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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

トェービエ

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ふたりとひとりの合流


「はぁ、はあ、まったくとんだ荷物だ」

 中性的な声が文句を吐く。ネンシ樹海の中に声が落ちていく。それはまだ若い女の声だった。

 東国ウッペの国色である若葉色の衣を着ている女が樹海を歩いていた。サイだ。美しいウッペの女戦士は時折、木の幹に手を当てて苦しそうに呼吸した。

 朝はずっと降り続いていた雨がやみ、雲の切れ間から晴れが見えるまで待ってサイは休息地から念の為にココリエを連れて樹海へ舞い戻っていた。

 今夜の薪だけ、と最初は思っていたが呪いと解呪が五日よりも延びた場合に食料が必要なのと水が必要と考えた。ココリエを放置せず連れてきたのは探索に時間がかかることを想定しての結論。

 ココリエとついでにサイは食料も自分の最初に着ていてココリエに貸していた着物に包んで運んでいる。

 なんなら樹海から離れ、拠点に戻る腹積もり。あの爆撃を受けていた拠点が無事かどうかは置いておいて、あそこに帰ればとりあえず飲食に関して困ることはない。

 初日にトェービエ入りした時にサイは地形の把握をしにでかけたが、こんな樹海がある場所まで来なかった。近くの山と渓を見てまわっただけで済ませた。

 それで充分だと思っていたし、セツキに報告したら『どこまで演習にでるつもりですか?』と嫌みを言われたりした。その時、あの晩のことは夢だったのかと思った。

 あの鬼のようなセツキが甘えてくるなどと。やはり夢、とサイはくだらないことを考え、ため息を吐いた。

「ぐ、ぅ……っ」

 樹海を順調に南方向に進んでいたサイは突然胸に痛みを感じた。ドクドクと疼くような痛み。

 女戦士の額に脂汗が滲み、女の足が止まる。

 近くの木に手をついて休憩するサイは先から十分に一度こうして休憩を取っていた。通常、滅多なことではびくともしないサイが、である。

「はぁ、はっ……はぁ、よいしょ、っと」

 休憩中に背に負っていたココリエがずり落ちてきたのでサイはひとつ声をお供に青年を背負い直した。そうしなければ力が入らない、というのは致命的にまずい。

 サイは疲労していた。疲れて体力が落ちている。呪いが移ってきているせいか体力の消耗が異様に激しいような気がしているサイだったがそれでも進み続けた。

 そうしてしばらくいくとまた巨大な木が根本にぽっかりと穴をあけているのが見えた。

 空を見る。まだ夕暮れには早いが、それでもこの調子ではいくらも進めないと判断して休むことにした。

 中に獣のたぐいが巣をつくっていないかどうか、探るのにサイが穴に石を投げ込もうとした。

 その時だ。急になにかが穴から這いだしてきた。

 咄嗟に敵かと思って身構えたサイは相手を見て呆けた。それは相手も同じだった。ぽかんとしてサイを見ているそれはよく知った男の顔をしていた。

 抜けるような白い肌に素晴らしく整った部品が揃い、美貌をつくっている男。先ほど思考にあげたセツキだ。

「セツキ……?」

「サイ? ……ココリエ様っ」

 セツキを確認したサイ。セツキもサイを確認し、構えていた武器をおろした。そして、すぐ女が背に負っている者に気づいて寄って来た。

 すると、また急にまたサイの胸に痛みが走った。

 膝をつきたかったがココリエが泥まみれになる。そうなったら叱られる。思ってサイは踏ん張って堪えた。

 セツキはサイの様子に不審そうに首を傾げたが、女がなかなかの大荷物なのを見て背中のココリエを受け取ろうとした。が、サイはセツキの首に凶器を突きつけた。

「サイ?」

「問う。お前があの晩、私に馳走してくれた茶は?」

「……。モノモの渋茶とハルツユの美茶」

 サイの突然の質問にセツキは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに納得の顔になって答を返した。サイはセツキの答にひとつ頷き、食料と水を詰めた着物を投げる。

