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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

トェービエ

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真夜中の異変


 トェービエ国。シラヌイ山の麓にいくつかの天幕が張られていた。遠目にも色鮮やかな若葉色の旗をてっぺんに取りつけたこの北の国ではまま薄く思われる天幕たち。

 天幕からは豪快な鼾や意味不明な寝言が聞こえてくる。それを聞いている一応の見張りたちは欠伸を噛み殺す。

 時刻は夜半。天幕に入っている者はだいたいが深く眠っている。そんな天幕が密集している奥、他の天幕と違う少し厚手の上等そうな天幕がふたつ張ってあった。

 天幕は隣あわせて建てられ張られ、ひとつからはやかましい鼾がひとつと静かな寝息がひとつ聞こえてくる。

 もうひとつからはかすかにではあるが呻く声。

 これを聞き咎めた者が腰をあげる。呻き声が聞こえてきた天幕の背後で立ちあがった影が天幕の正面にまわって、獣除けに焚かれている火の明かりに照らされた。

 黒髪に銀色の隻眼が美しい女だった。

 焚き火の周囲で見張りをしている男たちが女の姿を見てぎょっとしたが、女は、サイは構わず、一番奥まった場所に張られている天幕にそっと囁くように声をかけた。

「ココリエ、入るぞ」

 了承もえずに天幕の入口である布を押しあげて中に入った。中にいたのは、青年がひとり。ウッペの王子、ココリエが苦しそうな寝息と呻き声で眠っていた。

 浅いながらも眠っているようだったが、非常に、見ていて不安になる眠り方で、サイは悪いと思っても青年の体に遠慮がちに触れ、そのままゆらゆらと揺らす。

「ココリエ」

「……ぅ、ん? ……、サ、イ……?」

「ああ。大丈夫か?」

「なにが、だ……?」

 青年の、ココリエの言葉にサイは呆れた。そして、呆れるままに言葉を紡いだ。そこには心配があった。

「先からずっと呻いていた。夢見が悪いのか、体に不調があるのか、どこか痛いのか、どれだ?」

「そう、か? 余はそんなつもりはないのだが」

「あって堪るか、阿呆。意図的に呻いていたのならば、無駄心配料にしばくところだ。まあ、演技ではない様子」

 言いながらサイはココリエへ天幕内にあった濡れ布巾を渡した。ついでに燐寸マッチをすって小さな、携帯用に取っ手がついた燭台に火を灯した。

 天幕内が明るくなる。

 手渡された布巾を見るともなく見ていたココリエはぽたたっと、なにかが自分の頬を伝って顎先から落ちたのを感じた。青年は自分が汗で濡れていることに気づいた。

 汗をびっしょりかいているココリエは体が冷えるような感覚を覚えた。だが、ただ寒いのではない。

 底から冷えるような、不気味な感覚。

「大丈夫か? 着替えるならば私は外にでて外すが……ひとりでできよう?」

「どういう心配だ、サイ。大丈夫だ。夢も、見てなどいなかった筈だ。なのに、どうし……っ」

「ココリエ?」

 ココリエが突然に胸を、心臓のある辺りを押さえて目をぎゅっと固く瞑って唇から息を漏らす。

 見るからに苦しそうな青年にサイは天幕の中にある荷袋の中から鎮痛剤の丸薬が入った袋を取りだして口を縛っていた固い紐をほどき、ココリエにひとつ渡す。

 受け取ったココリエはサイに言われる前に鎮痛剤を口に放り込んで溶かして飲んだ。すると、すーっと体内に入っていった薬が効いたのか痛みが引いていく。

 突然の胸痛はここ最近ココリエには慣れたものだったが今晩のこれはなにかが違う気がした。

 よくわからない。しかし、たしかな違和感がある。

 セツキのことが関係でもしているのだろうかと、ココリエはそのように思っておいた。

 セツキ。ウッペでは言わずと知れた努力型の、しかし一流の戦士たる男。彼は呪われた一家に生まれながらも努力と天賦の才で一国の武将頭にまでのぼり詰めた男。

 彼の抱えている小さな、それなのにどうしようもなく大きな気持ちにココリエは気づいてしまった気がした。

 それ以降気になっているのだが、セツキはなにかをきっかけにした様子で、この四日、トェービエに来るまでの道中ずっといつも通りでサイに手厳しく接していた。

 だが、気づいてしまった。セツキはどこか無理をしている。ココリエにはそれが気がかりだった。今は自分の体が大事だと思えども、彼のあの顔が頭から離れない。

 苦しそうな、辛そうな顔。それなのに、彼女の前では穏やかに笑みを見せる。それは見ていて悲しかった。

「サイ、セツキとなにかあったか?」

「ん? なにか、とは?」

 サイは手に水筒を持ってココリエに差しだした。

 ココリエの質問が女には理解されない。

 ココリエはそのことを残念に思ったが、水筒を受け取り、薬のひどい味が広がる口内を洗浄する。

 しばらく水筒を傾けていたココリエだったが、やがて不思議そうな顔で水筒を傾けるのをやめた。

 ココリエはきょとんとしているが、なにかを自己解決したのか、サイに質問し直した。

「セツキとなにかあったのではないか?」

「イミフである。いきなりなにか」

「セツキの雰囲気がおかしい、なにか知らぬか?」

「そうか? いつもと変わりない気がするが。それより、このような刻限に起きていてはそのセツキに説教を喰らうぞ。落ち着いたならもう休むがよい」

 言って、サイはココリエに先を言わせずに天幕をでた。

 暗い空間を誰かと一緒にすごすのは苦手だった。

 そばに在る、すぐ隣に在る闇にそのひとが呑み込まれ、消えて、永遠に会えなくなってしまいそうで怖かった。

 そう、レンのように。サイはこみあげてきた妹の思い出を胸に見張りの場へ戻っていった。

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