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悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

オルボウル

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王子の山狩り


「サイー!」

「サーイ!」

 ウッペ国。ホノホという名の山にひとの声が、もっと言うなら叫び声が響いている。声はこだまし、山の緑に飲み込まれていき、やがて沈んでいった。

 サイと、誰かの名を呼びながらホノホ山を歩くのは綺麗な身なりの美しい青年と少々ものものしい装束に鎧を着ている大男だった。

 サイというのは女の名前。このウッペ国に傭兵として雇われている戦士の名前だった。

「サイ! どこにいるのだ!」

 青年が叫ぶ。サイを心底から心配する声色。女の安否を思い、その存在を求める声には不安があった。

「サイやーい。どこいきやがったー? 俺ぁ、おめえがいなくて暇すぎて死にそうだー」

 大男がサイを呼ぶ。どこにいったのかと問いかけながら自分の近況も伝えておく。

 男には青年と違って心の余裕が見える。

 歳の違い故のものか、それかサイをどう考えているか、という違いか知れないが、大男はサイの捜索が面倒臭くてならない様子。適当そのもので女を呼ぶ。

 そのことに青年がサイを呼ぶのを一旦切って大男に振り向き、キッと睨んだ。責める眼差し。

「ケンゴク、まじめに探せ。そのような草の間にサイが落ちていると本気で思っておるのか?」

「いや、ですけどココリエ様? あのサイが迷子になるなんてありえんでしょう。ルィルシエ様じゃあるまいし。ウッペの城、なんて目立つ場所に帰ってこられないって最新のアホですか?」

「わからぬではないか。我らが置いていって帰り道がわからなくなったかもしれない。まあ、サイだからいき倒れてはいないだろうが、それでも心配は心配だ」

「どうっすかねえ、今城に帰ったら呑気に茶ぁしばいてそうですがねえ。無用な心配じゃあないんですかねえ」

「……飽きておるな、ケンゴク」

 退屈そうにサイを適当に探すケンゴクの態度にココリエはカチンときたが、一緒に来てくれただけでも御の字、なのだ。今日彼は、ケンゴクは非番。そこへ無理を頼んだ。

 そうしなければひとりででかけるなど、ましてや、サイを探しにいくなどセツキが認めてくれる筈がない。

 セツキはココリエが言ってもサイのことに関してはいろいろと認めてくれないことが多い。

 だが、第三の立場にいる人間の言葉ならば違う。
 ケンゴクのように、ある程度地位と年齢がある者の言葉ならばそれはセツキの中で立派な例外になりえる。

 だから、そのことを知っているからこそココリエはケンゴクに頼み込み、セツキに外出許可とサイの捜索をさせてほしい旨を伝えてもらった。

 結果は現在にある通り。許可は渋々ながらおりた。すべてはケンゴクがうまく言ってくれたお陰なのだ。

「サイー!」

 ケンゴクのやる気のなさに文句が言えないココリエは仕方なく、ひとりでまじめにサイを捜索する方向で進めた。

 大きな声でサイを呼ぶ。

 ことは、五日ほど前に遡る。

 あの日。あの時のことだ。

 ココリエはサイの実戦形式での訓練をしないか、野外で、息抜きも兼ねてという言葉に乗ってホノホ山にサイ、ふたりの武士もののふ、おまけで妹を連れて繰りだした。

 その日の訓練はあまりココリエの実にはならなかったが、無駄ではなかった。

 サイの現在地を知ることで励みにできる要素が増えたいい日であった。それでも、それなのに、今現在ココリエを悩ませる問題はそのサイにあった。

 五日前、山が火事になってはいけないからと下山し、城の中庭で訓練し直すことにしたまではよかった。

 そういう方針で話して下山したココリエはふと、サイがついてきていないのに気がついた。

 そのことにココリエは疑問を抱いた。

 あの無礼に見えて丁寧でよく気がつき、気をまわしてくれる娘が主であるココリエに黙っていなくなった。

 その時、すぐに戻ってサイを探そうとしたココリエだったがセツキがお得意の説教で止めた。

 どうせ、あの珍妙な履物の紐がほどけたかなにかで立ち止まっているだけのこと。そんなことの為にココリエがわざに引き返して付き合ってやる必要はない……と。

 一刀両断だった。

 仕えている身であるのにセツキの言葉は最強で、誰も逆らえないものだったのでココリエも仕方なく従った。

 城に戻って、ケンゴクと一緒に稽古をしたココリエはその頃になると、サイだからちょっとくらい置いていってもすぐ帰ってきて毒のひとつ吐くと楽観視していた。

 特訓を終え、その日の仕事を片づけた時、またひとつ不安になったココリエだったがその時はもう夕餉の刻。

 夕方遅くにでかけたいなどセツキが許可する筈がない。なので、無駄な訴えを諦め、いつもはサイと一緒にとる夕餉を妹と一緒にとることにした。

 妹も、ルィルシエもサイのことは気がかりなのかひどく不安そうで心配そうであった。

 なのに、兄妹がそれほど心配して帰りを待っていたのに、サイはその日帰ってこなかった。

 ――これは、なにかおかしい。

 そう直感したココリエは次の日、朝早くに城の早番の兵を数人連れてホノホ山にでかけた。サイを探す為だ。

 だが、ココリエが訪れたホノホ山は前日にサイが燃やして焦がしてしまった以外は綺麗なものである。

 そこにひとの気配は微塵もなかった。当然のことながらサイはいない。誰もいなかった。

 兵たちと協力して半刻ほどホノホ山を捜索したココリエだったが、結局サイを見つけること叶わなかった。

 入れ違いになったのではないでしょうか?