 受け取ったセツキがサイに視線で説明を求める。サイとココリエがセツキたちからはぐれた時、こんな荷物を持ってなどいなかったと記憶していた為だ。

 サイはセツキの問いにひとまず答えずにセツキがひそんでいた穴に入った。中は湿ったにおいがしている。

 洞穴の奥の方にココリエをおろしたサイは横の方に寄って背中を壁に預けた。あとを追ってきたセツキが洞穴に入り、サイの様子に首を傾げた。

「サイ、息があがっていますが?」

 今までいったいなにをしていたのか、というセツキの暗なる問いにサイは答えなかった。と、いうよりは呼吸が乱れて答えられない、というのが正しい。

 サイは答える代わりにセツキに懐に入れていた紙を渡した。セネミス王女から譲られて、もらった解呪規則書。

 男が受け取ったのを見たサイはやっと安心して瞑目し、本格的に休憩を入れる。背を預けてずりずりと座り込む。

 サイが休憩を入れているのを見てセツキは物言いたげな顔をしたが、サイが寄越したものを読み、目を見開いて驚いた。男の美貌には信じ難い、という色がある。

「サイ、これはどういう」

「ココリエが呪われている。やっているのはトェービエ王女、セネミス。当人が黒巫女を名乗っていた」

「なぜ呪詛使いとして高名な黒巫女セネミス王女がココリエ様を? それに解呪に口づけが必要とは……サイ? あなたのその疲労、もしや、解呪儀式を」

「……すまぬが、それでも私しかいなかった故。したくてしているわけではないので見逃すがいい」

 そこじゃない。セツキは咄嗟に突っ込めなかった。
 サイの瞳に真剣な光を見つけていた為だ。

 女戦士は真剣に解呪に取り組んでいる。それこそ自分の命を削る勢いで。潔さと覚悟のすさまじさにセツキは戦慄した。いくら主君の為とはいえ、黒巫女の強力な呪を解除するなら命を十個懸けても足りない。そこに挑んでいるサイはやはり化け物じみている。

 胆力云々で片づけられない気がしてきた。

 サイは本当に強い。

 しかも、解呪に口づけが必要でもこの様子。はぐれて二日も経っていないのに解呪者のサイがこれほど弱っているならばもう二、三回は済ませている。

 セツキはサイを刺激しないようにそっと近づき、女の額に触れてみた。女は抵抗しない。

 よほど疲れているのだろう女の額は燃えるように熱かった。女は解呪によってひどい熱をだしていた。

 ココリエがどんな風邪を引いた時でもここほど熱くはならなかっただろう熱にセツキはサイを横にしようとした。

「いい。私に構うな」

「サイ、ですが」

「私よりココリエはどうか。また、凍えてないか?」

 また、と言うからにはココリエはサイが心配するほどに凍えていた瞬間があったのだろう。

 解釈したセツキはココリエを確認する。

 だが、青年は胸を上下させて平穏そうに眠っている。顔に這っている呪詛式を除けば、呪いの『の』の字もない気がしてならないセツキはサイを見つめる。

 だが、サイは油断なくココリエを気にかけている。赤い顔で細く息を吐いているサイは横になろうとしない。頑なに、なんでもないとばかりに拒否し続けた。

 こうなったら言うことなど聞きはしない。

 セツキはサイを休ませるのを諦め、ため息。本当に頑固な娘だと思い直したセツキはサイが投げて寄越した衣の中身を確認する。おおよそ三日分の食料と水があった。

「それもセネミスからの施しである」

 この食料というか兵糧の詰まった衣をどこで拾ったのだろうと思っていたセツキにサイが察して答えた。

 苦しそうな女は壁際から立ちあがってセツキに近づき、外を窺い見た。太陽が黄金の色味を帯びているのを見てサイはセツキから衣を取った。
 水筒と干し肉、ケプヤを取りだしたサイはセツキに背を向ける形でココリエのそばに座る。なにをするのか知ってセツキは複雑な気分になった。

