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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

オルボウル

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王子と鷹の疑心


 オルボウルの都。ここには北の海から水揚げされた海の幸と近くにある山で採れた山の幸が揃っている。

 庶民から貴族の遣いから、今日もオルボウルの都には旬の食材と常の食材、珍味に名産を買い求める人間たちでごった返していた。

 オルボウルは、他国から貴族の者がお忍びで観光に来ることすらある有名な避暑地でもある。
 避暑以外にも観光で訪れる者も多い。この国は帝都の次に平穏で戦の気配がない国だった。

 北の方角に位置しているこの国は隣国と同盟を結んでいるわけでもなかったが、なぜか攻められない。

 トェービエやネビテアといった国々はオルボウルを通過して南下し、他の国に戦を仕掛けることはしてもオルボウルにだけは手だししようとしなかった。

 そこに転がる特殊な事情をオルボウル王も、他国の王たちも充分に知っていた。知っていたからこそ手だしできない。オルボウルはなにより、王が異質であった。

 戦の、戦いや殺しあいの火の気もないオルボウルにおいては暗殺という恐れすらもない。この上なく安全なのだ。

 なので、貴族ないしひょんなことをすれば王族までもがお忍びで訪れるので、旅籠屋はたごやは上質なものが揃い建つ。

 豪奢であり、気品溢れる上等な旅籠屋はたごやが並ぶオルボウル王都にただ一軒の安宿は隅っこにこっそり建っている。

 民宿、民の為の安い下等宿の二階。

 その宿では一番高い部屋にいて、窓から外を眺めている青年がため息を吐きだした。見目麗しい青年だ。

 綺麗な顔の青年は貴族的な風貌であり、身につけている着物もかなり質がいい一品であった。とてもこんな古ぼけた安い宿に泊まる人物には見えない。

 淡い亜麻色の髪に蒼瞳の美青年はぼんやりと窓の外を眺めてまたため息を吐いた。

「ココリエ様」

「言うな、セツキ。まったく、不甲斐なくてならぬ」

 青年、ココリエの言葉には苦悩が滲む。

 島国の東に位置するウッペからやってきた彼はウッペの王族に属し、長子で王子だった。その彼に声をかけた男は同じくウッペから来たつわもののひとり、セツキ。

 ウッペ国で、そしてその周辺国で知らない者はいないほど武に優れた武士もののふである。類稀なほどに整った容姿と実力で有名な男はココリエを見つめている。

 ココリエは変わらずため息を吐き続ける。自身の不甲斐なさにでてくるため息は止めようがない。

「どうなさいますか?」

「どうもこうもないが、どうしようもない」

「諦められるのですか?」

「……ありえぬ」

 セツキの言葉にはっきりと返したココリエはようやく背後にいるセツキに体と顔を向けた。青年の顔、空色の綺麗な瞳は厳しい色を灯している。

 ココリエがオルボウルに来たのは重大な目的が為だった。他の高貴なる者のように物見遊山が目的ではない。

 ココリエはオルボウル国王ジグスエント・クートに攫われた自分の側近である女戦士を奪い返しに来た。

 サイを奪い返す。その為だけにオルボウル城を訪れ、国王に返してほしいと直談判した。今はそれを終えた、というか邪険に追い払われ、引き返して一息入れたところ。

 セツキの提案で取った安い宿の一室であまり美味しくない茶を一口もらって、ココリエは難しい顔をしていた。

「サイがジグスエント様に寝返った可能性は」

「ないな。もしそうなら、あんな言葉はでてこない」

「……でしょうね」

 ジグスエントが言ったことが気にならないわけではなかったが、それでもココリエは彼の言葉を信じていない。

 サイがココリエを裏切ってジグスエントについた。

 その可能性はあまりにも低いもの、とココリエには思えてならなかった。特に、あの言葉のあとには。

「お上手でしたよ、咄嗟に食事の話をだされたこと」

「うむ。突拍子もなくて油断したのだろうな」

 ジグスエントに直談判にいったココリエは彼に冷たくあしらわれ、サイが裏切ったという証拠に彼女の為に用意された、という彼女が使う部屋を見せられた。

 そこには生活の跡があった。

 ようやく慣れはじめたというような雰囲気が漂うそこだったが、サイが裏切ったなどと信じられないココリエにはいっそ異常なほど不審にうつって見えた。

 どうも、つくりものめいている。大急ぎで偽装されたかのような形跡がそこかしこに見えた気がした。

 だから、ココリエは咄嗟にサイの食事はどんな具合かとジグスエントの側近代わりと思われる隠者いんじゃに尋ねた。

 返された答でココリエは確信した。やはりサイを雇ったなどというのはジグスエントの大嘘である……と。

 サイは、ウッペに転がり込んだ最初の頃こそ、食事を不規則にとっていてそれこそ腹が減ったからなにか適当に摘まむ、という感じで食生活を送っていた。

 あまりにも不健康だ。だから恵まれた海外で生活していた身でありながら細いのかと思いいたったココリエは彼女に食事を規則正しく一緒に食べることをすすめた。

 最初は「こんなに食えるか」と言って途中で箸を投げていたが、本当に投げられて刺さりそうだった珍事もあったりしたが、徐々に慣れてきたのか時間が来たらそろそろ食事にしよう、とココリエに声をかけるようになった。

 好き嫌いはない。
 本当に食事というものに無頓着というとアレだが、食べられるものに関してはこだわりなく食べる。だが、彼女は食事を必ず残す変な癖を持っていた。

 ハクハは残さず食べると言った。それは間違いだ。サイは腹がすいていようと食事は必ず少量を残していた。

 ココリエが訊いたところ、彼女曰く、微調整だそうだ。腹八分を忘れないようにする為に。食事を決まった時間にきちんととっているといざという時まやかしの空腹を覚えてしまう。そんな間抜けな罠が設置されかねない。

