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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

オルボウル

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届いた文と〈伝蝶ポプア〉。王子の決断


「来たか、ココリエ。お前の部屋に届いた〈伝蝶ポプア〉はここへ運んである。が、まずはこれを読め」

 青年と大男が部屋に失礼したいと声をかけると同時か一瞬早く戸が開いて、黒髪の大変美しい男がふたりを出迎えた。セツキが先んじてファバルの部屋に来ていた。

 おそらくだが、きっとファバルにココリエの現在地を教えたのは彼だろう。そして、ファバルは武官に命じてホノホ山へ伝令を走らせた。

 ファバルはココリエが部屋に入って、定位置に座るなりなにかを渡してきた。ファバルが寄越したもの、それは手紙だった。それも上等な紙の書状。

 宛名はファバル宛だったがすでに開封済みでファバルはそれに目を通し終わっているようだ。

 ココリエに視線で開けて、読めと命じ、言葉にもだしたファバルの顔、いつもにはない緊張が満ちている。

 父親の雰囲気がいつもと違うというのにココリエは違和感を抱いた。常よりピリピリして見える。促されるままココリエは書を開け、声にだして読みはじめた。

 紙の書に躍っているのは上品な美しい文字。一見して女性のもののようだったが、ところどころに力強さがある。

 書状が言ってきたのは衝撃の内容。

「前略。親愛なるファバルへ。あなたのところの可愛い娘をひとり、お預かりしており、ま、す……? え、え、ですがこ、しかし、ルィルは部屋で、あのコは勉強……」

「おそらく、お前に宛てて届けられたこの〈伝蝶ポプア〉がすべてを語ってくれるだろう」

 そう、父親に促され、言われるままにココリエはファバルの部屋の中をひらひら飛んでいた蝶を捕まえた。

 指に留まらせ、ココリエが息を吹きかけると蝶が揺れた。そしてそれが、封じ込められていた声が開放され、ココリエに語りかけるように喋った。

「いかがおすごしでしょう、ココリエ王子」

「この声は、まさか、ジグスエント・クート殿?」

「ココリエ様、お静かに」

 セツキの静かな警告の言葉にココリエが黙る。

 だが、ジグスエントの声はココリエが驚き、声をあげることを想定していたのか一拍ほど間を取っていた。

 ココリエが黙ると同時に声が伝言を再開する。

「さて、王子よ。その場にひとり、いつもならいる者がいないことにさぞや戸惑っておいででしょう?」

 ジグスエントの声に、伝言にココリエはなにか物言いたそうにしたが、セツキが人差し指を唇に当てて黙らせた。

 蝶に封じられていた声が続ける。

「あなた様の可愛い小鳥はわたくしの方で大切に預からせていただいております。わたくしの遣いが使用した薬がよく効いているようでまだ目覚めませんが無事に眠っています。蝶が届く頃には目覚めるでしょうからご安心を」

