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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

トェービエ

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不測連発


 トェービエ国、シラヌイの山を登頂していく道は歩きやすいよう平らに慣らされている。

 都の者が国を南下する為に慣らされている山道を疾走する影が三つ。ふたつが逃げ、ひとつが追っていた。

 ふたつ組んでいる方の影たちは脇に荷物を抱えている。
 それは人間の体だった。

 動きやすさを重視していたが、品のいい生地を使った鍛練用の装束を着ているのは整った顔の青年である。

 青年――ココリエは抱えられたまま抵抗できない。

 そのまま誘拐されていく。それを追跡する影は前をいく影たちの足の速さに舌打ちした。

 その音に気づいてふたり組の影、うちひとりが振り向いた。覆面に覆われていたが、顔には嘲弄がある。

「躊躇なしに追ってきやがった」

「余所見せずに走れ。あの女、傭兵の身でありながら次期戦国の柱と勇名をはせる女だぞ」

「そうかい、だが見ろよ。いい女だ」

「見たさ。いい女は強くて凶暴だと知らないのか?」

 喋る男たちは徐々にしかし確実に女を引き離していく。女は、サイは追いつけないと思ったのか瞳に険しさを宿して一旦速度を緩める。ここまで猛追してきた女が速力の差で諦めたのかと男たちは怪訝な顔をした。

 だが、一瞬後、サイの姿が風の悲鳴と共に消失。男たちの後ろを振り向いていた首が捩られた。男たちはわけがわからないままに数歩ほど走って、崩れた。

 男たちに投げださるような形でココリエの体が勢いのままに転がっていき、前方にある崖の先へ落ちる。青年の体が落下していく前に細い腕が、華奢な手指がココリエの腕を掴んで引っ張った。そのまま上に引きあげる。

「ココリエ」

 女戦士は一旦走る速度を緩めた代わりに爆発的な速度で移動し、ココリエを攫っていた男たちをくびって殺した。

 サイはココリエを救出して一安心。

 崖下を見た女は苦い感情を瞳に揺らした。

 鼠返しのように抉れたそこ。下は急勾配。のぼるのは、ロッククライミング上級者でも難しい。ごつごつした岩肌を転がり落ちると想像しただけでかなり痛そうだ。

 サイならばまだなんとかできそうだが、ココリエが、それも意識が混濁している今の青年なら落ちれば、落とされたら即死に繫がったかもしれない。

「う、ぐ、ぅあぁああ……」

「ココリエ、なにがどうした」

 崖の下にある景色から目を引き剝がしたサイが問うもココリエは答えることができなかった。

 胸に激痛が這っているのか、王子は胸を押さえて苦しみに声をあげてサイに支えられてなんとか座っている。

 滅多刺しにあっているような、引き絞られるかのような激痛に青年は呻き、悲痛な声をあげて苦しんだ。

 サイはわけがわからないながらもこれは異常なことだというのはわかった。なるべくココリエの体に障らないよう肩を貸して、拠点に戻ろうとした。が、叶わなかった。

「ぬ?」

 ぐんと、サイの腕が引かれた。それはすさまじい力でサイを引っ張り、ココリエに肩を貸そうとしていたサイは体勢を崩しつつそれに抗おうとして硬直した。

 サイの腕を引っ張った人物に目を留めてつい呆けてしまった。そこにいたのはよく知った姿。

 ココリエがサイの腕を引いていた。そして、そのまま倒れるようにサイを崖下へと引っ張るのにサイは慌てて踏ん張った。落ちたら痛いでは済まないと思ったばかりなので抵抗するが、ココリエの力は異常だった。普段の青年からは考えられない怪力で女を引っ張る。

