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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

トェービエ

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謎深き胸痛


 翌日早朝のこと。ココリエは変な感覚から早くに目が覚めた。なにかがおかしい。胸が疼く。

 ズキズキと痛む胸に違和感を覚えてココリエは枕元を探った。たしか、そこへ昨日の夜中、サイが、彼女がそれを置いていてくれた筈……。

 昨晩の朧な記憶を頼りに手探りするココリエは目的に触れた。鎮痛丸薬と水筒が置いてある。

 サイがきちんと用意していてくれたそれをココリエは多少散らかしながら口に入れた。丸薬を口に入れ、溶けたのを見計らって飲み込み、そこに水を追加する。

 だが、すぐ違和感に首を傾げた。

 喉をたしかに通過していった水なのに、腹に水が溜まった感覚がない。と、いうよりは、水を本当に飲んだのかすらわからなかった。

 昨夜ゆうべもそうだったが、摩訶不思議な感覚である。まるで霞を飲んだような気分であって、実際にされたことはないが、なんとなく狐に摘ままれたような感じがした。

「ココリエ、朝餉の支度ができた」

「ああ、すぐいく」

 不可解な感覚を抱えつつもココリエはサイに呼ばれ、簡単に身支度をして外にでた。冷たい空気が肌を刺す。

 トェービエはその日も曇天だった。

 今にも泣きだしそうな空だが、この演習はファバルも重要視しているものなので、そうそう中止にならない。

 それこそ雨天でも土砂降りで地盤が危ういとかでもなければ決行、という運びになるだろう。
 ファバルに演習の指揮を任されている鷹の命令で。

 ココリエに判断への意見を述べる権限があるにはあるのだが、それでも最終判断はセツキが、ウッペの武将頭がくだすことになっている。不思議なことに。

 不条理な気がしなくもないココリエだったが、朝餉だ。朝の食事に最高責任者が顔を見せないのはいかん。

「お、ココリエ様、お先にいただいてます」

「ケンゴク、お前の食欲はどうにかならんのか?」

 天幕から朝餉が用意されているらしき場所、ひとだかりに寄っていったココリエに誰かが声をかけた。

 見ると、ウッペの虎がココリエを待たずに朝餉にがっついていた。青年は思わず失笑した。

「私は止めたぞ」

「構わぬさ。余が遅かっただけだ。それより、これは誰の炊きだしだ? 見たことのない……これは、肉か?」

 ココリエの質問にすでに食べているケンゴクは答えず、待っていたサイとセツキはそれぞれ椀に大鍋の中身を取っている。ごろごろとした肉の塊と、たっぷりの野菜が赤い汁で煮込まれていてなんだか地獄釜のようでちょっと不気味だがケンゴクは無心に貪っている。

 肉と野菜をごろごろ、そして汁を椀に適量入れてくれたサイがそれをココリエに渡して自分の椀にも同じように盛りつける。椀を傾けて汁を一口ほどすすったサイがそこでようやく口を開いて、料理の詳細を教えてくれた。

「私がつくったものだ。ブイヤベースを、と思ったが、ここらで魚は捕れず、肉でアレンジだ」

「……くしゃみしたか?」

「ぶいやっくしょいではない。ブイヤベースである」

「すまん。わからん」

「トマトの煮込み汁料理だ」

 ココリエの困り声にサイは簡単に説明してくれた。

 答にもココリエははてな。とまと?

「この間の視察時に市にでていた。ウッペでは珍しいが、南の方ではよく食べられているそうだ。新食の文化ということで王家に、と八百屋の親父から譲られて、な」

「サイがつくったのか? 料理ができるとは意外だな」

「どういう意味か」

 ココリエの言葉でちょっとだけ不機嫌そうになったサイは椀の中身を口に運びはじめた。サイの反応に微笑ましい気持ちになったココリエも椀の中をさらう。

 とまと、という食材がどのようなものであるのかわからないが見た目がすでに美味しそうなその料理を口に運ぶ。

 だが、きょとんとした。

「どうした?」

「え、あの、サイ?」

「うん?」

「これは無味無臭、なのか?」

「は?」

 イミフでアホなことを聞いたと、サイが首を傾げた。

 それはセツキもケンゴクもそうだった。

 ココリエの言葉になにを言っているのだ、というような顔を並べている。まわりの兵士たちも気持ちは同じようなものなのか、奇妙なことを聞いたような顔をしている。

 全員の代表としてセツキが口を開いた。
 男は心底不思議そうな顔だ。椀を持ちあげて言う。

「これほどしっかりした味と香りがついていてなにを言っておられるのですか、ココリエ様」

 サイは八百屋の親父からトマトの他に玉葱や葱、大蒜に人参、きのこなど様々な食材を買いつけてこの演習でまずは実験的に兵に異国の食を食わせてみるように計画し、実行。

 ココリエも食べるのだが、王族の舌にもあうかどうかをみるのに実験体になってもらうことに。なので、サイは下ごしらえをきっちり前日の夕には終えていた。

 シラヌイの山、周辺の地形把握にでかけた時に捕った野鳥を処理して、玉葱や葱、人参と一緒に煮込んで鶏肉ならぬ鳥肉の、まあいい感じのお出汁を取った。

 大蒜を炒め、調理したトマトを加えて煮、出汁に使わなかった野鳥とうさぎの肉、きのこに野菜を加えて特製の汁料理をつくった。味つけは、塩とトマトの素材の味に出汁で充分以上に濃い味つけとなっていて汗をかく男たちには嬉しい塩気で濃すぎず、薄くなく。

