挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

309/388

騒動のあとに


「恐れながら、マシーズ・エナ殿とお見受けするが、私の側近にいきなりなにをなさるのです!? こんな乱暴、国王に、この戦国の女王にあるまじき行いです!」

「……ほほう? 乱暴、とな? どこの辺りがそう見えたのじゃ、ウッペ王子よ」

「毒刃で切りつけ、果てはそれで弱ったところを押さえつけて好き放題。これが暴挙でなくなんなのです? だ、第一にこのような衆目のある場で女にその……」

 その先をココリエはごにょごにょと濁した。サイが公共の場で知らない男に口づけられたことが許せないココリエだったが、それを明言して責めることは恥ずかしい。

 微妙なお歳の頃なので好きな女が他の男に接触されることすらも許しがたかった。なのに、いきなり口づけ。青年の怒りはある意味当然だった。

「と、とにかく、お放しください!」

「ふふ、主がなににそこほど怒りを燃やしているか興味深い上に抵抗浅い今なら好機じゃが、仕方ない。正当に手に入れるとしようか。ツチイエ、放してやれ」

「はい、マナ様」

 マシーズ・エナ、マナの命令でツチイエは捕まえていたサイの腕を放した。サイはふたりから慎重に距離を取る。ココリエの近くまでゆっくりさがるとすかさずココリエが背に庇った。

 サイはココリエの背中に避難して立った鳥肌を宥めようとしているが片手には凶器を持ったままだ。再びツチイエが傘をわずかでも動かす素振りを見せたら……というのに備えている。

 ココリエはサイの体調を気にかけながらいざとなれば身を呈する覚悟で女王とその護衛を睨む。ふたりが庇い庇われ、守り守られているその様子にマナは微笑ましそうな笑みを向けた。

 ツチイエは傘を背中に戻してマナを守るように腕組みして立っている。その様、隙のなさは厳戒態勢を敷いている時のサイに匹敵し、かなりの強者であると知れる。
 だが、いかにツチイエが手練れであったとしてもココリエを庇ったせいとはいえ、サイが遅れを取ったのがココリエには信じられなかった。戦国では新参者でも柱と認められた女が……。

「サイ、具合が悪いのか?」

何故なにゆえ?」

「いや、最近寝不足が続いて調子が悪いのかと思って。それとも、飲んでいる薬の副作用か?」

「……副作用があれば言ってくれると思うが。まあ、なんにしろ、これは私の不足だ。すまぬ」

 サイは素直に自身の力不足を謝って胸の辺り、肌着を握りしめた。毒でまだ苦しいのかと心配になったココリエにサイはなんでもないと言うように首を横に振った。

 ココリエに庇われたことを恥じている様子だったし、あのまま動けなかったら危険にさらしたかもしれないことをサイは恥ずかしく思って悔やんだ。

 自分自身の力不足を恨むサイは異名の独り歩きが気になってちらっと視線をあげた。

 サイの視線の先にいた女がふふりと笑う。サイの様子が微笑ましいようだ。強くとも弱いと自身を責めているサイが可愛い、といったところだろう。

「気に入ったぞ、娘……いや、サイ」

「だからなにか」

「なに、とな? もちろんそれはそういう意味じゃよ。お主が欲しい、わしはお主をもらいに来たのじゃから」

「なにを、言っている……?」

「……。ファバルから聞いておらぬか、サイ? わしの愛しい闇、大切な素晴らしい生け贄よ」

 合点がいった。そこまで言われればさすがにサイもわかった。もう十日も前のことでアレの他には一切音沙汰がなかったので忘れていたが、その名は、マシーズ・エナの名は知っていた。

 生け贄を捧げよ。ファバルに宛てて届けられた南の離島エネゼウルから来た木簡書の文句。

 ココリエが女王と叫んだのでそうなのか、とだけ思っていたサイだったが、目にした覚えのある名だった。ファバルに言われて読まされた木簡書にあった署名だった。

 サイを生け贄にと言ってきたエネゼウル国の女王がウッペに来国していた。そしてサイはその女王の見たところたったひとりの供であるツチイエに屈辱の敗北を味わわされ、さらに……。
 その先をサイは考えなかった。恥ずかしかったから。なんだか、戦国に来てから幾度となく貞操の危機にあって、唇は幾人にも奪われている気がしてならないサイは複雑な心境であった。

