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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

トェービエ

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湖の底で……


 トェービエの城をでた三人はセネミスの案内で慣らされた道を進んでいき、やがて昏い雰囲気を纏った森の入口に到着した。森の木々は陰気な濃い緑の色で陰鬱な空気でそこに立ち並ぶ。

 呪い、などと陰湿なものを取り扱う黒巫女の国に相応しいというとアレだが、似合いである。

 セネミスはココリエ如きの脅しに屈してしまったことにむすっくれて不機嫌そうにしていたがそれでもそれを態度にだしても言葉にはださなかった。

 油断がなければココリエ如きなんでもないだろうが、それでも男と女の差はいかんとも、し難い。サイほどの戦士ならいざ知らず、呪詛に長けただけのセネミスではココリエに負ける。

 戦国の王子たちの中では一番貧弱でも、男で戦士だ。戦闘に関わってこなかったセネミスにココリエの相手はできないし、今のココリエ、彼にこそ油断がない。

 もう安易に触らせてはくれない。

 触れることさえできれば、ウッペの兵たちにしてやった猛毒の呪詛をかけてやれるのだが、ココリエは王女の呪詛を警戒してセネミスの背を刺すように睨んでいる。
 背中にチクチクとそれを感じているセネミスは到底叶わない可能性と思ったし、今ここでココリエを呪いはじめてはセツキが黙っていない。

 ウッペの武将頭はココリエ以上に警戒して片手に武器を持つ。噂に聞いたセツキの《戦武具ソクリメッソ》、《厭悪呵責えんおかしゃくのプルスディク》が陰鬱な雰囲気の森を眼前にしても白々と輝いていた。

 純白の美しい武器だったが、セネミスには脅しを超えて恐ろしい得物だった。戦国でもなかなか到達した者がいない雷属性の極み。武装を易く装備している鷹は怪物。

「こっちだぜ」

 そんな怪物に脅されているのはなかなかに恐ろしいものがあるな、とセネミスは他人事のように考えたが、ココリエの視線が案内の先を促してきたので口を開いた。
 一言発してセネミスは止めていた足を再び先へ、森の中へと進ませた。後ろをウッペのふたりがついてくる。

 セネミスに案内されるまま進むふたりはウッペとは違った雰囲気の森、自然には目もくれない。ただサイのことだけを想い、心配して王女の案内に従った。

 しばらく王女は森の整地された道を進んでいたが、急に立ち止まったと思ったら道をふたりに譲って、先を指差した。セネミスが指差した先からかすかに水のにおいがただよってくる。

「ここがミスミミソギ湖だ。サイの体は湖の中央、くぼんだ場所に安置してある」

「溺死させた、わけではありませんね?」

「ねえよ。サイはわっちの調合した特殊な呪薬を飲んで仮死状態になっている。薬の効果で湖の中だろうと普通に息をしている。生きてはいる。安心しな」

 安心しろと言ったが、ココリエはもちろんセツキも不審に思った。黒巫女はてっきりサイを呪殺するつもりでいると思っていただけに安全に生かしているのは不自然だ。

 その不自然さをセツキが問い質す前にセネミスが口を開いていた。王女の声には真剣な色味。

「サイは現在冷凍仮死状態だ。目覚めさせる為の手がかりはサイを湖から引っ張りあげられたら教えてやるよ」

「なにか仕掛けでも?」

「……ふん。おめえでもココリエでも生きている者の呼気を吹き込んでやれ。凍っちまった肺を溶かさねえと湖から無理矢理あげちまったらそのまま呼吸困難で死ぬぜ」

 言いながらセネミスは懐を探ってなにかを取りだした。セツキが警戒したが、セネミスはそのセツキにそれを渡した。それは変哲もない薬瓶だった。瓶には『体に熱を』と書かれている。

 セツキは用途など訊かなかった。サイは冷凍仮死状態。冷たく凍えて仮死状態にある。ならば、その体に熱を供給させなければそのまま死んでいく。

 セツキがセネミスを見ると、女は湖があると言った方角を見つめていた。セツキが振り返るとココリエはもうそこにいなかった。王子はとっくに先に進んでいた。

 セツキがあとを追いかけはじめるとセネミスがついてくるのが見えた。鷹は王女を無視した。
 森の木々が開け、そこには巨大な湖が広がっていた。雄大なその湖のほとりに細い男の姿。ココリエは湖を半分以上睨みつけてその中心を見ようとしている。

 その背中にセツキが追いつき、青年と同じように湖を見た。そこは思ったよりは浅いようで淡い色の水を広く湛えていた。セツキの視線の先、湖の中心部分に布のようなものが揺れる。

「サイ……?」

 セツキとココリエの声が揃って同じ音を吐いた。そこに果たしてふたりの探して求めていたひとがいた。

 湖の中心でサイが眠っている。体の各所に取りつけられた鎖が女を湖に縛っていた。両手は祈りの形にさせられ、形が崩れないように鎖で縛られている。
 見た限り、女は静かに眠っているように見えた。だから、ふたりは疑問だった。