「小鳥?」

 ジグスエントの意味不明な言葉にココリエは疑問符。

 困って、戸惑ってココリエはファバルを見たが、男は、ココリエの父親でウッペ王はいつになく険しい顔でいる。

「危害を加える気はございません。反抗しない限りは大切に、掌中の珠の如く可愛がってあげましょう。ですので、お迎えは不要でございますことをお知らせします」

「は?」

「ひとつ望むのは、この娘の雇用契約の破棄。この一点ですので、時間を置き、再びファバルに一筆したためますがあなたからもよろしく言っておいてくださいますか?」

「な、なにを言って……」

「雇用の契約がそちらに、ファバルにある以上、この娘はわたくしのモノになりえませんから。よき計らいをいただけますよう、王子の英断に期待いたします」

「雇用、契約? ……まさかっ」

「彼女の未練を断ち切ると思って契約を破棄してくださいませ。そして、あなたの美しい傭兵の娘は今後、わたくしが愛でて育て、たっぷりと愛しましょう。では」

 そこまでだった。

 男の声が短く別れを告げたあと、〈伝蝶ポプア〉は朽ちて無に還っていった。ココリエは指先から零れていく蝶の破片に必死で手を伸ばしたが、虚しく塵になった。

 ココリエがあまりのことに二の句を告げられないでいると、代わりにファバルがふむ、と軽く唸った。

「これは、厄介なことになった」

 ファバルの声には状況を悔やむような色がある。

 ファバルにセツキが報告していない筈がない。

 サイが仕事を『無断欠勤』していると。さらには門限をアホのように無視して帰ってこない、ということも。

 これ以上、働きに見あわない百シンでこき使っているのに、さらにサイの減給を要求しそうな男がサイに不利な情報をファバルに言っていない筈がないのだ。

 だから、当然ファバルもサイの不在を知っていた。

 セツキの報告とあとは愛娘のルィルシエがサイを心配してファバルの部屋に来たのだ。

 サイがもうずっと留守にしていて淋しい、と。

 ルィルシエの為に、甘いものが大好きな彼女の為だけに養蜂畑をつくるのを指示したくらいに親バカな一面があるファバルが娘からの訴えを流す筈もない。

 きちんと聞き入れ、ファバルはファバルで暇そうな武官や文官に時間をつくってもらい、ホノホ山から城下町、ちょっと都やホノホ山から離れていても集落がある辺りまでは聞き込みをさせていた。不審者も洗った。

 だが、それも結局はその程度でしかなかった。

 サイは遠くオルボウルが国王、ジグスエントの手の者にかかり、まんまと誘拐されてしまっていたのだ。

「まさかとは思っていたが、本当に攫われておるとは」

「ええ、さすがに予想外です。それにしても、ジグスエント様がなぜまたこのような。それもサイなどを……」

「そこだ。わからん。だいたいジグスエントはサイをいったいどこで見た? 見初めたからこそ力ずくで誘拐に及んだのだろうが、ジグスエントと接点などなかろう?」

 父親の疑問にココリエはしばらく考えた。

 サイはずっとココリエと一緒だった。

 この間も、帝都に上京した時もついてきていた。

 そのサイが、どこでジグスエントに見初められたというのか。ココリエは、ココリエこそ、ジグスエントにはじめて会ったのは帝都だった。帝都の、帝宮の、あの廊下で出会って、初対面で緊張しても挨拶をした。

