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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

エネゼウル

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ふたり目と結末


「マナは……ああ、あの今では女王となった女の愛称をマナ、というらしくて気軽にそう呼んでくれとはじめての来国時に言われてついうっかり、な」

 うっかり、バカ正直に言われるままに呼んでしまっていた、ということらしい。ファバルにしては苦い表情で王は昔話を語るが、ココリエが訊きたいのはそこじゃない。

「今回、来国なさるのは」

「おそらくでもまず間違いなくサイが目当てだろう」

「初回が父上の幼少期とはいえ、それでも図々しすぎませんか? 代価を払えばなんでもだす、などと思われては」

「……。お前が気になっているのはそんなことか? そこではないだろう、ココリエ?」

「え、と」

「私がサイを渡すかどうかが気になっているのではないか? おそらくお前の人生で最も今、緊張しているだろう。へたくそな誤魔化しは、要らんから……な?」

 先に釘を刺されたのでココリエは呻く。ココリエは今、ウッペを軽んじられることなどどうでもいい。

 サイのことだけを思って、想っている。愛しい者を、サイを知らない異国にやるのがどうしても苦しくならない。

 それになによりカヌーのことがある。今、サイを孤独にするのは躊躇われる。ひとりにした瞬間、悪戯な風で吹かれてサイは散ってしまうかもしれない。

 そんなに儚くて弱い者ではないだろうが、それでも、どうしても不安だった。サイを今、手元から離すのは怖い。なにかがとにかく不安で仕方なかった。
 そばにいるから安心というわけでもなかったが、それでも様子が知れるのはいいことだった。

「サイを手放すのは私も惜しいと思う。なにせ、今や戦国の新しい柱。天にある狼と名をはせる女戦士だ」

 それでもファバルが悩み、困っているのはその軽挙妄動が国に与えるだろう厄のせいだった。

 サイという一大戦力を他国に渡すのは勇気がいる。そこにいかほどの利があったとしても安易には決断できない。しかし、それで国に不幸が起きるとしたらファバルは王として決断する。

 責任ある立場の者としてきちんとするつもりだった。

「でなければ私はひょっとするとフォノフの悲劇を繰り返すかもしれない。それを思うと、な」

「伯父上が、どうかなさいましたか?」

「そうか、覚えていないか。いや、無理ない。お前はまだ赤子だったからな。そう、なにから話したものか……」

 ファバルは話を整理するのに少しだけ間を取った。そしてそれから話してくれたのはココリエにとって初耳の出来事だった。寝耳に水のようだった。

 マナに最初の生け贄を渡して十年後の冬の候。

 十七歳となったファバルはアザミを妻として娶り、ココリエを授かって幸福だった。兄フォノフも結婚すればよかったのに、なぜか相手に恵まれず父が許可しなかった。

 秋の候に王族たちは健康診断を受け、結果は後日送ってほしいと言って慌ただしくウッペに帰った年のことだ。

 フォノフに微弱な、それでも日々強くなりつつある闇属性が見つかったというのが検査でわかった。
 フォノフは基盤となる光闇の属性がなかった。なので、他の属性も結びつきが弱く、全体的に弱々しかった。だからそれが現れはじめたのはよいことの筈だった。アレが、来るまでは。

「二回目だ。あの書がやってきた」

 南国の木を削ってつくられたほのかに香るそれ。木簡書が南国鳥の片足にくくられてやってきた。届けられた書にフィニアザは真っ青になった。

 ココリエを危うく取り落としそうになるほどフィニアザ主上は驚愕した。フォノフに宛てて届けられた書。だが、フィニアザはフォノフなど比べようなく緊張していた。

 内容は一回目の時と同様であった。生け贄を捧げよ。

「フォノフは誰のことかわからなかった。だが、同時にまさか、と身構えるだけはしていた」

「伯父上に闇があったからですね?」

「そうだ。ひょっとして、という可能性で私はお前を疑ったが、誰がどれだけ調べてもお前は光だった。だから、父も兄もまさかだと思っていた。なのに……」

 書には闇の表出を祝う言葉とすぐに見にいくと言葉が綴られていた。そして、来た。再び来国したマナは少しだけ大人びていた。十年経って、彼女はことさら研かれて美しくなっていた。

 歓迎されることもないウッペに出向いて女はフォノフに挨拶もほどほどに開口して二か、三番目にはそれを言っていた。フォノフに向けて、それを言った。

「『フォノフ王、お主が欲しい』……とな」

 マナの発言に会合の場は硬直した。一国の王に向かって、王が欲しいなどと恐ろしい発言だ。

 なのに、マナは特に身構えることもなく余裕綽々でフォノフを見据えていた。その目は獲物を狙う目だった。フォノフという闇を手中に堕としたいという願望がマナの蒼瞳に輝いていた。