 そうなっては困る。

 サイという存在は戦士としてのみ在る。だから、前提的に戦士でなければならない。戦士は常に緊張し、空腹を覚えておかなければならない。空腹は動に関わる。

 重い空腹はきちんと満たしておかねばならないが、軽い空腹は放置する方がサイはいい動きがだせる。

 そんなことをぽろっと言っていた。だからサイがだされた食事を残さずすべて平らげるのは不自然だ。

 さらに朝を抜く癖があると言ったことにハクハは違うともその通りとも言わなかった。

 どちらにしても、それはココリエの引っかけ。

 今現在においてサイに朝を抜く癖などはない。だから、その通りと言われればそれは嘘になる。違うと言われれば、ココリエはさらに突っ込んで訊くだけのこと。

 ココリエ自身も妹に聞いただけなのにどうしてそんなこと、サイの細かな癖までこの短期間ですでに熟知しているのか、ということを突っ込むまでだった。

 なのだが、相手は話題をさりげなくすり替えてココリエの問いを躱した。かなりの話術を持っている相手では分が悪いと思って、ココリエはそこをおとなしく引いた。

「嘘はわかった。サイはジグスエント殿に寝返ってなどいない。おそらく今もなお必死で抗っている」

「ですが、あの娘なら例え牢に幽閉されていても大暴れしてこちらに存在を察知させそうなものです。ジグスエント様はどうやってサイを押さえているのでしょう?」

「問題はそこだ。わからない」

 あのサイが、ココリエと比べても数倍は強い女戦士がなぜ抗いながらもココリエたちに姿を見せないのか。見せられないのか。唯一にして最大の不可解だった。

「となれば、異能が関係しているのかもしれません」

「ん?」

「……。ココリエ様、寝ぼけておいでか?」

 ひどい。セツキのなかなかにひどい言葉にココリエはだがはてな。異能って、どこでどうしたからそんな変わり種の話、異能力の話がでてくるというのだろうか。

 ココリエの疑問にセツキはため息。

「ココリエ様、そんなことではサイを取り戻せませんよ」

「いや、だがセツキ? 異能は今……」

 軽く説教した男はココリエの異能は関係ないのでは? という言葉を遮って、記憶を掘り起こす言葉を寄越した。

「聖上のお言葉をお忘れですか?」

「父上?」

「聖上はただの噂話といえジグスエント様がなにかの異能者である可能性があるとおっしゃっておいででした」

「噂だろう?」

「噂かもしれません。ですが、実際には噂ではない可能性もあります。世の中には不可思議さが溢れています」

 セツキの言うことはまっとうだった。

 たしかに世の中は不可思議な事象をも抱えてまわっている。サイもそんな不可思議さでこの戦国に渡ってきたと言っていたし、変なことなど想像の数だけある。

「ジグスエント様が特殊な能力を持っているのなら、能力の特性を駆使してサイの命を無理矢理にでも捧げさせて味わった可能性は否定できません」

「う、うむ……?」

