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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

シレンピ・ポウ

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決着――トウジロウ


 やがて、四刻半も経っていないわずかな時間ののちに、闇に消えていたトウジロウが現れた。

 老戦士の顔。漂白された表情。無表情で地面に膝をついているトウジロウにサイは慎重に近づく。

 ジスカの槍鋒で男の肩を軽く叩いた。

 叩かれたことに気づいた男はサイを見て、一瞬呆けたようだったが、目をしばたかせた。唇が疑問を吐く。

「貴公は、サイ?」

「記憶があるのか、トウジロウ?」

「朧ではあるが、な。そうか、サイ、貴公が某をあの女から、チェレイレから解放してくれたのか」

 トウジロウの言葉にサイは鷹揚に頷く。そして、トウジロウの次の言葉をサイは手をあげて制止した。

 謝罪も礼も不要だった。トウジロウのすべて、とは言わねども大部分の罪はチェレイレの命令と催眠が為になされたことだ。男に罪はあってもなきが如しなのだ。

 それに、サイはサイの為に刃を取ったにすぎない。

 謝罪も礼も関係ない。

 だってそう、サイの為、自身の為の行動だから、とサイは瞑目し、トウジロウの言葉を頑なに拒んだ。

 サイの潔癖さにトウジロウは苦笑した。

「不器用な娘だ。生きにくいぞ?」

「大きな世話である」

 トウジロウの、年長者の言葉を無視したサイは周囲をきょろりと見渡した。なにもいない、なにも感じない。

 あの男の気配は微塵も残されていなかった。

「トウジロウ、神に取り憑かれた覚えは?」

「……頭でも打ったのか? 某はチェレイレの命令で貴公を追っていただけだ。神とは……海神うみがみ様のことを言いたいのか? 神聖な神がひとに憑くなど聞いたことがないぞ」

「邪神、というものが世の中にはいよう」

「……。生憎、某は聞いたことがないのだが、まさか、その、某にそれが憑いていたと言いたいのか?」

「覚えがないのならば、いい」

 気になる物言いをしているのは知っていた。

 しかし、多くを語ることができるほどサイは情報に優れているわけではなかった。

 サイにも、サイにこそわからないことが多い。今、闘いの興奮が去ったあとでもアレの言葉がわからない。

 イミフだった。

 どうして、死ななければいけないのか。
 どうして、生きていてはいけないのか。

 やっと、存在を認めてくれる優しくて温かいひとたちに出会ったのに。出会えたというのに。

 セツキなどは冷たいが、ココリエは優しい。あんなに気遣って大切にしてもらったのは妹の他に経験がない。

 ――なのに、私は、死なねばならないのか?

 心の声にサイは首を振った。恐怖と拒絶から首を振る。

 トウジロウがサイの行動を不思議そうに見つめていたが、サイは無視した。男に構う余裕はなく忙しかった。

「どうやら、某の嵐も闇の特性には敵わぬらしい」

「闇と出会ったことがないのか?」

「ないさ。この島国に闇属性の者は少ない。いたとしても最南端の離島国、エネゼウルが囲ってしまう」

 南の離島であるのに、闇を囲うというのはちょっと不思議だったが、どうでもいいことに違いない。

 トウジロウはサイとの一戦を振り返っている様子。

「あんなしのぎを削る戦いはあとにも先にもサイ、貴公だけだ。いや、武士もののふとして誇らしい」

「イミフ」

 サイに感想を述べて、トウジロウはようやく自分の負傷に手当てをしはじめた。興奮が去って痛みがきたようだ。

 ごゆっくりさにサイは痛覚とか感覚が死んでいるか? と失礼を考えたが、口にはださないでおいた。操られている間の感覚が死んでいる可能性を考えたからだ。

「サイ、貴公はまだ本気でないな?」

「む」

「貴公が本気になれば、某の首を刎ねるくらい造作もなかっただろう? なぜ、躊躇したのだ?」

傀儡かいらいに死をくれる気になれなんだだけだ」

「……。そうか」

「うむ」

 サイは自分の表情に嘘をつくことへの罪悪がでても大丈夫なようにそっぽを向き、傷の具合を見るフリをしてトウジロウから目を顔ごと背けた。

 サイの態度にトウジロウはなにか、言いにくいものを感じてくれたのか深く訊きはしなかった。年長の者であるだけあり、気の配りが丁寧である。

 サイは、トウジロウを傀儡かいらいと表現し、それの命を奪うことをよしとしなかっただけだと言ったが、それは半分ほど間違っている。勝算があったからこその賭けなのだから。

