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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

オルボウル

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ココリエの返信


「できれは、あなたの意思を、わたくしは尊重したいので、こちらを使用します」

 こちら、と言ってジグスエントが取りだしたのはサイにとっても見覚えのある広口瓶。中で粘液のようなものに浮かんでいるのは昨日の白とは違って土色の玉。

 よく見なくてもミツハの卵だ。

 色が違うのはなにか、仕様が違うのだろうか。サイの素朴な疑問に揺れる瞳。ジグスエントは微笑んでいる。

「こちらは、採取して六年置いたものになります」

「とんだ趣味……っく」

 サイがジグスエントを貶そうとした瞬間、またミツハが締めつけてきた。

 締めつけにサイが一瞬怯んだ隙をジグスエントが見逃してくれる筈もなく。圧迫に苦しむ女の胃袋に卵を埋めた。サイは不快そうな色を瞳に揺らす。

 サイの不快感を見て男はくすくす笑う。
 そして、その場を立ち、部屋の棚、小さな引き出しがいっぱいついたそれを漁っていく。いろいろなところから似たような形状の瓶がいくつもでてくる。だが、中に詰められている卵はそれぞれ色が微妙に違う。

 ジグスエントは取りだした瓶を並べて、しばし考えていたが、やがて三つほど腕に抱えて戻ってきた。その間に本日最初に産みつけた卵が溶けだして女を侵していた。

 卵の液がまわったサイは意識が希薄化し、ぼんやりしている。かすみがかかったようなサイの瞳にジグスエントは満足して微笑み、サイの髪をそっと梳く。

「やはり、六年物はよく効きますね。ハクハたちの収集してきた情報に聞いただけですが、これほどの戦士の意識が一瞬で希薄になり、混沌とする」

「ぁ、は……」

「普通には使いどころがありませんが、あなたはほどの戦士にならば遠慮なく使えます。その強靭な精神、屈服させてみせましょう。必ず、ね?」

 卵の毒液で意識が半分以上も拭われ、頭の中が混沌としているサイはここがどこであるかすらわからない。
 女戦士の耳にジグスエントの声が甘く、奇妙に反響して囁くが意味までわかりえない。

