挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
悪魔の恋は『なにいろ』ですか? 作者:柳シンム

オルボウル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

105/384

オルボウル王に謁見


 開かれたそこ。扉の外は普通の廊下だったが、自然光がまったくない暗い廊下だった。

 ハクハは特になにを言うでもなく廊下を左に折れて進みはじめた。まだサイの鎖を引っ張ったままだ。ついていくしかないサイは城を観察してみることにした。

 廊下を数回曲がっていき、上にいく為の階段についた。そのままのぼる。そうして、城を移動し、サイの予想に違わずハクハは上を目指した。

 城、なのだろうが、ウッペの城と違って外の様子が見える場所が少ない。なんというか、閉鎖的な城だ。

 ウッペのあの城はファバルの粋な計らいで大自然と城下町を臨めるようにしてあった、ということなのか。それともここの城主が引きこもり気質なだけなのか。

 味気ないというかなんというか、明かりがあるだけで城の各廊下は牢が並んでいたあの廊下と変わらない気がする。意識が弱いひとなら、気を病んでしまいそうだ。

「サイちゃん、こっち」

 サイちゃんと、サイのことを『ちゃん』などとつけて可愛らしく呼ぶハクハにサイはいやそうな瞳で応えた。

 ちゃん、などと呼ばれたことがないので気持ちが悪い。似合わなさすぎて背筋がゾッとするサイは抗議してみる。

「やめよ」

「え、なにを? 引っ張られるのいや?」

「それはどうでもいい。ちゃん、とつけるな」

「えー、なにー、聞こえなーいなー? あははー」

 抗議したサイにだがハクハは聞く気がないのか、いっそのこと清々しいほどにサイの言葉を流した。

 これが暖簾に腕押し、糠に釘、とサイが思っているとハクハの足が止まった。綺麗な襖が戸としてある部屋。

 それだけで中にいるのが高位、高貴なる者だとわかる絵つけと色使い。サイはだからこそ疑問に思った。

 センジュのカグラも、ファバルも部屋は、執務室ないし私室は最奥部や最上階にもうけていた。

 なのに、この城の主は、ジ……なんとかはこんな中途半端な階で位置に部屋を持っているのか?

 サイの疑問にハクハはやはり笑った。

「やっぱり、おかしいと思う?」

「お前の頭がか」

「おいおい。ひどくね? ま、変わっている、でしょ?」

「お前の頭がおかしいのはもう知れている」

「おーい、暴言は癖ですか? そうでなくて、変わっているのはジーク様って話だよ。王族なんだからさ、最上階とかに私室を持った方がいいと思わね? なーのに、ジーク様ってば、たいがいミツハ優先だからさ」

 ハクハは困った顔だ。でも、サイからしたらそんな情報はどうでもいいことに変わりない。女は無反応だ。

 ハクハはだが、めげずサイにさらにどうでもいいことを教えてくれる。男の主が最上階に部屋を持たないわけ。

「最上階だとね、ミツハがうっかり飛びおりちゃった時に大変だからさ」

「だから、ミツハとはなにか」

「見てのお楽しみ~」

 はぐらかすハクハにサイはもういっそのこと苛立ちに任せてしばいてやろうかと思ったが思い留まった。

 まだ多くが不鮮明で明瞭なことがなにひとつない。

 誘拐された事実以外の情報がないのは痛い。

 部屋の前でこそこそ話すハクハはサイの無反応をおかしそうにくすくす笑い、急に態度を変えた。
 かしこまった雰囲気で男は襖に頭をさげる。

「聖上、お客様をお連れしました」

「お入りなさい」

 急にかしこまったハクハを不思議に思う間もなく男は先までの柔らかな態度を硬化させ、中に報告した。

 中からは入るようにと指示が返ってきた。

 返ってきた声は優しそうな、丁寧で美しい男性の声。優男のイメージをつくるのには充分な声であった。

 ……と、いうか客なのだろうか。と、サイが思ったのは内緒。両手にかけられた枷と鎖が重たい音を立てる。

 ――この国は客にこんな負の飾りを要求するのか?