 とても美しい姿であるだけ余計に迫力があった。だが、いかほどに迫力があろうとも……。

「兄は、断った」

「それは当たり前のことでは? だって伯父上は王で」

「そうだ。フォノフは王だった。兵士のこどもとはわけが違う。フォノフがいなくなることは結果、ウッペに損失だと判断しての返事だった。だから断った」

 断った。そこを言う時ファバルは暗い顔をしていた。ココリエが疑問に思って見つめているとファバルは深く息を吐いた。それは後悔の色に染まっていた。

 なぜ父親が後悔しているのかココリエにはわからず、どうしていいか迷った。しかし、すぐに自分の記憶にはない過去のことを聞く姿勢に戻っていった。

 ココリエの態度を見てファバルは重い息を吐き、教えてくれた。フォノフの断りを聞いたマナが言った言葉を。

「マナは言った。『フォノフは我がエネゼウルに来なければ死ぬ』……と、そう言ったのだよ」

「そんなバカな……父上?」

 ココリエはファバルの発言に笑おうとしたがファバルは瞳を緩めもしない。沈痛な面持ちで現在のウッペ王はその時のことを思いだして激しい嫌悪を抱いている様子だ。

「お前の意見は当時の私の意見と同じだ。フォノフは面食らっておったが私は一笑に付した。父は真っ青だったよ」

 笑っているファバルに驚いて呆けているフォノフの王族兄弟。ふたりの父親であるフィニアザは顔面蒼白で言葉を聞いていた。マナはファバルの爆笑ににこりともしなかったという。

 女は笑わず、三日ほどウッペに留まってフォノフの答を、最終結論を待っていた。が、四日目の朝になってそろそろ暇すると言って帰国しようとした折、フォノフに最終通告をくだした。

「あの女はこう言った。『死にたくなければわしと共に来い。数年に一度はウッペ帰国を許す』」

「どうされたので……ぁ」

 言葉の途中でココリエの瞳にひとつ気づきが浮かぶ。ファバルの兄王であったフォノフは夭逝した。それはつまりそういうことなのだろう。フォノフ王は、断った……?

 ココリエの理解にファバルは頷いた。それは肯定。続きを語るファバルはやはり沈痛な顔をしていた。

 それはマナが帰った翌日のこと。

 朝の早くにファバルはフォノフに用事があって白い息を吐きながら王の寝室に向かっていた。
 冬も本番かと思い、悠長そのもので兄にいつも通り声をかけて部屋の襖を開けた。そこにいつも通り低血圧の兄が寝ていると思って布団をめくってファバルは硬直した。

 フォノフはとうに冷たくなっていた。布団の中にあったのはフォノフではなくかばね

 ファバルは呆然として兄の灰色になった唇を見つめて驚きにただただ固まった。そうするうちにファバルのにぎやかな足音で目を覚ましたフィニアザがやってきてファバル同様固まった。

 変わり果てた息子の姿にフィニアザは言葉がでてこなかった。ひたすらに驚き、狼狽えた。
 しかし、すぐ、国内貴族のもとに往診に来ていたカシウアザンカの医師を呼んで死後処理をしてもらった。来てくれた医師の話ではフォノフは急性心臓死と診断された。

 心臓が急死したことで脳に酸素がいかず、眠ったままに息絶えた。苦しみはない安らかな死。

 だが、その時ファバルが一番に思ったのは、思いだしたのはマナの言葉、予言だった。

「父の懸念は思い過ごしではなかったのではないかと、私はその時になってようやく思いいたれた。つまらない邪推だと思わず、兄にいけと言うべきだったのではないかと思ったのだが」

 それはいささか以上に手遅れな思考であったとファバルは暗い表情で言った。その瞬間にファバルは思ったことがあったそうだ。それこそ邪推だが、邪推ではない。

 エネゼウルという国にはなにかある。不吉な、本当に闇のようななにかがあるのではないか。

 そんな思考に囚われた。

 フォノフの死後すぐ届けられた死に手向ける花束と悼みの金の包みがことさら不気味だった。
 白と黄のプローチの花束。そこに一輪刺された彼岸花ロニシスはエネゼウルの国花だったと記憶していたのでさらに、上乗せでファバルは鳥肌が立った。気味が悪すぎた。

 だからファバルは悼みの金が包まれた袋と花束をかなり罰当たりな気もしたが兄の亡骸と一緒に燃やしてもらい、骨壺に入れてウッペ王族の墓所に葬ってもらった。

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