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  ずれた毎日 作者:泰兎
三十九話目
残りの授業二時間を受け終えると、僕は保健室へと急いだ。
本当はHRもでるつもりだったけど、事情を知っている担任の夢先生が、特別に免除してくれた。
先生、グッジョブ!
とまあそんな御陰で、早くも保健室前に着いたんだけども。
「何…て……る、私……ヤス……だ。お前…け……思っ……れ…違い…だ」
「……て……わよ、そんな……!そ…でも、……れ…も…ねえ!」
ハッキリとは聞こえないものの、二人が言い合う声がする。
どうせまた、いつものだ。
人をからかうのが好きな緋ちゃんだ、五月ちゃんにもしているんだろう。
まあ、気に入った相手にしかやらないみたいだから、寧ろ親しみの意が籠もっているものだ。
多少やり過ぎる嫌いがあるから、伝わらなかったりもするけれど。
ドアを開けつつ、静止の言葉を二人に投げる。
「ほら、緋ちゃん。五月ちゃんからかうのもその辺にし【――だもん!」…て」
中へ入ると同時、五月ちゃんの叫ぶ声が部屋に響いた。
大きい声を出したせいか、肩で息をしている。
「おお、ヤス。授業終わったのか」
「へっ?に、兄さん!?」
僕が入って来た事に気付いていなかったようで、驚きこちらに振り向く。
「兄さんっ、い、今の聞いてた!?」
「いや、なんか叫んでたのは分かったけど、何を言ってたまでかは分からないや」
「本当にっ?ウソついてないよね!?」
「本当、本当だからそんな強く肩掴まないで、痛っ、肩外れちゃうって!」
肩からギシギシ危ない音が聞こえてきてる。
指も肩にめり込んでんじゃないか、ってくらいに握ってきてかなり痛い。
「おい、保健室で怪我人出すなよ。手当てするの私なんだからな、面倒臭いだろーが」
仮にも保険医がそういうこと言う…って真面目に痛い痛い!
「本当に聞いてないんだよね?」
五月ちゃんの問いに、首が抜けそうなぐらい縦にブンブンと振ってみせた。
「よかったぁ…」
僕は良くないよ…。
軽く両腕を失いかけたんだから。
「でも、どうせ緋ちゃんにからかわれて思わず言っちゃっただけなんでしょ?緋ちゃんも止めてよね、五月ちゃんで遊ぶの」
ただでさえ信じやすくて、その上負けず嫌いだから。からかうにはもってこいの性格の五月ちゃんは格好の的だ。
「何言ってやがる、かなりマジな話をしてたんだぞっ」
緋ちゃんがマジな話なんて、絶対にウソだ。
そう言い返すと、緋ちゃんは若干怒ったような口調になりスネてしまった。
「おーおー、妹には優しいのによ、私には冷たいんだな」
「ま、可愛い妹だからね」
「だってよ、良かったじゃねーか」
緋ちゃんは五月ちゃんに言ったみたいだけど、その五月ちゃんからの返事はない。
様子を見ると、軽く俯いてしまっている。
前髪で表情は見えないけど…もしかして『可愛い』は嫌だった?
反抗期とかもあるだろうし、こういう言い方は良くなかったかも。
家族が疎ましく感じる時期だったりさ。
そのうち「兄貴ウザい」とか言われるのかな。
…言われたら僕、泣くかもしれない。
「ほら、用事があるんだろ。さっさと行けよお前ら」
僕らを追い出すように手で払うと、出口を指差す。
機嫌が悪くなったみたいだし、言われた通り外へ出ることにした。
おっと、そうだ。
「ありがとう、緋ちゃん」
「うるせぇ、早く行け」
そう言われたけど、僕は気にせず声を掛け続けた。
「今度、お礼にケーキでも持って来るからさ」
意外と甘い物好きだったりする。
「…来る時はヤス一人で来いよ」
「うん、分かった」
「ほら、行けよ」
変わらず乱暴な言葉で返すけれど、閉じるドアの隙間からは、緋ちゃんの口元に出来たえくぼが見えた。