「セネミス様、あなたはサイをどうするつもりだったのですか? これはまるで……」

「湖に納棺しただけに見えるってか? そうさ、わっちはただサイを呪って眠らせただけ。だがその眠り方は死を連想させるに充分。あとは、阿呆でもわかっだろ?」

「……私たちがサイを殺す予定だったのですか。死んだように眠っているだけの彼女を勘違いから我々が葬り、我々こそがサイを殺してしまうと、そういうことですか?」

 問いかけるセツキだったが声には確信があった。セネミスの狙いに気づいた鷹はいやなことを聞いたとばかりに苦い顔をした。しかし、それでも疑問は残る。

 なぜ、教えてくれたのか。呪いの依頼主が誰であろうとそれはサイの死を望んでいる。なのに、その意思に逆らってセネミスの黒巫女としての高名さはかすまないのか。
 王女の意味不明さにセツキが首を傾げていると隣から衣擦れの音。ココリエはサイの現在地を確認し、セネミス王女の示す解呪の手順に従って動きはじめていた。

 上着を脱いだココリエはいい生地を使ってつくられている袴のままで湖に入った。

 湖の冷たい水の温度が青年を刺す。夏本番も間近だというのにその水温は冬のものに等しい。
 ピリピリと肌を刺す冷たさにココリエは一瞬だけ顔を顰めたが、すぐに表情を引き締め、酸素をたっぷりと、肺いっぱいに吸い込んで湖にもぐった。

 足下までだった水が一気にココリエの全身を包む。
 冷たい水に頭までしっかりつかったココリエは両手で水を搔いて水中に繫がれているサイのもとを目指した。

 浅い、と思った湖はもぐってみるとまた違って深い。

 サイのところにたどり着くまでのわずかな時間が異様に長い気がしてならないココリエだったが、やがて女を縛っている鎖に触れた。鎖に掴まって一気に近づく。
 サイの唇からは小さなあぶくが漏れていて本当に水中なのに息をしているらしいと知れた。

 ――サイ、そなたはただ眠っているだけ。そうだな? 頼む、目覚めてくれ。

 ひとつ、念じてココリエはサイの唇に自分の唇を当てた。女の口を塞いだ青年は眠っている女に呼気を送る。
 ココリエは肺に溜まっていた酸素を全部サイに渡し、数瞬だけ耐えてから湖の底を蹴った。

「ぷはっ」

「ココリエ様」

「どういうことだ、セネミス!」

 水面を突き破って湖から顔をだしたココリエが失った酸素を取り込んでいるとセツキが同じように上着を脱いで湖に入ってきた。そのままココリエを引っ張ろうとするが青年は拒否した。

 そればかりか、セネミスに怒りをぶつけるようにして怒鳴った。ココリエの顔にはかすかな赤。人工呼吸でもサイの唇に触れてしまったのを恥ずかしく思っての赤面。

 怒鳴られたセネミスは袖口にしまっていた煙管を再び取りだして煙草を詰め、携帯煙草盆で火をつけた。煙草の煙を吸い込んだ王女は紫煙を吐きだしながらなんでもないように言った。

「なあ、訊くがよ、サイほどの女を仮死に追い込んでいる呪いが一回程度でどうにかなると思ったのか? 甘ぇ、クソ甘ぇよ、ココリエ。わっちを誰だと思ってんだ?」

「貴様……っ」

「ふん。解呪の手助けをしてやっているんだ。感謝されこそすれ恨まれる筋合いはねぇぞ。それとも、もう息が切れちまったかい、王子様?」

 嫌みったらしくココリエに話しかけるセネミスは調子を取り戻していた。美しい女は湖の底に沈んだままの美女を煙管でさす。王女の言葉が静かに響く。

「サイの肺が充分にあったまったら鎖が切れるようになっている。そしたら引っ張りあげ、これを飲ませて凍えちまっている体に熱を沁み込ませてやんな」

 これ、と言ってセネミスが指差したのはセツキが預かった薬。紫煙を吐く王女の顔には退屈。

 セツキはココリエを心配して薬をほとりに置いてきたが、セネミスはそれをどうこうする気がないようで、煙草を吸いながら欠伸している。
 王女の手順説明にココリエは神妙そうにしたが、すぐに呼吸を整えて再び酸素をたっぷりと肺に溜めてからもぐった。今度は先より早く到着し、ココリエはサイの口に息を吹き込む。

 息を吐き切ってこれ以上は、というところでココリエの肩に誰かが触れた。振り向いたココリエが見たのはとても美しい男だった。セツキがココリエに目で合図し、サイの鎖に触れた。

 ココリエは息の限界を感じていてもつい、見入ってしまった。セツキの唇がサイに触れる。

 そのまま、男は女に呼気を送る。ちょっと、というかかなり見てはいけないものを見た気分になったココリエは湖の底を蹴った。両手で水を搔き、足を動かして水中を移動するココリエが水面を突き破って呼吸を整えていると遅れてセツキが顔をだした。

 が、セツキはほんの数回呼吸してすぐに水中に戻っていった。そこにはセツキの想いの強さがある気がしてココリエは胸が苦しくなった。こんなものをずっと抱え込んでいたのか、と。

 しかし、想いの強さならばココリエは負ける気がしない。ココリエも呼吸を整え次第、湖に戻った。冷たく痛い水が肌を刺すが構わない。

 ふたりの男はただただサイを目覚めさせる為、それだけを目指して湖にもぐり続けた。

 ココリエとセツキが潜水と浮上を繰り返してしばらく、ようやく希望が見えてきた。サイを縛っている鎖が欠けはじめたのだ。水中で鈍い音を立てて鎖が壊れていく。

 確認したココリエがこれで最後とサイの口を塞ぎ、あぶくひとつも逃さないように女の口に呼気を送り込むと、それが聞こえてきた。

 ガシャン、という音。鎖が砕けた音だった。サイを縛っていた鎖が粉々になっているのを見て、ココリエはサイを引っ張ろうとしたが、息が限界でセツキに任せた。

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