 そのあと彼は、ココリエに挨拶をして、終えて、用を済ませていた為かさっさと去っていった。そして……。

 ハッとした。そうだと思いだした。

「帝都だ」

「ん?」

「ジグスエント殿はサイを帝都で見たのでしょう」

「はあ? 帝都って、帝都でジグスエントがサイを見ただと? そ、もそもなぜ帝都にジグスエントがいたと……」

 ココリエの推理にファバルは素っ頓狂な声をあげた。ファバルの口からでてきた新しい疑問にはセツキが答えた。

「ジグスエント様もあの時、同じ日に上京され、帝に拝謁していたようでしたので」

「ああー、わかった。それでか。リィエン様のご機嫌がよろしくなかったのは。先にジグスエントと予定を入れていたのならば、それは機嫌のひとつ、損ねよう」

「なぜ、ですか? とても、根っこから丁寧で到底帝の気に障るような方には見えませんでしたが……」

「甘いな、ココリエ。アレはそんなものではないぞ」

 ファバルは深くため息ついた。

 そしてそれ以上を言わないが、ココリエは見つめた。ジグスエントとのことで問題が発生した。それの解決に役立つことなら知らなくてはならない。

 息子の疑問の瞳に負けるようにファバルはそれでも言いにくそうにひとつ、唸った。

「アレは、ジグスエントは相当の変わり者だからな、私も実を言うとあの男は大の苦手だ。たまの会合もできれば遠慮したい程度には苦手でならない」

「あの、父上? 大丈夫ですか?」

 質問しておいてなんだったが、ココリエはなにか悪いことをしたような気になっていた。

 父親の、ファバルの顔が真っ青だった。

 あの時の帝と同じような顔色をしているファバルにココリエは思わず大丈夫かと声をかけた。

 ファバルは心配無用だとして軽く手を振って答えた。王の顔色よりも今はサイのことが心配事だったのでココリエもそれ以上には言わないでおいた。

「ったく、ルィルに大丈夫と言った直後で」

 ルィルシエに大丈夫だと言っていた手前、このようなへまを踏んだのは迂闊だったとしか言えない。果たして、サイが見初められたのはよかったのか悪かったのか。

「ジグスエントは好悪の感情を異常にくっきりわけるからな。一度ひとたび気に入ったならそれをけっして逃さない。アレが愛する蛇のように執拗に追いかけて絡め取る」

「ですが、なぜですか父上!? オルボウルとは同盟の関係にあるのにっそれなのになぜこんなっ」

 そう。オルボウルとは同盟の関係にある。
 それもココリエの祖父の時代からの同盟国。

 そこの現王がなぜ、どうした理由でサイを、ココリエの側近を誘拐したりしたのか不可解すぎる。

「ココリエ様、落ち着いてください」

「落ち着けるか、セツキ!」

「それでも、冷静にならねばなりません。あの方は帝以上に難解なお方です。冷静さを見失えば即座に足元をすくわれ、サイのことなど瑣末として流されます」

 彼の伝言からして、彼はサイを美しい歌声を持った小鳥としているようだ。きっとそうした認識はサイをはじめて見た時の状況が要因になっている。

 サイはあの時、ジグスエントがサイを見たと思われる瞬間、ルィルシエ王女の為に唄を歌っていた。あの歌声はセツキからしても甘美なもので違いなかった。

 それに酔いしれても不思議ではない。もし、そうだとしたなら。あの帝さえもがいい女と認めたサイ。極上の娘をジグスエントが気に入って欲しがっても理由は通る。

「数日は間を置き、サイの身辺を調べてから彼は、ジグスエント様は計画的に誘拐を実行したのでしょう」

 どうしても欲しくなった娘を手に入れる為、サイの周囲にあの国の主な戦力と言われる隠者いんじゃたちを置いて、見張らせて、彼女の致命的隙を窺っていた。

 そしておそらくはあの日、サイがココリエについてホノホ山にいった時、全員がサイから目を離したほんのわずかな隙につけ込んだと見るのが妥当。

 サイをなんらかの方法で眠らせた。遣いの者の薬と言っていたので、眠りの香かなにか、それで彼女の意識を奪って、連れ去った、ときっとこんなところ。

「セツキ、よくもしれっとほざけたな」

「……私のせいだとおっしゃられたいのですか?」

「他に誰が……お前が止めねば余は、サイはきっと」

「まあ待て、ココリエ。セツキがどうのはこの際置いておけ。今はセツキを責めてもどうしようもない。それよりは現状に対処せねばならない時だ。間違うな」

「しかし、父上っ」

「サイを、どうする? あの娘をこのままジグスエントに渡してやるか? それなら、私は契約破棄の書類を」

 ココリエはファバルの言葉を最後まで聞かなかった。聞くまで待てずに首を横に振って拒否した。

 サイを解雇する案を却下したココリエは必死だった。

 サイはココリエの側近。

 だが、それである以上に、側近として以上にひとりの女であり、愛しい存在。初恋のひと。

 それを一度会っただけで背筋が寒くなるような心地にさせられた人物に渡すなどありえない。

 そんな冷たい真似はしたくない。
 第一に拾っておいて、それは不義理だ。

 ココリエはサイを拾った。ならば、拾った限りは最後まで面倒を見るのが上司の努めるべき事柄である。

 ココリエの拒否で却下にしかし、ファバルは静かに言葉を紡ぎ、唱えた。

「ジグスエントのことだ。愛してやる、と言うからにはそれこそ正室のように扱うだろう。戦から離れ、サイはひとりの女になれる。それでも、奪い返すか?」

「それは」

「あの娘にまだ血まみれの道を歩かせるか? オルボウルはお前も知っての通り、私の父、フィニアザ王時代からの同盟国。サイの安否が気がかりであるならいつでも確認にいける。この誘拐はオルボウルとの同盟の強化にすら使える。それでもあの男の提案を蹴る、そう言うか?」

 父親の海の瞳をココリエは直視できなかった。

 前に、御目通りから帰ってすぐに招かれたこの部屋でファバルに訊かれた問いがココリエの胸につっかえていた。

 ――サイに、恋慕など抱いておるまいな?

