嘘、本当とかではなく不調、というほどのものがほとんど見当たらなかった。こんなんで本当に死病に罹るのか? というくらいには元気そうだった。
 まあ、敢えて不調をあげてみるとしたならば、関節痛と体の微妙な重怠さくらいのものだ。

「関節がちょっと軋んだ感じがするのと疲れでしょうね、ちょっと怠いくらいです」

「熱は?」

 ファバルの鋭い問いにココリエは自分の額に触ろうとして冷たいものに触られた。見ると、サイの華奢な手指がココリエの額に触れていた。

 サイはそのまま検温する。美貌の女戦士はココリエの熱をはかってすぐ、渋いものを飲まされたような感情を瞳に揺らした。サイの反応にココリエは首を傾げる。

「まだ熱の域だが、ここから急上昇し、高熱となるならインフルエンザを疑うべきだろうな」

「いんふ?」

「インフルエンザウイルスによる感染症だ。危険な高熱が続けば若かろうと死にいたる可能性がなくはない」

「そんな、サイ? 決めつけなどらしくないぞ。関節痛は修行のしすぎで怠いのは誰かさんが仕事を大量に押しつけるせいだろう? それをそんな大袈裟に……に?」

 ココリエがサイに言い返した瞬間、ココリエの視界が歪んだ。ぐらっと傾いた視界の中でサイの美貌が慌てたのが見えてココリエはなぜか嬉しかった。

 サイが心配してくれるのが光栄だった。傾いた視界。女戦士の美貌の下にココリエはいた。

 ――柔らかい。なんだろう?

 そんなことを思ったココリエだったが、すぐに逞しい腕に抱えあげられた。部屋の中が慌ただしくなり、ココリエの意識が遠退く。最後に青年が見たのは悲しみに暮れるサイの顔だった。

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