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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

トェービエ

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黒巫女の施し


「よお、いい隠れ家をつくったもんだな、サイ」

 ココリエが死んだらどうしよう。そればかりを考えているサイがまたため息を吐きかけたが、それより早くに草を軽快に踏む足音が聞こえてきた。

 物音にサイが警戒し、右手に純白の短槍ジスカを創造して構えた。入口に敵が顔をだしたら、瞬間顔面に風穴を開けてやるつもりでいたサイは聞こえてきた声にはてな。

 どこかで聞いた。どこで聞いた? それは、知っているようで知らない女の声だった。女はサイが警戒しているのを知って警戒し、入口を覗き込みはしない。

 賢明な判断。そのことからこうした戦士の駆け引きに通じている人物であると思われた。女の声が笑う。

つらだしな。いいこと、教えてやるぜ」

 女の声であるのに、喋っている、使っている言葉は男のもののようだ。男らしいというわけではなく、単純に粗野な言葉遣いの変な女。

 それなのに、言葉の端々になんとも言えない気品がただよっている感じがして、サイは違和感を覚えた。それは、前にもどこかで感じたことがある雰囲気だ。

 サイは自分のそばにあるココリエの体を振り返り、彼がいまだに気絶したままなのを確認してゆるりと立ちあがった。入口のそばに寄っていき、外を探る。

 そこにあるのは女の気配のみ。それもある意味無謀な気がするが、かなり余裕を持って赴いているのだろう。でなければ女が樹海にひとりというのはありえない。

 サイは慎重に草を搔きわけて一瞬で外に飛びだした。草が突風に吹かれたように散るが構わない。飛びだしたサイの目標は女ひとり。それはすぐ目に入った。

「さすがは次期戦国の柱。このわっちがかける隙もねえのかい。恐れ入るね、まったく」

「……お前は、あの時の」

 女を目の前にしたサイの瞳が揺れる。そこにいたのはある意味で知った姿だった。美しい女。黒髪に黒瞳、北国に似合う色白い肌。真っ赤な紅を塗った花弁はなびらの唇。

 それはあの雨天にもかかわらず行われた城下町視察時にココリエが話していた女だった。名前はたしか……?