 規則書を見る限り、呪われた者は今現在自力で飲食できない。解呪者の口移しが必要なのだ。

 サイの口移しが今、ココリエの生命線。

 サイは高熱のせいだろうが、少々ふらふらして見えた。それでも気丈に干し肉をしっかりと噛みはじめた。

 力をこめて硬い肉を噛んでいた女の口が徐々に細かく肉を噛みはじめる。ほぐれてきた肉をサイはココリエに口づけて食べさせはじめる。

 すると、セツキの持っている紙からなにか知れない力のようなものが放出されてサイに向かった。禍々しい気配。

 邪悪ななにかはサイの腕に絡まった。肉が焼ける音がしてサイが苦鳴を漏らした。女が腕を押さえる。

「サイ」

「問題ない」

 問題ないと言ったサイだったが、語尾は震えていた。

 無理をしている様子がありありと伝わってセツキはつい心配で、サイの肩に手をやったが女は拒絶した。

 セツキを拒絶したサイは調理済みで冷めたままのケプヤを一口分齧って噛み、ココリエに食べさせる。

 サイの口移しでの食事にココリエは反応しないが素直に飲み込み続ける。最後、食後に水を飲ませたサイはそこでようやく、そこまで一気にやり終え、一息入れた。

 ココリエから離れて食料の衣を探ったサイはココリエには三切れ与えた干し肉を一切れとケプヤを半分にして取りだし、洞穴の横に移動。自分の食事をとりはじめた。

「それしか食べないのですか?」

「多少の動なら、これくらいで充分である」

「サイ、あなたはご自分で思っている以上に消耗しています。食事はしっかりとらねば倒れますよ? あなたが」

「私が倒れてもセツキがいる。その時は私の口に無理矢理食料を押し込んで噛ませ、ココリエに口移しさせろ。この調子では私の精神と肉体もすぐに衰える。ここで会えたことは僥倖である。数少ないココリエの幸運だ」

 危うく、ココリエが餓死するところだったとばかりのサイは自分自身のことなどどうでもよさそうだった。

 自分自身のことを一切顧みない。ココリエの為にだけ今のサイは在ると言わんばかりの態度。

 ココリエの解呪に必要な生け贄のように自分の心身を取り扱っているサイにセツキはやはり怖くなった。

 年齢的にはまだ親の庇護が必要な少女の域であるというのにここほどの覚悟……なかなかいるものではない。

「サイ、せめてもう一切れ肉を食べておきなさい」

「いい。疲れるし面倒臭い」

「このくらいのことを面倒に思ってどうするのです」

「それはそうと、数は減ったか?」

 数? なにのことだろうか、とセツキが首を傾げたが、サイは紙を寄越せ、と言いたげに行動。

 セツキから紙を取り、裏に返して女はほっ、とひとつ安心した様子で息を吐きだした。

 返された紙切れ。

 セツキが裏に返してみると、そこには『九』の数が書かれていた。禍々しい赤いインクが不気味に輝くのを見てセツキがサイを見ると、女はさらに弱って見えた。

「サイ、この数は」

「おそらく想いのある口づけのたびに減っていく。食事をとらせたいと思う気持ちを計上してくれるので助かる。私は……『想い』がわからないからな」

 サイが何気なく言った言葉にセツキは言葉が喉に詰まった。想いがわからないと、言った。

 サイは想いを理解できない。ただ朧なところで主君を案じ、食事をとらせたいと思いやる程度は理解できる。なのに、それ以上のことをサイは理解できない。

 サイがそれを知る機会は彼女の人生になかった。

 ただひとりに想われるので精一杯だった。それ以上など抱えられず、また与えられなかった。

 セツキはサイの話を鵜呑みにするわけではなかったが、ただ疑ってはならないものを知っていた。サイの妹への愛を疑うことだけは避けようとセツキは思っていた。

 妹へ向けた無上限の愛。至上であり、唯一の愛情を疑ってはさすがのサイも緒が切れるというもの。そればかりは絶対に疑ってはならないとセツキは決めていた。

 自身の中にある感情、蓋をした筈の感情が再び沸くようだったが、セツキは鋼の意思で堪えた。

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