 理解する為にあった力は男に根こそぎ奪われた。

 正確には卵の毒に奪われた。

 だが、危険で気味の悪いものがサイの心身に影響した原因は産みつけているジグスエント。よって、これは彼の仕業として処理しておいて間違いない。

「サイ、聞こえていますか?」

「……なにか」

「どうです、気分の方は」

「悪い」

「解毒のお薬はあなたの従順と引き換えです」

 サイの従順と引き換えに解毒の薬を渡す。つまり、ジグスエントに従順になり、主従関係とならなければ気分の悪さは解消されない、ということ。

 それは明確な脅しだった。だが、それはサイの一存で、サイ如き傭兵の一存で叶うことなのだろうか。

 サイの身は現在もウッペのファバル王が握っている。彼と彼の息子の世話になっているし、なってきた。

 多少の無理難題はあったが、それでも彼らと、ウッペとはよき雇用関係であった。それなのに、サイがその雇用の契約を蹴ることなどできるのだろうか。

「傭兵、という職種の者は特殊でしてね。主を好きに選べるのです。知らないのですか?」

「知らぬ」

「カザオニ、という傭兵をご存知ですね? 彼については本当に根なし草、と聞いています」

 報酬さえ支払われれば誰にでも忠義を以て尽くす。

 だが、その代わり多額の報酬が必要な上に不吉な噂を持っている。雇い入れた者の不吉と不運に不幸だ。

 メトレット王はいい例である。

 呆けつつ、メトレットというもはや過去にしかない国名にサイはまわらない頭で納得した。

 あの国の王はカザオニに大金を注ぎ込み、最後は何者かに暗殺された。戦国における最高峰の戦力を手に入れておいて、最後は阿呆のよう、間抜けに死んだ。

 救いようのない王だった。

「私に、ウッペという根を絶て、と?」

「物わかりがよくて助かります。報酬は先に提示した通りです、サイ。悪い条件では、いえ、かなりの好条件で」

 ジグスエントが提示した条件は彼の小鳥になること。それだけで三千シン。ウッペで月に支払われている給金の三十倍が報酬。この上なく、良条件だった。

 それでも、サイは首を横に振った。ジグスエントがなにか言いかけていたようだったがサイは遮って拒否した。

 サイの中の義理がそうさせた。
 欠片ばかり芽生えている忠義。

 それを向ける先はジグスエントなどという誘拐犯ではなく、ウッペ。それは当たり前に決定された。

 サイの答を見たジグスエントは残念そうにして、新しい卵を手に取った。少し苦い蟲を喰ったような顔。

「どうか、暴れないようにしてください、サイ」

「いっそ、殺せ」

「……本当に剛胆な娘です、あなたは。女であるのがもったいない。男ならば、何者よりも優れし戦士で在れたでしょうに。いえ、だからこそ、なのでしょうか?」

 男は独特の弱さと強さを抱えて生きている。女もある意味では同じだが、強さの値が桁外れている。

 真似しようのない強さを抱えて生きている女たちはだから、肉体の才能に恵まれない。

 その傾向から外れているのがサイ。

 肝っ玉が太く、実力も申し分ない。

 真の強さと誇りを抱え、弱さを他人に見せない。

 それがすでに弱さだったが、サイはそれを無視することで強さに変換していた。とてつもない精神だった。

 サイの精神性にハクハがちょっと引いたような顔をしたが、ジグスエントは微笑んでいた。

「あなたの精神、異常なその心を征服したなら、一度ひとたび仕込んでしまえればあとはとんとん拍子に」

「……ジーク様」

 サイの精神の傾向から対策を立ててジグスエントが計画的に仕込んでいこうと考えているところに、言葉の途中に割り込んだ小さな声がひとつ。

 サイが怠そうに声が聞こえてきた方を見ると声の主がジグスエントに跪いていた。隠者いんじゃのコトハだ。

 兄であるハクハが妹の声による割り込みを疑問視したが、答を妹の肩に見つけて口笛を吹き鳴らした。

 一羽のミミズクがコトハの肩に留まっていた。首に若葉の布を巻き、足には紙の書がくくられている。

「これはウッペの伝書鳥ですね。ファバル、なんとも、お早い返信で助かります。ココリエ王子はすると、無駄に無意味にごねなかったようですね。ふふ……」

 ジグスエントの言葉にサイは絶望的な気分になった。

 ファバルがジグスエントに文をしたためた。

 やはりというとなんだが、ファバルはサイの雇用などどうでもいい、のだ。サイを庇うよりは代わりのお駄賃をもらう方が賢い反応だとサイでも知っている。

 だから、サイはファバルの切り捨てを咎められない。

 ジグスエントが嬉々として鳥から書を外す。

 届けるべき書から解放された鳥は翼を広げて飛び立とうとした。瞬間、鳥を狙っていたミツハが鳥を喰った。

 巨大な蟒蛇うわばみの牙、隙間から鳥の羽毛が零れる。

 残酷なその絵にサイは吐き気をもよおした。

 ミツハはサイを縛ったままバキバキと豪快な音を立ててミミズクの骨を噛み砕き、血をまきつつ喰っていく。

 大蛇はそのまま鳥を胃袋に流し込んでおさめ、またサイに絡みついてきた。しっかりとサイに絡みつき縛る。

 蛇の黄色いビー玉のような目が主人を見つめる。

 ジグスエントは先の嬉しさが出張したのか、非常に不愉快そうな、不満げな表情でいる。これを見咎めたミツハがなぜか八つ当たり的にサイを締めてきた。

「あ、ぅあ……っ」

 意味不明なミツハの行動に、そしてジグスエントの不機嫌にサイは疑問符を浮かべるよりほかない。

 なぜ自分がこんな意味のわからない目に遭わねばならないのか真剣にサイは疑問でイミフだった。

 サイが不可解さを抱えているとジグスエントが手紙を読み終わって突然笑いだした。

 愉快そうな笑い声。なのに、表情は先ほどサイが見たまま不機嫌なまんま。……かなり怖いものがある。

 男は不機嫌な表情で愉快そうに笑いながら、サイにウッペの伝書鳥が送ってきた書を見せてくれた。

 そこに在った字はサイのよく知った字。
 丁寧で繊細なそれは王族生まれの彼の筆致。