 サイが首を傾げる。名前を聞いたような気がするが、相変わらず覚える気が皆無なので覚えていない。ちょっとした意味で最低だった。

「ふふ、そいつぁわっちの愛称さ、サイ」

「?」

 サイが首を傾げたのをなにか勘違いしたのか、女は軽く笑って袖を探った。身構えたサイは女が取りだしたものを見て、瞳に不可解さを宿した。

 女が取りだしたのは一本の煙管。黄金色の吸い口と火皿に雁首。一目見ても高級な材を使った羅宇らう部分は特注なのか、深い緑、濃緑色で繊細な飾り彫りが施されていた。

 サイが見ていると、槍を握っていても女が何者かがわからずどう対処していいのかわからずサイが動けないでいると、女は高価そうな煙管を口にくわえた。

 そのまま慣れた動きで携帯用の煙草盆らしきものから炭火をもらい、静かに煙を吸い込んで吸い口から唇を離し、紫煙を吐きだした。謎の女は深く笑う。

「わっちはトェービエ王ザウパダの娘。第二王女セネミスってーもんだ。ま、よしなに?」

「王女……ひとつ問おう」

「あ? ひとつでいいのか?」

「どういうつもりか」

 セネミス王女を名乗った女の疑問をサイは無視した。
 無視してただひとつを質問した。

 それには多様なる意味が含まれていて、なるほどたしかにひとつだが、答は多くださねばならない。

 そのことにセネミスは少々の時間呆けたが、すぐに少女のようにくすくす笑い、煙草を吸って口を開いた。

「『どういうつもり』? そうだな、まあ、なんだ? ちょいとした頼まれになるだろうよ」

「解け」

「……おめえ、それがひとにものを頼む態度か?」

「作法など知らぬ上にどうでもいい。さっさと解呪せよ。さもなくば死、あるのみ」

「焦んなよ、サイ。こどもにしちゃ落ち着いているがそれでも落ち着きはガキの域だな」

 サイの態度を愉快そうに笑うセネミスはひとしきり笑うと、懐に手を突っ込んだ。

 サイは当然警戒したが、セネミス王女が握っているものを見て、不可解さを瞳に揺らした。

「解呪したけりゃ、おめえで頑張んな」

「どういう意味か知れぬが」

「どうもこうもそういう意味さ。簡単に規則をザラっと書いてやった。これ見て、あとはおめえで考えて、一刻も早く解呪してやれや。でねえと……ココリエは死ぬぜ?」

 セネミスの脅しにサイはわけがわからない。王女がなにを言っているのかイミフ。

 言っていることは単純明快。
 なのに、難しくてならない。

 セネミスが持つもの、そばにあるものにサイの目が留まる。手に持っているのは一枚の不思議な紙切れ。女の足下には一抱えほどある袋がひとつ置かれている。

 女が持つ不思議な紙。戦国に珍しい灼熱の赤いインクでなにかが書かれていた。サイがそれを確認する前に女はそれを丸め、袋と一緒に自分の足先にそっと置く。

 顔をあげて女は微笑んだ。無垢な者の笑みを装っていたがそいつは変に迫力がこもっていた。

 優越的で愉悦を含んだ微笑みの女はその場を後退っていく。それにあわせてサイは前進した。

 美貌の王女が十歩さがってサイが五歩進んだ場所にある巻紙をサイの左手が拾いあげる。
 たかが一枚の紙切れ。なのに、異様に重い気がした。

「袋の中は五日分の食料と水だ。大事にしな」

 サイが紙の重さに不思議そうな瞳をしていると、セネミスがまた笑って袋の中身を教えてくれた。こどものきょとんとした仕草を笑う女、という感じの笑い方である。

 サイは無垢であったことはないと自分では思っているが、セネミスには充分に無垢とうつったようだった。

 濃緑を纏った美女はサイを斜に見て笑みを深めた。

「そいつをなくすんじゃねえぞ。二度とつくらねえからよぉ、ったく、相変わらずこの手のは面倒臭ぇこった」

「なれば、何故なにゆえ?」

「ちょいと試してみたくなったのさ。このわっちに、トェービエ歴代でも随一の黒巫女たるセネミスに勝てるかどうか、わっちの呪詛をおめえが破れるかどうかってのをな」

「……誰の指図か」

「おっと、質問は一個だ。そう、先におめえが言ったんだぜ? まあ、答えてやらんでもねえがそれでこっちに不具合をだされちゃ堪んねえからな」

「……」

 女の意味深な言葉にサイは不満そうな、気分を害されたかのような瞳をした。苦々しい感情を有した瞳。

 しかし、一応は自分の個人的な感情を押し込めることにしたのか、サイは紙切れを懐にしまう。そして、流れるような動作でセネミスに武器を突きつけた。

 一瞬の一足で距離を詰めたサイは女の顔に短槍の刃を突きつけてもう一度だけ言った。

「解呪せよ」

「悪ぃが無理だ。この呪詛は一度かけたら術者には解けない仕様になっている。第三者がやるしかねえのさ。ま、簡単なことだから安心しな。気持ちがありゃあできる」

「気持ち?」

「おめえの胸にあるその想いがあればココリエは確実に助かる。そもそもわっちが呪う対象は本来ココリエじゃねえからよ。正直、王子がどうなろうとどうでもいい」

 ココリエが死のうと生きようとどうでもいい。セネミスの言葉にサイは気分が悪くなった。

 おかしい。サイは自身の心の不調に首を傾げた。変にむかむかする。そして、ココリエの命をどうでも呼ばわりされたことにどういうわけか怒りが湧いた。

 サイが自分の心を不思議に思っていると、セネミスが再び後退った。サイから慎重に距離を取り直した女は片手を頭上に掲げた。その腕を掴む大きな足。

 不気味なひとつ目玉の烏が一羽、飛来していた。

 そして、サイが止める間もなかった。

 セネミスの体が浮き、烏が羽ばたきと共に急上昇。樹海の木々の間を抜けていった。最後、セネミスはまたサイに笑みを向けた。嘲りの……笑みを。

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