「ココリエ、なにを」

「……」

 サイの絞るような問いにココリエは答えなかったが、代わりに顔をあげた。

 そこにあったのは常の青年にはない無表情。そして、その顔に這っているものにサイは驚いて目を見開いた。

 ココリエの顔、見るからに特殊な紋様が這っていた。

 以前本で見てココリエに教えてもらった言葉によるところ、それは呪詛式と呼ばれる呪いの痕跡。

 無表情のココリエ。皮膚に這う呪詛式。充分な情報でサイは簡単にその答を叩きだせた。思わず苦鳴を漏らす。

「もしや、呪いかっ? ココリエ!」

「……」

「よせ、このバカ。このままではお前が」

 このまま崖下に落ちたらサイでも少々の怪我では済まないが、ココリエは大怪我で済めばいい方だ。

 苦渋の瞳をしたサイを見つめるココリエの空色の瞳は濁っていて、死んだ魚のようだった。そんな瞳のまま、ココリエはサイを崖の方に少しずつ誘導していく。

 サイは踏ん張って耐えるが、呪いでどういうわけか強力な力をえたココリエに敵わず引き摺られていく。

 崖の先に足がいく、その瞬間、ココリエの腕力が一瞬だけ緩んだのでサイが抜けだそうとしたが、ココリエのあいている方の手が拳になってサイの鳩尾を打った。

 女戦士の息が詰まり、唇から唾液が零れる。

 鈍いクセに強烈な痛みに女が膝をつく。ココリエは無表情のまま、蹲った女を蹴って崖下に落とそうとしたが、女は抵抗し、崖のふちに手をかけて転落を堪える。

「うく、クソ、どういう呪い、うあっ」

「……」

 呪いによって操られているココリエが光の失せた瞳でサイを虚ろに見つめ、崖のふちにかけられた女の華奢な指を踏み躙ってきた。痛みにサイは苦鳴を漏らす。

 手が限界になり、サイの指が外れかける。
 その時だ、急に指を踏み躙る足が浮いた。

「?」

 サイが不審そうに見上げると、ココリエは相変わらず無表情でそこに佇んでいた。が、ふと体が揺らぎ、倒れてきてそのまま崖の下へと細い青年は落ちていった。

「ココリエ!」

 ココリエが落ちた。それを脳が理解した瞬間、否。数瞬ほど早く予見したサイはなにひとつ迷わず、決断した。

 崖の岩肌を蹴って落ちたココリエを追う。

 サイの脚力で崖の岩肌が少々崩れたが、サイは気にせずココリエを追って自ら崖下に落ちていった。

 遠くから声が聞こえた気がした。

 ココリエとサイを呼ぶ声だった。

 が、サイは声に気づかずに落ちていく青年に手を伸ばしてその手を捕まえた。捕まえたココリエの手はなぜか氷のように冷たい。しかし、今はそれどころではない。

 サイはココリエを引き寄せて胸に抱きしめ、庇い、迫ってきた崖をつくる岩壁に背中を向けた。

「ぐっ……!」

 サイの背中を岩壁が殴った。正確なことを言えばサイが叩きつけられた。一発で意識が飛びそうなそれにサイの息が詰まったが堪えて勢いのままに転がっていく。

 崖を転がっていくサイはココリエをさらに強く抱きしめて守る。永遠のような落下と、一緒になっている体への岩肌攻撃にサイは必死で耐えた。

「……く、ぅ、あ……つっ」

 やがて数分も転がった頃、それはようやく終わった。崖の下にサイは転がり落ちて到着した。

 辺りを見渡すもなにもない。

 いや、木々や岩などの自然物はある。ただそう、そこに人間の踏み入ったような形跡がなかった。前人未踏とまではいかないがそこは未開拓の地、ではないかと思われた。

 似たような場所をサイは知っている。

 サイがこの戦国ではじめて見た山が似たような雰囲気だった。ウセヤ山。ウッペ国の樹海。

 ここはウセヤよりもさらにひどいかもしれない。木々は樹齢何百年と思しき巨大さで立ち茂り、生えている草の絨毯もまた、青々というよりは暗い緑色だ。

 長い間日光に当たっていない、奥地のような陰鬱さでおどろおどろしい雰囲気の場所はそこはかとなく不気味だ。

 ひとまず、現場を確認したサイは胸に抱いていたココリエを放し、さらに目をこらし、耳を澄ませた。

 しばらく耳を澄ませてみたサイだったが、とりあえず危険なものはいないと思われた。ひとも獣もいない。

