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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

メトレット

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ウッペ王と対談


「それで、何用か」

「ルィルシエ様はなぜこちらに?」

 セツキとサイ。ふたり同時に口を開いて次には一緒に譲りあう。両者一歩も引かなかったが、それでも最終的にはセツキが折れて問い直した。

 この簡単な問いにサイはしかし、答えることができなかった。部屋を訪ねてきて話をしたのはたしかである。それまではいい。それからだった。
 ふとした瞬間、記憶がぷつりと消え、途切れた。消えた記憶を訝しむ間もなく、サイが見たのはルィルシエの怯えた顔だった。自分を見上げる少女は怯えていた。

「痴呆ですか」

「失礼にすぎる」

「それは失礼。いきますよ、サイ」

「いきなりなにか」

 失礼と詫びるフリだけした臭いセツキにサイは突っ込まなかった。が、いきますよ発言には一応突っ込んだ。いきなり意味がわからなすぎる。
 サイの不可解そうな瞳にセツキは自分についてくるようにと合図した。不本意そうに不機嫌そうなセツキにサイははてな。だが粘ってもアレなので、首を傾げつつ頷いた。

「ルィルシエのお守りは?」

「ルィルシエ、様です。あなたが不在する間は城の衛士えじが三人と女官がひとりお部屋の前につきます」

「大袈裟なことだ」

「そうでもありません。ココリエ様はケンゴクと衛士えじたちが数人、交代で警護します。まあ、そう滅多に攻められません。この城は背後が五丈の崖になっていますから」

「陰険な守りだ」

「なんとでも。これから伺うお方の前ではその躾のなっていない口は閉じておきなさい」

 と、言われてもどこにいくのかすらわからないのでは身構えようもない。サイの無言主張にセツキはお得意のため息。幸福を使い果たして毛髪に不具合がでそうな勢いだ。

「私は不本意であり、あなたをこの方のもとに案内するのに不安要素しか浮かばず、命令でいたし方なくです。勘違いなさらないでください、と先に言っておきます」

「イミフ」

「ファバル様。ウッペ国王に御目通りします」

 セツキの言葉にサイは眉をわずかに上下させて反応した。昼間にセツキの部屋で会うのかと思っていた国王に会うというのはどうしたことだろうか。
 セツキの反応からするに、セツキは猛烈に反対なのだろうが、どうでもいい。ウッペ、この国の王に会うというのに、サイは我関せずだ。しかし、どうにも冗談ではなさそうだ。というのが、セツキの持っているものでわかった。着替えの着物を持っていた。

「そのまま、上に羽織りなさい」

 着替えるのに、セツキから服を奪って閉めだそうとしたが、その前にセツキがものを言った。
 そのまま、とは、寝間着の上に羽織れということだろうが、そんな変な装いで国王に会ってもいいものなのか?

「普通でしたら叱ります」

 サイが珍しく当然のことを考えていると、男は普通なら叱ると言ってサイを視線で急かした。

「聖上はお忙しい身。今、ちょうど御政務が一区切りつき、小休止入れておられます。その貴重な時間を無駄にはできません。なので、あなたの格好がどうだろうが、この際どうでもいいと思うことにしました。大切なのは、会うことと、聖上が望むように喋ることなのでくだらない思考は消しておきなさい」

「それ次第だな」

 国王をそれ呼ばわりしたサイにセツキは痛む頭を抱えて唸る。サイは男を不思議そうに眺めている。完全に素のようだ。口以上にべらべら喋る目がすべて語っている。

 サイへの説教が湧くように心にでてきているセツキだが、ここは時間を最優先と考えたのか、サイに寝間着の上へ羽織る、自分の着流しと留める為の帯を渡した。
 言われる前にいそいそとそれを着込んだサイ。白い寝間着の上に黒い着流しを着た、奇妙な格好となった女にセツキはなにも言わない。サイが部屋の蠟燭の火を消したのを見て先導する。

 広い城を上に上に移動していくサイはさて、どんな傲慢でふてぶてしい男が現れるかと思いながら、城の上階に向かっていく。廊下を進むふたりはやがて渡り廊下にでた。

 初春の風で蠟燭の火が消されて明かりが払われ、ふたりを暗闇が包む。

 渡り廊下の向こうにぼんやりと明かりが見えたのでこんな場所に部屋があるのか、高いところが好きなどバカなのかとサイが考えているとセツキの視線が突き刺さってきた。鋭い男だ。
 暗闇の中を男が歩きだしたので、サイはあとについていく。セツキはぼんやり見えている明かりに向かって歩いていき、やがて、戸の前に立った。立派な襖だった。