「サイを、お返しください……?」

「ふふふ、笑えるでしょう?」

 笑えない。それは、サイにとっては笑える要素などひとつもないまじめな書状だった。ココリエらしいまじめな文には短くとも簡潔に要望がしたためられていた。

 サイを、自分の傭兵を返してくれ。

 切実な願いの書だった。この、サイがここに来て見聞きし、体験しただけでも難解なこの男にこんな書をしたためるとはある意味ではおかしなことなのかもしれない。

 この男は、ジグスエントは返せと言われて素直に従う男ではない。そうなったら、障害があったならばより一層激しく求められそうないやな予感がしかしない。

 サイにだってそれが、無知でアホなサイにわかるのだから、王族としての情報網があるココリエにそれがわからない筈はない。わかっている筈だ。無駄だと。

 それなのになぜ? こんな書は凍土での農耕並みに不毛であるのにどうして? サイにはわからない。

 ココリエがなにを考えて自分如き腕が立つ程度の傭兵の身柄を返還するよう要求する書を作成したのか。

 だが、サイはなぜか無性に嬉しかった。

 ココリエが惜しんでくれている。

 それが変に嬉しくて浮かれそうになったが、ジグスエントの視線が刺さったのでサイの瞳に喜びは揺れない。

 文の内容はサイを返してくれ、以外にはなにもない。

 挨拶もなにもなくただ返してくれという要望だけを伝えてきた文を摘まんでいたジグスエントが突然文を破った。

 紙が裂ける音が無情に響く。

 手紙を破くジグスエントにサイが手紙を奪おうと手を伸ばそうとした。が、即座にミツハが邪魔をする。

 主人に飛びかかり、危害を加えかねない勢いだったサイを大蛇は締めつけて仕置きする。

 苦しむサイの目の前でココリエの書は判読不可能なまでに破かれてただのゴミになってしまった。

 サイの心に絶望が広がる。残骸からサイがジグスエントの顔に視線を移すと、男は女の視線を歓迎し、微笑む。

「ハクハ、コトハ、片づけをしてください」

「なにをっすか? 鳥ならミツハが喰って片づけましたし、ウッペ王子からの手紙もジーク様が処分……」

「サイを入れていた牢からその痕跡を消してください。髪の毛一本も残さずに。それと早急に部屋をつくりなさい」

「……ははぁん。ココリエ王子が来るんすね?」

 ココリエが来る。

 書を破かれて、ココリエの書をなかったことにされて、サイはなにか知れない絶望的な気分になっていたがハクハの言葉に一度失われた希望が溢れてきた。

 瞳にはここ、オルボウルに来てからまったくなかった嬉しそうな色が踊る。すると、サイの喜の感情を瞳に見つけたジグスエントが笑った。愚かを嘲る笑み。

「なにを期待しているのですか、サイ?」

「期待……?」

「無駄なことです。ココリエ王子にあなたは見つけられない。例え見つけられたとしても、連れ戻すことなど到底叶わず、ウッペに帰ることになります。ひとりでね」

 ジグスエントの冷たい言葉にサイは首をぶんぶん横に振った。いつものサイからしたら、わりと必死の行動、動きだったが、ジグスエントはサイの否定を無視した。

 女の体を我がそばへ抱き寄せる。

 いやがるサイが身を奇妙に震わせる。ミツハの卵の毒がサイの中に廻る。頭を振ったせいで脳の中に入り込んだ液が脳機能により一層のかすみをかけてきたのだ。

 頭がうまく働かず、体も上手に動かない。

 首を振るなどの単純な動きはまだしも、抵抗したり、暴れたりだとかは難しくなってしまった。六年熟成された卵の毒の作用は強力にすぎ、彼女でも抗えない。

 それでもサイは懸命に抵抗し、叛意を見せた。

 それを感じ取ったミツハがまた締めてきてもサイは構わなかった。これで、抵抗することでココリエのもとに帰れるならば、その程度の苦はなんでもなかった。

 ジグスエントはサイの抵抗を楽しそうに見つめ、やがて言葉を紡いだ。口調は幼子に言い聞かせる優しさ。

「諦めなさい。言った筈。あなたはもうわたくしのところから離れられないのです。もはや、かごの鳥となったあなたに自由はない。わたくしだけのモノです」

「ち、がう。私は、私だけのモノ……だ」

 ミツハに締められながら必死で紡がれた言葉。

 自身の身も心も自分だけのモノであるとする言葉。

 ジグスエントはおかしそうに笑い、ミツハにサイを解放するようにひとつ声をかけた。蛇の拘束がとける。

 卵の毒に侵され、身体的に不自由だったサイはミツハの巨体に寄りかかっていたが、その支えがなくなり、無様に倒れかけた。すかさずジグスエントが支える。

 男はサイの体を優しく抱きしめ、何気なく両手を女の腰にまわした。ぐちゃりと気味の悪い音を立てて男の手が女の腰に沈む。感触に、感覚にサイが震える。

 ジグスエントの手はそこからさらにサイの中に、奥深くへとひたすら沈んでもぐり込み、肉を侵していく。

 どんどんサイの体を自分に融合させて同化していくジグスエント。自分の体が自分のモノでなくなっていくような感覚にサイは吐き気をもよおし、呻く。

 女を少しずつ侵す男が笑う。

「あなたはわたくしの愛しい愛しい、可愛い唯一の小鳥。あのような身の程知らずの小僧にくれてやるには惜しい」

「うぁ、う、く……なっん……あ、ぇ?」

「言ったでしょう? 諦めなさい。あなたはかごの鳥であり、もはやわたくしから逃れられない運命さだめなのですから」

 ジグスエントが妖艶に笑う。サイの中に侵入はいっていき、融合の果てに同化してくる手は止まらない。

 少しずつ、確実にサイを侵していき、サイという存在を曖昧にしてジグスエントへと取り込んでいく。

 不気味な感覚に支配されているサイは男のしていることを朧に理解し、それこそ力の限り、暴れようとした。

 だが直後、女戦士の首筋に鋭い痛みが刺さった。また麻酔針を打ち込まれ、サイの意識はそこでぷつりと切れた。

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