「さ、それじゃあ本題に入ろう」
「ふぁい…」
鼻先を押さえ、間の抜けた声で返事をする五月ちゃん。
別にふざけている訳じゃなくて、これは痛みを和らげようとしているだけだ。
学校を出た後、五月ちゃんが高校まで来た理由を聞くため話そうと切り出した。
にも関わらず五月ちゃんは、何のこと?、と言った様に首を傾げてくれた訳ですよ。
自分から訪ねて来たのに何なんだ。そんな妹には罰を与えようと、鼻を軽く摘んでグイグイと引っ張ってあげた。
すると、どうやら思い出してくれたで、改めて話を始めた訳だ。
「えとね、兄さん。この間私と買い物に付き合うって約束したでしょ?」
この間…あぁ、イリスが来た時か。
あの時皆に心配掛けた事を、五月ちゃんは買い物に付き合うことで許してくれたんだっけ。
僕はそれに頷き、約束した。
…実際、伊織のことで余裕がなかったから、分からずに返事をしたけども。
言ったら確実に殺され兼ねないから、黙っておこ。
「それで…とりあえず今日、一緒に来て欲しいんだけど…」
「良いよ、つき合うよ」約束もしてたし、せっかく誘ってくれてるんだ、断ることもないだろう。
イリスの町案内は、今度にしようか。
「ホント!?やったぁ!じゃあ、まずはいつものモール街ねっ」
はしゃぐ五月ちゃんに手を引かれ、僕たちはお決まりの店へと向かう。
喜ぶ妹の姿をみて微笑ましく思う反面、内心不安というか、怖かったりもする。
お金の方はもちろんだけど、もう一つ別に。
五月ちゃんは、さっきこう言ったんだ。
「とりあえず、今日」って。
…とりあえず?

僕の予想は見事的中。
何着か買った――正確には買わされた――後に、次出掛ける予定を組まれてしまった。
しっかりした妹だ。
こんなしっかり者に育ってくれて、兄は嬉しいよ。
けど、僕の財布の中まで気にしてくれると、もっと嬉しかったな…。
そんなこんなで、財布兼荷物持ちの役を承った僕は今、スーパーの中を彷徨いている。
「ねえ兄さん、冷蔵庫のお肉ってどれくらい残ってたっけ?」
「そうだね…。この前買った豚肉がまだあったと思うんだけど」
「あれはダメ、お母さんがオヤツに焼いて食べちゃってたから」
うわ、オヤツに豚肉って…。
「やっぱ買い直さないとね。お肉無いとお母さん発狂するし」
「…どこの野生動物なのさ、それ」
といった具合に、冷蔵庫の中身を確認し合いながら、必要な物を籠に入れていく。
…自分でも分かる程主婦然とした会話に、何だか悲しくなってくる。
「お前ら、夫婦みたいな会話してるな」
ははは、いっそ主夫にでもなろうか。
「ねぇ、月冶」
「は?何がだ?」
作業着の上にエプロンといった姿で、葱の束を抱えている。
どうやら、品出しの途中みたいだ。
「ごめん、何でもない。それにしても珍しいね、月冶が働いてるなんて」
「ああ、バイトが一人急に休んだらしくてよ。仕方ないから代わりに俺が入ってんだ」
月冶の家は、スーパーを経営している。
駅前から少し外れているものの、地元の人間には大いに利用され盛況している。
当然僕も、利用者の一人。
普段は面倒臭がって手伝うことは滅多にないのだけど、今回のように緊急の時は代理で入ったりしている。
嫌々ながら働いているけれど、僕から見たらその姿はとても板に付いていると思う。
「この前みたいに文句言って辞めさせないようにね」
以前、同様に突然休んだバイトの人に文句を言い、挙げ句喧嘩をして辞めさてしまったんだとか。
急に休むのも良くないけど、それで喧嘩をする月冶も良くないでしょ。
「今回は大丈夫だ」
「何で?いつもなら愚痴ってるのに」
「今度の人は可愛かったからな」
…あっそ。
「ねえ月冶先輩、私と兄さん、ホントに夫婦に見えた?」
「あ、ああ、新婚さんみたいだったな。なぁ、泰斗?」
なぁ、とか言われても困るんだけど。
「う、うん、そうだね。いっそのこと結婚しちゃおうか?」