 サイが耳を澄ますと、中から楽しげな話し声が聞こえてきた。セツキは、話が途切れるのを待ち、戸から漏れる明かりに声をかけた。

「聖上、セツキ、参りました」

 途端に、中から聞こえていた話し声が消えた。一瞬の静寂。すると、室内から低い獣のような声が入れと室外に返してきた。威厳に溢れた声。不思議と緊張を誘うそれにセツキが頷く。

「失礼します」

 サイが見てきた通りにお堅く戸を開けて室内に入っていくセツキに続いたサイが見たのは、一見して国王には見えない柔和な顔形の男だった。

 淡い亜麻色の短い髪に青い瞳。その顔、造作はココリエによく似ている。

 むしろ、ココリエが似たのだろう。ただ、瞳の色はココリエのそれより少し大人のように落ち着いた色味であり、深閑とした海を思わせた。
 男の前に膝をついて深々と頭を垂れたセツキが儀式的に口上を述べていく。

「聖上におかれましては」

「ああ、よせよせ。そう堅くするなセツキ。私はありのままのサイに会いたいのだ」

 セツキが口上を述べようとしたが、それを男は手の一振りと言葉で遮って続けさせなかった。
 セツキは男からの要望にさらに平伏してから顔をあげる一歩手前のような格好で続ける言葉を変更し、それでも堅く言葉紡いだ。

「は、では、くだん御仁ごじんをお連れしました」

 よせと注意されたそばからお堅いセツキに男はもはや苦笑するしかない。そして、男はセツキの向こう側、部屋の外にサイの姿を見つけてこっちへ来いと手招きした。いつまでも廊下で突っ立っているわけにもいかないので、サイは招かれるまま中に入り、戸を閉めた。

「そなたがサイ、か」

「お前がファバルか」

「サイ」

 地獄の鬼のような声が聞こえてきた。サイが声の聞こえた方に顔を向けると、セツキが鋭くサイを睨みつけていた。心の声が聞こえてくる。言い直せ、と。
 サイが面倒そうに無視するより早かったのは男の声。

「よせと言ったぞ、セツキ? 私はこの娘にかしこまらせる為にここに呼んだのではない」

「最低限の礼節です」

「堅物が。それが余計だと言っている。私は今、国王としてではなく面倒をかけた娘の父としてこの娘に会って」

「しかし、聖上。それでは他の臣下に示しが」

「ここに他の臣下などいない。ここにはお前とココリエ、そして私と客のサイがいるだけで示しもクソもない。お前さえ黙ればそれで済む。いいから、黙るがよい」

「……御意」

 ファバル国王の命令でようやくお堅いセツキが黙った。サイはあのセツキを黙らせたファバルに感心すると同時にファバルの言葉で室内を見渡した。
 部屋の奥にある文机の前から立ちあがり、座り直したファバル王の陰になっていた場所にココリエがいた。

 サイが自分を見ているのに気づき、ココリエが微笑みかける。
 ココリエに微笑まれたサイはさっと顔を逸らした。

 眩しく優しい微笑みは直視できないもの。奇妙な憧れを抱かせるココリエの笑みにサイの心臓が奇妙に鼓動する。

 摩訶不思議な感覚だった。

 妹に同じように微笑まれても起こらなかった心臓の不思議にサイは変な感じだと感想を抱いて、そのままその場で立ち尽くした。そんなサイにファバルは首を傾げる。

「うん? いつまでもそのようなところでどうした? そこらに座るがよい」

「勝手をすればセツキが怒る。怒られるのは嫌いだ」

「一理はある、か。しかしな、怒られるのが嬉しい者などいるものなのか?」

「世の中には変態とバカがいる。怒られる、罵られ、鞭で打たれることを悦ぶ気持ち悪いのが。私はぶたれるのはもう腹いっぱいでゴメンだ」

「……ああ、そうか。すまん。そなたはご両親に理不尽に、残酷に虐待されていたのだったな。失念していた。許せ」

 許せと言ってファバルが頭をさげたがサイは気にしていなかった。そして、王が座れと言うのならばと入口付近、ファバルから最も遠いそこに座ろうとしたがそのファバルが止めた。

 ファバル王はもちっとここ、近くに来いとサイを手招く。座りかけた姿勢から立ちあがったサイが素直に近づいていく。詰まっていく距離。あと一歩近づけば手刀であっても首を刎ねられる。そんな距離に入った瞬間、セツキから咳払いが聞こえてきた。サイの足が止まる。

 サイにファバル殺害の意思はなかったが、すべて殺しの基準で考えてしまう危ない癖だった。そんな癖もある意味では変態的だと自らに心の中で失笑するサイが止められた場所で座った。