 サイがくだらないことを考えているとハクハが鎖を引っ張った。ちょっと振り向いた男は片目を閉じて合図した。

 準備はいい? と言うようなハクハの合図にサイは無反応。興味すらも示さなかった。

 ハクハは苦笑しつつ、襖の戸を開ける。男は脇に避けて、サイに中に入るようにと促した。渋々サイは従う。

 室内は一面畳の部屋に見えた。

 着物がいつものと違って厚く、重たい為ゆっくりとした動きになるサイが静かに中に入る。室内に踏み入ったサイは誰がいるのかと、室内を見渡した。

 部屋の、戸から一番遠い場所、上座の位置を見たサイが途端に固まった。そこには明らかに位の高そうな誰かがいた。美貌の男がそこに座っていた。

 しかし、問題は違う。

 サイが固まったのは男の美貌に驚いたからではない。そこもたしかに驚きどころだが、美貌ならばウッペ国にも飛び抜けて綺麗なつらがひとりいる。

「ようこそ、サイ。よくぞおいでくださいました、オルボウルへ。あなたの来訪を心より歓迎いたしましょう」

 美貌の主が口を利いたがサイは口が利けない。驚いて固まっているサイに部屋の主は柔らかに笑った。

 そして麗人は自分の肩に巻きつき、とぐろを巻いているそれにするりと人差し指を這わせた。

「あなたも、世界の半数に入るのですかねえ」

 残念そうに呟く男。黒髪を鮮やかな朱塗りの簪でまとめている男は黒い瞳をスッと細めた。

 口調こそ残念そうだったがそれは、その視線は美味しそうな獲物を見るそれであり、サイはその目に寒気がした。

 獲物を見る目で見られたサイはその視線から自分を庇うようにほぼ反射的に体を抱きしめた。

 男の舐めるような視線。どことなくねとっとした粘着質な視線は彼が肩に巻いているものにそっくりだった。

 サイの反応に部屋の主は不思議そうに小首を傾げたが、すぐに微笑んだ。麗人が口を開く。

「わたくしのことはハクハから聞いていますね?」

「忘れた」

「そうですか。人伝に教えるのは失礼と思っていたところです。名乗るのは淑女への礼儀ですから。わたくしはジグスエント・クート。ここ、オルボウルの現国王です」

 ハクハが牢で言っていた通りの名前。ジグスエント、と名乗った男は肩でとぐろを巻くものを愛おしげに指先で撫でる。彼の肩にいるそれがサイを見た。

 サイはいざとなったら事故を装って踏み殺そうと決め、男に促されるまま、男の前に座った。

 いざという時は即、身を引けるように準備して座ったサイはジグスエントの肩にいるものから目を離さない。

「お嫌いですか?」

「食えそうにもないし、好きではない」

「おかしい。サイちゃん、基準がおかしいよ」

 ハクハの突っ込みをサイは無視した。

 無視してジグスエントの肩のものを見る。そこにいたのは、蛇だった。それもかなり大きい。

 アナコンダと俗称されているアミメニシキヘビを思わせる巨体。その体長は一般的に大蛇と定義される五メートルなど優に超えているように見受けられる。

 サイの目算でもおおよそ八から十メートル。三丈前後といったところだろうが、巨大すぎる。あんなもの、肩に巻いて重くはないのか。噛まれたら即死しそうだ。

 そんな疑問感想を抱きはしたが、サイは突っ込まなかった。ただ、侮蔑を含んでジグスエントを睨んだ。

「おや、どうやら早くも嫌われているようですね」

「いや、ジーク様? いきなり誘拐されて体もちょい不自由にさせられて嫌わない方が変わってますって」

 男の呑気な反応にハクハが突っ込んだ。サイは主従の会話を片耳で聞きつつ、大蛇から目を離さない。

「まあ、些細なこと。反抗心などすぐに拭ってしまえます。どうぞ、もう少し楽に。わたくしの美しい小鳥」

「気持ち悪い。……なにが目的か」

 サイの言葉にジグスエントは不可解な笑みを浮かべた。柔らかに笑っている男は微笑みのまま、口を開く。

「あなたが欲しかったから、ハクハとコトハに誘拐を頼んだのです」

「だから、なぜ私などを」

「欲しかったからです、サイ」

「……我儘で、か」

「……ふふ、なにを言うかと思えば」

「あ?」

「サイ、これは当然の欲求ですよ。あなたほどの女性はそういません。あのような、次期王位継承者候補中最弱であり、負の意味で有名なココリエ王子などにはもったいないその美貌、気高さはわたくしにこそ相応しい」

 ジグスエントの言い分にサイは変な頭痛に襲われた。

 なんという手前勝手な発言か。しかも全然悪気がないというのもかなりどうかと思うと同時に異常だ。

 サイの意思など問題視すらしていないジグスエントの自分勝手な物言いにサイは当然ながら不機嫌になる。

 道具のような、モノのような扱いが気に食わない。憤るサイを気にしないジグスエントはあでやかに笑う。

「ハクハ、アレをここへ」

「少々、お待ちを」

 ハクハにおもむろに命じたジグスエントは自分の目の前に座っている女、ウッペでの戦装束から美しい着物に着替えさせられている美女に視線を向けてハクハが戻ってくるまでの間、うっとりと、惚れ惚れするように見入った。