「おい、何言ってんだバカ!」
僕としてはちょっとした冗談のつもりだったのだけれど、何故か月冶に怒られた。
バカとは何さ、バカとは。
そう言い返すと、月冶は何も言わずに五月ちゃんを指差す。
「…結婚…新婚…それで、兄さんと…」
どこかツボに入ったのか、ニヤけてウニョウニョと体を揺らして動く五月ちゃん。
正直、見ていて不気味なことこの上ない。
そんな彼女に話掛けるのを躊躇ったぼくらは、
「それじゃあ月冶、また明日ね」
「おう、また明日学校でな」
見なかったことにした。
何事もなかった様に…いや、何もなかったんだ、うん。
月冶は抱えていた葱を売り場に出し、僕も再び店内を回り始めた。
…後で五月ちゃん回収しないと。

必要な物を買い終え、五月ちゃんも回収してきた。
変に注目を浴びて顔を赤らめていたけど、スーパーみたいに人の多い所であんな怪しい動きをすれば視線を集めるのは当然だ。
にも関わらず、「何でそのままにして行っちゃうの!」と言って叩かれたのは、理不尽な気がしてならない。
いや、本当にあの時の五月ちゃん、不気味だったし。
仕方ないでしょ…。
なんとか宥めて、帰ろうとした訳なんだけども。
ところが。
「雨だね、五月ちゃん」
「うん、雨だね兄さん…ってそんな暢気にしててどーするの!」
ツッコミという条件反射で、五月ちゃんはバシッと僕を叩く。
当たり所が悪かったのか、それとも五月ちゃんの力が強いからか、結構痛い。
…きっと当たり所が悪かったんだろう、うん。
「どうしよっか、傘買って帰る?」
強くはないけれど、傘なしじゃあちょっと辛いといった微妙な降り具合。
僕としては買って帰ろうかと思うんだけど。
「いらないでしょ、これぐらいなら。走ればすぐ着くって」
第一勿体無いし、と足して話す五月ちゃん。
そう言うとは思っていたけど、ちょっと聞いてみただけだ。
それにしても、逞しいなぁ。
「じゃあ、走ってさっさと帰っちゃおうか。あ、葉月さんにお風呂沸かして貰うよう頼もっか」
「そうしよ、着いたらびしょびしょだろうし。私電話するね」
そう言うと、鞄から携帯電話を取り出し自宅へと電話を掛けた。
要点だけを告げて、あっさりと電話を切る。
それだけで葉月さんが理解したか甚だ疑問だけど、とにかく期待しておこう。
「じゃあ行こっ、兄さん」
「うん、そうだね」
お互い軽く頷くと、雨降る道を全力で走った。
その甲斐あって、ちょうど本降りになるギリギリでマンションへと到着。
間に合って良かった。
さ、お風呂入って温まろう。
僕らはそう話しながら、最上階の自宅へと上った。



「って何で葉月さんがお風呂に入ってるんですか!」
「お湯沸かしたら、つい入りたくなっちゃってー。泰斗くんも一緒に入る?」
「入りません!」
いかがだったでしょうか。
今回は中継ぎということもあって、あまり目立ったことは書かずに終えました。
次話でまた何か起きればなーと考えています。
また、前書きで時期ネタを、エイプリルフールネタで書こうと思ったのですが、気がつけば日が過ぎて…。
最近感想を下さいと書いていますが、しつこいのでここは敢えて逆に断ってみようと思います。
感想いりません!いりませんよ、ええ、いりませんとも(深読み希望)。
宜しければ、次回の話もご覧下さい。


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