 セツキが再び咳払いする。咎めるような音だ。はて、なにか気に障ることでもしただろうか。

「若い娘が胡坐などかくものではありません」

「口うるさいぞ、セツキ。正座など足が痺れる」

「正座くらいなさい。それでも女ですか」

「うるさい男尊女卑。若く見えてじじいか」

「減らず口を叩くんじゃありません。私は二十二です。それと、私は女性を卑下していません」

 セツキはただ、常識的に最低限の礼節、礼儀を述べているだけ。ファバルは気にしていないようだったが、セツキは気になってしまう。若い娘が胡坐などとはしたないにもほどがある。
 注意してもお堅いセツキに注意したファバルは苦笑するしかない。サイの胡坐を見事に流している王はサイにいきなり頭をさげてきた。

「娘が、ルィルが世話になった」

「世話というほどのことはしていない」

「いや、最近は、城下にメトレットの息がかかった者がひそんでいると噂があった。そんな中にルィルがひとりというのは考えただけで胃が痛い状況だ」

 もしやということがある。そのまま誘拐されていては、取り返しがつかないことになっただろうから、世話を焼いて、送ってくれたサイにファバルは感謝している。

「なので、私は息子の、ココリエの提案を呑もうと思ったのだが、まあ、なるほどな。そなたの存在にセツキが言う不安要素は対面してみてたしかに見受けられる。しかし、その力、セツキを圧倒しかけた力は惜しいし、欲しい」

「負けは負けであるが、なにか」

「まあまあ、そう噛みつくな。今現在ウッペの状況からしても戦力の増強は願ったり叶ったりだ。メトレットのこともあることだし、今はひとりでも個の力に突出した小さくも大きな戦力がウッペには望ましい」

「現状を知りえぬのでなんとも言えぬが、何故なにゆえメトレットとやりあう?」

「好きでやってはおらぬのだ。これが、また頭の痛い問題なのだよ」

 こめかみを揉みながらファバルは話しはじめた。戦力を増やし、強化したい理由。まずは、この国を理解してもらうことからだと、ウッペ国について話しはじめた。

 ウッペは兵五百少々を抱えるこの東の地方ではまま大きな国である。ここは、主に農業で栄え、豊かな自然と多くの《山巫チエンツ》からの恵みに支えられている。

 隣国にメトレットとチザンサを持つウッペは建国からの歴史は比較的浅い。

 王はファバルでまだ五代目。ファバルの曾祖父が三百年前に建国した。ファバルの前王は彼の兄フォノフだったが、夭逝してファバルに王位が移った。

 この国はウッペだが、それはこの島国の名ではない。

 島には桜蕾おうらいじまと名がある。この島は中央に帝都があり、クィレビエ・ネンテという。そして、地方にウッペやメトレットなどの国があり、特色はまさに多種多様。
 夏にも肌寒いジョッカ。冬にも雪が降らない常夏の離島エネゼウルなどなど。

 この島国の中央に位置する帝都におわすは帝。ファバルたち各国の王は帝に許しをもらい、その地域をおさめ、民に職や衣食住を与えて国をまわしている。

 この支配形式は、千年以上前から続いている。帝はその代の帝が崩御する前に一番強く、統治に優れた者が継いできた。が、今の帝は少し違う。現帝リィエンは統治する気がまったくと言っていいくらいない。
 だから、今、この国は戦禍に見舞われている。各国への縛りが弱く、戦力の大きな家が小さな家を吸収する動きを見せている。それが国にも起こっている。

「メトレットの者がココリエを暗殺しようとしたのを」

「知らぬ」

「では、そうなのだ」

 メトレットのことをファバルが説明してくれる。ここはこの島国で今最も恵まれていない土地と言える。王テシベルと弟ふたりの圧政、重税で民たちが貧困に喘いでいる。

 農地を管理し、作物を育て、国を豊かにしてくれる民たちを蔑ろにしてしまったことで国が傾きつつある。焦ったのだろう。テシベルは隣国にところ構わず攻め入り、自分の首を絞めている。それでも、メトレット王は現状を理解せず、暴虐をやめない。

 同盟国チザンサにも特攻隊が送られた。だが、たかだか十数の兵が八百の兵に敵う筈もなく、呆気なく返り討ちに終わった。テシベルはそのことから、いや、それ以前にとある理由からウッペ侵略に邁進するようになった。
 最初はルィルシエを嫁に差しだせば配下に加えてやると言ってきたらしい。だが、ファバルは一瞬すら迷わず、そのアホな案を蹴っ飛ばした。