 などという兵の何気ない言葉で自分を納得させたココリエが城に戻ると、そこで待っていたのはサイではなく、怒りが沸騰したセツキという鬼、いや、鷹。

 男はココリエを叱りつけ、外出を禁じ、罰の代わりなのか仕事を特盛で寄越して執務室に縛りつけた。

 それは、当然のように見張りつき。

 城の文官に見張られながら、ココリエはその日、仕事に追われて危うく忙殺されそうだった。

 そして、セツキの罰でてんこ盛りにされた仕事のせいでココリエの数日は忙しくすぎていき、五日がすぎた。

 それでも、帰ってこなかった。

 いよいよもってこれはおかしいと不安が目盛いっぱいに溢れてきたココリエは見張りの文官を説得した。

 いつもはサイの補助があるのに、いないので仕事の能率が悪い。このままは仕事がいつもの速度でまわらない。仕事が常速でまわらないので他に迷惑がかかる。

 そうして文官の男に同情をくれと訴えたココリエは粘りに粘ってなんとか同情をもらうことができた。

 続いて、非番で暇を持て余していたケンゴクに頼んでセツキをなんとか説得してもらうことに成功した。

 それなのに、そうまでして再び訪れたホノホ山。

 そこは見事なほどになにもなかった。

 そして、とうとう本格的に飽きてきたのかケンゴクが草原を搔きわけるのをやめて口を開いた。

「ココリエ様、こいつは探すのが無駄ってものじゃないですかい? 髪の毛一本落ちちゃいない」

「では、サイはどこだ? あの娘が余になにも言わず姿を消すなど、まさか、誘拐にあったのでは?」

「ぶふー! ちょ、ココリエ様、笑わせないでくださいよっサイが誘拐? そいつぁ傑作……ぷくくっ」

「ケンゴク、余はまじめにだな」

「ですけどね、ココリエ様、あの時ルィルシエ様が一緒だったってのに、なぜわざわざあんなおっかない女を? サイを攫ったって得もなけりゃあ面白くもねえ」

 面白いとかそういう話ではなく、ココリエはただ単純にサイを心配して可能性をあげているだけである。

 だが、ケンゴクが言うことにも一理あった。

 ルィルシエという一国の王女がいたのにどうしてわざに危険を冒してサイという戦士を誘拐するのか。

 そこら辺が理解できない。

 それに、サイだからうまく捕まえることができてもただでは済まない。よくて半殺しにあうのが関の山だ。

 だが、ただ、それならばなぜ、どこへどうして消えた?

「ココリエ様!」

 完全に飽きてしまったケンゴクは役に立たない。

 なので、ココリエひとりでサイを探し続けるが、一向に手がかりは掴めずにいる。

 サイの消息は本当に、誰に訊いてみても五日前の時点で完全に途切れていた。誰も行方を知らない。

 そんな時だ。ホノホ山でサイを探し続けるココリエに誰かが声をかけた。その声になにかをちょっとだけココリエは期待してしまったのだが、見事に外れた。

 そこにいたのは息を切らせている城の武官。

「たった今あなたのお部屋に赤い蝶が入っていきまして、急ぎ報せに参りました次第です」

「赤い、蝶? あー、その、急ぐのか?」

「えっと、その、それが、その蝶のことで聖上がお呼びです。ケンゴク様、あなたも一緒に。切りあげて帰って来いとのことですので、どうか」

「うぐ、そ、そうか、父上が……」

 ココリエの復唱に武官の男は頷いて返した。

 そして彼もサイ、あの娘がいない為にまわってきた仕事があるのでこれで失礼と言ってココリエたちに丁寧に頭をさげて山を去っていった。

 報せを受けてケンゴクはあからさまに助かったという顔をした。ココリエに見せないが、表情には安堵が浮かぶ。

 たしかに忽然と消えたのは気になる。

 が、それでもサイの捜索などというアホつまらない仕事よりもファバル王からの呼びだしの方が楽しそうだ。

 とまあ、彼の、ケンゴクの中で確定した様子。

 喜ぶケンゴクとは違ってココリエは未練たっぷりにホノホ山の草花を見下ろしてからもう一度だけ辺りを見渡す。

 父親からの呼びだしを蹴るわけにはいかないので、戻り支度をするにはするが未練は計り知れない。

 ただ、赤い蝶というのも気になる。

 赤い蝶などこの戦国には一種類しかいない。

「そんじゃ帰りますかい、ココリエ様……ココリエ様?」

「うん? ああ、うん、そうだな。帰ろうか」

「……。大丈夫ですって。あのサイですから。そのうちひょっこり顔をだして毒吐きますよ」

「そうだと、いいのだが。こう、胸騒ぎがしてならぬ」

 それともこれは、サイを気にかけ、心配するココリエだけが抱く気持ちでしかないのか。

 わからない。わからなかったが、それでも今は目の前にやらねばならないことがある。

 ココリエはケンゴクと一緒に急ぎ下山し、ウッペの城へ、ファバルの部屋へと急いだ。

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