 そうでなければ、ココリエは賛成しなかった。

 まあ、とはいえココリエにしたサイの説明など、闇の特性でトウジロウを呑めば支配を解けるかもしれない、という実に不確かというか曖昧なものだったのだが。

 ココリエはサイを信用し、信頼して任せてくれた。ただ、引き際だけは誤るな、とは忠告されたが、サイは聞く気がなかった。どうしても、確かめねばならなかった。

 確かめて、今、サイはいやな気分だった。

「サイ、顔色が悪いが」

「お前のような一流の武士もののふと相対して顔を青ざめさせない方がどうかしている。きっと弩級の変態だ」

「わははっそれは誉れだな」

「元気なじじいである」

 神を名乗った謎の男を確認して、告げられたことにサイは青くなっていた。

 トウジロウなどどうでもよかった。トウジロウはたしかに一流だったが、操られている以上超はつかず。

 その実力は一流止まりだったので、サイのまだまだ付け焼刃の槍術でもなんとかなった。

 だが、サイに勝利と生存をもたらせた最たる原因はなによりもサイの死を望んでいたあの男の横槍だ。

 あの神を自称した憑依者がサイに隙を与えようとでてきたことでトウジロウにこそ、隙ができた。

 その貴重な隙にサイは呪を完成させた。チザンサ国、ヌエラ王の部屋でカザオニに対して使った闇の防壁を攻撃に転ずる為の呪を出陣の前から練っていた。

 トウジロウに展開した時には紋を描いて、扉を開き、謳によって呪を開放するだけでいいように備えた。

 ただ、危ないところだったと言わざるをえない。

 サイの心はトウジロウの中にひそんだ誰かに傷つけられて崩れてしまいそうだった。折れそうになった。

 ――ここで、このまま死んでしまおうか。

 今にして思えば、サイは我ながらなかなかにつまらない、くだらないことを考えたものだと思った。

 この先に希望がないなら、まだなにも知らないうちに、このままに死んでしまえた方がきっと楽だ。

 サイの心はそんな甘えに誘惑された。

 それが甘えだと思って振り払えたのは、あるひとたちの顔が浮かんだせい、いや、お陰であった。

 レンとココリエの、ふたりの顔が浮かんだ。

 レンの方はわかる。今、サイが生きていられるのは彼女のお陰。死ぬことは彼女の死への冒涜になる。

 だが、ココリエはわからない。なぜ、彼の顔が浮かんだのか。サイには到底理解できない。

 漠然とただ、会いたいと思った。もう一度彼に会って、そして……。そして、なんなのか、わからなかった。

 ただただ会いたいだけだった。だから、生きたかった。生き延びたかった。生きてココリエに会いたかった。

 ――生きたいと思ってなにが悪い?

 サイはただ、そう思うことにした。生きたい。それだけの理由で生きることのどこに罪があるだろうか。

 生きることは大罪。サイの永遠の罪。

 それはわかっているつもりだった。
 それでも、だけど、生きたかった。

 サイは十五歳。まだ、死を悟るには早い。入滅を考える僧侶でもあるまいし。サイには生きる理由があった。

 妹に約束した。絶対にそれを違えないと。

 ――お役に立てて、よかった、です。……姉様、あなただけの、幸福を、どうか見つけ……。

 妹の声を思いだして、サイはため息。幸福であり、不幸な思い出。自分の命を拾った日の、そして、大切な者の命を糧で贄にしてしまった日の思い出の言葉は痛い。

 サイの幸福はレンのそばに在った。

 それ以外の場所になどなかった。

 レンがいなくなり、サイは不幸になるよりほかなく、どんどん、そしてだんだんと深い闇に落ちていった。

 わかっていて言ったのだろうか? それともなにもわからずともただひたすらにサイの幸せを、福を祈って言ったのだろうか? サイにそれははかりかねた。

 幸福どころか、このまま生き続ければ地獄の奥底にまで堕ちるかもしれない。さらに苦しむかもしれない。

 ならばこそ、サイは思った。そうであるのならばそれでもいい。地獄に堕ちることになってもあの男がサイにとっては残酷だと言ったこの世界で生きてみてもいい。

 本当に朽ちるその時までは、生きてみるのもいい。ココリエの隣で在ってみてもいいかもしれない。

 生きることが罪。まるで呪いをかけられた悲劇のお姫様のようだったが、サイはそんな柄ではない。

 サイは悪魔であってそれ以外でない。人間でない。戦場いくさばでしか役立たない悪鬼もとい悪魔でしかない。

 そうとしか、悪魔としてしか在れないとしてもサイはまだなにも返せていない。ココリエに、サイをはじめて受け入れてくれた他人になにも恩義を返せていない。

 戦いでしか役に立てないとしても、ココリエがそのことを、サイに戦をさせることを重荷に思っていても、罪悪感にさいなまれていても、それでも……。

「いこうか、トウジロウ。お前を無力化したならば、あの女共もおとなしくなろう。うむ、これで決着だ」

「貴公には世話になったな」

「気にするな。我が身の為だ」

「それでも、恩であることに変わりない」

「勝手にどうとでも思うがいい」

 トウジロウの言葉を切り捨てたサイは懐からココリエに描いてもらっていた地図を取りだして現在地の特徴から位置を確かめ、ふたりは一緒に下山しはじめた。

 そっと、トウジロウを窺う。

 男は久しぶりに自分の意思で吸う空気や吐く空気、景色に感激している様子だった。そこに、誰かの気配はない。

 サイが警戒していると知って、チェレイレの支配が解けたトウジロウに憑依しない誰かにサイは静かに息をつく。

 闇の中、誰かが嗤っている。

 サイは気づかないフリをしておいた。

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