「さらに、能力がサイを幽閉どころか封印してしまっているとしたなら、私たちには見つけようがありませんし、見つけられても連れ戻すことはできません」

「だがセツキ、余は」

「サイは現在ジグスエント様という捕食者に囚われ、強固に縛られている。へたに手だしすればサイの命を危ぶめるでしょう。あなたが望まぬ展開です。なので、どうかもう少し落ち着いて。思えばこそ慎重にお考えください」

「……セツキ、お前がサイを案じると気味が悪いな」

「私はサイの為にサイの身を案じているわけではありませんこと、お間違えのないようにお願い申しあげます」

「……わかっておる」

 そう、セツキがサイを案じているのはすべて、ココリエとその妹でサイにべったりなルィルシエの為。

 それ以外にはありえない。いまだにサイを危険視しているセツキがサイを心配するなど本当にセツキが言うところの天変地異の前触れに相当する。

「サイが抗っているという前提で話を進めます。サイはココリエ様に会いたがっているのではないでしょうか。ウッペに帰りたがっている。帰還を望んでいる」

「だと、嬉しいが……」

「……。それをジグスエント様は阻害している。性質の悪い、底意地の悪い意地悪をなさっているのでしょう」

 一瞬、なにか物言いたげだったセツキだがココリエの発言を聞かなかったことにしているのか言葉を繫げた。セツキまでもが性質が悪いと言ったが、本当に悪い。

 ジグスエントの性格は歪んでいると思えるほど。
 意地悪この上もなかった。

 だが、セツキに同意する一方でココリエはちょっとだけ驚いていた。いくらココリエとルィルシエの為とはいえ、セツキがここほどサイを案じるなど予想を裏切られた。

 帝都では、サイは害悪で有害因子とまで言った男。同じ口が喋った内容にしては大きな隔たりがある。

 本当に同一人物かどうかココリエは真剣に疑ったが、セツキはココリエの視線に少し不機嫌になる。

「聖上のおっしゃられることは絶対です。サイは私個人の意見としては害悪ですが聖上はそうお考えではない。ならば、私はそのご意思に従うまでのこと」

「……お堅いな、セツキ」

「サイもそう言いそうです。さて、そのサイですが、あの娘のことです。隙をついて逃げてくるかもしれません。しばらくの間、ここに拠点をもうけてサイを待ちます」

「叶わなかったら?」

「その時は帰国のご挨拶として事前の報せなく城を訪問します。それで隠せるのなら、ジグスエント様の能力というのはかなり厄介なものであると思われます」

「今もうすでに厄介だ。……サイ」

 情けない声がでた。

 王子として、ひとりの戦士として恥ずかしいその声にココリエはまたため息をひとつ押しだした。

「まったく、いつから余はこんな、恋慕の情で思い悩む乙女のようになったのだ? 情けないな、本当に」

 セツキの言葉で希望をえたが、現状の難しさにココリエは頭を抱え、思考しながらため息を吐き続けた。

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