「では、わしはファバルに挨拶にいくとしよう。サイ、身支度をしておくのじゃぞ」

「なぜだ」

「なぜ、のう? 主はもうわしのモノじゃ。まあ、ココリエ王子ならばわからぬがファバルならば確定的に主はわしのモノとなるしかない。ある種、天命じゃよ」

「なにか、その勝手は。私は」

「主は所詮傭兵。国の抱える大事ではない。惜しまれることはそうかもしれぬがファバルならば、わしの話を聞けば喜んで売ってくれよう。そう、思わぬか、サイ? アレはきつい男じゃ」

 マナの評にサイは黙るしかない。サイはファバルを端から端まで知っているわけではなかったがそれでもファバルの残酷さ、きつさを最近は身に染みて味わっていた。

 ファバルはサイに人間としての感情を認めず、ルィルシエを一時いっときとはいえ苦病に堕とした原因として見ている。サイが生きることを疑問視している。

 ファバルはサイの敵だった。味方で雇い主でありながら、彼は明確にサイを危険視してウッペの害であると認識している。少し前までは温かい部分もままあったが今は冷え切っている。

 たしかにあの男ならばサイの身柄を簡単に売っ払いそうだとサイも納得した。それにそう、ココリエも、息子ですら擁護できない。それほど、最近のファバルはサイに辛く当たっていた。

「では、失礼」

 ツチイエの挨拶でマナが御簾みすをおろして自分の姿をひとの目から隠した。

 サイはそれにちょっとだけ安心した。マナの姿はサイを不安にさせた。深く、果てのない闇を思わせる女だった。美しさと裏腹にサイはマナに深淵を垣間見た気がした。

 マナが車の中の席に戻る音を確認したツチイエがココリエに一礼して御者台に戻っていった。
 男は手綱を振ってイークスたちの首を打ち、再び車を走らせはじめた。サイを庇いながらココリエが呆然と見送っていると車と入れ違うように大きな男が駆けてきた。

「ココリエ様! ご無事ですかい? 町のやつが喧嘩どうこうでココリエ様が巻き添えにって」

「いや、余は大丈夫だ。サイが庇ってくれたから。代わりにサイがちょっと負傷してしまった」

「そう、ですか。しかし、サイが怪我……ですか?」

 やはりサイが怪我をしたというのは普段稽古を一緒にしているケンゴクからしてもありえないことだったようだ。

 大男はサイが左腕に痛々しい切り傷とそれを覆う火傷を負っているのを見て神妙そうにした。
 切り傷はサイの相手が負わせたものだろうが、火傷は女が無理矢理止血したのだろうと思いいたって、相変わらず剛毅な娘だと驚きを更新した。

 ただでさえ痛い傷をさらに火傷の激痛で塞ぐなど人間の精神ではまずできない荒治療である。

「そういえば、さっきすれ違った毒々しい車はなんなんですか? 妙に薄気味悪かったですが」

「そうだ、マナ殿が父上に挨拶と言っていたが連絡はいっているのだろうか、ケンゴク、なにか知らないか?」

「そういやぁ、ファバル様がさっき木簡をひとつ持ってお部屋で神妙そうにしてやしたが……」

 それだ。やはり事前に報せだけはいっていたらしい。あの様子、自信に満ちたあのマナのご機嫌ぶりからしてそれは明白であった。ただ、最後の砦であるファバルの心は窺い知れない。

 ファバルはサイを売るのだろうか? 売らずにいてくれるのだろうか? サイの不安は言葉にでない。不安を見せることは弱さを見せることだとサイは認識している。

 レンにならば遠慮なく弱さをさらけだせるが、ココリエに、ましてやケンゴクにはそんな弱さを見せられない。
 そんな無様さをお披露目できなかった。それが強がりでしかないと知っていてできなかった。

 ウッペの者をサイは信じられなくなっていた。来た当初はもちろん信用ならなかったが、途中から心許してもいいのではないかと思っていただけにファバルの態度に不信感を覚えたのだ。

 ファバルはサイを殺したい。それが伝わってくる。いやになるほどに伝わってきて、苦しい。

 命を望まれない。死を望まれる。戦国に来る以前、サイがずっと身を置いていた孤独な世界の空気がそうで、誰も彼も敵だった。信頼などもってのほかだった。そう、ココリエ、さえも。

「サイ?」

「帰ってみるのだろう」

「ああ、急ごう。サイ、辛かったら背負うが……」

「不要」

 ココリエの過剰な気遣いにサイは一言だけ返して城への帰路を走りはじめた。ココリエがついてくることができる速度で走るサイはこの先を思い、嘆息したのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