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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

オルボウル

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心の殺害と支配


 そして、部屋には卵に侵され、脳を支配されていくサイとその様子を見守るジグスエント、痙攣し、びくびくと暴れるサイの体を押さえるミツハが残された。

 サイの体が震える。悲鳴は徐々にか細くなり、ついには無言となり、女は心の死に痙攣した。

 サイの額に不思議な紋様が輝く。ジグスエントが卵に施したのと同じ呪の形。不思議なそれがサイの額に広がり、脳を支配、操作しはじめたことを示した。

「やはり、残念です、サイ」

 卵の液が完全に溶け切り、サイの脳に呪を刻みはじめたのを見たジグスエントの呟きにミツハがまばたく。

 美貌の男は無念でならないと嘆息し続ける。何度も残念と紡ぐ。男の中には辛くてひどく苦い後悔があった。

「あなたほどの戦士はまたといなかった。意思の強さ、美しさ、気高い精神。あなたは戦国で一の戦士でした」

 でした。過去形。

 ジグスエントはもはや取り返しがつかない状況になってなお、サイの完全なる心の死と支配を無念に思った。己の力が足りていればサイはサイのままであった筈なのに。

 その後悔は無意味だった。サイの中に産みつけられた卵の液はサイの全身となによりも脳をしっかりと包み、支配下に置いていた。呪の変更もいまさら叶わない。

 悲鳴は絶え、女は痙攣するばかりとなった。瞳に最後、一瞬だけ鋭い輝きが宿った気がしたジグスエントだったが、見間違いであることに気づいた。

 サイの瞳は濁っていた。

 意思の光はなく、意志すらもない。瞳にまで無表情が広がって、サイの瞳孔は震えるのをやめた。同時にサイの額の紋様にある淡い光が虹色なないろに変化。

 移ろうように色が変化する。赤と思ったら橙となり、黄となり、緑、青、藍、紫となって目にも鮮やかで美しい。

 だが、それは……。

「……終了、ですね」

 ジグスエントの終了という言葉に反応し、電源が入ったようにサイの体がぎこちなく動きはじめる。サイの顔が持ちあがり、ジグスエントを見つめた隻眼は無感情。

「サイ、ここへおいでなさい」

 ここ、と言ってジグスエントが指したのは自分の隣、密着するような至近距離だった。いつもならば、サイはいやそうに瞳を揺らし、拒絶する。

「……」

 サイは文句も言わなければ瞳を揺らしもしない。

 スッと、最初のぎこちなさが嘘のように美しい動きで立ちあがった。その際ミツハを振りほどき、彼女はご機嫌を損ねたがジグスエントが宥めた。

 ミツハを宥めて落ち着かせたジグスエントの肩に優しいぬくもりが触れる。一瞬のうちに移動したサイがジグスエントに身を預けるようにしなだれかかっていた。

「……ふふ、上々」

 ジグスエントの知っているサイならけっしてしないこと、それを命じるまでもなくしてくれるのが嬉しかった。

 それは隠者いんじゃたちとサイの双方に聞き、知りえたことだがサイは絶対に甘えない女だった。誰にも。なににも。

 その絶対が崩れた。

 ジグスエントの最終手段である精神支配でサイの鉄壁は脆くも崩れ去った。美しく気高き美貌の女戦士はジグスエントの肩に頭を預け、胸に手を這わせて甘える。

 素晴らしかった。サイをとうとう手に入れた歓喜にジグスエントは嬉しくてならず、サイの顎を持ちあげて、美しく赤い薔薇エルンヒアの花弁のような唇に己の唇で触れた。

 確かめるように口づける。

 サイの唇を舌で割ると、サイは抵抗するどころか自分から口を開き、ジグスエントという男を迎え入れた。女の歓迎にジグスエントは夢中で舌を絡めて貪った。

 サイの体が震える。

 心を殺し、壊しても感覚は残ったまま。女の敏感な体は口づけだけでジグスエントを感じ、官能のままに震える。

 どんなに心を壊し、精神を支配しても魂に損傷を与えることは不可能。よって、サイの魂の味も変わりなくあることをジグスエントは確認したくなった。

 実験的に命じてみる。