 香りも食欲をそそる素晴らしい香りが大蒜と香草類からでて、汁に溶け込んでいる。というか、辺り一帯にただよっていて、獣がでないか心配なほどだ。

 それなのに、それが無味無臭なのか、というのは本当によくわからない言葉だった。

 だが、不思議なのはココリエこそそうだ。

 美味しそうな見た目をしている。それはわかる。

 なのに、どうして味やにおいを感じないのか、それどころか食べている感覚がなかった不思議さである。
 先ほど飲んだ水同様、腹に溜まらない感じがしていた。

「ココリエ様、具合が悪いのですか?」

「い、いや、そんなことはない。だが、変だな」

「頭に異常をきたしたか」

「おいこら、てめえには失礼って言葉がねえのか?」

「うっさい」

 ケンゴクの突っ込みにサイはひとつ返し、自分の愛用している椀をからにして巨大鍋に近づく。

 菜箸とお玉で料理を新しくすくって取り、椀を満たす。これを見たケンゴクが負けじと汁料理を貪る。

 トマト煮込み料理は好評だったが、ココリエはやはり不思議そうに自分の椀を見て、口に運んだ。本当に味がなにひとつしない。こんなに美味しそうな料理だというのに。

 舌がおかしくなったのだろうか、とココリエが思っているとセツキが心配そうに見つめているのに気づき、ココリエは怪訝な顔をやめて椀をちょこちょこ傾けた。

 味のしない、その上に腹になぜか溜まらない不思議な食事を終えたココリエは全然食べた気がしなかった。

 なので、早々に食べ終わったココリエが見ていると、ケンゴクが最後の肉の塊をサイと取りあっていた。それをセツキが呆れ返って見つめているのもいつも通りだ。

 いつものウッペ城での朝と変わりない風景にココリエは思わず笑みが零れた。愉快そのものだ。

「……?」

 不意に、ココリエは胸に痛みを感じた。それは起き抜けの痛みと似ていて少しことなるものだ。

 先は疼くようだったのに、今のそれは心臓が静かに少しずつ絞られているかのような痛みだ。

「ココリエ?」

「お、もらい! って、ココリエ様?」

 ココリエがあまりの痛みについ胸に手をやって苦悶の表情を浮かべたら、サイが不審そうにココリエに尋ねるような声をあげた。ココリエにを心配し、サイが意識を逸らしたと同時にケンゴクが最後の肉をかっさらう。

 サイが食欲優先のケンゴクの頭を軽くしばき、ココリエのそばに寄る。女戦士は青年の額に自分の額をあわせて熱をはかろうとしたが、ココリエは真っ赤になった。

 急に燃えるように赤くなったココリエにサイは不思議そうにしたが、青年の遠慮を無視し、構わず検温する。

「……。ふむ、食事であがる範囲か。心配ない」

 サイの検温結果という返答にココリエはサイのせいだ、と思ったが言わなかった。そうして、少々の不可解さを以て朝餉の時間は終わり、演習準備に入っていった。

 午前の時間は飛ぶようにすぎていった。

 あっという間に陽が真上からさがりはじめたので、ココリエは全員を呼んで手順通りに開始の音頭を取った。

「では、はじめようか、セツキ」

「ココリエ様、お加減は本当によろしいので?」

「セツキは心配性だ。余は健康だぞ。そう見張るな」

 それとなく冗談にしようとしているココリエ。

 彼の口調に無理が見えないセツキは少し納得しかねる、というような表情。だが、ココリエが大丈夫だと言うので信じ、演習の指揮に動くのに王子のそばを離れた。

 セツキの前には二十数名の兵士たちがいる。

 みな、ウッペ国の兵士としては中堅程度の腕前の者ばかりだったが、それでも余所の国では十二分以上に使える優秀な兵士だった。敵国、とは言わねども他国の領土での演習でもしもがあっても対応できる者たちはしかし、セツキを前にすると緊張して、食べたものがでそうになる。

 それくらいウッペの鷹は、セツキは強くて戦士として優秀だったのだ。食後にサイと軽い運動と称して組手をしていたケンゴクも実力はあるがセツキほどではない。

 どちらかといえば、セツキの次にはサイの方が怖い。

 サイの実力は本当に伸び代というのに上限がないかのようであって、《戦武装デュカルナ》の精密さでまだもう少しセツキに届かないが、それでも一般の兵士には充分に怪物的だ。

 そのサイはといえば兵たちに指示をだしはじめたセツキから離れているココリエのそばにいった。

 女戦士の顔には神妙さがある。

「本当になんでもないのか?」

「サイ、そなたまでどうした」

「お前にもしもがあると困るだろうが。私がどうなろうと誰もなにも思わぬが、お前になにかあればルィルシエもファバルもどうなるか、わからぬとは言わせぬ」

「サイ……」

 さりげなく自身を無価値と言ったサイにココリエは悲しくなった。悲しさのあまり胸が痛む。

 それはなんでもない、いつもの悲しみと憐れみからなる胸痛である筈だった。……筈なのに。

「うっ、あ、ぐあぁあああ……っ!」

「ココリエ?」

 突然、苦しみに悲鳴をあげたココリエにサイが疑問の声をあげたと同時、場は騒然となった。

 連続する爆発音。

 地面が吹き飛び、天幕が破れる音、兵士たちの動揺の悲鳴が響き渡った。砂埃で視界が潰れ、砂塵の向こうからケンゴクとセツキの怒号と叱責の声が聞こえてくる。

 サイは舌打ちして突然の急展開に瞳を揺らしたが、今はココリエだ。胸を押さえて苦しむ青年にサイの指が触れかけた途端、ココリエの体が後方に引かれた。

「ココリエ!」

「サイ、待ちなさい! ひとりで動いては」

 背にセツキの声を聞いたサイだが、体は自然にココリエを追って動いた。騒然とする麓からサイの姿が消え、ココリエを追跡していく。セツキの叫びはすぐ遠くなった。

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