 サイの美をとっくりと愛でるジグスエントにサイは居心地の悪さからもぞもぞしたくて仕方ない。男の視線に耐えているサイへジグスエントがまた話しかけてきた。

「傭兵として在りながら給金が月百シン、ですか。それはあなたが値切ったのではないでしょう?」

「……私の給与明細などどこで」

隠者いんじゃを抱えていると瑣末の情報にも通じるようになるのですよ。まあ、あなたの情報はすべて重要なのですが」

「私に重要などない」

「それは誤認識ですね、サイ。あなたのことほど重要なことはありません。ですので一通りは調べさせていただきました。給与、休日、職務内容の細部にいたるまで」

 サイの新しい疑問にジグスエントはさも当たり前、と言わんばかりに詳しく答えてくれた。調子は軽い。

 そして、ジグスエントと無駄なお喋りをしているとハクハが部屋に戻ってきた。

 男は両手に漆塗りのやや大きな箱を持っている。

「お待たせしました」

「いいえ。ちょうどよくサイと話せました。それはサイの前に、開けて、中を見せてあげてください」

 ジグスエントは戻ってきたハクハに簡単に命じた。

 ハクハがこれに従う。

 サイの前に箱をおろし、サイによく見えるように箱の蓋を開けて中身を見せてくれた。

 一瞬、サイには箱の中身がなになのかわからなかった。銀色に輝く歪な円形のなにかだが、サイは見覚えがない。

 どこかで見たかもしれないが、サイにあまり関係ないものだったので女は首を傾げる。

 すると、サイが理解していないことにジグスエントが微笑ましそうに笑って口を開いて説明してくれた。

「ひとまず手付金として三千、用意しました。そして、これから先、あなたにお支払いする月のお給金です」

「イミフ」

「つまりね、ウッペとの雇用契約を破棄し、新しくわたくしにお仕えなさい、と言っているのですよ、サイ」

 輝く銀のお金が三十枚おさめられた箱。サイへの月給だと言ったジグスエントの頭がサイには不可解だった。

 オルボウル王に視線を向けたサイは相手の言っていること、簡単なのに難解なことを理解できなかった。

 ウッペとの雇用契約を白紙にして新しくジグスエントと雇用関係になれ、と言われたのは理解できたが、なぜそれを名もないサイのような一傭兵に求めるのか理解不能。

 わからない。なにもかも。雇用の条件だとかはいまいち不明だが、給金だけでも異常である気がする。

 ウッペ国は、ファバルはサイに百シンを、それもココリエのお小遣いから捻出させている。

 それなのに、ジグスエントはサイにその給金の三十倍を手付金として支給し、毎月同額を支払うと言ってきた。

 ジグスエントの感覚がサイにはわからなかった。だが、ジグスエントはサイの疑問符をなにか勘違いした様子。

「おや、足りませんか?」

「違う」

「このような待遇は他では受けられませんよ、サイ。ちなみに、あなたのお仕事はわたくしの小鳥になり、囀っていただくこと。今後、戦には一切関与させません」

「私はその荒事に価値を見いだされた。天職である。今になって、いまさらそれを奪われることは罰に等しい」

「洗脳ですか? 可哀想に」

「違う」

 サイの文句に洗脳などという単語を持ちだしてきたジグスエントは本当に心から気の毒に思っているのか、美貌を曇らせている。指は大蛇を撫で続ける。

 サイは呆れ半分に否定した。

 洗脳などサイは受けていない。第一に、そんな不気味な特技を持った者などウッペにはいない。

「違いませんよ、サイ。荒事はあなたに似合いません」 

「小鳥、とはなにか」

 ジグスエントの言葉をサイは無視した。無視して自分が気になったことを質問する。表情こそ常の無だが言葉に含められた色には不可解さがありありと滲む。

 サイの不可解さを感じたジグスエントが答えてくれる。

「うん? あなたはあの時、帝都にて、帝様のお庭に続く門の前で歌っていらした筈ではありませんか」

「それがなにか」

「その歌声、小鳥が歌うようで大変美しいと思い、是が非でも欲しいと思い、こうして手中に落としました。あとはわたくしに溺れさせ、心身共に堕落させるだけ」

 なんでもないことのように言うジグスエント。
 彼はひとまず本気らしい。

 サイに一通り、今現在の事情を話して聞かせたジグスエントは早速とばかりサイに迫った。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