 静まり返ったその広大な自然の中でサイは思わず深く息をつき、その場で転がる。体の各所がズキズキと痛む。

「ココリエ……」

 しばらく、仰向けになって深呼吸していたサイが不意にココリエを呼んだ。一瞬、あの時は呪われているのではないかと思った青年だが今は恐ろしいほど静かだ。

 ココリエはサイを崖から落として殺そうとした。

 いや、より正確に言うと、ココリエを呪詛によって操った誰かはそれでサイが死ぬと思ったと言うべきだろう。とにかく命が今あることはよいことだと思えた。

「コ、コリエ……、ぐっ」

 サイがココリエを呼ぶが青年はなにも返さず、動きもしない。ピクリともしなかった。それだけ。たったそれだけなのに、サイの心へ深い絶望が広がるようだった。

 サイは転がったままどこか恐れるようにゆっくりとココリエに触れてみる。……冷たい。氷の、死んだ人間の温度。

「コ、ココリエ? う、そ……、ココ」

「……ぅ、ぅう」

「ココリエ?」

 一度きりだったが、ココリエは呻いた。生きている。それを確認してサイはほっと安堵した。

 だがしかし、その体温の低さ、冷たさに深刻そうな瞳となる。意味がわからない。サイが触れて感じているココリエの体温は絶対に生きた人間のそれではない。

 なのに、息をして生きている。不思議だった。

 サイはココリエから手を離して起きあがり、青年に慎重に近づく。また襲われては敵わないというのもあったが、ココリエの体調をなによりも女は気にかけた。

 慎重に近寄り、そばで膝をついたサイはココリエの長い髪、顔にかかっているそれを軽く避ける。

 ココリエの顔を見てサイは無表情に険しさを宿した。そこにあったのはやはり、あの時、崖の上で見た呪詛式。

 呪詛式に触れるとそこだけが燃えるように熱かった。あまりの熱に触れていることができず、手を離す。

「……すまぬが緊急事態だ」

 サイはそう断ってココリエの着物の袷を崩した。着物を広げてみるとココリエの男にしては、つい先日触れあったセツキと比べてしまうと薄い体があった。

 あまり厚みのない胸板にかすかに乗った胸筋。腹筋は割れていたが、あまり深掘りではない。どうでもいいことである筈なのに、なぜか見てしまって恥ずかしくなった。

 だが、青年の半裸が恥ずかしくて直視しにくくとも、サイはすぐに目的であったそれを見つけた。

 ココリエの胸の上。心臓がおさまっている位置にある大きな紋様。毒々しい濃緑色と鮮血色が混じった呪詛式が描かれていた。しかし、今ひとつわけがわからない。

「誰がなにを目的にココリエを呪う?」

 不可解さにサイは首を傾げた。世の中は戦国。そんな中で王子が標的にされることは普通だが、なぜ今この時にそれが、呪いが起こったのかわからない。

 サイはココリエの着物を直して元通りに着つけ、青年の手にもう一度試しに触れてみた。

 やはり、氷のように冷たい。

 サイは気を失ったままの青年を起こして体を片手で支え、自分の着ている戦装束を脱いで青年の肩にかけた。

 半裸のような格好になったサイは《戦衣シェグネ》で同じ形の衣を織って羽織り、着込んだ。いつもは面倒臭、いや、修行の為に《戦衣シェグネ》ばかり着ていたが、この時ばかりは本物の服を着てきてよかったと思った。

 自分の衣でココリエを包んだサイはココリエに背中を向け、そのまま青年を背に負ぶった。

 冷たい体温が伝わってきて、サイは怖くなった。

 レンが死んでいく時と同じ、死んでしまって息が絶えた時と同じようなココリエの体温が怖かった。

 ココリエを背負ったサイはとにかくどこか、どこでもいい、安全に休める場所がないかと見渡した。

 ウッペ拠点からあまり離れすぎず、それでいて敵に見つかる危険性の少ない、贅沢を言うとない場所が今のサイには必要だった。冷たくなり、死んだように気絶しているココリエを一刻も早く横にしたいサイはしばらくして、都合よくはいかない、当然と納得し、歩きだした。

 深く果てない濃い緑森に歩を進めるサイは背に負った命が消えないように、とただひたすらに祈ったのだった。

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