 あの時と、今の父は雰囲気が似ている。

 問われているのはきっと同じこと。

 しかし、それが墓穴と気づいてもココリエは言った。

「それでも、父上。私にはサイが必要です」

「ココリエ……」

「それがサイの幸せを奪うことでも、私の身勝手だと、それは重々承知しています。ですが、それでも私には、未熟な私にはあの娘がどうしても必要なのですっ! 私にサイを迎えにいく許可をください。お願いしますっ」

 悲痛な声でファバルに訴えるココリエにファバルは痛ましい者を見る目を向けた。

 だが、それも一瞬以下のこと。王の顔からその感情は海の波のように静かに、すぐに引いていった。

「ならば、私は口だししない。この一件はココリエ、お前に一任する。自力で解決してみせろ」

「……ありがとう、ございます」

「その為に武力が必要だというのならば、セツキとケンゴクについては好きに使え」

 ココリエに自力での解決を促しながら、勝手にセツキとケンゴクを貸し与えたファバルにセツキがほんの少しだけ眉を上下させたものの、ウッペ武将頭は黙ったままため息をひとつ吐いて王の決断と命令を承諾した。

「問題は、そうなるとジグスエントだ」

「父上、ジグスエント殿のお人柄は」

「うーむ、それがな」

 ジグスエントの伝言で、彼はサイに危害を加えないと言っていた。ただし、それは反抗しない時に限ったこと。

 サイのことだ、きっと全力で反抗する。

 そうなった時、彼がサイになにをするか、想像したくないし、想像するのはちょっとした恐怖だった。

 少なくともココリエよりはジグスエントを知っているファバルは青い顔をしている。

 なので、するとしたならとんでもないことに違いない。

 それがもしも、サイをいたぶる、もしくはサイをジグスエントへ従順に仕立てる為の調教のようなものだとしたなら、早く救出しなければサイの貞操まで危ない。

 ココリエの心配にファバルはことさら青い顔をした。

 それが息子の不安を煽っていると知っているが、それでも顔面から引く血は止められない。

 ファバルの眉間に皺が寄る。

 ファバルも噂に聞いた程度、それが真実か嘘か不確かな部分が大きいが、いやな話がひとつある。

「嘘かまことか知れないが、な」

「なんであっても構いません」

「うむ……」

 ジグスエントはここ、ウッペの盟国でもあるシレンピ・ポウから嫁をひとりもらったことがある。気立てもよく、できた嫁であったとファバルも聞いている。

 だがそれなのに、嫁が来た翌日、ジグスエントは遠くから嫁いできたその女を新しく飼いはじめた巨大な蛇の餌にした。生餌にして喰わせたのだそうだ。

 毒牙にかけられ、生きたまま喰われた女の死体はその大蛇の腹にすっぽりとおさまり、現場となった部屋には女の血を吸った赤い畳だけが残った。

「あやつは昔から蛇、という生き物が好きで蒐集していたので、そんな噂がまわった可能性もなくはない」

「ですが、火のないところに」

「煙は立たない。そうだ。アレの性格からして、戯れでそんな真似をするとは考えにくい。シレンピ・ポウがその女に刃を持たせていた、という可能性がある。ジグスエントは刃に気づいて女を残酷に、見せしめ処刑した」

 ファバルは可能性の話をしてくれたが、ココリエは異常なほど不安になってしまった。

 ジグスエントの処刑が正当防衛であったとしても、蛇の毒牙にかけて生きたまま喰わせるなどと普通の精神ではない。その毒牙がサイに及ぶ可能性は零ではない。

 このままではサイの貞操どころか命の危機だ。

 その蛇はファバルが人伝に聞いた話を参照するに、ひとの心に反応する海外の珍種でジグスエントは特殊な輸入経路でそれを手に入れた。この島は生物なまものの輸入はできない。

 入手経路は不明。蛇の生態についてはさらに不明、というのが現状。あの国は王のことも含め、秘密が多い。

「ジグスエント自身がなにかの能力者である、という噂もあるが信憑性は噂の域をでない」

「ココリエ様。ひとまずの処置として、書をしたため、サイの身柄返還を求めてみられてはいかがでしょうか? それで、案外穏便にことが進むかもしれません」

「返せ、と言われて返すジグスエントではないだろうがなぁ。……まあなんだ、ダメ元で書いてみろ、ココリエ。鳥を飛ばし、返事を待たずオルボウルにいって直談判。今のところできるのはそれくらいしかない」

 ファバルとセツキの提案にココリエは頷く。父に断って部屋を飛びだした青年は執務室にいき、紙を引っ張りだして書をしたためた。サイを返してくれと乞う書。

 鳥に書をくくって飛ばしたココリエは自身もすぐにオルボウルへの旅支度をした。

 口が立ち、ジグスエントとも面識があるセツキを供に選んだココリエはその日のうちにウッペを出立した。

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