「サイ、あなたの中の抑制を解除し、わたくしに口づけ、あなたの味を、魂を咀嚼させなさい」

「……」

 ジグスエントの命令にサイはやはり無言で従う。

 ジグスエントの唇にサイから唇を重ねた。ジグスエントは自分の頭の中で必要な呪をサイに与えるように呪の指示式、設計図のようなものを描き、与える。

 額の紋様が輝き、サイに必要な呪の情報を与えていく。受け取ったサイが呪をことほぎ、ジグスエントがいつかしたように自身の中の抑制を解除。

 唾液に法力を混ぜ込み、それをジグスエントに飲ませる為に膝で立った女はそっと、自分の法力が混じった唾液を男に注ぎはじめた。意識のない瞳で、淡々と。

 とっくりとして甘い、もはや天然の蜜など目ではないほどの糖度であり、異常な甘さ。

 心が死んだと思えない、いや、むしろ心が破壊されたからこその甘さ、美味なのかもしれない。

 甘ったるくてならないのではない。もっと欲しくなる甘さで病みつきになるほど癖になる味わい。最高級の甘露。

「うん、美味しい」

「……」

「これほどの甘露を生むとは戦国の柱どころか強者でもそうそういないでしょう。サイ、そんな素晴らしいあなたはわたくしのモノ、わたくしの所有物、ですね?」

「……」

 平素のサイならばふざけるなと一蹴しそうだが、今のサイに心はない。そして、思考する為の脳にはジグスエントの呪の作用でジグスエントへの忠誠心があるのみ。

 当然の結果。わざわざジグスエントが訊くまでもなく、当たり前としてサイの答は決まっていた。

 サイは男の問いかけに顎を引いて男の言葉を肯定した。

 サイはジグスエントのモノ、所有物となった。

 答えた女にジグスエントは満足そうに微笑み、今一度そばへ女を誘った。従うサイは再びジグスエントの肩に頭を預けて寄りかかり、心地よい体温で以て甘える。

 これで、この呪で魂まで縛れればさらに言うことはないのだが、それは不可能というもの。

 魂は肉体に宿っていても心とはさらに別のもの。

 触れること叶わない。

 心にも触れることはできないが、断片を掴むことは現戦国の医術にも精神科があるので薬物調整だけは可能。

 ジグスエントの精神支配は医術の延長線上にあるもので、特殊なまじないが薬の代わりとなって精神に影響を与える。ミツハの卵に含まれる液は劇薬も同然。そこに呪という薬物的作用が加わり、対象の心を破壊する。

 だが、魂は穢すことができない。

 ジグスエントの支配が一時的なのも呪の作用が一定期間しかないせい。それでもあるのとないのとでは違う。

 心を破壊すれば魂は剝きだしとなる。支配された者の魂は無防備に与えられる支配の痕跡を刻みつけられる。

 そうして、回復した時、サイの魂に刻まれているジグスエントの支配はサイの心に影響する。

 その影響によりサイにサイの意思でジグスエントに従順になろう、と思わせることが目的のひとつであった。

「サイ、もっと寄り添いなさい」

「……」

「そうそう。いいですよ。あなたの体温は心地いい」

 ジグスエントの新しい命令にサイは無言で従い、ジグスエントにさらに体を密着させ、男に寄り添った。

 呪によって従順となった女の心地いい体温を感じながら、ジグスエントはサイを抱きしめた。サイは無抵抗。

 抵抗などありえなかった。サイはもはやジグスエントの美しい人形。女の中にはジグスエントへの忠誠心しかありえない。サイのすべてはジグスエントが掌握していた。

「聖上、お客様をお連れしました」

「お入りなさい」

 口を利くことがないというのが、この呪の欠点だとジグスエントが在りし日のサイの声を思いだしていると、部屋にハクハの声がかかってジグスエントの意識を戻した。

 客人を連れてきた。すなわちココリエが来た。

 ジグスエントはちょうどよく間にあったと、もしくはあと四刻半も早く到着し、この部屋に来ていればココリエはサイ、という戦士に会えただろうと憐れんだ。

 だが、もう遅い。

 サイが変わらずジグスエントに寄り添い、侍っているのを確認して、ジグスエントは入室の許可をだした。

 許可の声を聞いてすぐ、聞くなり早速と襖が開く。ハクハの姿が見えたが、男はすぐに脇に避けた。

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