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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

トェービエ

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湖への納棺


「よっしゃ、鎖はきちんとつけたね? 沈めな」

「はっ」

 ボショの森。ミスミミソギ湖に数人の男たちとこの国の王女が集まっていた。王女セネミスの合図で湖の中央に鎖で縛られた女がひとり沈められていく。

 胸の前で両手を組ませてその両手を鎖が雁字搦めにしている。そのまま棺に入れられるような格好にさせられた女、サイの体がこの季節にも冷たい湖の水にひたり、少しずつ沈んでいく。

 隠者いんじゃたちはセネミスの指示するままに鎖を少しずつ緩め、サイをゆっくりと湖に沈めてゆく。サイの体は湖の水面、その下にいき、巨大湖の中央部分にある大きなくぼみの中に安置された。サイを沈め終わって男たちは緊張を緩めかけてセネミスを窺う。王女は渋面。

 だが、見られていることに気づくとセネミスは首を左右に振ってなにかを振り払った。女は手をひらひらさせて解散を合図した。従って隠者いんじゃたちが消える。
 セネミス王女はひとり湖のほとりに残った。そしてサイを沈めさせた湖を見てため息を吐く。

「すまねえな、サイ」

「見事な手際でできだな、セネミス王女」

 湖に沈めた女にセネミスは謝った。静かに謝罪するセネミス王女の独り言に誰かがなにを言うでもない筈だった。それなのに、王女の背後で冷たい声がした。

 その声に王女は聞き覚えがあり、鼓膜がその音を捉えた瞬間、気分が悪くなった。
 最低な気分でセネミスが振り返る。

「ふん、でてきやがらねえのか、クズ野郎」

 そこには誰もいなかったが、セネミスは悪態をついた。

 クズ野郎と、声の主を罵ったセネミスは吐き気を堪えて森の闇を見つめた。木々の闇の中に立っている誰かがいるが、姿形までは捉えられない。

 だが、たしかなことでその誰かは嗤ったような気がした。半月のように歪めた嘲り深い唇でセネミスを、さらになによりサイを笑った男の声は満足そうだ。

「おめえの要望は一応果たしたぜ」

「ああ、では約束だ。こいつを譲ろう」

 闇の中にいる誰かがなにかをセネミスに投げる。

 危なげもなく片手で受け取った王女が確認するとそれはなんでもない小瓶だった。ひとつ馴染みないのは小瓶の肌に貼られたラベル。そこには女に読めない異国の文字が羅列されていた。
 瓶をくるくるとまわして一周見てみても桜語ツェルジィスはひとつもない。使用方法もわからない。

「飲ませるなよ。香炉で焚いて気化したものを鼻から吸入させろ。普通に飲めば劇薬と同じだ」

「そうかい。ご親切にどうも」

 セネミスが使用方法を探っているのを見た闇が使い方を教え、セネミスは嫌みっぽく返した。

 王女の態度に闇はせせら笑う。ことごとく不快になれる笑声に王女は激しく気分を害された。

 それでも、どんなに闇が、相手のことが気に入らなくてもその薬はセネミス、彼女が喉から手がでるほど欲しかったもの。奇病でとこに臥した父を快復させるのに絶対必要だった。

 例えそれで無垢を殺してしまうことになったとしても構わなかった。誰かにとっての唯一がどこかの誰かであるのと同じでセネミスにとっては父が唯一の肉親だったからどうでもいい。

 父に代わる者はない。いつかは別れることになるが、それでも今は困る。今、王である父にいなくなられると諸々と支障がでてきてしまう。回避しなければならない。

「解呪方法は教えるぜ。一歩手前までな」

「ああ、好きにするといい。どうせ、アレを、『器』を想う者などいない。本当に心から愛することなどない」

「いやな野郎だぜ、おめえは。だからおめえはわっちに目をつけたのか? わっちの呪詛を解くには必ず想いが必要。だからおめえはわっちを利用するのにお父上を」

「ははは、なんのことだ?」

「ちっ、白々しい上に忌々しい野郎だね」

 舌打ちしたセネミスは闇に沈んでいる誰かを睨みつけるが、それは笑うばかり。嘲るばかり。
 相手の態度にセネミスは反吐がでそうになったがなんとか堪えて湖を指差して闇に忠告した。

「くれぐれもちょっかいかけるんじゃないよ。へたなことされちゃせっかくわっちが構築した呪詛が台無しになっちまうかんな。そうすりゃおめえも残念だろ」

「なんだ、重ねて呪えるかと思ってでてきたんだが」

「んな都合のいい話があるかよ。そんなことすりゃどこかに綻びが生まれる。それは亀裂になってすべてを歪める。呪詛ってのは本来そういうものだ」

 同じ対象に同じ呪いを重ねることはできても違う呪いを混在させるのはかなりの難度だ。セネミスはだからこそ他人の中で種の呪詛を増幅させてサイに移した。

 呪いとは本来受け入れられない。なるもの。ひとつ呪うだけでも普通の人間には難しい。呪おうとした術者が逆に、というのも術者の間でない話ではない。呪い返しにあうのだ。

 サイの中にはすでに強力な呪いが息づいていた。人間では到底こめられないぐらいに強烈な念。呪詛と共に育ったセネミスでも思わずその強さには戦慄した。

 サイを徹底的に壊して殺す為の呪詛。それは無慈悲に残酷に女の中に息づき、根づいていた。
 だから、もう助からない。サイは近く必ず死ぬ。そういう業を宿命づけられてしまっていた。

 憐れも憐れ。隠者いんじゃが拾ってきた情報と実際に見て、セネミスはサイを憐れんだ。可哀想な娘、と。

 だから、セネミスはそこにいるのが苦しかった。自ら指揮を執って沈めた。それでも本心ではやりたいわけではなかった。サイが憐れでならなかった。なにも……恋も知らない無垢な娘。

 湖から王女が去っていく。闇はいつの間にか消えていた。そして、訪れたのは……静謐。

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