「あんなに可憐で可愛い自慢の娘をなぜあんな豚王のところへ嫁がせねばならない? 阿呆でもわかろう?」

「ふむ。ルィルシエはたしかに見れる顔だが自分の娘を自分で褒めそやすな。親バカに思われよう」

「それからだ。メトレットからの嫌がらせが悪化したのは。あちらより武力に優れたウッペが小競りあいにも負けることはなかったが、敵王はまだ勝機があると勘違いしている。いい加減、鬱陶しい」

 サイの突っ込みをファバルは無視した。なので、サイも流すことにして、新しく疑問に思ったことを訊く。

「こちらから攻めぬのか」

「それがな」

 話はそうそう単純なものではない。メトレットの今は亡きテオル王は大変な人格者だった。

 その昔、チザンサのヌエラ王とよき交友関係にあったと聞き及んでいる。無論、この二国は同盟を結んでいた。そこに、隣国であるということで、まだ若輩だったファバルがテオル王の推薦でなんとか同盟に加われた。
 だが、テオル王が崩御してからメトレットは狂いだし、強欲な兄弟が我先にと玉座を廻って骨肉の争いを見せた。醜い、兄弟間の殺さんばかりの争い。

「チザンサにメトレットへの温情がある?」

「ま、昔はいい関係だっただけに、な」

 チザンサとウッペは狂いだしたメトレットと交流を早くに断った。ウッペとチザンサに元々交友だとかの関係がなかった以上、両国は微妙に気まずい雰囲気である。

 一応は盟国としてあるがそれもどれだけのものかわかったものではない。メトレットにこちらから攻め入るのは容易だが、そうなれば、当然チザンサはいい顔をしない。

 かといって、このままメトレットに屈すれば、民たちに累が及ぶ。一番はメトレットが全面戦争を仕掛けてくること。多少の犠牲はでるだろうが、このまま手をこまねいているよりましだ。いつになるか、わからないその戦争に、ひとりでも強い者が欲しい。

「ココリエから聞いたぞ。セツキと互角か、以上にやりあったそうだな。即戦力はありがたい」

「雇ってくれるなら、ココリエの小遣いでも給金に見あった働きはしよう」

「そなた、存外に安いな」

「そうでもない。衣食住の代金はそちらで持ってもらおう。基本給がココリエの小遣いであとのは働きによって歩合制をもうけてもらえばいいとする」

「それは、働きに期待だな」

「うむ」

 ファバルがそんなにびっくりするほど払ってくれるとは思えないが、それでも、元の世界に帰る手立てが見つかるまで食い繫げればいいと、サイは思ったのだ。

 だから、そう、多少薄給でもそこは一時凌ぎの仕事として甘んじようと思った。

 サイの思考が瞳から駄々漏れになっているのを見て、ファバルはよし、となにかを決定し、ココリエをなぜか見た。ココリエも当然気づいてはてな。

「ココリエ、サイの面倒はお前に一任しよう」

「はい?」

 いきなりこのひとはなにを言いだすのだろうか。ココリエの顔の全部品がものを言っていた。サイはココリエとセツキの判断でルィルシエにひとまずつける計画だった。
 それなのに、それをいきなりココリエにつける、もとい丸投げするというのはどうしたことだろう。そこになにを狙っているのかと、ココリエは父親に不審の目を向ける。

 ココリエの疑心にファバルは明るく笑う。

「ルィルのお側付きにしておくにはサイはもったいない。一刻も早く《戦武装デュカルナ》を習得してもらう為にもより危険な側近を任せる。ココリエの側近をさせる方がだいぶんお得感がある。そう思っただけのことだ」

 いきなり、意味不明にサイの努める事柄を変更しようとしているファバル国王にセツキが予想通り難色を示した。

「ココリエ様のおそばではあらぬ噂が立ちかねず、なによりも危険です。サイがもし他国からの間者だった場合、取り返しがつかない事態になることでしょう」

 セツキの静かでも猛烈な反対意見にファバルは涼しい顔。サイの悲劇の一部はココリエから聞いていた。

「さぞ辛い思いをしてきたことだろう。それでもサイの心は純粋なままあり、純粋でいて、世界の汚さをよく知っているのは貴重だ。人間の醜さをココリエに叩き込むのに、この女性ほどの適任はいない、と私は感じた。ココリエは、まだ甘いところがあるからな」

「聖上、ですが」

「ルィルとは違うが、それでも純粋すぎる。それを覆してほしい。そこに人間の醜さと本当の愛情がある。それを知らないうちはココリエに王位を任せられない」

「父上……」

「私を安心させる為と思って存分にやってくれて構わない。遠慮も情けもいらないぞ、サイ」

 にかっと、ひとのよさそうな、それでいて抜け目なさそうな目のファバルにサイは一応重要なことを伝えておくことにした。

「私が異界の人間でも、よいか」

「異界? なんの冗談だ、それは」

「まじめに言っている」

「……ふむ。まあ、もし仮に人外でもなければ反対はしない。人間ならば問題なかろう?」

 よくわからない基準だったが判断はサイをココリエの側近として雇う方向で決まった臭い。
 異世界のこともそれとなく、ちょっとだけ話せたので、これであとあとにそれなら問題だからなし、とかは言われない。……筈。

「聖上、今一度お考え直しいただけませんか?」

 サイが欠伸したので、ファバルがこの話しあいというか会合をお開きにしようとしたがセツキが止めた。考え直してください。サイの雇用にすら難色を示していた武将頭はやはり、ファバルの考え、ココリエの側近にというのはありえなかったようだ。

 ファバルに納得のいく説明を求めたセツキ。ファバルは不思議そうな顔。サイの実力のほどはセツキが一番間近で感じた筈。
 なのに、なぜいやがる? 王の疑問にセツキは嘆息。

「この娘の体術、はっきり言って《戦武装デュカルナ》なしの実力はこの戦国の三強十柱に比肩します」

「そりゃあ、心強い」

「違います。サイは強すぎるのです。なのに、《戦武装デュカルナ》を学ばせてもよいのでしょうか。この娘の世界は刺激が強すぎ、血臭が濃すぎます」

「ルィルはよいのか?」

「ルィルシエ様でしたら、血の道に進み入る可能性はなくならずとも低くなります」

 だが、ココリエの側近となれば話は変わってくる。そこには常に、死と血がまとわりつくことになるだろう。それになにより国王の息子の側近なのにその素性が知れない、とは、危うい。

「ルィルシエ様ならば、その存在も他国との交渉事以外にあまり、言い方はよくありませんが価値がないではないですか。ココリエ様は違います。いずれウッペを背負う者として、彼の身になにかことがあったならばどうするおつもりか? そこのところも踏まえてお答えください」

 言い切ったセツキに部屋中がサイとセツキを除いてぽかんとした。ただ、サイも間抜けな反応をおもてにだしはしなかったが、内心は他の男と同じだった。セツキの薄情な物言いに瞳が感情のまま揺れる。

 ルィルシエをまるで道具かなにかのように言うセツキにココリエが怒りを口にしかけたが、父親の手が青年を止めた。娘を他国との交渉道具呼ばわりされたことにファバルはひとつ頷いた。

「ルィルにはいずれ道具になってもらわねばならない」

「父上!」

「ココリエ、お前の母もそうしてこの国に来た。南にあるニタから同盟の為の道具として私に嫁いで尽くしてくれた。アザミの姉たちが嫁いだシレンピ・ポウとも同盟関係にあれるのもこうした生きた道具たちのお陰だ」

 自らの妻を生きた道具呼ばわりしたファバルはしかし、と口調を緩めた。

「私は父の命に逆らわず、アザミを妻に取った。いい女だった。それの忘れ形見のルィルをくだらない男に嫁がせるのは断固拒否する。メトレットの豚など、もってのほかだ。セツキの言うこともわからないでもないが、それでも見極めるのならばギリギリのところですべきなのだよ。ルィルが可愛いわけでも、ココリエがどうでもいいわけでもない、わかるか?」

「それは……」

「サイの力が絶大ならば、その可能性があるのならば育ててみるのも一興。過去に大きな傷があってもサイは純粋なままに大人になって……大人、だな、サイ?」

「十五だ。まだこども……己ら、その顔はなにか」

 サイの年齢発表に部屋にいた者たちが揃って微妙な顔。

「十五……とな? ココリエよりも、ふたつ下? まだ、そなたこどもだったのか」

 ファバルの目が憐れみのような驚愕のような色をうつしているのにはサイが不機嫌そうに瞳を揺らした。だが、ファバルはすぐに取り繕うように咳払いした。

「サイのことは私が責任を負おう」

「聖上」

「今のところ、私はサイを信じる。だからサイ、期待を裏切ってくれるなよ?」

 ファバルの表情に冷たいものが掠める。柔らかな口調は変わりなかったが、それはたしかな脅し。背けば相応の報いを受けてもらう。サイも無言で返す。裏切るな。

 両者譲らない攻防。ココリエは唖然とした。いつも優しい父だが、こうした交渉事には妥協しない。その証拠に、サイのことで意見を通す時にずいぶんと無茶を押しつけられた。

 こんなことなら、最初からサイに任せればよかった。青年を置いてその場はお開きになった。

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